平賀朝雅(?~1205)とは、平安時代末期から鎌倉時代にかけて活躍した武将である。
義光流清和源氏の信濃源氏出身で、父親は平賀義信、母親は比企尼の三女の子として生まれた。兄の大内惟義同様軍事貴族の京武者としてのノウハウから在京活動が多く、さらに北条時政と牧の方の間に生まれた娘の婿となったために波乱の生涯を送る。
官位は武蔵守を経て右衛門権佐。幕府では京都守護を務め、さらに三日平氏の乱で山内首藤経俊に代わって伊勢・伊賀の守護を務める。
牧の方は自分の娘婿である平賀朝雅を幼い源実朝に代わって将軍位につけようとし、北条時政もそれに乗っかることとなった。そこでまず平賀朝雅と畠山重保の対立を利用して牧の方による讒言もあり、畠山重忠の乱を起こしたのである。
しかしこれが裏目に出てしまう。牧の方が平賀朝雅を将軍にして源実朝を殺そうとしている風聞が立ち、北条義時、北条政子らによって北条時政は出家させられたうえで追放されたのである。牧の方はこれにただ付き従うのみであった。
この牧氏の変によって平賀朝雅も追討されることとなり、伊勢・伊賀守護の回復を狙う山内首藤経俊の息子・山内首藤通基の放った矢に当たって死ぬのである。この件に関して兄の大内惟義は何も関与せず、陰謀に巻き込まれた人生であった。
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5 ななしのよっしん
2022/10/03(月) 08:26:28 ID: R5oLpMYOpT
「執権になれないのは分かってたけどちょっと魔が差しちゃったし畠山と面倒起こしちゃった、でも鎌倉殿になるのは絶対絶対イヤだ〜〜〜!!」って感じで(因果応報とはいえ)巻き込まれ事故みたいに死んで承久の乱ポイントを大幅に献上したの、いい描き方だと思った
普通だったらそのまま鎌倉殿の座を狙って調子乗るところだけど、ここの判断を描いたお陰ですごい味のある役になった
惜しいのは追手が来てると知ったときの落ち着き払った様子が描かれなかったことかな、史実だと肝が座りすぎてなんなんって感じだけど、政範暗殺をやってしまっている今大河なら上手いトッピングに使えた筈(退出してから慌てさせるとかで)
6 ななしのよっしん
2022/10/09(日) 12:41:25 ID: okMkTU8lsk
鎌倉殿の13人では結局魔が差しただけの小人物に過ぎず、
やらかしと讒言による悪行がめぐりめぐって自分の首を絞める因果応報エンドだったなあ…。
しかも最期まで覚悟の欠片もないキモ雅だった。
7 ななしのよっしん
2023/08/04(金) 04:10:55 ID: bMFD6+l3n1
母親が比企尼の三女だから亡くなったときまだ20過ぎたばかりになる。
周りに流されてしまうのも仕方ない気がする。
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最終更新:2024/12/23(月) 09:00
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