光武帝 単語

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光武帝とは、チート中国後漢王朝の初代皇帝である。
本名は劉秀。字は文叔。

中国史史上一度滅びた王の復を旗印として、それを成し遂げた一の皇帝である。
唐の太宗や清の康熙と共に中国史上最高の名君の一人として語られる事が多い。

概要

光武帝(以下劉秀)と聞いて、だいたいの人は「ああ、日本に金印をくれた人?」くらいの知名度しかない。名前しか知らない人も多い。名前すら知らない人も多い。それもそのハズ、超人無敵最強!過ぎて面みがないため、後の世で題材として取り上げられなかった、という悲劇の人なのである。

彼が生まれたのは前漢末期前漢の初代皇帝である高祖・劉邦の末裔であり、言うなれば皇族のエリートである。・・・ハズなのだが、実際は名ばかりの貧乏貴族であり、本家筋の氏とはあまり関わりがなかったらしい。一族でも立たない存在で、あまり行動的でなくインドア気質だったせいか、若い頃は小馬鹿にする人も少なくなかった。

ある時、氏の外戚であった王莽が皇位を簒奪して自分が皇帝になった(新王朝)。頭は良かったが理想論を振りかざす時代錯誤な政治を行った王莽は、たちまち政を停滞させ、各地で反乱を起こされてしまう。食い詰めた元皇族や追い詰められたどこぞの婆さんが反乱するというカオス状態の中、とともに武装起。この時「あの劉秀が加わるなら成功する」とみんなこぞって仲間になったとか。ちなみにあまりにお金がなかったので、最初はではなくで出していたらしいマジか。

まもなく王莽戚の将軍に数十万の討伐軍を組織させ、周囲の勢力を掃討しつつ反乱軍に向かわせた。かたや劉秀側はわずか数千、絶体絶命である。しかし何を思ったのか、劉秀は数千の兵で突撃し、なんと勝してしまう(昆陽の戦い)。これをキッカケに劉秀兄弟はたちまち勢力を拡大、周囲では劉秀の皇帝に推すもあったが、実力を恐れた内部の人間に疎まれ、同じ氏の玄(更始)が皇帝になってしまう。劉秀兄弟を恐れた更始は、難をつけて劉秀のを謀殺。この時、いっしょに劉秀も殺そうとするも、劉秀は逆にの非を責めて謝罪し、更始シンパが弔問に訪れ、さりげなく意を聞き出そうとするも、底した黙秘で難を逃れている。

首都を制圧し、新王を滅ぼした更始軍は、河北(中国北部)の制圧に劉秀の派遣を決定する。わずかな手勢しか与えられなかったため、初めは飢えに苦しむほど困窮していたものの、河北の名士・と政略結婚することで勢力を拡大、1年弱で河北の大部分を手中に収め、これと前後して独立、それから間もなくして皇帝に即位。これが光武帝である。そして十数年後には中国全土を制覇、漢王朝を復させた(後漢)。

詳細はWikipedia参照のほど。

まだ終わらない、劉秀の魅力

・・・お分かりいただけただろうか。上記の事例をまとめると

  1. 挙兵からわずか3年で皇帝スピード出世
  2. 数十万にわずか数千で突撃し勝した猛将
  3. 氏直系でもなく長男ですらない貧乏貴族   であることがわかる。

加えて劉秀は世界史上でも稀な「滅ぼされた王の復を成し遂げた人物」であり「創業と守成を一代で完成させた名君中の名君」なのである。中国では王が滅ぼされることは「徳を失った」ことであり、みんな皇族には想をつかしているのである。その中で復をやってのけたこの男の力量たるや、計り知れないものがある。創業と守成とは、のちの唐王朝の時代に皇帝李世民と部下の徴が提唱した”名君の条件”のことで、創業は組織を打ち立てること。守成は打ち立てた組織を保持し発展させていくことである。この条件が該当する皇帝中国でもわずかしかおらず、まさに規格外の別格扱いであることがわかる。

劉秀は皇帝となったあとでも慢心せず、重要な戦には全て自分が先を切っている。部下が失敗すれば拭いのために駆けつけ、この戦いは危ない、と思ったらこれまた駆けつけるなど、皇帝即位後は全ての戦に勝利している。これは誇でもなんでもなく、文字通り先を切って突撃し、自ら敵をバッサバッサと切り捨てている。名将であり猛将、それが劉秀の戦闘スタイルに対する後世の評価といえる。皇帝なんだから自重しろ」と言われたとか言われてないとか。

彼は人格的にも非常に恵まれており、劉秀を知る周りからは「生で柔和」と評されていた。失敗した部下をむやみに殺さず、皇帝に即位後にいたっても粛清していないと言われている。左として最古参武は武勇はあったものの色々と問題を起こしたりしていたが、特に咎められずに台二十八将の中でも長生きしていた部類である。ただし、文官に対しては細なミスでもかなり厳しかったとのこと。どっかの盗賊皇帝は見習えよオイ。その陰には功臣がいうちに引退したことも大きかったりする。それどころか、皇帝になったあとも変わらず部下たちと一緒に宴でバカ騒ぎをするほどのフランクさである。それも相まってか、部下との話し中にエロい絵を盗み見て部下に激怒されたり、連日の遊びに激怒した部下が門を閉じ、皇帝なのに結局野宿していたり、みんなから王!王!と連呼されるので「ウザくなったから王って呼ぶの禁止」などという冗談のようなエピソードも枚挙にいとまがない。

劉秀は若い頃「仕官当執金 仕官するなら執金、妻を娶らば陰麗)」(意訳すると「将来は地方警察長官になって、妻は近所の美人の陰麗だな」)と将来の然と語っていた。その後、自分は警察長官を飛び越えて皇帝となり、最終的に陰麗を妻にすることができた。計画通り

・・・とまあ、性格も温和・素で話しやすく、腕っぷし良し頭もキレる、オマケルックスもイケメンで、これまたオマケに将来のえるなど完璧超人の究極リア充なのであるが、人格者すぎて中国人らしくない(失礼)、完璧すぎて話題にならない、人過ぎて架の人物なのではないか?とする意見すらある(族らが作り上げた創作人物説)。

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補足

信長の野望・烈風伝では、架シナリオ 1570年9月「諸王の戦い」 で劉秀が登場するが、以下がその力値である。コーエー内でも名将扱いされている事がわかる。なにこの化け物怖い

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