マンガの常識を突き破った名作がよみがえる『To–y』&『SEX』上條淳士 インタビュー

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更新日:2017/6/12

上條淳士」という名前は、80年代に10代を過ごした読者にとって、新時代の到来を告げる革新的な響きを持つ。
代表作『To–y』30周年記念の完全版に続き、次作『SEX』の完全版がついに発売。30年を経て今なお古びない圧倒的なセンスを感じてほしい。

沖縄から福生へ――。米軍基地のある街で逃避行を続けるユキとナツ。そして紅一点のカホの3人の若者を描いた群像劇。タイトルの「SEX」は性差や国境を意味し、それぞれを隔てる境界線がテーマとなっている。
(c)Atsushi Kamijo 2017

かみじょう・あつし●1963年東京都生まれ。83年にマンガ家デビュー。84年に「週刊少年サンデー」にて『ZINGY』(雁屋哲/原作)で連載デビュー。85年から同誌にて『To−y』を連載。87年より「ヤングサンデー」にて『SEX』を連載。その他の作品に『赤×黒』(上下巻)、『8―エイト―』(全4巻)、『DOG LAW』(武論尊/原作)がある。

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 インディーズバンドのボーカルだった少年が、芸能界を席巻する姿を描いた『To−y』は、予定調和のムードが漂う80年代という時代に風穴をあける当時最先端のマンガだった。1985年に「週刊少年サンデー」で連載が始まったこの作品が、2015年に30周年を迎えたことを記念して、全5巻の完全版が刊行された。
 リアルタイムで読んでいた読者にとって、『To−y』は特別な存在だった。まずクールな天才肌の主人公が少年誌初のヒーロー像だったし、マンガにPUNKというアンダーグラウンドなカルチャーを取り入れたことも目新しかった。そして、これまでのマンガの常識を覆す「音」の表現がとにかく革新的だった。今でこそ『BECK』や『NANA』といったバンドマンガが一ジャンルを形成しているが、その先駆者にして原点ともいえるのが『To−y』なのである。
『To−y』完結後、1987年に上條淳士は次作『SEX』を発表。2017年から30周年記念の完全版が順次刊行される。
 あらためて『SEX』を読み返して驚いた。まったく古びないどころか、17年の最新作だと言われても納得しそうな新しさを感じさせるのだ。この圧倒的なセンスは一体何ごとだろう。
 今回、上條淳士原画展「音楽の部屋」で美麗なイラストに囲まれながらインタビューを行うという貴重な機会が得られ、まずは『SEX』という作品が生まれた背景からお聞きした。

「前作の『To−y』は芸能界を舞台にした作品だったので、当時の時代風俗を描く必要があって、同時代性がすごく必要な作品でした。逆に『SEX』では時代と関係なく、自分の好きな要素だけを入れて描こうと思ったんです。アメリカン・ニューシネマの乾いた感じが好きで、そうした要素をマンガに落とし込めればいいなっていう気持ちがありましたね。福生を舞台にしたのも、東京郊外の気だるい雰囲気が自分の好きな世界観だからです。『SEX』は、思いきり自分の趣味に走った作品なんですよね」

マンガのセオリーを破った背景で語る表現手法

 福生といえば、ユキとナツのモデルとされるザ・ストリート・スライダーズが、デビュー前に活動拠点にしていた街でもある。『SEX』連載前からメンバーと交流があり、音楽をテーマにした原画展ということもあってボーカルのHARRY(ユキのモデル)とギターの蘭丸(ナツのモデル)を描いたイラストが飾られていた。直接的に音楽の世界を描いた『To−y』同様に、『SEX』も音楽からインスパイアされた作品だという。

「音楽から物語が生まれることはありません。でも感情は生まれる。それが背景の描写に反映されるんです。当時のマンガのセオリーからすると、背景は場面転換の際に必要なコマであって、「死にゴマ」などという業界用語までありました。だけど、映画では普通に使われている手法ですよね。ぼくはマンガよりも、むしろ映画や音楽、小説から受けた影響が大きいのかもしれません。マンガのセオリーどおりではない表現をやりたかったんです」

『To−y』が少年誌の既成概念に縛られない作品であったように、『SEX』もまた新たな表現を模索した作品だった。革新的であること、それ自体が上條淳士の作家性のようにすら感じられる。

「高校生の頃に大友克洋さんの作品を読んで、このカット割りはキューブリック+ペキンパーだと興奮しました。それまで、ただマンガの読者でしかなかった自分が、大友さんや江口寿史さん、マンガで新しいことをやっている人達を見て、自分もマンガを描いてみたいと初めて思いました。でも、いちばん大きな影響はYoko(※もう一人の上條とも言える共同執筆者)に受けた影響ですけどね。」

『SEX』は「ヤングサンデー」創刊の頃に連載がはじまった。新雑誌のカラーを打ち出す目的もあり、かなり実験的な表現が許されたという。さらに最初の単行本化では、随所にポイントカラーが付き用紙にもこだわった贅沢な特装版となった。ユキの色覚異常の世界観を表すようでもあり、ポップアートのようでもあり、重要なアクセントになっていたのだ。

 ところが、1989年に1巻、93年の2巻発売後、3巻以降の刊行がストップしてしまう。全7巻の通常単行本の発売が始まったのは10年以上が過ぎた2004年のこと。一体何があったのか?

「とにかく出したくなくなってしまったんです。雑誌掲載時の絵がまったく気にくわなくて、1巻は半分くらい、2巻は8割くらい描き直していて、台詞もけっこう変えています。ほぼ描き下ろしに近いので、とにかく時間がかかる。描き直しは、原稿料も出ないわけですから、我ながら何をやってるんだろう……と2巻を出したところで嫌気がさしてしまった(笑)。通常単行本を出したときは、時間経過の中でこれまで納得できなかった部分が許せるようになったんです。たしかに稚拙だけど、それも自分の一部なんだと、認めることができるようになった。それよりも読者が最後まで読めないことのほうが良くないと思いました。今回の完全版に関しては、もう一度、ポイントカラーが付けられることになって、これでやっと特装版の読者にも応えられるようになりました」

 さらに『SEX』完全版では、全4巻購入の特典として、オリジナルアニメPVのブルーレイディスクがプレゼントされる。

「『To−y』完全版の全巻購入特典がオリジナルTシャツだったんです。それ以上の何かをやりたいと考えていたわけですが、円盤を付けるというかなり贅沢なことができることになりました。山本沙代監督とは、これまで『スペース☆ダンデイ』と『ENDLESS NIGHT』の2作品で一緒に仕事をしていたので信頼もしています。アニメの制作はこれからですが、ディスカッションを大事にされる方なので、一緒に意見を出しながら制作に関わっていくつもりです」

随所に施されたポイントカラーは、本作の重要なアクセントにもなっている。

『SEX』全4巻購入特典
『SEX』Blu-ray 山本沙代 × MAPPA制作
全巻購入特典としてオリジナルアニメPVをプレゼント! 監督は『LUPIN the Third 峰不二子という女』で第16回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞を受賞した山本沙代監督。応募締切は2017年12月31日。

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