「トランプタワー」に「端島」…民間が主体となって国威発揚を目指す、国内外の“ホットスポット”35カ所を巡るルポ
PR 公開日:2024/12/16

好きなアニメのキャラ、アイドル、はたまた歴史上の偉人など、自分の好きな人物(いわゆる「推し」)にゆかりの場所を訪ねることを「聖地巡礼」と呼ぶ。いわゆる観光地とは限らないし、交通が不便な場所だったりする場合もあり、そこに集うだけでもその「熱意」はなかなかのもの。対象がレアであればレアであるほど、その思いの強さには驚かされる。
このほど出版された『ルポ国威発揚 「再プロパガンダ化」する世界を歩く』(辻田真佐憲/中央公論新社)も、ある意味そんな「聖地巡礼」的な側面を持つといえるだろう。ただしテーマが「国威発揚」だけに、ちょっときな臭い。広辞苑によれば国威発揚とは「国の威光をふるいおこすこと」であり、本書が紹介するのはそうした宿望を背負った「政治的動員」を匂わせる場だからだ。
政治的プロパガンダは「上から」行われると思われがちだが、これらの場が示すのは、実は「下から」の熱意がじわじわと浸透していく威力は見逃せないということ。「八紘一宇」といったスローガンの碑、軍神と呼ばれる日本帝国軍の軍人たちの銅像、各地に存在する「靖国」…戦後にタブー視されて一般の人は「見ないよう/見えないよう」にしてきたことも、実は熱意を持った誰かが密かに支え、現在は少しずつ復権の兆しすら見え隠れしているという。そこでは歴史や文化は武器となり、記念碑や博物館は戦場となる。気鋭の軍歌研究者、近現代史研究者である著者はそうしたホットスポットを国内外35カ所以上歩きまわり、渾身のルポルタージュにまとめあげた。
彼が訪れた国威発揚の現場は、決して歴史上の人物についてばかりではない。たとえば先日のアメリカ大統領選挙で勝利を勝ち取ったトランプ氏の崇拝度を実感すべく、ニューヨークの本拠地・トランプタワーへ(※著者が訪れたのは大統領選前)。そこで大量消費される数々のトランプ印のアイテムは、まさに「下からのプロパガンダ」の誘発にほかならない。あるいはすでに台湾と長野には凶弾に倒れた故・安倍晋三氏を神として祀る社も民間人の手で作られており、台湾では日台友好の架け橋となり、長野では熱心な信奉者がぽつりぽつり集まる場となっている。
こうした個人崇拝の現場だけでなく、場のパワーにも注目だ。話題のドラマ『海に眠るダイヤモンド』の舞台になっている端島(軍艦島)の遺構からは、民間を軸とした日韓のプロパガンダ戦の断面を知ることができるし、フィリピンのマニラにある日本軍進駐による犠牲者の慰霊碑は、過去を忘れずに現在と向き合う彼らの歴史認識に考えさせられる。
とにかく本書で紹介されている国威発揚の現場を「民間」が主体となって支えていること、そしてそこにぽつりぽつりとでも惹きつけられる人がいること。それがいつかマジョリティになっていく可能性がないわけではないことは、しっかり見つめておくべきだろう。見えないから知らないから考えないのではなく、見て知った上でどうすべきか考えること。戦後80年、昭和100年の節目の今こそ、本書をきっかけに一度足元を見つめ直すのもいいかもしれない。
文=荒井理恵