労働から疎外されている

仕事を楽しめないことを「労働から疎外されている」というらしい。僕は仕事に対して「早く終われ」という感情以外の何物も持たないから、きっと疎外されている。
会社から出た瞬間が一番好きだ。自分が戻ってきた感覚がある。しかし今日も帰りの電車は人でぎゅうぎゅうだった。僕は満員電車も楽しめまい。満員電車から疎外されているのだろう。スマートフォンも出せない状況なので、仕方なく中吊り広告を見る。週刊誌の見出しがずらっと並んでいた。その中に「賄賂」とデカデカと書いてあった。僕は賄賂も楽しめない。賄賂から疎外されている。いや、待てよ。貰う側だったら嬉しい。つまり、賄賂から疎外されていないのかもしれない。僕はわからなくなってきた。僕の中で「賄賂から疎外」「賄賂からノー疎外」というテーゼとアンチテーゼが渦巻いていた。ちくしょう、弁証法だ! テーゼとアンチテーゼが合体する。つまり、ノー賄賂に疎外されているとなった。意味がわからない。どうやら僕は弁証法からも疎外されているようだ。うへ、前の人が口を手で押さえずに咳をしやがった。前の人から疎外されている。咳からも疎外されている。いてっ。足を踏む人からも疎外されている。痛みからも疎外されている。
駄目だ。世の中は疎外だらけだ。もっと楽しいことを考えて、疎外をノー疎外にして疎外感をなくさないと――。

それいけ!地デジカ 

「あー世の中って不平等なことばかりだなあ」
僕の名前はたけし。トリプルたけし。今日も不平等の世の中に対して「嘆き」っていうやつ投げかけていたんだ。
「どうしたんだいトリたけ」
僕の部屋のふすまが開いて、黄色いスク水を着た二足歩行のシカが出てきた。常にひょっとこみたいに口を伸ばしているこいつの名前は地デジカ。
ただ地上デジタル放送を告知するだけに生まれた悲しい存在だ。もはや国民の誰一人として覚えていない地デジカを拾ったのは去年の夏のことだった。
「じゃあさ、トリたけは、平等な世界の方がいいと思うわけ?」
「当たり前じゃん。差別は良くないんだよ」
「相変わらず脳みそがコチュジャンのような男だなあ」
「は?」
タッタッタッ――。
よく、キレると何をするかわからない人が怖いというけど、僕はキレると「目と口を思いっきり開けてタップダンスをする」って決めてるんだ。
「いいかい、トリプルたけし、平等な世界なんて残酷なだけなんだよ」
それから地デジカは訥々と話し始めた。世界が平等になればなるほど、小さな不平等で人が傷ついてしまうこと。また、世界が平等であれば自分の能力の低さに言い訳できなくなってしまうということ。そのようなことを地デジカは――。

電車がとまった。停止信号があったらしい。隣のおじさんが舌打ちをした。キレイなソ♯だった。そのときだけ僕はこの退屈で愚鈍な世の中を少しばかり忘れることができたのである。おしまい(蜜柑風)