白石一郎を読み直して
二十数年前、集中的に白石一郎を読んだことがある。「十時半睡」シリーズや、「海狼伝」などの海洋ものが面白く、もっと読みたいと、文庫本で出るとすぐ買って読んだものだ。 古い作品で書店に並んでいないものは、図書館で借りて文字通り「読み漁った」ものだ。池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」、「剣客商売」を読んだのは、その後で、それから藤沢周平さんへと読み継いでいった、というのが私の時代小説遍歴である。
白石さんが鬼籍に入られてもうすぐ18年になる。全く知らなかったのだが、直木賞作家白石一文さんは息子さんだという。一文さんの作品は書店で何度か手に取ってぱらぱら流し読みしたことはあるが、読みたいという気にならなかった。
「包丁ざむらい 十時半睡事件帖」(白石一郎)は、シリーズで全11話収録の短編集。三十年以上前にこのシリーズが好きで新しい文庫版が出たらすぐ買って読んでいた。事件といってもたとえばお世継ぎの相続問題での藩内部の抗争といったようなものでなく、日常の些細な「勤め人」たちのちょっとした事件を描いている。短編だが「短さ」を感じさせず、舞台も江戸でなく福岡藩というところが、身近で良い。武士の話だが、内容は人情小説だ。
<黒田藩の要職を歴任して、いまは隠居の身の十時半睡だが、藩の生き字引として尊敬を受け、藩士にからんだトラブルの相談がしばしば持ち込まれる。
刀剣マニア同士の悲喜劇、ノミの夫婦にまつわる騒動など、泰平の武士の人間的な側面に対して半睡が、経験によるさばけた十時さばきを示す連作集。
「観音妖女 十時半睡事件帖」(白石一郎)は、シリーズ第二作目で、8つの事件(老いらくの恋、熟年離婚、援助交際、万引き癖のある妻、仇討、女たらし、趣味(浮世絵描き)を本業にしようとする藩士、競争社会で生きられない藩士)を描いている。前作もそうだったが、全体に色調が明るいのに救われる。だから、客観的に武家社会(組織に生きるサラリーマンに通じるものが多い)をみることができ、読後感も良い。簡単なようだが、なかなかこういうシリーズは少ない。
<泰平の世では、武士の生活もたるみ勝ち。そこで隠居した老人たちが結集して息子や嫁に活を入れる相談をすることにした。だが、その寄合の中身は老人の愚痴と嘆声ばかり。ところが、一人だけ型破りの老人が現れて……(「老狂恋道行」)>