「邪魔」
「邪魔 (上)(下)」 奥田英朗
悪い方へ悪い方へ事態が展開していってしまい、追い詰められた人たちが銀行強盗事件を犯してしまうという「最悪」の追い詰められ方もリアルだったが、本作はそれよりもっとリアルな展開を見せる。
サラリーマンの夫と子供二人がいる東京郊外の建売住宅に住む主婦。最愛の妻を交通事故で亡くし神経衰弱で不眠症に悩む刑事。この二人が放火事件を契機に、良かれと思ってやったことが悪い方へ悪い方へと流れ、逃れようのない窮地に追い込まれていく姿が、それぞれの心の襞に分け入るような筆致で描かれている。
「ある種爽快に道を間違えていく主婦と、やむを得ず壊れていく刑事の切ない物語」(本書解説より)だが、奥田さんの多くの作品がそうであるように、本作もまた全編を貫くテーマは「家族愛」だ。
<プロットやテーマは二の次で、ディテールが命なのだ。人間の、ふとしたことで垣間見える小さな真実を描きたくて、ストーリーを纏っているのだ。(「野球の国」より)>
エンタメ系の小説はどうかするとプロット重視で「長いあらすじ」に陥りがちだが(実は、「寝ころんで読む」のを常とする私としてはそういうものも読みやすくて好きだ)、正確なディテールを大事にする佐藤正午さん、盛田隆二さん、鳴海章さんなどの本を読むと、細部を描くことによって保証されるリアルさがあって、本格的な娯楽小説を読んだという満足感を得ることができる。まさしく「神は細部に宿る」だ。
<及川恭子、34歳。サラリーマンの夫、子供2人と東京郊外の建売り住宅に住む。スーパーのパート歴1年。平凡だが幸福な生活が、夫の勤務先の放火事件を機に足元から揺らぎ始める。恭子の心に夫への疑惑が兆し、不信は波紋のように広がる。日常に潜む悪夢、やりきれない思いを疾走するドラマに織りこんだ傑作。>