その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は石原壮一郎さんの『 昭和人間のトリセツ 』。「プロローグ 昭和人間という、ややこしくもデリケートな存在」をお届けします。
【プロローグ】
昭和人間という、ややこしくもデリケートな存在
昭和人間のみなさん、調子はどうですか。まだまだ元気にやっていきましょう。まわりの昭和人間に何かと悩まされている若者のみなさん、いつもお世話をおかけしています。
昭和の時代と令和の今とでは、街の風景も人々の感覚も社会の常識も、大きく変わりました。私も含めて昭和に生まれ育った昭和人間は、折に触れて「なんかやりづらいな」「なんでそうなるの」と感じてしまいがち。そして、若者のみなさんも昭和人間に対して、折に触れて「なんかやりづらいな」「なんでそうなるの」と思っているかと存じます。
家電製品にせよ電子機器にせよ、その実力を十分に引き出そうと思ったら、トリセツをじっくり読んで、正しい使い方や注意事項を知っておく必要があります。昭和人間というややこしくてデリケートな存在も同じ。潜んでいるリスクをチェックしておかないとトラブルにつながるし、扱い方を間違えたらスムーズに動いてくれません。
この本では、昭和人間である自分自身をどう取り扱うか、そして周囲の昭和人間をどう取り扱うかについて、念入りに考察したり具体的なノウハウを提言したりしています。昭和人間のみなさんは「自分のトリセツ」というスタンスでお読みください。日頃から昭和人間に悩まされている平成人間のみなさんにとっては、扱い方のコツをつかんでもらえる内容になっています。
昭和人間のあなたが「自分のことはよくわかってる。トリセツなんて必要ない!」と思ったとしたら、それは危険な思い込みです。これまでの人生においても、自分のことこそわからないと実感した覚えがあるはず。また、読んでいて「カチン」とくる箇所があるかもしれません。その場合、そこがあなたにとっての「トラブルが発生しやすいウィークポイント」です。ぜひ、自分の胸に手を当ててみましょう。
周囲の、おもに若いみなさんに向けて取り扱い方や注意点を述べている部分も、昭和人間には関係ないと思わないでください。「こう見られがちなので気を付けましょう」「こんなふうに気をつかわせていることを自覚しましょう」という間接的な警告と受け取っていただけたら幸いです。
自分の取り扱い方のコツを知るのは、卑屈にも傲慢にも不機嫌にもならずに、平穏な気持ちで日々を過ごすためです。周囲といい関係を保って、居心地のいい場所で伸び伸び過ごすためです。昭和人間の持ち味とパワーを発揮して、令和の時代を元気に楽しく生き抜くために、トリセツを有効に活用しましょう。
まずは自分の「昭和人間度」を把握する
思えば遠くまで来た昭和人間ですが、きっと若者にはない長所や底力があるはずです。いっぽうで、今の時代とややズレがある常識や感覚が、周囲の顰蹙(ひんしゅく)を買っているケースも少なくありません。
昭和人間である自分のトリセツを有効に活用するためには、基本スペックというか、マシンのクセのようなものを知っておく必要があります。まずは、自分の「昭和人間度」をチェックしてみましょう。よかったら平成生まれの方もやってみてください。もしかしたら、「心は昭和人間」という人もいるかもしれません。
次の10の項目のうち、自分に当てはまるものや同意できるものはいくつありますか。半端に世の中の空気を読んだりせず、ありのままを本音でお答えください。「YES」の数で「昭和人間度」を判定します。
- その1「若い後輩や知人から『それって昭和ですね』『うわー、昭和っぽい』と言われたことがある」
- その2「昭和40年代後半にデビューした人気男性歌手の『新御三家』の名前を全員言える」
- その3「立ち上がるときに『よっこいしょういち』と言ったことがある」
- その4「大きな声では言えないが、子どもは3歳になるまで母親の手で育てるのが理想だと思っている」
- その5「小さな声でも言えないが、この頃は『セクハラ』や『パワハラ』に厳し過ぎて逆に弊害があると思っている」
- その6「大事なお詫びの言葉はメールではなく対面か、せめて電話で伝えるべきだ」
- その7「もはやほとんど必要性はなくても、自宅の固定電話を解約する気にはなれない」
- その8「アジア諸国から留学していると聞くと、反射的に『豊かな先進国に来た苦学生』という枠組みで見てしまう」
- その9「音楽ユニット『YOASOBI』のメンバーの人数や男女比を知らない」
- その10「もちろん自分は昭和人間だし昭和人間で何が悪い、という気持ちだ」
「YES」が8~10個のあなた……昭和人間度100%
押しも押されもせぬ昭和人間です。きっと周囲とぶつかったり顰蹙を買ったりすることも多いはず。今のままでよしとするか変わる努力をするか、それはあなた次第です。
「YES」が5~7個のあなた……昭和人間度70%
まあまあ筋金入りの昭和人間です。若い人との感覚のズレを感じることもままあるでしょう。ズレが亀裂に発展するかプラスの結果を招くかは、ちょっとした心がけ次第です。
「YES」が2~4個のあなた……昭和人間度30%
マイルドで薄めの昭和人間です。かといって油断は禁物。心の奥に眠っている昭和人間要素が、いつどんな形で顔を出すかわかりません。常に警戒を怠らないようにしましょう。
「YES」が0~1個のあなた……昭和人間度5%
見事な平成(or令和)人間です。それはそれでいいんですが、昭和的な価値観を知っておくと、幅広い世代と有意義な付き合いができるでしょう。
何を言っているのかチンプンカンプン1(←最近あまり見ない「昭和ワード」(P57~)のひとつ)な設問もあるかと思うので、少し補足します。
その2の「新御三家」は郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎の3人。ちなみに元祖「御三家」は、昭和30年代後半にデビューした橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の3人。その3の「よっこいしょういち」は、昭和47年にグアム島で発見された元日本兵の横井庄一さんの名前と「よっこいしょ」を掛け合わせたダジャレのこと。その4の「3歳児神話」は、昭和の頃には広まっていましたが、平成の初めごろには完全に否定されました。
その5は、そんなふうに当時を懐かしんでしまうぐらい、昭和の時代は「ハラスメント」が日常的な光景でした(残念ながら)。その6の「お詫び」に関しては、平成人間は「電話は相手の時間を奪うので、お詫びこそメールで」と考えているのかも。その8のように、昭和人間は「日本は先進国でアジア諸国から憧れの目で見られている」という意識をなかなか変えることができません。
その9の「YOASOBI」は、男女の2人組。活動開始は2019(平成31)年で、『夜に駆ける』『アイドル』など多くのヒット曲があります。ま、知っている人には必要ない説明だし、知らなかった人は今後もたぶん縁がないので同じぐらい必要ない説明ですね。
「前期昭和人間」「後期昭和人間」という概念
昭和人間を語る上で気を付けなければならないのが、ひとくちに昭和人間と言っても、大きな幅があるということ。なんせ昭和時代は1926年から1989年まで足かけ64年もありました。戦時中から高度経済成長期からバブル期から、いろんな時期が含まれています。
トリセツを考えるにあたって、全部をひとくくりにするわけにはいきません。細かく分けるとキリがありませんが、現時点での社会における存在感や立ち位置を考慮して、ひとまず「前期昭和人間」と「後期昭和人間」の2つのグループに分けてみましょう。
グラデーションや個人差があるのは大前提ですが、大阪万博が開催されるなど高度経済成長の絶頂期だった昭和45年を境にして、それ以前に生まれた人(令和6年時点で54歳以上)を「前期昭和人間」、昭和46年以降に生まれた人(同53歳以下)を「後期昭和人間」に分類することにします。「前期よばわりは不愉快だ!」とご立腹の方もいらっしゃるかもしれませんが、あくまで便宜上ですので、なにとぞご海容ください。
生まれ育った時代の違いは、人生観や仕事観、ジェンダー観などに大きな影響を与えているはず。昭和前期と後期で「取り扱い上の注意点」に違いがある場合は、今後のトリセツの中でただし書きを加えることにします。必要に応じて、昭和25年以前に生まれた人(同73歳以上)を「いにしえの昭和人間」とさせてもらうこともあるかもしれません。
「前期昭和人間」と「後期昭和人間」では、どういう違いがあるのか。思いつくままにいくつか挙げてみましょう。
「後期」は物心ついたときからカラーテレビが当たり前だったが、「前期」はテレビの原体験が白黒テレビだったり、家にテレビが来た日を覚えていたりする
「後期」は中高生になっても漫画やアニメが好きだと公言できたが、「前期」が中高生の頃は漫画やアニメ(テレビ漫画or漫画映画)は「子どもが見るもの」とされていた
「後期」は昭和62~63年ごろにピークを迎えたバブル景気の実感や記憶はぼんやりとしかない、あるいはほとんどないが、「前期」はその渦中を経験していたり横目で眺めていたりする
「後期」は「経済は横ばいに推移していくもの」と思っていて、「前期」は「経済は右肩上がりに成長していくもの」というイメージを捨て去ることができない
「後期」は子どもの頃から「男女平等」という概念が広がり始めたが、「前期」が子どもの頃は結婚にせよ社会の仕組みにせよ「男尊女卑」がベースになっていた
「後期」が社会人になった頃は「女性の社会進出」が注目され始めていたが、「前期」が社会人になった頃は「女性は働くのは腰かけで家庭に入るのが幸せ」とされていた
「後期」が思春期の頃はそうでもなくなっていたが、「前期」が思春期の頃は「婚前交渉」「傷もの」「女の子のいちばん大切なもの2」といった言葉に重みがあった
私たちは、生まれ育った時代の影響から逃れることはできません。ここに挙げた違いはほんの一例ですが、昭和人間について考える際には「前期」と「後期」の違いを意識したほうが、より理解が深まるでしょう。
ただ、書いている私が1963(昭和38)年生まれということもあり、現在60歳過ぎぐらいの世代の話が多くなっています。若かりし頃の体験にせよ現在の心情にせよ、もっともリアルに語れるということで、時に必要以上に熱くなりつつ頻繁に言及してしまいました。違う世代について考える際も、類推するための「叩き台」としてお使いください。
「そもそも『昭和人間』というくくりが気に入らない。世代で分断したいのか!」という意見もあるかもしれません。しかし、昭和に生まれた人は、どう逆立ちしたところで「明治人間」にも「平成人間」にもなれません。昭和に生まれた自分の足元をしっかり見つめることは、違う世代と深くつながるために必要だし、極めて有効でもあります。枠にはめたいわけではなく、むしろ枠を超えるためとお考えください。
手前味噌に聞こえるかもしれませんが、この『昭和人間のトリセツ』を読むことで、あなたの人生は大きく変わります。
あなたが昭和人間の場合は、自分では理由がわからない人間関係の“不具合”が激減し、すっかり面倒臭くなった自分自身と上手に折り合いを付けられるようになるでしょう。周囲の昭和人間に困らされている若者のみなさんも、しばしば発せられる不快な“異音”の原因がわかることで、対処法が見つかったり怒りがやわらいだりするはずです。
もちろん、ここに書かれているトリセツで、すべてが解決するわけではありません。これからも試行錯誤は続きますが、まずは一歩目を踏み出すことが大切。トリセツという概念には、それぞれの特性やクセを受け入れながら、どうにかうまくやっていこうという寛容の精神が詰まっています。昭和人間も平成人間も、この本で感じ取った「トリセツ・スピリット」をお伴に、厄介なことが多い人生の旅路をなるべく平穏に進んでいきましょう。
1【チンプンカンプン】
話がまったく通じないさま。あるいは、話がまったく理解できないこと。「珍紛漢紛」と書き、もともとは江戸時代に儒学者の漢語を冷やかした言葉とも言われている。
2【「女の子のいちばん大切なもの」】
1974年に発売された山口百恵の5枚目のシングル『ひと夏の経験』の歌詞にあったキラーフレーズ。その意味に関してはさまざまな憶測をよんだが、山口百恵は「女の子のいちばん大切なものとは?」との問いに「真心です」と答えているという。たしかにそういう一面もなくはないとも言えなくもない。
【目次】