2007年01月31日

1月最後。

本日はぁ。ディーター・ディートリッヒ先生とも最後。
ドイツ語は今月はテストクラスでひいふうひいふう。

先生も、生徒を厳しくスパルタしなければならなかったので、
自分の言いたいこと(ほとんどが説教)も言えず、なぜかというと
話が長くなってしまい、授業がすすまないという弊害を自ら分かっていて、がまんしていたのだ。

さあ、本日は最終日ということで、
大いにディスカッションしていただこう。
始めたのは、言わずと知れる先生。

このドイツ語の学校では今、あつぅいテーマがあるという。
休み時間、先生同士はこの話題で持ち切り。
さらにイスラム圏の生徒の間でも。

答えは、そう簡単にはいかないようだ。

というのは、
熱心なるイスラム教の生徒がお祈りの部屋を学校側から
提供していただきたいというのだ。数十人の署名まであるという。

ドイツ人の先生方はキリスト教である。

これは、宗教的な対決!
キリスト教対イスラム教かぁ?


先生と生徒という社会枠での上下関係が
あるいは、やはりキリスト教とイスラム教のどちらが宗教として勝っているかというような
一神教同士の終わりない戦いもかねあってのことだと思ったが。

そうではないようなのである。

というのは、真剣なるカトリック信徒
ディーター・ディートリッヒ先生の事の事情観察によれば、
公の場所に宗教的な事柄をもってきたくない、というドイツ人教師たちの心情が対抗しているのだと。

ディートリッヒ氏は、ドイツ人たちの意識していない本音をつく。

宗教性を身の回りにぜぇったい置きたくない!といわんばかりのドイツ人の態度。
宗教そのものを、相反するものとしてを排除するかのようなその態度に
愕然の先生。

私はカトリック教徒です!
と現代にいたって、誰も聞いてもしないのに、
話の文脈で、自分の宗教を宣言する先生。

それは、それで、また珍しい存在になってると思うんですけど。

神は死せり、ニーチェの系譜をつぐ典型的現代ドイツと
神は以前死んでいないイスラム。

神は死んだといっても、神がいないっていう仏教系の雰囲気にすらなってないなーと思う私。
そして、神がイスラムで死んでしまったら、だれがまとめるんだろう、と心配する私。

クラスには、イスラム教でも、信心深い人もいればそうでない人も、
そして宗派によってはお祈りの時間などの規則が厳しいところと、そうでないところがあるらしい。

イスラム圏の人々から彼らの意見も聞く。
ああ、ディスカッションになってきちゃったぁ。

ディートリッヒ先生が話を終わらせようとしているところへ。

あのねぇ。私思いますけれどもねぇ。
もしね、本当にお祈りしたいと思うんだったら、この近くに
だまって部屋を借りればー。あとで、みんなに知らせればいいのよ。

と提案してみた私。

だって、そこまでお祈りしたいのなら、
やればいいのよー。議論を巻き起こさないで、
自分で解決できる方法を考えればいいのだ、と仏教的に言ってみたわけだけど

皆は、資本主義の国、アメリカの愛弟子の言う事だと
思っているにちがいない。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(0)どいつも。

2007年01月30日

アーメン。シュッシュ。(十字を切っている音)

最近、誰かに助けられたとか、助かったよ、という考え方が多い私。
そして、こうすれば助かるかもと思って行動する私がいる。
別に聖職者ではありません。

助けるとか助けないとか、そういう意識的に思う芯ってなにかなーと思う。
もちろん、無意識的にも「助ける」心で動いていた自分があるはずだ。
でも、それは「助け合い」とはなんか違うなー。

一方的な「助ける」っていう概念。
それって、でも、キリスト教的?
と思うのよ。

なんか、一方的な援助でそれで、相手は見返りを求めていない。
(そうは言うものの、でも、やっぱり、お返しをするべきだと思うのは日本的だろうか)

やっぱり救済っていう概念。は彼らにこびりついていると思う。

だからこそ、この異邦人ものうのうと生きられる環境があるわけだ。

そういえばー。
私は、キリスト教の幼稚園だった。
四恩幼稚園ありがとうございます!

近所に寺の幼稚園があり、しかも同級生に寺の子がありながら。
家にキリスト教的な接点がないのに、あるいは近所付き合いっていう日本の習慣
なんか無視されてキリスト教の幼稚園に送り込まれたわけだ。

幼稚園を卒業してからも、日曜日に教会にいくようなことをしていた。
小学校まで。なんか分け分からなくても、十字を切ってアーメンとか言ってたなぁ。

おもしろいことに、
その後、さまざまな人生をそれぞれ歩んでいる
幼稚園で同級生だった友達とは、なんかねぇ。一体感がまだあるねぇ。

まあ、これはキリスト教のおかげということでもなく、
幼少期に時代をともにしたということが、主な理由だと思うけど。

っていうことは、ちょっとは彼らの中に、キリスト教的要素が入っているわけだ。

こう言語化してしまうとつまんなくもみえる。

とりあえず、ここで、のうのうとしてられるのは、
キリスト教の幼稚園のおかげだったかと。思う次第で。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(0)あっ、私もかぁ。

2007年01月29日

この話つづくぅ。

今、河合隼雄さんと石井米雄さん共著の「日本人とグローバリゼーション」を読んでいます。

河合隼雄さんとは、直接にお目にかかれなかったけれども、文化庁長官を務められた方。臨床心理学者が文化庁のトップになられるのは異例のことではなかったでしょうか。国の文化のトップにつくものは、文化の領域からくるもの、例えば国立博物館や、国立劇場の館長を歴任した方、あるいは音楽監督であったり、高名な作家であったりという、すでに各文化領域で第一線に立っているものが就任するというのがお決まりの考えだったのではないでしょうか。ですので、心の専門家である河合隼雄さんの就任や、職務遂行に関して違和感があったかと思います。しかし、これは後々から考えれば、ずばり適任ではなかったかと。文化というのは、美術、音楽、舞台、映像、文学など、様々な区分けがありますが、実は、その底を探ってみれば、「心を扱うものだ」と、河合さんの文化庁長官という存在が改めて我々に気づかせてくれたと、そういう思いがします。

去年の9月より様々な河合隼雄さんの著作を読んできました。読むのが遅い方なので、すべて網羅したとはいえませんし、覚えが悪い方なので、すべて頭に入っているとはいえません。それに、私は、臨床心理の職業についている訳でもありませんし、心の専門家になろうと思っている訳でもありません。ただ、なにかこの理解不可能な世界に対してのある接し方が書いてあるような気がしてしょうがないのです。

この「日本人とグローバリゼーション」という本は、神田外国語大学付属の異文化コミュニケーション研究所の主催で開かれたセミナーの中での講演と討論の記録を出版したものです。グロバリゼーションという現象も一つの理解不可能な世界でしょう。私たちは、すでに否応無しにこの波の中にいます。

では、実際グロバリゼーションとはいったい何?という私の疑問に、著書の中で河合氏は、グロバリゼーションと西洋化という関連性で説明を行っています。「グロバリゼーションというのは、コミュニケーションが盛んになって、どこへも行きやすくなるというだけの話であって、べつにみんなが同じ事をしなければならないというわけではありません。」という前置きがあり、ただし近代科学技術を考えなければならないと。近代科学技術は、地球上でもキリスト教文化圏からのみ出てきたものだと。近代科学技術で分かっていたようなことは、ヨーロッパ圏以外でも、例えば中国や日本でも気づいていたことだと。ただ、なぜ近代科学が他よりも一歩前に出ることになったかというと、研究者と現象を完全に遮断して、客観的に観察するという方法論を確立し、どこにいっても通用するような普遍性を成立させたと。例えば、公式なんかがそうだと。で、西洋がなぜそんな普遍性にこだわったかというと、この世界は神がつくったものであるのだから、必ず奥底にはすべてのものに共通にあるものがあるはずだという信念からおこったものだと。みごとな神が造られたであろう法則性を理解しようとしたために、自然科学が発達して、結局は神の存在を危ういものにする結果に。その普遍的なことをみつけたのは、キリスト教的考え、つまり一神教的思考パターンだと。さらに、今あるテクノロジーとは自然科学をベースにしているし、グロバリゼーションはテクノロジーをベースにしている。つまり元を正せば、グロバリゼーションとは普遍的真理とその追求で動いているし、その普遍的真理とその追求とは、欧米の文明つまり一神教の考えのベースから成り立っているということが書かれていました。しかし、よく考えてみると、そのグロバリゼーションというのは、世界中にあまねくゆきわたる傾向なのです。すべてのものに共通してくるようになっています。著書の中でもそのことに我々を気づかせ、河合氏は最初にご自分が言った定義を反転させているのです。つまり、「べつにみんなが同じ事をしなければならないというわけではありません。」の矛盾をつき、「どうしても欧米の文化にアクセスせざるを得ないような仕組みになっている」と説きます。

さすが、心理分析家だと思います。これだけ世の中の事情を客観的にみれるとは。課題が世界的な問題に当るのに、割と筋道を立てて説明され、筋も通り、納得を促すものです。彼のグロバリゼーションの分析は的をついていると思う訳です。そして私はここベルリンにいて、さて、どうしたらいいのだろうかと考えるのです。とにかく、私は外見も中身もベースも違う訳です。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(2)どいつも。

2007年01月28日

フィリックスとその仲間。その3

その後、タへレスの下でもう一回お茶したけど。
もう、2年前と同じ事言っている私がいて、
愕然とした。

というのも、私はいつもフェリックスと偶然会うと
最近の調子はどうか、ということと
なにを最近やっているか、を聞くのだ。

なんだか、この時も曖昧な答え。

もう、2年も経っとるとちゅうに。。

私も2年前と同じ事を諭すようにしゃべっていて
なんだかなー。私の言い方も悪いね。もしかして。

相手も飽き飽きしてきたみたい。

彼は、東ドイツの出身の人で、どうもオヤジさんとかは
芸術関係のトップの方にいたらしい。だから普通人の生活とは
ちょっと違っていただろう。やはり東ドイツ出身でケーペニックに住む女の子の
ヤーナと同じぐらいの年なのに、世界観がずいぶん違うの。

うーん。
稼げない人もいるからねぇ。あんまり枠にはめるのもよくないと
思うのだけど、でもねぇ。だいじょうぶかね。この人。

つけ、で紅茶をおごってもらった。  

Posted by Eri Kawamura at 00:03Comments(0)どいつも。

2007年01月28日

フィリックスとその仲間。その2

それからタへレスに展覧会を見に行きたいという
たっての私の希望で、会場まで
連れて行ってもらう。

8時をすぎていたので
もう閉廊。

しかーし。フェリックスはここで働いていたことがあるので、
ちょっと、バーの店員(アーティスト)に言って、特別に閲覧を許してもらう。
すごい。顔がひろー。いや、この付近では。

2階ある展示室を案内してもらって
はたと、バーの店員さん(アーティスト)
がある絵の前で止まった。風景画だ。

空の領域の方が丘の領域より広い。

空は空色で塗られているのが主だけど、
所々に黄色の箇所がある。

バーの店員さんの作品ではないのだが、
この作品について説明をしてくれる。

特に、空の色について。

なんで、青色、あるいは空色で全体を埋めなかったか。
なんで、黄色が入る事となったか。

それはねー。太陽の色だよ。太陽の光の色を表現したのだよ。
サンサンと降り注ぐ、太陽の光。
こうねぇ、丘の間から上がってくる太陽の色だよ。
青と黄色はまだ合うよ。重ね合わす事ができるのだ。

ただし、太陽の色といっては赤色を思い出すよねぇ。
赤と青っていうのは、難しいんだよ。混ざり合ったら茶色になっちゃうから。
だからねぇ。この画家はうまくやって黄色を太陽の色として選んだんだよ。

こうねぇ。だから、赤と青っていうのは、混ざったらいけない、そして配分も難しいんだよ。
赤が多くてもいけないし、青が多くてもいけない。こうねぇ。難しいんだよ。
しかもねぇ。机は平でなければいけないんだよ。
そうじゃないと、ある境界で、赤と青が混ざっちゃってねぇ。いけないんだよ。

例えば次の絵は、赤と青を空の表現としてねぇ。使っているんだけど
うまいグワイに使っているねぇ。混ざってもいない。

私は彼の名前を訪ねなかったし、
私は私の名前を言わなかったけど。

私たちの間に共通の感覚が流れていた。

彼は浅黒い顔をしていて、大体50ぐらいかな。
それでいてドイツ語圏の人ではないようだった。
英語にもドイツ語にも訛りがあった。

なんといっても、彼は真っ赤なセータに、真っ青なジャケットを羽織っていた。
これこそ!だねー。  

Posted by Eri Kawamura at 00:02Comments(0) ベルリンアートシーン

2007年01月28日

フィリックスとその仲間。その1

本日はぁ。6時にフェリックスと待ち合わせ。
この前会った時に、やはり失礼をして
誘いを断ったから、改めて新しい日程をとった。

とりなおしである。

携帯を持ってない人だ。

だから、ぷらぷら歩いていて会う時に約束をとるのだ。

まあ、ホントに変わった人。

お気に入りのカフェで。

フェリックスを描写するとすると、
ちびまるこちゃんの花輪くんだ。

コードーが激しすぎる。
身体表現が激しすぎるともいうべきか。

大した事ない話なのに、耳元で話すとか。

お茶ちょーだい。
とウェイターに耳元で注文するとか。

私の話も別に対した事ないのに
耳をそばだててくる。

別にー。㊙を言っているわけではないのよ。
しかも、あんたのそのもうもうとした髪の毛じゃま。
どーにかなんないのさー。まったく、うざい!

プルプル。

カフェの奥に座ると前にドイツ人の方が。
フェリックスは私を待っている間に、彼としゃべっていたらしい。
そこで、私がはいって3人で談笑となった。

けれども。どーみても。私は、アジアからの女。

2対1となるのよ。

そのドイツ人の男性はジョセフといったけれども
この近くのレストランで見習いみたいなことをしているという。
なぜかといえば、数年前暴力事件かなんかにからまれて
職を失っただか、失ってから一からやりなおしたとか。
なんだか、我慢してその職についているけど、
やり切れなさがのこるような感情を醸し出していた。

下の方のやつらとも繋がっているとか。
ホントかなー。

とにかく、すぐに私が結婚しているかどうか聞かれた。
彼も結婚していないという。30の後半。

それから、中国人と間違えられたけれど
日本人だということを明かすと、
日本とどうにかもうけ話を進めたいねぇ。
という。

あんた、コネクションあるか。

それから、今このカフェを出て違うところへという話へぇ。
その時には、フェリックスか自分かを選ぶようにの雰囲気。

あーのー。
ジョセフさん!
あのね。私はねぇ。アジア人で、日本からきて、女で、
結婚もしてないけどねぇ。それで、私はフェリックスとは友達で、
なんにも関係ないんだけどねぇ。

それでねぇ。あなた、なんか偏見なぁい?
男か女か、それで、アジアからきたか、ヨーロッパからきた
結婚適齢期かどうか、なんて関係ないよ。

あのねぇ。その前に、
あんたの前にいるのは“エリ”だよ!
そう見られたいよ!!
とりあえず、初対面なのですけど。

おうおう、さらに乗り出してきちゃった。

あんたは怖いんだ!

あーのー。
わからない。彼は、自分の怖さを人に反映させて言っているだけではないか。
何の根拠があって、怖いんだと言っているのだろう。根拠を辿れる会話線もなかった。

どーしよ。こーいうの。
とにかく、うまく折り畳む筋を考える。

とりあえず、私とあんたは、今ここであって、
お茶しているわけ。お茶しているところに楽しい会話があってもいいじゃない。
それを楽しむだけよ。

もう一度会うために電話番号を教えてほしいと
言われたけど、

あのね。偶然を信じましょう。
この携帯持ってないフィリックスとも偶然会う事ができたわけだし、
偶然を信じたら会えますよ。

と。

偶然節で乗り切ったものだ。

しかし、偶然はホント大切だと思うのだ。
信じるか、信じないかの差だねー。

ああ。でも出しゃばるのは気をつけよう。
こんなの、フィリックスが隣にいたから出来たようなものだ。
危なっかしい事は避けよう。念ずる、念ずる。  

Posted by Eri Kawamura at 00:01Comments(7)どいつも。

2007年01月28日

あちゃー。

おやじがよぉ。
ぎっくり腰だってよぉ。
と電話で聞く。

すみませんねぇ。
困った娘をもってねぇ。

ありゃ。ストレスだね。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(0)あっ、私もかぁ。

2007年01月27日

アジアの女たちに助けられること

まったく、午後もそうだったけど、

アジアの女性たちに、助けられるよ。

と思うね。ここで。

Mちゃんと夕飯&バーへ。
活動拠点がベルリンじゃないのに、
わたしより、いいレストランとか知っている。

それとバーも。
鼻がきくのだ。

様々な人生の問題について。

えりちゃーん。それはね、許してないんだよー。

自分が楽になるために許しちゃいなよー。

とのこと。

いろいろ試行錯誤してやってきたのに、これからまた許せという訳?
と腹の中で思ったけど、そう思う事自体が許していない証拠だと思った。

許せないっていうことは、いわゆる「憎しみ」があるってことだ。
憎しみを自分の中に持っているとは認識していなかった!あるいは、
もし持ってるとすれば、何に対してか分からないまま過ごしてきちゃったという訳だけれど。
これでなんとなくはっきりしてきたわけだ。

原因を知る事はよい。

解決策が浮かぶから。

ちょっとぉ。簡単にはいかない。
一回寝よ。  

Posted by Eri Kawamura at 00:01Comments(0)あっ、私もかぁ。

2007年01月27日

儒教育ち、ベルリン生まれ

ジーウンを事務所に招待。
ドイツ生まれ、ドイツ育ちの韓国人だ。

シュリッツアウゲっていう
アジア人に対する屈辱も何のその。
彼女はアイラインで、びしっとアジア人の目の特徴を
切り札にしている。

まあ、なんとも。
ケタケタと笑う方だ。

昔働いていたところでよく顔を合わせていた関係。

というのは、その当時建物全体では時々会議が行われていた。
というのは、時々、その建物が強制的に競売にかけられもしたからだ。
というのは、その建物の所有権がはっきりしていなかったからだ。

なぜかといえば、ユダヤ教会が近くにあることからもわかるように、
ユダヤ人の多い地域であったここら辺は、もちろんユダヤ人が所有する建物、土地があった。
戦争の時に彼らが亡命しなければならなかったことや、殺害されたことにより、
所有者がわからなくなってしまったのだ。さらに戦後こらら土地と建物が共産圏に位置したことで、
時間が経ち、亡命先で生き残った人々の子孫さえ、(子孫もさらに枝分かれになってしまったに違いない)先祖の所有物が把握するのが困難であった。

まあ、そういうユダヤ人とドイツ人の、過去と現在と、共産圏と資本圏の間にそびえた建物の中で
ギャラリーや、映画館、アトリエ、ショップ、バーなど私たちは自主的にオーガナイズしていたわけだ。

ジーウンは、これらアーティスティックな個々の営業主をまとめる委員会の
副委員長的存在だった。

委員長(バー経営者)はどーんと座っていて
寡黙な人であった。

abwarten!
時期がくるまで忍耐強く待つ!
というのが彼の人生モットーでもあった。
でもー。会議場では、abwartenではなんにもまとまらん!
言いたい放題のヤツもおる!

そんな、彼を会議上で支えたのは
アジア顔のジーウン。

彼女の方が状況を把握していて、
まとまりのない議論をまとめ、
整理整頓していく。

口論になりそうなところは
突っ込みを司会者として入れていた。

あなたの考えはこうだと思うのだけど、
みんなのことを考えるとねぇ。こういう場合は、こうでしょ。
はい、次の人!意見!

おう、おう。

一方で、ナルシストで、エゴイストでもある、アーティスティックな人たちを
さばさばとまとめておる。

反論もなにも怖くない感じで。
いいたいことは腹から言わせて、
しかし、この状況ではこうだよとなだめる。

法学&アートマネージメントを学んだ強者である。

内部にこう、さばさば客観視して
ばっさり何を全体でするべきか一筋の線を引いてくれるのはありがたい。

あとは、委員長が言うだけだ。
あ、そういうことで、よろしく頼んますなー。


両親は共に韓国人でここで育ったから
自分は、ここではドイツ人でもないし
逆に韓国では、韓国人でないことをしらしめられると。

なぜかっていうと、自分は、60年代風儒教のまま育っているけど、
韓国では、もうそういう風潮もないよ。韓国にいったら、韓国人として
同じ世代の人と比べて、すごーく古い自分がいるよ。

それだから、どこへ行っても唯一の自分というものが確かめられる。
とも。

今回は、彼女といっぱいしゃべった、しゃべった。
彼女はアジアで今起こっていることをここ、ドイツに紹介したいという
情熱の持ち主だ。

もっと情報がさぁ。手に取りやすくなっていれば、
食いつきやすくなっていれば、いいのじゃないの?

どういう風にアジアを紹介するか、
彼女とブレーンストーミング。
でてくる、でてくる、うじゃうじゃと。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(0)こいつも。

2007年01月26日

こう書いていると何がなんだか分からなくなります。

その後、帰り道。
オヤジのいるコインランドリーを通り過ぎたら
あー。なんか見た事あるひとが。

中にいたフィリックスと目があう。

あ!。あんたも、常連なんだ。

今日は、ドカタみたいなぼんぼんズボンはいてる。
しかも薄っぺらい感じ。

にしても真っ白地になんだか、
金色のアリンコみたいな模様がいたるところに。
おしゃれ着か。いわゆる。
上下ともどもそろっている。

それでいて、洗濯屋に洗濯してきたわけ。

なんだか、洗濯機がこわれたどうのこうの、
言っていたけど、なんだか複雑な話だったので、
彼が、そのコインランドリーにいる理由はつかめず。

寒くないのー。雪降ってますけどおぉ。そして積もっても。

フェリックスは
一年半前、友達トムのところにお世話になった時、
隣に住んでいた住人。

一言で、彼を言い表せば
挙動不審人。

彼と歩いていると目立つ目立つ。
このアジア系外国人より。
さらに。このコンビネーションがさらに目立つ所以か。

今日ね、道で会った女の子が、誕生日だというから
花を買ってね、贈ろうとしたんだ。そしたらね、誕生日は
実は半年後っていうから、なんだ。うそをつかれたんだよ。
それでね。彼女にその花を贈るのをやめて
ふらっとタバコを買いにキヨスクに寄ったら、キヨスクにいた
店員が誕生日だって言うんだよ!それでね彼に花を贈ったよ。
それでね、彼から誕生日会に来ないかって誘われているんだけど
いっしょにいってみない?この近くのバーだから。

あっそう。

あのね。私明日早く用事があるのよ。
急いで寝に帰んなきゃ。
でも、通り道だし、そこまで行ってみてもいいよ。
お茶一杯ぐらいはつきあってもいいけど。

そのバーに着いてドアをあけると、
Eintritt 5 Euroの文字が。
(入場料)

あのね、フェリックス。
5ユーロ払ってお茶だけのんでかえるって
私には不甲斐ないし、本当にやっぱり早く寝ないと
あとにひびくから、今日は私やめる。
あんた、行きたかったら一人でいってよ。
悪いけど。

ねえねえ。フェリックス。
そういえばさー。
同じような状況2年前にもなかった?

どっかの誕生日会があるバーであるからって、
二人でいって、(やっぱりあんたあの時もだれのパーティか
認知してなかった)入場料の文字を見て
踵を返したってこと。

なんか、状況にてない?
どこだったけぇ。そのバーって。  

Posted by Eri Kawamura at 00:01Comments(0)どいつも。

2007年01月26日

オープニング

宮島達男さんのオープニングへ。
Buchmann Galerie

Berlin-Tokyo チームが集まってたっけ。
ちょっと昔を思い出す。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(0) ベルリンアートシーン

2007年01月25日

私の勉強部屋、カフェ・ヴァッシュサロン

勉強にいそしむ。
お気に入りのカフェで。

最近のお気に入りは
ローゼンターラプラッツの近くの
ヴァッシュサロン。

本当は、コインランドリーなんですけど、
隣に付属のカフェがある。

洗濯物が洗われるのを待っている人のため
のカフェだけど。

カフェだけしにいってもOK。

おじさんがいる。

彼は、コインランドリーのオーナー。
コインランドリーっていうのは、
無人で、セルフサービスって概念があるけど、
ここは、そうじゃない。

おやじつき。

いつも身ぎれいにしているおじさんが
コインランドリーにはいると。
Was kann ich fuer Sie tun?
ときいてくる。

なにか私にできることはありますでしょうか。

コインランドリーを目指して来たのだから、
洗濯をしたいんだよ!と突っ込みをいれたくなるんだけど。

なんだか、この場ふさわしくないような、丁寧さで
接してくる。まるでブティックに来た気分だ。

相手は、家に洗濯機もない、やからたちだ。

そして隣の部屋にいくと一瞬にして、カフェのマスターに変わる。
いつも背広とチョウネクタイのおやじさん。

コインランドリーのイメージを覆すこのオヤジの存在感に敬服。
なんか、安心感があるんだよね。人がいるし。

汚れ物を洗いに行くって、惨めな気持ちになることもあるだろうし、
しかも、一端外に出なければいけないって、めんどくさいことだと思う。

だからこそ、ブティックやカフェに行くような気分で、ってことだと
思うんだけど。それは後付けされたコンセプトで、結局、おやじ
人と話したいんだと思うね。ジだね。ジでやってるんだよ。

そんなこんなで、あかぬけたジャケットのオヤジは
みんなの♡をゲットしております。

私は、私で、何台も大型の洗濯機と乾燥機がある横で
大きな家に住んでいる感覚と、おやじ給仕がいる感覚で
満足。カフェ全体が、勉強部屋になった気分に。

そんな空想に浸っててもぉ。
実際、勉強が身に付いたかが、問題。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(2)どいつも。

2007年01月24日

零下何十度求む。

雪が降り始めました。

ああ、手袋とか、どこにほったらかしにしたかなー。

なんか、もう冬も来ないと思って、どっかにぽいっと
置いたんだよねー。

帽子も入り用になる。やっと。

ドイツ人のドイツ語の先生は、
ああやっと冬になると、うれしがっていた。
なんでも、キーンと冷えた気温が
fuer den klaren Kopf (はっきりと考える頭)には
必要なんだそうだ。
なまったるい冬では、頭が痛くなるとも。

な、オルガ。
ロシア人のガール、オルガに同意を求める。

猛烈にうなずいてる。

そんなもんかねー。
静岡人の私にはわからん。

頭より、背筋がぞくぞくするのが気になる。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(2)どいつも。

2007年01月23日

なんかオペラ歌手が近づいてくる。しかも普通の通りで。

通りで、ドイツ人のおじさんが、
といってももう、年金をもらっているような人であったが、
歌を歌っていた。

口ずさむっていうより、
声楽家傾向で。

題目は、ドイツ語のオペラの一節だった。
どのオペラからはわからなかったけど。

段々、曲目のクライマックスになってくるとぉ。
彼の調子も乗って行き、カンツォーネのような領域に。(ドイツ語のオペラですけれど)

通り全体に響き渡る。

ちょうど語学学校の前で、しかも休みの時だったから、自然発生的といえば
そうなんだけど、みんなにわざと囲まれる形といってもいいようだ。

おそらく、イタリア系の聴衆も多かったのかな。
フィニッシュで、パチパチパチ。大喝采がおこった。

ブラボー!

渾身の老人は満足そうだった。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(2)どいつも。

2007年01月22日

チュン、チュン。

あのねぇ。最近ねぇ。事務所の前が、
中学生ぐらいの女の子たちのたまり場になっているのよ。

ビーチク、パーチクの大合唱。
どーしてそんなにしゃべる事があるかと思うけど
私もそんな頃があったなぁ。と思って。

でもたまり場なんて、ここ、ドイツではみたことなかったから、
へー。と思いつつ。女の子たちの集団に、突進する。
ドアを開く前に、人垣を押し分ける。ことに。

もう寒くなるっていうのに、そんなのおかまいなくで
たむろ中。彼女たちにとっては、新所のようで、
なにが、どう引きつける原因となったやら。

はしが転んでもおかしい時期。
時々、からかいの笑いが聞こえる。

いつも、ドアの前にこんもり人垣。
ここは、この謎の少女群でも目立ちます。

夜家路につくと、ドアの前にピスタチオの殻がぁ。
ぱらぱらと。痕跡を残す。

鳥かね。やっぱり。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(4)どいつも。

2007年01月21日

日曜日、血が上ります。

血気が割とあり、

インターネットで、
猛烈に調べもの。

それから鋭い(自分で思っているだけで、まだまだ鈍かったかも)
指示を。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(2)あっ、私もかぁ。

2007年01月20日

ヴァルター・ベンヤミン・プラッツ

オークションハウスに連れて行ってもらう。
ありがとうございました!

それから、近くのイタリアのレストランへ。
いやがる奥だったがぁ。
ヴァルター・ベンヤミン・プラッツ。

ドアのすぐ内側にある分厚いカーテンを、
れんのようにペランとはいかなかったけど、
腕押しして、開いたらそこには、ジョセッペがぁ。

ああ、あんたそういえば、ソムリエだって言ってたっけぇ。

語学学校で一緒に勉強した仲間。

イタリア人。

陽気で、おしゃべり好きである。
授業には、ローラースケートで来ていたっけぇ。
それにしても毎回遅れていた。

こんなところで働いているのか。
すごいなー。

広々としたレストランの端には、
ガラスごしに板前さんならぬ、
生ハムきり用の職人が包丁をかかえて待っておる。

ジョセッペがすすめて、ご主人様がうんと承諾した
白ワインは、なんだか、やっぱり普段いただくのと違った。

チーズぽいっていうかな。
熟成されている感じがぁ。

ご主人様は、もう前の日にケルシュを5時まで飲んでいたという
お方。
あーのー。ですけど。

今日は、奥様サービスかなー。と思いきや
妻が払っていた。

次の番は私です。
ルーレットだね。
なんか、とんでもないものが当りそうそうですけどー。  

Posted by Eri Kawamura at 00:01Comments(2) ベルリンアートシーン

2007年01月20日

内なる平和

ちょっと、最近しゅうーちゅうしなければならないことが
あるので、あまり日記を書けないー。これを紹介して勘弁してもらおう。

私が困っているという事情を聞いてSchwingung マークスが
贈物をしてくれました。宿題ですという言付けとともにぃ。

皆さんにもどうぞ。
http://www.mit.edu/people/rei/peacepilgrim/PPSteps01.html

そのかわりに、といってはなんだけど、
日本語をよむ手伝いをする。

ちょっとぉ。
全然、“そのかわり”になってなくない?
交換価値ちがくない?

まあ、いいや。
いっしょに日本語を読む。
難しい日本語をやわらかい日本語にする。

vorkauen
噛み砕いて与えるだ。

普段ドイツ人からそんなことやってもらってるからねー。
お返し。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(0)どいつも。

2007年01月19日

プログラム活動。

友達が、今やっているプログラムでの展示のことについて
書いてくれました!
それから、ハンスハーケのことにも書いてあるしぃ。
写真付きなので、来られない方には分かりやすいかな。
http://obentoya.blogspot.com/

それからぁ。事務所のルイス、アフガンに行ってたみたいなのよ。
なんか、アートプロジェクトやったということ。
丁度、日本の雑誌からインタビューを受け、それが日本語になっています。
http://www.pingmag.jp/J/2006/11/16/kabul-matters-performing-in-afghanistan/  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(3)オフィス・プログラム

2007年01月18日

手なのよ、手、そして今では猫の手

あのね。古い方のブログにもトラックバックって機能があるのだけど、
そこによく引っ掛かるのよ。
タイトルや内容に引かれてトラックバックがついちゃうの。

まあ、もう必要ないのだけど、最近なんでー。
お金の借用に関する宣伝がこんなに多いいんだろうと思っていたのだけど、
理由がわかりました。

年末に書いたよぉお。三本締めの、お手をはいしゃくぅ。という一言。

そのはいしゃくぅ。に呼び寄せられてきた、
金融関係、金貸し借りの(こんなことダイレクトに書いちゃうとまた
引き寄せられるようにまたくるのだろうか)トラックバック。

いやいや。お金ではなく、“お手”を拝借したかったのですけれどもぉ。

さらに、進化しまして
今では
猫の手もかりたい!
年明けの私。

何をやっているかと申しますとう。
単に段取りが悪いだけです。
あとね、忘れっぽいの。あと、探し物(落とし物)が多いかな。
フツーにやってれば、出来る話。  

Posted by Eri Kawamura at 00:00Comments(2)あっ、私もかぁ。