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写真をメインに、いろいろログ。

2024よかった:本

なんか丸一年空いてしまった!でもこのシリーズは続けます。まずは2024読んだ本で良かったもの:好きなものたち。

 

シャルル・フレジェ『AAM AASTHAーインドの信仰と仮装ー分かち合う神々の姿 』

「ユニフォーム」を撮ることをライフワークにしている写真家が、世界の様々な場所で「異形の存在の仮装」を撮っているシリーズ、最新作はインド。神・精霊・悪霊・あやかし・動物などなど、とにかく人ならざるものを描き出す人間の想像力を存分に堪能できる。

 

ホセ・ドノソ『別荘』

ドノソは去年『夜のみだらな鳥』を読んだのでまあこの辺も行ってみっか、と手に取った。荒野の真ん中にぽつんと立つ豪邸の別荘、そこでバカンスを過ごす大金持ちの一族。大人たちがハイキングに出かけたあと、33人の子どもたちが残されて、という。人間たちがグダグダと生産性の無い小競り合いを繰り広げる間に、爆発的に繁殖する謎の植物グラミネア。世界のルールがなにかちょっとだけ違う、濃密すぎる異世界をいやほど堪能させられる作品だった。

 

次田瞬『意味がわかるAI入門』

仕事絡みで生成AI・大規模言語モデルに関する本を色々読んだのだが、僕の興味関心からはこれが一番面白かった。大規模言語モデルのメカニズム、そこに至るまでの研究史を専門的になりすぎない範囲で詳しく紹介し、「現在の大規模言語モデルは、言語の「意味」がわかっている」と言えるのか、という問いを追求していく。言語学言語哲学系統のバックグラウンドがある人には特にお勧めしたい。

 

シェハン・カルナティラカ『マーリ・アルメイダの七つの月』

ゲイのヤリチンでギャンブラーの戦場カメラマンが、気づいたら幽霊になっていた。死ぬ直前の記憶はない。このまま天国だか地獄だかわからない『光』に行くのを拒否して、自分は何故死んだのかを明らかにすべく、血みどろの内戦スリランカを駆け巡る。熱気と湿気とスパイスの香りが漂ってくるようなグルーヴィーな文章、ノワールマジックリアリズムやドキュメンタリーをごった煮にしたような内容、初めて食べた何が入ってるのかよくわからないエスニック料理みたいな味わいで、でも最高に美味しかった。

 

絲山秋子『神と黒蟹県』

黒蟹県という、日本のどこかの「微妙な」地方を舞台に、人々と半知半能の神がいかにも地方都市っぽい日常を送る物語。最初のエピソード「黒蟹営業所」の主人公、三ヵ日凡(みつかびなみ)は「パワーエートス」「エートスジュニア」とかいう機械の営業をしているが、何をする機械なのかは読者にはよくわからない。だんだん混ざり合う虚構と現実(それ実在するの?!)、神性とか怪異とかに対する妙にフラットな視点。マジックリアリズムを日本でやるとこういうことになるのか、と感心した。

 

サルバドール・プラセンシア『紙の民』

なんともけったいな形態を取っているが、中身は素朴でまっすぐなラブストーリー。でもすがたは変。とても変。「紙の本」というメディアに何らかの思い入れがある人は、是非一度現物を手にとって開いてみて欲しい。ページをぱらぱらと捲ってみると、この本の不思議なすがたがすぐに見て取れると思う。そのけったいな形態はちゃんとした理由があるのだ、と理解できたときの感覚はなかなかに唯一無二。

 

アダニーヤ・シブリー『とるに足りない細部』

パレスチナ/イスラエルについてなにか読みたかった。この短い物語は、彼の地において、「自由がない」ことの息が詰まるような苦しさを描き出している、と思う。死者を弔うことはいうに及ばず、その死について知ろうとすることすら許されない社会で生きることは、人間に何をもたらすのか。理不尽な暴力によって命が奪われることも、その死が闇に葬られて惜別すらできないことも、どちらも人間性に対する深刻な脅威なのだ。

 

青崎有吾『地雷グリコ』

「エンタメ度」でランクするなら圧倒的1位の作品。一見ゆるふわな女子高生が「カイジ」っぽいオリジナルゲームで有象無象をばったばったと薙ぎ倒す話で、そんなん絶対面白いじゃないですか。相手側からすると「ククク、やはり所詮はJK...甘いな...」から「な、なぁにぃっ!!!」に展開するゲーム進行は分かっちゃいるけど最高で、そしてその王道パターンが通じないラスボス登場時の絶望といったらもう。

 

ヒグチユウコ『ギュスターヴくんとまぼろしのどうぶつ』

ヒグチユウコの描くねこ(ギュスターヴくんはねこなのか微妙ですが)は、口の周辺のむにっとした質感が最高にいいと思います。

 

チョン・セラン『保健室のアン・ウニョン先生』

保健教師アン・ウニョンは呪いを祓う力を持っていて、勤務先の高校で人知れず呪術廻戦をやっている。そしたら鈍感で朴念仁だけど圧倒的な幸福パワーを持っている男性教師がいて、あれこれバトルとアドベンチャーとラブコメが発生したりする。フォーマットは日本のラノベとかにもありそうな感じなのに、全く初体験の爽やかな読後感がある。やっぱりね、「人を助ける」って大事なんですよ。「世界を救う」じゃなくて、誰かに親切であることが大事。

 

チョン・セラン『フィフティ・ピープル』

『保健室のアン・ウニョン先生』がすごく良かったので手に取った、チョン・セランの作品。圧倒的に素晴らしくて、たぶん人生トップ10に残るものになった。ある病院を舞台にすれ違う人々の、喪失とちょっとした善意(あるいは、「親切」)の物語。すれ違いながらそれぞれの人生を生きていた人々が集まり、そこに「社会」が出現するラストの展開は鳥肌が立った。

 

クレア・キーガン『ほんのささやかなこと』

何に関する物語なのか、まったく情報を入れずに読んだのが良かったのかもしれない。アイルランドの田舎町、景気は悪く人々は職を失い、クリスマスなのに将来に対する不安を抱きながら暮らしている。主人公は燃料屋で、この土地では生存に不可欠な暖房用の燃料を売って生計を立てているのだが、あるとき配達先の修道院でとある違和感を抱く。作中で控えめに描写されるディティールが現実世界に繋がったとき、息を飲む感覚があった。

 

ハン・ガン『別れを告げない』

ノーベル賞だし、映画『ソウルの春』きっかけで韓国の近現代史に興味が湧いたし、まずは読んでみないことには、と手に取った。圧倒的だった。一人の人間の物語でありながら、史実をきっちりと踏まえたドキュメンタリーでもある。非日常的な光景と感情をありありと描き出す言葉の強さ。典型的な小説フォーマットを外しても、そんなことは何ら関係なしに読者を引きずり込む表現の力がある。いつか原作を韓国語で読めるようになりたい、と思わされた作品。

 

qp『喫茶店の水』

喫茶店の水

喫茶店の水

  • 作者:qp
  • 左右社
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さまざまな喫茶店の水が入ったグラスを撮った、「写真集」と言っていいだろう。作者は「画家」らしく、確かにその自意識と写真という表現に対する距離感が、明らかに写真家のそれと違っている。喫茶店の水もそれが入っているグラスも、基本的にはどこにでもある大量生産品なのだが、それらになにか特別な意味を見出すことはできるのか?というプロジェクトなのだと思う。しかし作家の視線は素朴で、自意識の檻に囚われない自由さがあり、そこがいい。

 

 

こうして見るといろいろ読んでいるのだが、しかし積み本・ブクマ本(いつか積もうとブクマしている本)の増える速度のほうがずっと速い。明日は2024よかった映画!