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私が生まれた頃、日本は三流国だった。皆がそう思い、そう言いもした。道路はあちこち未舗装で穴があき... 私が生まれた頃、日本は三流国だった。皆がそう思い、そう言いもした。道路はあちこち未舗装で穴があき、貿易収支はひどい赤字だった。『加工貿易』という言葉も小学校で習った。「日本は資源がないから、外国から原料を輸入して、加工し、それを輸出することで国を成り立たせ」ようとしている、と。だがそのための生産機械は、欧米からの輸入か技術導入だった。1970年までに貿易赤字をなくしたい、と'60年代半ばに政府が発表したとき、欧米諸国はあざ笑ったものだ。あまりに野心的、と。 その同じ国が、'90年代のはじめ頃は『超先進国』を自認するようになった。「もう欧米に学ぶものはない」とも言われ、じじつ欧米から日本の製造業に調査団が来た。『電子立国・日本』の都会の地価は摩天楼のようにのび上がり、企業は“含み益経済”を謳歌した。海外で片端からいろいろなものを買収しまくった。 繁栄は短かったのに、その後の不況は長かった。多
2016/03/23 リンク