レビュー
音再現力と美しいサウンドの両立、ミュージシャン×Campfire Audioが生んだ「Clara」速攻レビュー
2024年12月26日 08:00
Campfire Audioがロックの殿堂入りミュージシャンとのコラボイヤフォン「Clara」を発表した。そのミュージシャンはナイン・インチ・ネイルズのメンバーとして知られるアレッサンドロ・コルティーニだ。
12月14日、15日に開催された「ポタフェス 2024 冬 秋葉原」で披露された。年末の時点では国内での導入発表はまだないが、本稿では先行して入手した製品版のレビューを行なう。内容は海外での公式発表を基にし、開発者でありCEOであるケン・ボール氏から直接聞いた情報で補完してある。
Clara、誕生の経緯
まず始めに今回アレッサンドロ・コルティーニとコラボするに至ったきっかけについてケン・ボール氏に聞いてみたところ、アレッサンドロ・コルティーニ自身がイヤフォンやヘッドフォンオーディオのマニアであり、Campfire Audioのユーザーでもあったと言うことだ。そしてオーディオ評論家である共通の友人を通して知り合い、音楽の好みが似ていることでも意気投合したと言う。
ちなみにアレッサンドロ・コルティーニは彼自身が海外のヘッドフォンコミュニティであるHeadFiに"slumberman"という名前で参加している活動的なメンバーの一人でもあり、積極的にコメントを投稿している。
またClaraの開発においてはアレッサンドロ・コルティーニ自身が大きく貢献したという。実際、音の傾向については彼の指示によるところが多いということだ。
コルティーニ氏自身のコメントによるとチューニングのポイントは、中音域の正確な表現を保ちながら、低音域に重点を置いたこと。さらに上質で解像力の高い高域を備え、ニュートラルでありながら音楽の魅力を伝えることに注力したと言う。
彼は高音に敏感であり、刺激的になりすぎないが、音楽情報の全てを聴かせてくれると言う難しい注文をしたということだが、ケン・ボール氏はそれを見事に達成。コルティーニ氏はClaraが正確で解像力が高いイヤフォンでありながら、穏やかな表現力をも兼ね備えていることに満足したという。
今回は外箱にプロミュージシャン用とも記されているが、コルティーニ氏は実際にステージ用のIEM(イン・イヤー・モニター)として使用しているとのこと。実はCampfire AudioではClaraと共に「カスタム・スリップオーバー」と呼ばれるカスタムイヤーピースを米国では販売開始している。コルティーニ氏はClaraにカスタム・スリップオーバーを使用してステージに立っているそうだ。
Claraとはどんなイヤフォンなのか
Claraの特徴は、片側計5基のドライバーを搭載したイヤフォンであり、ハイブリッド形式を採用していることだ。低音域に2基のダイナミックドライバー、中音域に1基のBA(バランスド・アーマチュア)ドライバー、高音域に2基のBAドライバーが搭載されている。このドライバー構成をもう少し仔細に見ていくと、これまでのCampfire Audio技術の集大成ともなっていることが分かる。
低音域のドライバーは磁力を強化したデュアルマグネット形式のダイナミックドライバーが採用されている。デュアルマグネット・ドライバーは以前「Cascara」にもシングル・フルレンジ仕様として採用されていたが、Claraでは低域専用に2基を搭載して増強されている。
それに加えてドライバー自体も改良が施され、振動版の素材としてバイオセルロースが採用されている。バイオセルロース素材はかつてのソニーのヘッドフォン「MDR-R10」に採用されたことでよく知られる振動版素材である。
今回Claraでバイオセルロースが採用された理由をケン・ボール氏に尋ねると、サウンドを有機的(滑らか・暖か)にするためであり、実際ClaraはこれまでのCampfire Audioイヤフォンの中で最も音楽的で有機的なものだと言うことだ。
中音域のドライバーにはデュアル・ダイアフラム構造のBAドライバーが新しいチューニング・エレメントとの組み合わせで採用されている。デュアル・ダイアフラム・ドライバーは過去にA&Kのコラボモデルである「Pathfinder」などで採用されたもので、ヴォーカルをはじめとする中音域再現力の向上に寄与している。
「デュアル・ダイアフラム・ドライバー」とは従来BAドライバーのモーター軸の片側のみに振動板(ダイアフラム)があったものが、両側に振動板を設けている形式のKnowles社の技術だ。
これにより周波数全域で数dBの能率が改善できる。
これはノウルズ・エレクトロニクス・ジャパンで聞いた話だが、面白いことに元々デュアル・ダイアフラム・ドライバーという技術は補聴器のために開発されたもので、消費電力にシビアな補聴器のために能率を改善するためのものだという。つまりこれをオーディオ用のイヤフォンに使用することで音質が向上するのではないかという着眼点は、ケン・ボール氏の慧眼によるものだろう。
高音域には、2基のBAドライバーが高域再生用ドライバーとして採用されている。このドライバーには「Bonneville」からさらに改良されたT.A.E.C.(Tuned Acoustic Expansion Chamber)が使われている。T.A.E.C.は高音域の特性を改善する音響チャンバーの技術であり、Campfire Audioの独自技術の一つだ。
Claraの開発について、ケン・ボール氏は手に入る最新・最高のドライバーを使った高度なハイブリッド設計から着手し、アレッサンドロ・コルティーニ氏の難しい要求に答えるために長い調整の時間を要した力作であり、結果的に音楽性、ダイナミックレンジ、そして聴きやすさについてトップクラスに仕上がったのではないかと語っている。
Claraのサウンドをチェック
では、そのサウンドについて、インプレッションを交えて解説する。
まずClaraは外箱が豪華な厚紙で覆われたしっかりとしたもので、従来の「Astrolith」や「Andromeda Emerald Sea」など最近のエコ志向の簡素なパッケージとは少し異なることに気がつく。Claraはちょっと保管しておきたくなるようなパッケージである。この時点でハイエンドモデルらしい、所有する喜びを感じさせてくれることだろう。
外箱には"PROFESSIONAL UNIVERSAL FIT IN-EAR MONITOR"と記載されている。外箱を開けると、中にペリカンケース風のハードケースが詰まっている点も最近のパッケージとは異なる。この点でもプロ仕様らしさを感じさせてくれる。
ただし、サウンドについては後述するが、Claraの音はプロ機から想像するいわゆるモニター的なものとは一味異なっている。ケン・ボール氏自身もオーディオマニア用として楽しめるように設計したと語っていた。
ハードケースの中に従来の折りたためるレザーケースが収まっていて、その中にClara本体と3.5mmケーブルが格納されている。
このケーブルはタイムストリーム・シリーズと呼ばれる平たいものだが、最近発表された新しいタイムストリーム・デュエットというタイプのケーブルで、シックな茶色の色合いのケーブルだ。
ほかにもソフトケースが同梱され、その中に4.4mmケーブルと「Pilot」と呼ばれるALOブランドのUSB-Cアダプターが同梱されている。
これは3.5mm用のタイプで、USB-Cを備えた最近のiPhoneやAndroid機から直接再生を楽しむことができる。「Pilot」はESS「Sabre 9281c」DACチップが内蔵されており、最大384kHzのPCM、最大5.6MHzのDSD、さらにMQAにまで対応する優れものだ。
ちなみにClaraには今回レビューしている標準タイプのモデルの他に、海外ではチタン外装を採用した50台限定の特別発売版がある。この特別版にはタイムストリーム・ウルトラケーブルが付属し、4.4mm対応の「Pilot II」USB-Cアダプターが同梱されている。
イヤーチップはフォームタイプの3サイズ(S、M、L)とシリコンタイプの3サイズ(S、M、L)が付属し、その他にfinal Type-E(S、SM、M、ML、L)が同梱されている。
Claraの筐体デザインは精密にプリントされた樹脂製シェルを使用したもので、「Astrolith」のシェルに似た半透明のシェルで、淡いブルーの美しい色合いをしているのが特徴だ。ノズル部とフェイスプレートは黒のステンレススチール製だ。
装着してみるとユニバーサル形状にモールドされているシェルなので耳に密着するようにぴたりと収まる。装着感はかなり高く、多少動いてもずれることは少ないだろう。パッシブの遮音性も十分に高い。
ケン・ボール氏によるイヤーピースのお勧めはフォームタイプで、自分でいろいろと試してみながら試聴にはフォームタイプのMサイズを選んだ。本機は低音の再現力に優れるので、バックバンドのあるヴォーカル曲を聴きながら、バスドラやベースサウンドとヴォーカルのバランスに注意しながらイヤーチップのサイズを選ぶと良いだろう。
Claraはハイブリッドタイプにしては能率が少し高いので、ボリュームを絞ってから聴き始めたほうが良い。試聴ではよく使用しているAstell & Kern「A&norma SR35」で、自分が慣れている曲をいくつか聴いた。
Claraの音の特徴をまず端的に言うと、重厚でパンチのある低域表現、艶やかで透明感があるヴォーカルが音の主役となっている。
その実力の程は例えばジャズヴォーカルの曲である“Round Midnight - Kate Wadey”では、導入部のウッドベースソロが豊かで厚みがあり、生々しいほどの弦の解像度が感じられる。そしてピチカートの重みは他のイヤフォンとは異なりパンチがあるだけでなく、滑らかでずしりとした独特の重みを感じる。まるで空気の動きが豊かに感じられるようだ。
これはデュアルのダブルマグネットドライバーの効果だろう。そして音の制動感が高く正確に止まる。滑らかで鋭角さを感じる低域ではないが、鮮明で歯切れの良さを感じるのは不思議な感覚でもある。これは新たに採用されたバイオセルロース振動板の効果だろう。
やがて彼女が歌い始めると、その艶やかな美しいヴォーカルがキレのあるウッドベースに絡みつく様子はとても魅力的な音楽世界を作り上げている。中音域はクリアで歌詞が明瞭に聞き取れる。他方で中高域は突き抜けていくように伸びやかで、ハイハットやベルの高音は鮮明で歪み感が少なく澄んだサウンドだ。
全体の音質レベルは極めて高く、ハイエンドらしい細かな再現力も高く、情報量に圧倒されるようだ。さらに立体的な空間再現性にも優れている。
低域の再現力の高さはオーケストラサウンドでもスケール感をもたらしてくれる。"舞踏音楽プロメテウスの火 - 伊福部昭"ではオーケストラの音圧の高さがずしりと伝わってくるかのようだ。伊福部昭らしい繰り返しの旋律がひときわ重厚感を感じさせてくれる。管楽器や弦楽器の音の響きが鮮明ではっきりと分離して聴こえ、団子のようになることはない。トランペットの朗々たるテーマの提示も明るくよく響く。
アコースティック楽器の再現力も高く、古楽のマドリガルを聴いても明瞭感があり、古楽器の倍音成分の豊かさが解像度の高さを物語っている。音色再現が美しいのも特筆すべき点だろう。
ロックではスピード感と破壊力のある低音のパンチにさらに圧倒される。例えば"In Cythera - Klling Joke"では冒頭からのスピード感あるドラムスと血を這うようなベース、唸りを上げるギターサウンドが複雑に絡み合いながらもそれぞれの音が強い主張を感じられ、暴力的なサウンドながらヴォーカルの声もとても明瞭に聞き取れる。これによりロックサウンドの魅力がリスナーに伝わってくる。メタルでは畳み掛けるようなドラムロールの躍動感が一際高く、感動的でさえある。
そしてナイン・インチ・ネイルズの最近の曲を聴いてみると、低音の豊かさと打撃感の強さや重さが心地よくさえある。唸るようなベースサウンドや打ち込みの低音が有機的で滑らかに聴こえるために刺激感は少ない。
Claraの低音はパンチの強さだけではなく、超低域の深みが十分にあり音楽全体の豊かさを引き立てている。音楽の豊かさを高めている。低音域のサウンドが支配的に思える音世界だが、ヴォーカルが浮き上がるようにくっきりと聴こえる。
ナイン・インチ・ネイルズというとかつてはインダストリアル・ロックの代表バンドとしてグループ名の通りに釘を打ち付けるような硬質的なサウンドだったが、近年はエレクトロポップ寄りの音傾向であり、こうしたClaraの有機的なサウンドが実によく合う。これはフロントマンであるトレント・レズナーの音楽性の変化もあるだろうが、アレッサンドロ・コルティーニがエレクトリック要素をバンドに加えた点も大きいだろう。
そこでアレッサンドロ・コルティーニのソロアルバムを聴いてみると、"Amore Amaro"ではエレクトリックの打ち込みサウンドの繰り返しのように聴こえる中で、とても細かな人の声や効果音が複雑にコラージュされているのが良くわかる。低音がどんどん強くなって重なりを増してくると迫力が高まり、緊張感も高まるのをClaraはよく再現してくれる。
こうして聴き進めていくと、もう一つのClaraの特徴も徐々に分かってくる。それは鳴らしやすいことだ。
SR35は素直な再現性を持つコンパクトで良いDAPだが、そのサイズゆえに最高の駆動力を発揮するわけではない。しかしClaraを使うと、まるでひとクラス上のDAPのようにさえ思える。実はこの試聴ではSR35を少し使用したらすぐに、よりハイエンドの「KANN Ultra」などの試聴に移る予定だったが、そのまま聴き惚れて聴き続けてしまった。
Claraはハイエンドイヤフォンだが、鳴らしにくいわけではない。この点において、ハイレベルの高性能だがそれを引き出すためにはアンプやDAPを選んでしまう平面駆動型の「Astrolith」とは異なる性格を持つことが興味深い。なお再現力が非常に高いのでDACフィルター設定による音の違いが出やすい。SR35では「Phase Compensated Slow」フィルターの設定がおすすめだ。
次に、実際にクラス上のAstell & Kern「KANN Ultra」で聴いてみると、さらに圧倒されるようなレベルの高いサウンドにやはり驚かされる。より優れたDAC性能、より高いアンプ性能に寄り添うように音質は比例的に向上する。低音のパンチはより迫力を増し、重みを増す。空間はさらに外側に広くなり、ヴォーカルのため息はよりスムーズに階調感を増やす。
スマホやPCと使う際にはスティックDACも使いたくなるが、その場合にはiBasso「DC Elite」が良い。ローム社製「BD34301EKV」DACの音楽的な滑らかさときめ細かさがClaraの有機的なサウンドとマッチし、全体的な音再現の高さを感じさせる。特に低音の迫力と重みは初めて聴くと驚くほどだろう。スマホ片手で手軽にClaraの魅力を引き出せる組み合わせである。
手軽さと言う点では付属の「Pilot」USBアダプターもなかなか優れている。素直なサウンドで、音の細かな再現力も高い。Macbook AIrで使うとAudio MIDI画面ではPCM384kHz対応がしっかりと表示される。かつてアップルが用意していたアダプターとは異なり、小さくとも本格的なハイレゾ対応なのでハイレゾストリーミングをスマホから楽しみたい時には便利な使い方ができるだろう。
再現力が高く、リスニングにもマッチ
最後に少しまとめると、Claraは高い解像力を有して高性能ながら、音楽的な滑らかさと美しさを有したクラシカルなテイストの聴きやすいサウンドである。
向いているジャンルとしてはもちろんロックやエレクトロ系だが、ここまで書いてきたように実のところ適用範囲が広く、どのジャンルにも向いている。リスニング寄りの音楽性の高さと同時にプロが使えるような高い音再現力を兼ね備え、かつ鳴らしやすいハイエンドイヤフォンだ。リスニング向けハイエンドイヤフォンの新たなスタンダードと呼びたくなる。
現時点では国内代理店からまだ公式の発表はないが、ぜひ日本上陸を期待したい注目の新製品だ。