「下校時刻の哲学的ゾンビ」というマンガが話題になってるのを知って
はじめは「構成とかよく考えられてて面白い」と思ってたんだけど
最近、ある疑問を持つようになった(知らない人はこちら→http://omocoro.jp/kiji/64616/)。
補修プリントやっているピンク髪に、メガネが話しかけてるんだけど
自発的な意思をもたない哲学的ゾンビが、他人にキャラメルあげようとか思うのかなと。
哲学的ゾンビなら、授業終わったらさっさと家に帰るんじゃないの?
ピンク髪の「いっそ死にたい~、っていうか消えたい」というコトバ(=入力)を
たまたま耳にして「話しかける」という行動(=反応)を出力してしまい
話の行きがかり上、ゾンビ化キャラメルをあげることになったということなのか。
あと、終わり近くのコマで、ゾンビ化したピンク髪とメガネが友達っぽくなってるけど
少しずれてる。 哲学的ゾンビを理解するためには、酔っ払って記憶を無くした人について考えてみるのが一番わかりやすい。 酔っ払って記憶を無くした人は、別に何かができなくなる...
「哲学的ゾンビ」の文脈において、「記憶がないこと」と「意識がないこと」は同じことなのか?