堕落論2018 恐怖の思想―エピローグ―
日産のゴーン会長が逮捕された。有価証券報告書に役員報酬を虚偽記載した容疑である。日産の2017年度の年商は約13兆円、純利益は5000億円であり、約14万人を雇用している。1998年には、負債額2兆円を抱え経営危機に陥ったが、1999年にルノーの出資を受け、ゴーンが社長となってリストラを断行し再建した。逮捕理由は、金融商品取引法違反とその他背任容疑である。脱税したわけではない。有価証券報告書には、1億円を超える役員報酬がある場合にはもれなく記載することが求められており、虚偽記載が明らかな場合には、1000万円以下の罰金または10年以下の懲役となっている。単年度分の報告でたまたま記載しなかったなら、それほど悪意があるものではなく出来心だったとして罰金程度で済むだろうが、8年間にわたって指示、実行したとなれば、株主への情報提供を意図的にゆがめたとして実刑(執行猶予はあるだろうが)は免れない。有価証券報告書への記載義務というのは、重みがあるのである。株の公開、市場からの資金調達には、透明性が重要であり、虚偽記載となれば重大な詐欺となるということだ。14万人の企業のトップとして人格欠如である。しかしだ、日産といえどもたかが民間の一企業にすぎぬ。儲けたら、経営者はそれなりの報酬を得るのは当たり前である。10億円なら良くて、20億円では駄目だという理屈がわからない。私のように、貧乏のどん底にいると10億円でも20億円でも100億円でも変わりは無い。私とは全く無関係な数値だからだ。
ゴーンは、ルノーや三菱自動車からも報酬を受けていて、ルノーからも10億円弱の報酬があったそうである。ルノーの報酬も虚偽記載ではないのかと疑いたくなるが、どうなのだろう。3社の報酬を合計すると30億円を超える。これだけの報酬をもらいながら、ニューヨーク、パリ、レバノン、東京の住宅が社宅というのも何ともけちな話ではないか。ところで、社宅であっても家賃を払わなければならないのは、日本ぐらいなものである。世界的には、無料かほぼ無料に近いのが普通であり常識なので念のため。日本の税制がおかしいのである。企業経費に制限がありすぎる。ブラックマネー化することに神経質になるのは大いに結構だが、交際費は駄目、家賃は駄目、食費、保養費用は駄目、出張旅費は駄目では、景気が良くなるわけがない。そこまでして、法人税をとるのか。それなら法人税率など下げるのは一体何のためだ。話がそれたが、ゴーンは、これだけの所得を何に使っているのだ。住宅ぐらい楽に買えるだろうに。この人にとって美徳は恐怖なのである。美徳というものが世の中になければ、この人は罪を犯す必要がなかった。美徳、人徳を理解できないのである。徳こそが人を動かし、大義をなすことを知らないのである。
ルノーの経営が悪化しているそうである。日産は、以前はルノーの支援を受けて再生したが、今度は日産がルノーを支援する番であるが、そうはうまくいかないだろう。ルノーは日産の持ち株を売るかもしれない。それも、中国企業等にである。この事件で日産の株も、ルノーの株も安くなるから、買うなら今だ。ルノーは、いわば国営企業みたいなものだから、あっさりと中国企業に売却することも十分考えられる。これからどうなるか、日産の従業員には申し訳ないが、面白くなる。それにしても、1999年当時、日本の政治家、経産省、経済学者、経済人は何をしていたのか。それどころではなかったか。何もしなかった10年、20年の真っ最中だったのだから。
話はそれるが、ネット企業や携帯電話会社の純利益率は、売上高の10%~20%にも達する。日産など製造業の純利益率は、せいぜい5%程度がいいところだ。このネット企業や携帯電話会社の儲けすぎはどうするのだ。消費者や利用者では、どうにもならぬ。回線使用料が安すぎるのか、安すぎるとすれば、回線使用税かなにかを創って税金でとる以外には方法がない。それとも、企業競争が機能していないのではないのか。独占禁止法、公正取引はどうなっているのだ。法人税制、企業競争に関する規制、誘導はどこかおかしい。経済循環の認識、原理が、どこかゆがめられている。世の中の政治家、経済学者なるものが、経済、経営活動の実態を知らない、知らないというよりは体験・体感がないために、知識と単純なモデルで制度やシステムを作る。制度やシステムに不具合があると、さらに知識とモデルで改善・改正と称して変更する。これを屋上屋を重ねるという。景気が良くなったといいながら、個人の消費額は減少している。景気がよく見えるのは、株価ぐらいのもので、消費性向が減少すれば景気が悪くなるのは目前ではないか。企業に金を使わせないように規制ばかりしていては、景気が良くなるわけがない。
人手不足が深刻だそうである。外国人労働者を雇用しなければならないという。本当なのか。必要なのは、低賃金労働者のことではないのか。介護人材が必要だと言うが、介護要員の給与は、毎年上げられるのか。農業労働者が必要だという。今だって、インドネシア当りから大量の季節労働者が来ているが、逃げ出すものが相次いでいる。昔のたこ部屋みたいな宿舎に押し込まれ、午前3時から午後5時まで働かされては、たまったものではない。勿論、午前中の休息はあるというだろうが、朝飯がにぎりめしだけでおかずもないというひどさだ。農業技術研修などはどこでやっているのだ。キャベツもぎ、大根抜きが農業研修か? 同じ外国人が、毎年来るなどということは皆無といって良い。それでも、経営手法、農業生産技術、販売方法、語学研修等をきちんとやっている農家には、毎年同じ外国人が来ている例もある。彼らは、帰国してそれなり母国で成功し、地域リーダーとして活躍しているものもいるし、そのまま日本に定着し、日本で農業を行っている者もいる。こういった例は希であり、受け入れ農家の技術・経営水準が高く、経営者の人格が優れている場合に限られる。外国人労働者を受け入れる場合には、まず、日本人経営者の資質、技量を磨かなければならない。
自民党は、急ぐ必要があるというが、オリンピックに向けた建設労働者不足を何とかしたいだけではないのか。オリンピックの施設の建設業者の倒産報道が目立つ。東京都の小池知事が、何も発言しないのはなぜだ。小池知事だけではない。地方から何の声も上がらない。野党も困ったものだ。人手不足の実態をなぜ独自に調査しないのだ。労働力不足は企業にとって恐怖なのか? 給料を上げればいくらでもとは言わないが、それなりに労働力を確保できるのは当たり前のことである。給料は上げられない。低賃金、単純労働力があれば儲かるという、中小・零細企業が人手不足なのである。地域に根ざし、頑張っている中小・零細企業も多いが、給料を上げよ。それで経営ができなければ廃業せよ。そうしなければ堕落するだけだ。中小企業の廃業が多くなるということは、大企業も危ないということである。この問題は、大企業の問題である。まず、政府公共事業・委託事業の人件費を上げよ。それも中途半端では駄目だ。大幅に上げる必要がある。次に大企業の給与も上げよ。
ボブ・ウッドワードの「Fear(恐怖)」がアメリカでベストセラーになっているという。トランプの政策を批判した本であるが、著者があのウオーターゲート事件の担当記者ということも人気に拍車をかけた。フランス革命時代のジャコバン派が行った恐怖政治が、現代の先進諸国で再現されることはない。民主主義社会において、国民の多数が「正義」ではなく「わかりやすさ」を選択した時に恐怖の政治が始まるのである。地球温暖化に潜む恐怖は、気候変動の原因が温暖化にあるという「わかりやすさ」が、温暖化対策という短絡した政策へと向かわせることである。政治、経済、科学、宗教観、企業規模、消費規模等、100年前とは比べものにならないほど進歩している。進歩とは何かを定義するとすれば、「複雑さ」の度合いであるといえる。なにもかも、100年前に比べ複雑になっている。「恐怖」も例外ではない。恐怖の政治、恐怖の経済、恐怖の社会がいつ見えてくるかは、誰も予想できない。法律、規則、ルールでがんじがらめの社会になればなるほど、それらをすべて否定する陰の、裏の社会が必ず力をつける。ギャング、やくざといった既成の非社会的組織ならまだしも、権力を握る政治組織、官僚組織、大企業の経営組織が秘密結社のような裏の組織が自然発生的に生まれると考えるべきである。社会・経済の進歩に潜む堕落とは、こういうものだ。裏の組織は、確固たる意志をもって作り出すものではない。腐敗と堕落の泡のようなものが組織の中で、ボコボコと誕生する。しかし、この泡の存在を誰も知らない。これこそが、進歩した社会における恐怖である。
2018/11/26
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