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2007-02-04 Sun 15:07
やわらかな波音が優しく響く砂浜。 少年がひとり、黒髪の頭部をひざに埋めて泣いている。 そこへ、その少年よりも、さらにちいさな少女がサンダルを砂にまみれさせながら、近づいてくる。 「おにいちゃん」 「マユ……。よせよ、来るなよ」 少年は、面を上げ、少女を睨む。 「おにいちゃん」 しかし、少女は、そこを離れる様子もなく、少年の向かいでうずくまる。 「来るなって言ってんだろ! 僕は、お前の『お兄ちゃん』なんかじゃないんだ! おまえだってしってたんだろっ!」 まゆは、 何も応えず、じっと、少年をみつめた。 「かあさんも、とうさんもひどいや。僕だけがしらなかったんだ! 僕が本当は血の繋がらない子供だったなんて!」 少年は緋色の目に涙をにじませ、近くの砂を力任せに投げた。 「っ……」 狙ったわけではなかったが、少年の投げた砂はマユの目に入ったらしい。 目を押さえうめく少女に、少年は、慌てて近づいた。 「ごめん、マユ。そんなつもりじゃ」 「うん……、もう、へいき。それよりも、おにいちゃんにくるなっていわれるほうが、マユはずっと、いたい」 マユは、少し赤くなった目をまっすぐに少年に向けた。
「おにいちゃん、あのね。マユはおにいちゃんとちがつながっていなくても、おにいちゃんのこと『たいせつ』だよ。ママもパパもきっとおなじだよ」 マユの茶色い瞳は、澄んでいた。 「ごめん、マユ。ぼくは、ただ……」 秘密にされていた。そのことが少し悲しかっただけだ。 シンにとっても、マユも、父も母も、血が繋がっていなくたって、大切な存在だ。自分たちの間に重大な秘密など何もないのだと信じていたからこそ、堪えたのだ。 だけど--。
マユが、隣で優しく笑う。 それだけで、いいか。
シンは、思った。
自分が本当は誰の子供なのかという問いは、宇宙がどのように始まったかという問いに似ている。大切な問いだけど、今、生きていくのに必要な問いじゃないんだ。
シンとマユは黙ったまま、しばらく、陽光にきらめく波を見ていた。
そのとき、耳を劈くサイレンが鳴り響いた。 ※ サイレンの音に、シンは硬いベッドから飛び起きた。 生々しい夢の感覚が頭を支配していて、目の前の現実がどことなくおぼつかない。 湿り気を帯びた暗く陰鬱なコンクリートの長方形。三日三晩見た光景は、何の変化もない。 汗で張り付いた髪の毛が、埃にまみれてつやを失っているだけだ。 唯一光を取り入れることができる格子のついた窓ガラスを、甲高いサイレンの音が、びりびりとあるわせていた。 辺りが騒がしい。扉の向こうに小さな窓から叫ぶ。 「何だ、何がおきたんだっ!」 看守がドアの前を通り過ぎていく。シンの言葉を聞こうともしない。 「アレックス・ディノ曹長」 突き当たりに収監されているアレックスを看守がくぐもった声で呼んだ。シンは、背筋を震わせた。 「出てください、非常時につき、解放せよとの代表からの命令です」 カシャン。 電子ロックが開く音がし、つかつかと硬い床を二人の足音がそろって通り過ぎていく。 「俺はっ! 俺だって!!」 小窓の鉄格子を揺さぶるが、無常にも足音は遠ざかっていく。そして、重い営倉の扉が閉められ、非情な静寂だけが残った。 「ちくしょー」 脱力したシンは、壁ぎわに座り込み、頭を抱えた。
どうして、アレックス曹長は解放されて、自分はされないのだろうーー。 俺には、まだ、゛力゛がないと、そういうことなのかーー。
視線の先に、光が見えた。シンは、おもむろに立ち上がると、外に面している窓に手を伸ばした。ジャンプをすると、格子につかまることができた。 が、引っ張ってみても、簡単に開くものではない。 シンは、力なくその場にへたり込んだ。
※ 「ルナマリア、いるな? あけるぞ」 「いいわ」 レイは、サイレン音が鳴り響く中、隣室にいるはずのルナマリアの元へ向かった。 ルナマリアはいすから立ち上がり、レイを迎えた。 『お姉ちゃん、何、何があったの?』 ルナマリアは、コンピューターで本国と通信していたらしい。モニターには彼女の一切したの妹が、心配げな顔でこちらを見つめている。 同じ、軍のアカデミーで学んだのだから、当然見知っている。 「メイリン。大丈夫よ、大丈夫。私もなんだかわからないけど、じゃあ、仕事だから、きるわね」 「お姉ちゃんーー」 まだ何かいいだけな妹を回線の向こうにひとり残し通信を中断したルナマリアは、制服の上着を着込みながらこちらに駆け寄ってきた。 「レイ。このサイレンーー」 「わからない。今は急いで議長の下に」 「ええ」
※ 「なんてことだ!!」 カガリは怒りとも悲しみとも取れるような表情で、語気を荒げた。 「やっぱりねー。こうなる気がしていたんだよ」 いすにもたれかかってユウナ・ロマ・セイランは、他人事のような口調でぼやいた。 「こんなことがないようにと、先日の会見で冷静を呼びかけたばかりだというのに」 陰鬱な声を出し、デュランダルは組んでいる両手を額に当てた。 「現在位置、デルタ8 毎時20km、重力による加速度15m/s2
九時間後には、地球に衝突します」
緊急対策会議に招集された科学者は端的に事実を伝えた。 「ZAFTの軍事拠点から遠いポイントにユニウスセブンが、やってくるのを見計らって仕掛けてきたのか。 宙域のZAFT軍に全艦発信命令を出したが、大気圏突入までに砕ききることができるだろうか・・・・・」 デュランダル議長の歯切れの悪い言葉に、カガリは、表情をこわばらせた。 「全軍、配備完了はまだかっ! 整い次第第一陣出撃させよ」 大声を張り上げたのは、迫りくる不安を追い払うため。 今までに経験したことのない未曾有の恐怖がカガリの心を重くした。 ※ 「重営倉はここね」 首から提げているカメラをもてあそびながら、ミリアリア・ハウは オーブ軍基地の周りをうろうろと歩いていた。山間に食い込んだ形で、ほとんど人目につかない当たりに基地の重営倉はあった。 四年前の終戦と同時に軍を辞め、報道カメラマンの道を歩んでいたミリアリアは、去年、戦争中に知り合ったディアッカ・エルスマンと結婚していた。 彼女の薬指には銀色のリングが光っている。 オーブの代表と知り合いだということも会って、「オーブ・プラント間有効条約締結会議」の取材を上司から命じられたのは、数日前。 しかしシャトル襲撃事件のせいで、会議が延期になって、ミリアリアは暇だった。 「あのときのパイロット、命令違反で今頃はここに入れられてんじゃないかしら」 昔、キラが駆っていたMSに酷似した機体が空を待っていたのを見たときには驚きを隠せなかったが、それよりも、それを駆っているオーブ軍人の正体が気になった。
フェンス越しに覗き見ていたミリアリアは、腰の携帯の振動に気づき、慌てて通話ボタンを押した。 『ミリアリア・エルスマンか?』 電話は本社からだった。 「はい」 『大変なことになったぞ実はーー』 「何ですって!」 話の内容にミリアリアは、強く頭を打ち付けたような衝撃を感じた。 「わかりました。はい、もちろんです」 電話を切って、再び歩み始めたが、、ショックで足元がおぼつかない。 「うわっ」 斜面になっていてただでさえ歩きづらい場所でよたよたと歩いていたミリアリアは、木の根に足を取られてしまった。 重力に引っ張られるままに、斜面を転がり、派手な音を立て、フェンスに激突してしまった。 電流が流れていたようで、フェンスに触れた右腕部分のジャケットが黒く焦げ付き蒸気が上がっていた。 「顔をぶつけなくてよかった」 ほっとため息を漏らしたミリアリアの耳が、何かの音を捉えた。 「おい、誰かいるのか!?」 「えっ、どこ?」 かけられた声の主がどこにいるのかわからず、周囲を見回した。 すると、ミリアリアの青緑色の目に重営倉の窓から顔をのぞかせている少年の姿が映った。 「あなたは、だれ?」 「こっちに来てくれ、お願いだ。ここから出たいんだ!」 「でも、入れないわ、電流がーー」 「そこから、左へ三つ。そこのフェンスは、断線している。 まだ、修理されていないはずだ」 「えっ?」 取材現場に乗り込む千載一遇のチャンスだ。が、見つかれば、ただではすまない。ミリアリアは戸惑って棒立ちになっていた。 「早く、お願いだっ!」 赤い目の少年の必死な顔に、ミリアリアは思わず断線しているフェンスのほうに足を向けていた。恐る恐る手をかけると、少年の行ったことが間違え出なかったことを知った。おもむろにフェンスを登り始めると、少年は顔をほころばせた。 「ドライバーもってないですか? なければ、金属片でもーー」 「金属って、コインなら持っているけど、――何をする気なの?」 「もちろん、 格子をはずしてここから脱出する!」」 ミリアリアは一笑にふそうとしたが、少年の真剣な表情が、その思いが冗談ではないことをミリアリアに知らしめた。 「待ちなさいよ。あなた、ここにいるってことは軍紀違反を犯したんでしょ? 脱獄なんかしたら、今度こそ絶対に不名誉除隊させられるわよ」 少年は伏目がちになり押し黙った。しかし、再び向き直って叫んだ。 「だけど、何か悪いことが起きたんだろ? ナノに、俺は、ここでこうして指をくわえてみてなきゃならないっ。そんななさけないことってあるか?」 「あなた一人ががんばったって、どうにもならないわ」 ミリアリアは冷たく突き放した。 「だけど、俺は、あの新型機――GUNDAM――を動かせるんだ!」 「新型機って、まさかあなたがあの襲撃事件のときフリーダムを動かしたパイロットなの?」 「そうだよ。俺がシャトルを守ったんだ!」 「あなた、ナチュラルよね」 「そうだよ」 ミリアリアは絶句した。コーディネーターであるキラが、操っていた機体を若いナチュラルの少年が動かしていたとはにわかに信じがたい事実だった。 少年と同じように、キラもあの機体をGUNDAMと呼んでいたことがあった。不思議な縁を感じ、ミリアリアが唖然としていると少年が話しかけてきた。 「あんた、今回のこと何か知ってるのか?」 「ええ、知っているわ」 「何があったんだ?」 「ユニウスセブンがプラントのテロリスト達の手によって地球落下軌道に乗せられてしまったのよ」 さっき本社からもたらされたばかりの真実をミリアリアは恐る恐る言葉にした。いっているミリアリア自身、その事実に身の毛がよだつ思いだった。 初めて聞かされた少年は、驚きのあまり声をなくしていた。
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