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2007-01-30 Tue 15:43
その部屋には、壁を埋め尽くすほどのディスプレイ群に囲まれて、もくもくと作業している青年がひとり、いた。外は、もう、暗い。 けれど、その青年は、それにまるで気づくこともなく作業に没頭している。ディスプレイには、文字の羅列が次々に表示され、点滅を繰り返している。 ディスプレイを見つめたまま、傍ら似合った紅茶のカップを手に取ろうとしたとき、青年は低くうめいた。 頭を押さえ、じっと黙り込む。その目には暗い影が宿る。 「もう、やになっちゃうな」 不安を打ち消すかのように、勤めて明るくそういうと、また、作業に取り掛かろうと、資料らしき紙の束をめくり始めた。
そのとき、玄関でチャイムが鳴った。 「はい」 青年は即座に返事をしたものの、今日たずねてくる相手に心当たりがないらしい。首をひねりながら、上着を羽織り玄関まで出た。 「ハロ、ハロ」 ドアを開けたとたん、ピンク色のロボットが転がり込む。 「ラクスっ!」 「久しぶりですわ」 柔和な笑みを浮かべた女性がひとり、家の前に立っていた。
青年――キラ・ヤマトの恋人であるラクス・クラインその人であった。 「よかった。本当に、心配していたんだよ」 キラは、優しく手を伸ばし、ラクスを抱きしめた。 ラクスは、オーブについてはじめて、緊張を解き、微笑んだ。 「ありがとう、キラ」
「それにしても、大変なことになってしまったね。まさか、シャトルが襲撃されるなんて」 キラは、ラクスにも紅茶を入れると、部屋の真ん中に置かれたテーブルに座った。 「ええ。今、和平を望まぬものたちは、きっかけを切望しています。そんな彼らに、格好の材料を作ってしまった。世界が、また、争いの渦に巻き込まれなければ、いいのですが……」 ラクス、目を伏せ、険しい表情をした。 「でも、ラクスは平和な世界を維持していくために、がんばっているんでしょ。僕なんかより、ずつと、偉いよ」 「キラも、プラントにいくべきですわ。あなたには、力がある。今のプラントなら、あなたを受け入れることが出来るはずです」 「力……」 キラは、溜息をついた。 思い出す。 ラウ・ル・クルーゼとコロニーメンデルで対峙したときのこと。 そして、ヤキン・ドゥーエで戦ったときのこと。 「僕は、力なんか……」 「キラ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
彼女ですら、呪縛から逃れることが難しいのだと、キラは、少しさびしくなった。それは、自分が最高のコーディネーターであるという、呪縛だ。純粋な彼女ですら、「キラ」を「キラ」としてだけ、見ることはもはや難しいのかもしれない。 キラのことをよく知る誰もが、いや、自分さえも、自らの生まれから逃れることは出来ないのだろうか。
「そういえば、これを拾ったんだ」 ポケットから、キラは、光るにび色のものを取り出した。 「まあ、これは?」 「今日、近くの海岸に出たとき、見つけたんだ。僕は、MSのかけらじゃないかと思う」 キラは、優しく親指で表面を撫でた。 まるで、四年前、MSを駆っていた頃を、思い出しているかのように……。 「ええ、私も、そう思いますわ。それに、この色……」 ラクスは、思い出していた。シャトルの中から、見た所属不明の機体。その色によく似ている。 「私たちのシャトルを狙ったMSは、四散してしまって、まだ身元がわかっていませんの。これは、そのMSのことを知る重要な手がかりになりますわ」 ラクスは、興奮した面持ちでキラを見やる。 「うん、そうだね」 そんな、ラクスをなだめるかのようにキラは、穏やかにうなづいた。
その時、家の外で闇をつんざく、大きな音がした。 二人は、立ち上がって、あたりを警戒する。 「キラ……」 「ラクスっ」 キラは、引き出しに入れてあった銃を取り出し、ラクスをかばうように、構えた。 ドアが勢いよく開き、外から覆面の男たちがなだれ込んでくる。 キラが銃で応戦し、裏口から逃れようと、後ろに歩を進める。
覆面の男たちはプロのようだ。動きに隙がない。 それでも、キラは、全神経を集中させて、それに対抗する。
しかし、人数の面で圧倒的に不利だ。 しかも、相手の男たちからは、張り詰めた殺気が漂っている。 武器を振るうことに躊躇している様子はない。
ラクスを狙って撃った銃弾の一発がキラの肩を貫通し、キラは、低くうめいた。ラクスが息を呑み、キラを助けようと腕を伸ばすまもなく、もうひとつの弾が、キラの左足を貫く。 「にげろ、ラクス! 君だけでも」 「キラをおいてはいけません!」 「駄目だ!」
その隙に、ラクスの横頬を銃弾がかする、白い肌に赤い血が滴る。 男たちが、大またで近寄り、ラクスの二の腕をわしづかみにする。 手に持っていた電子麻酔をラクスの額にかざすと、ラクスは、瞬時に意識を失った。
「ラクスッ!」 動かない足を引きづりながら、キラは、後を追う。キラの放った銃弾が、ラクスを掴んでいた二人の肩を貫いたが、反撃はそこまでだった。 他のひとりがキラの腹をめがけて、非情に銃弾を放った。 交わそうと、体をひねった瞬間、あの症状が、また、起こった。
一瞬の空白。 しかし、致命的な空白。
次の瞬間、目にしたのは、自分の腹から飛び散る鮮血と、誰もいなくなった室内だけだった。 ドアが、キイキイと、風に嬲られてゆれていた。
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