たらちね (落語)
たらちねは江戸落語の演目の一つである。漢字表記は『垂乳女』。上方落語で『延陽伯』(えんようはく)という題で演じられているものを東京に移植した。ストーリーは、大家の紹介で妻をもらった八五郎だが、彼女の言葉づかいがあまりにも丁寧なために起きる騒動を描く。
前座噺としても寄席で頻繁に演じられる。
あらすじ
独り者の八五郎が大家に縁談を持ちかけられる。とてもいい娘なのだが、厳格な漢学者の父親に育てられたせいで言葉が馬鹿丁寧になってしまい、言うことが何が何だかわからなくなるのが玉に瑕なのだ、と大家が伝えると、そんなことは気にしないと八五郎は結婚を承諾する。
早速祝言を挙げて大家が帰っていったあと、八五郎が女に名前を聞くと、女は「自らことの姓名は、父は元京の産にして、姓は安藤、名は慶三、字を五光。母は千代女(ちよじょ)と申せしが…」と滔々としゃべり始める。もちろん八五郎にはさっぱりわからず、その全部を名前と勘違いして紙に書いてもらい、そのうち慣れるだろうと納得する。
翌日、女は早速朝食を作り始め、米櫃を探したり、振売を呼び止めて岩槻ねぎを買おうとしたりするが、このやりとりも八五郎にはちんぷんかんぷん。布団を被って二度寝してしまう。食事の支度を調えた女が「アァラわが君。日も東天に出御(しゅつぎょ)ましまさば、うがい手水に身を清め、神前仏前へ燈灯(みあかし)を備え、御飯も冷飯に相なり候へば、早く召し上がって然るべう存じたてまつる、恐惶謹言」と声をかけると八五郎が「飯を食うのが『恐惶謹言』? 酒なら『酔って(依って)件の如し』かい?」。
お清のセリフ解読
「今朝は怒風激しゅうして…」
要は、『今朝は風が強く、目に砂が入って歩きにくい』と言っているだけ。
「賤妾浅短にあって…」
- 『賤妾』:センショウと読み、妻の夫に対する謙称。
- 『浅短』:センタン(センダンとも)と読み、浅はかで不十分なさまを指す。
つまり、この文の意味は『ふつつかで無学ではありますが、(せめて)勤勉にお仕え申し上げたく存じます』ということになる。
「自らことの姓名は…」
ただ単に、『清女(またはお清)』と言えば済む話だったのだが、馬鹿丁寧すぎるためにこうなってしまった。長々しいこと、渡世人が仁義を切る時の口上並みである。
なお、上方で主に口演される『延陽伯』では、この嫁の現在の名前が延陽伯となっている。また、京都の公家の出自という設定になっていることが多い。 名称は「縁良う掃く」(縁側(ないしは縁談)を良く掃き掃除する)のもじりである。
一文字草
ヒトモジグサ。要は『長ネギ』。『シラゲ』と会わせ、女房言葉に由来する。
恐惶謹言
- 読みはキョウコウキンゲン。日本において、主に近代以前の文書や手紙の末尾につける挨拶語(書止)で、意味は『恐れかしこみ、謹んで申し上げる』。
依って件の如し
- 読みはヨッテクダンノゴトシ。恐惶謹言とおなじく書止。証文などの末尾に書く言葉で、『以上、右(本文)に書いたとおりである』という意味。
食事中
八五郎が花嫁の来るのを待ちながら、七輪で火をおこすシーン。夫婦生活を想像しつつ、つい大声で歌うのが以下の歌だ。
♪サークサクーのポーリポリのチンチロリン、ザークザクのバーリバリのガーシャガシャ
八五郎いわく、意味は『おかみさんの茶碗は七宝で箸は象牙。食事が始まると茶漬けが出て来てさ、おかみさんはそれを上品にサークサク、沢庵を箸で摘んでポーリポリ。箸が茶碗に当たってチンチロリン。俺の方はでかい茶碗で茶漬けをザークザーク、沢庵だってでかい奴をバーリバリ。箸が茶碗に当たってガーシャガシャ』となる。
たらちねが初高座の落語家
関連する作品
落語
- つる女 - 上方落語では、この噺の後日談として『つる女』という噺が存在する。嫁に来てからもなかなか丁寧言葉が直らない奥さんが、大家の夫婦喧嘩の仲裁に入り、「御内儀には白髪秋風になびかせたまう御身にて、嫉妬に狂乱したまうは、省みて恥ずかしゅうは思し召されずや。早々にお静まりあってしかるべく存じたてまつる」と仲裁。大家夫妻は煙に巻かれ、喧嘩をやめてしまった。
- バスガール - 柳家金語楼作の新作落語。前座話として古今亭今輔 (5代目)・桂米丸 (4代目)と弟子が演じた。七五調でしか話せない別府の定期観光バスの元車掌を、大家の紹介で妻としたサラリーマンの話。
- 寿限たら(じゅげたら) - 三笑亭夢之助が演じる新作落語。『寿限無』で長い名を付けられた少年が成長後、『たらちね』の彼女と結婚する噺。
浪曲
- 東男に京女 - 天中軒月子(三代目)が演じる新作浪曲。稲田和浩作。たらちねの二人を東の男と西の女という設定にして言葉の違いから起こる出来事をコミカルに描く。
テレビドラマ
関連項目
延陽伯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 20:31 UTC 版)
「ちりとてちん (テレビドラマ)」の記事における「延陽伯」の解説
落語に登場する新妻「延陽伯」は漢文調の言葉しかしゃべれない。四草がアルバイトしていた中華料理店「延陽伯」の店員は中国人ばかりで言葉が通じない。
※この「延陽伯」の解説は、「ちりとてちん (テレビドラマ)」の解説の一部です。
「延陽伯」を含む「ちりとてちん (テレビドラマ)」の記事については、「ちりとてちん (テレビドラマ)」の概要を参照ください。
- 延陽伯のページへのリンク