幕府財政再建
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 04:48 UTC 版)
幕府財政の再建の為に、大胆な財政緊縮政策を行っている。「宇下人言」によると幕府の金蔵は吉宗時代の253万両から明和7年には吉宗時代以上の高い年貢率であった九代家重時代の蓄財もあり備蓄金は300万両程にも貯まっていた。だが、天明の大飢饉の支出の拡大によって就任当時の金蔵は底を突きかけていた。定信就任当時、天明の大飢饉の損害と将軍家治の葬儀の為に幕府財政は百万両の赤字が予想されるほど切迫していた。改革最初期の天明8年は幕府の金蔵は81万両しか残っていなかった。その為、定信は即効性のある厳しい緊縮政策を実行し財政再建に努めた。倹約令や大奥の縮小、諸経費の削減などといった田沼時代にも行った緊縮政策を継承し切り詰めた結果、幕府の赤字財政は黒字となり、定信失脚の頃には備蓄金も20万両程貯蓄することができたという。
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