分校の設置
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/09 14:24 UTC 版)
同年4月、前述の条例改正をうけて千葉県印旛郡千代田村(現在の四街道市中央部)に陸軍航空学校下志津分校と、三重県度会郡北浜村(現在の伊勢市北部)に同明野分校が設置された。当初印旛郡に置かれた下志津分校は仮校舎であったが、用地を取得し新校舎を建築したのち1923年(大正12年)1月、近隣の千葉郡都村(現在の千葉市若葉区北西部)に移転した。 分校の存在は、偵察、戦闘など分科に応じて、所沢より適した立地で教育と研究を行える利点があった。その反面、遠く離れた分校までも本校の校長が指揮監督するのは不便であり、陸軍航空部と分校間の諸系統業務もすべて編制に従い本校を経由しなければならない煩雑さがあった。そうしたことから陸軍航空部は下志津、明野の分校を独立させ直接管理下に置く決定を下した。
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