レオ13世 (ローマ教皇)
(レオ13世 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/18 10:01 UTC 版)
レオ13世(Leo XIII、1810年3月2日 - 1903年7月20日)は、ローマ教皇(在位:1878年2月20日 - 1903年7月20日)、カトリック教会の司祭。本名、ヴィンチェンツォ・ジョアッキーノ・ラッファエレ・ルイージ・ペッチ(イタリア語: Vincenzo Gioacchino Raffaele Luigi Pecci)。『誤謬表』(シラブス)の発表以来、完全に断絶していたカトリック教会と近代社会の相互理解を目指した。社会問題を扱った初の回勅『レールム・ノヴァールム』を発表したことで有名である。
- ^ “First movie” (英語). 2018年11月25日閲覧。映像に1896年とあるのは誤り。
- 1 レオ13世 (ローマ教皇)とは
- 2 レオ13世 (ローマ教皇)の概要
- 3 関連項目
レオ13世
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/02 05:10 UTC 版)
「インカルチュレーション」の記事における「レオ13世」の解説
教皇レオ13世(在位1878年 - 1903年)は異文化の多様性を育み、1879年にアルメニア・カトリック教会(英語版)のローマ・カトリック教会への統合を実現した。彼は、東方カトリック教会は価値ある古代からの伝統とカトリック教会の一致を構成すると主張し、東方カトリック教会のラテン化の取り組みに反対した。彼の回勅『プレクララ・グラチュラチオニス(美しき感謝)』[訳語疑問点] (en:Praeclara Gratulationis, 1894) では教会における信仰の表現としての文化および典礼の多様性を称賛した。『オリエンタルム・ディグニタティス(東方の尊厳)』[訳語疑問点] (en:Orientalum Dignitatis) では、多様性の維持、涵養の必要性を繰り返して訴え、異文化を財宝とすると宣言した。彼は、彼の所有であるバチカンのラテン化方針に反対し、異文化の品位と独自性を維持すべく多数の方策を指示した。
※この「レオ13世」の解説は、「インカルチュレーション」の解説の一部です。
「レオ13世」を含む「インカルチュレーション」の記事については、「インカルチュレーション」の概要を参照ください。
固有名詞の分類
- レオ13世のページへのリンク