齊藤元章|MOTOAKI SAITO
研究開発者・起業家。1968年生まれ。PEZY Computing 代表取締役社長。医師・医学博士。日米で医療系法人や技術系ヴェンチャー企業10社を立ち上げたシリアルアントレプレナー。2015年、スーパーコンピューターの単位消費電力あたりの演算性能ランキング「Green500」で、日本企業初となる1~3位独占を果たし、世界初となるヴェンチャー企業による1位を獲得した。

*

2015年に発表されたスーパーコンピューターの消費電力性能部門ランキング「Green500」にて、日本の企業が1位から3位を独占した。演算能力に対して膨大な電力を必要とするスパコンにとって、省エネルギー化の成功はさらなる発展を意味する。その偉業を成し遂げたのが、社員数20名にも満たないヴェンチャー企業、PEZY Computingだ。

同社の代表取締役社長である齊藤は、その開発姿勢を「ディスラプティヴなかたちで独自のハードウェアをゼロからつくろうなんて、わけのわからないことを考えるのは、いまのところ、われわれくらいしかいない」と自嘲気味に笑う。次世代スパコンから、汎用人工知能にも適用しうる次世代プロセッサー「PEZY-SC2」の開発など、コンピューティングパワーの民主化を図る齊藤は、現在の日本にどんな提言をするのか。

2T3A3370b

──齊藤さんは、長らく海外で研究活動をされていながらも、あえて日本でスパコン開発を行われていますね。その理由を教えてください。

あえて批判や意見を承知のうえで言うのなら、日本という国がどこよりも「シンギュラリティ」を実現しやすい状況だからです。必要な科学技術、ソフトのみならずハードウェアのものづくりの技術が一通り揃っているし、また、他国に干渉されずに開発を行える体制もある。これまでに培ってきたこの国の信条や感性、宗教的な背景も含めて、民族的なベースが非常に理想的な状況といえます。

──世間的には、人工知能(AI)について、日本よりも海外のほうが研究も進んでいるという印象があるように思います。それでも、日本が優位に立っているとおっしゃる理由はなんでしょう。

グーグルによる1兆円の投資などの情報だけを聞けば悲観的になりがちですが、決してそうではありません。開発に必要な予算の確保はもちろん、日本の職人がもつ技術力やプロ意識。さらには、優秀で層の厚い大学・研究所・企業内の研究開発者。短期間で目標を実現するためには、それらのすべてが必要です。

わたしたちも、志の高いエンジニアに支えられていますが、社内のリソースだけでは限りがあるので、多くの部分を外注する必要があります。そのとき、彼らにも同じ理解度や情熱をもって取り組んでもらう必要がある。同じことをシリコンヴァレーでやったなら、7カ月では完成しなかったでしょうし、高額で品質はとても低いものしか得られなかったでしょう。

──それだけの土壌があるにもかかわらず、現在の日本に足りないものがあるとすれば?

やはり、シンギュラリティに対する議論の少なさと理解の低さですね。まずもって、日本が開発において優位性を持っていることも理解されていないですし、そこに向かうべきかどうかの議論もほとんどなされていない。草の根的な啓蒙活動は絶対に必要です。ただ、シンガポールがシンギュラリティを国策として打ち出すなど、もはや国政レベルで議論されないと遅すぎるタイミングに入ってきています。

できるだけ多くの人たちを刺激し、理解してもらうこと。日本人を掘り起こせば、わたしよりもっとはるかに賢明で聡明な方がいくらでもいるはずです。その人たちがどんどん覚醒してくれば、日本発のシンギュラリティに向けて大きな力となるでしょう。

2T3A3339b

──機械に取って代わられたとき、果たして人間は幸せなのかという議論がよくされます。シンギュラリティ後の幸福の定義はどうなると思いますか。

自分や家族の生命が脅かされることなく、労働から開放され、本当の意味での自由を得る状況が出現する。それを幸福と言わずして何と言うのでしょう? でも、いま必要なのは、幸せについての議論ではありません。まず人間が間違いなくその先も生き延びられるような状況をつくり出すこと。地球環境や太陽嵐のような宇宙空間からの脅威に対する備えこそ、いちばんにやらなければならない。それを経て、はじめてシンギュラリティ後の世界がユートピアであるかディストピアであるかを議論すればいいのです。

──そのために必要となるものとして、現在開発されている次世代スーパーコンピューターに繋がるのですね。

次世代のスパコンが完成することで、シンギュラリティの前段階である「プレ・シンギュラリティ」も起こせます。

神経細胞とシナプス結合の非常に複雑なネットワークを「コネクトーム」と言いますが、生命体でもっとも単純なコネクトームとして例に挙げられる線虫と、ヒトのそれとでは、比較対象にもならないレヴェルの差が存在します。さらに、全世界の人類を集めた知性は、線虫と1人のヒトの差より、遥かに大きい。その全人類の知性をいかに実現するかを考えなければなりません。

残念ながら生命体には制約があります。ヒトの脳は拡張したくても1.3リットルを上回る大きさをもつことができないので、その制約を外すにはブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)の進歩が必要です。

BMIによって、人と人が思ったことをすぐに共有し、議論できる世界。その実現のためには大量のルーティング装置が必要になるのですが、全人口に対して100兆個ほどのルーティング装置をつくれたとすると、1人ひとりが神経細胞となる。そのルーティングを行うサーヴァーが新しいシナプス結合となって、人間の頭蓋骨という制約を完全に解き放った新しいレイヤーを有した「コネクトーム」となるのです。

2T3A3334b

──1個人ではなく、73億分の1になる、と。ただ、労働力がすべて機械に置き換わるように、没個性化してしまい、存在価値がなくなるといった議論に拍車がかかりそうですね。

実は人間の脳細胞自体も個性的なものであり、あらゆることを民主的に多数決
で決めていたりするので、そんなことはありません。何か課題が与えられたとき、たくさんの人がそこに意識を集中して考えることによって、ひとりの天才が出した答えとは桁違いのアウトプットを出しうる。集合知といったレヴェルではない、まったく新しい生命体を構成することがプレ・シンギュラリティまで技術が進めば実現可能になるのです。

──日本か、世界かといった人種間の議論すら無意味になるということですね。

あるところでは、そうですね。ただそれを実現するためには、プレ・シンギュラリティをいかにいい方向性で迎え、そして、どうシンギュラリティに昇華させていくかが重要になります。それを考えたとき、いまの日本がいちばんいい位置にいるのと同時に、日本以外の国がやったときに社会システムとしていい状態になるのか、その保証はまったくない。むしろ、日本人に地球上の全生物の将来がかかっているかもしれない。そういう認識が必要であり、そのための覚醒と覚悟が必要だと思います。