Xからバンされたプログラマー、“データ解放ツール”「Cyd」を公開

Xからの大規模なユーザー離脱が続くなか、SNS上の投稿を簡単に保存・削除できるツール「Cyd」が登場した。開発者は「これ以上ないタイミング」と認めながらも、この絶妙な時期での公開は偶然の産物だと語る。
A man holding a ladder out of a pit with people and the X logo.
PHOTO-ILLUSTRATION: ANJALI NAIR; GETTY IMAGES

2022年12月のある木曜日、午後5時頃のことだった。プライバシーと情報の自由を重視するプログラマー、マイカ・リーは突如としてTwitterからバンされた。その衝撃的な知らせを目にした彼は、すぐに自分の「違反行為」を理解した。それは、競合するソーシャルメディアMastodonにある@Elonjetsというアカウントへのリンクを投稿したことだった。

この@Elonjetsは、Twitterの新オーナーとなった億万長者イーロン・マスクのプライベートジェットの位置情報を追跡・共有するアカウントである。マスクは後に、このリンク投稿を「ドキシング(他人の個人情報を公開する行為)」と非難したが、実際にはジェットの位置情報は公開情報であり、誰でも閲覧可能なものだった。

数年かけて5万以上のフォロワーを集めたアカウントを失い、リーは一時的に落胆した。しかし、その感情はすぐに安堵に変わった。モラルが急速に低下していると感じていたプラットフォームから、むしろ解放されたと思えたのである。

マスクがTwitterを買収してからの2カ月間、新オーナーは「言論の自由」を掲げ、かつて追放された極右派やネオナチのユーザーを復帰させる一方で、左派のアカウントを次々と削除していた。そう考えると、この党派的な判断を下す気まぐれな大物の機嫌を損ねた結果の追放は、「悪くない終わり方だった」とリーは思い直していた。

ツイートの保存と削除機能

リーはTwitterを完全に切り捨てた格好だ。Twitterは彼に対して、@Elonjetsの投稿を削除すれば復帰を認めると提案してきた。しかし、リーはその後8カ月間、プラットフォームに一切近づこうとしなかった。そして、ようやく問題の投稿を削除したのは、過去の投稿を一括で消去するためにログインした時のことだった。

それから数カ月が経過しTwitterの名称がXに変わったころ、リーは著作を宣伝するために数件のメッセージを投稿した。だが、いまはこの投稿も削除済みである。それ以外でTwitterにはほとんど触れていないとリーは話す。「正直なところ、おかげで精神状態がずっとよくなりました」と付け加える。

リーは、同じような解放感をほかの人にも味わってほしいと考えている。そしてCyd(“Claw back Your Data”の略)というデスクトップアプリケーションを12月3日に公開した。このサービスは、ユーザーがXでの活動の履歴を柔軟に管理できるよう設計したもので、投稿を保存したり、思い通りに整理したり、完全に削除したりする機能を提供している。

Cydの無料版では、誰でも自分のXでの投稿をダウンロードできる。Cydを使えば直近2,000件までの投稿が保存可能だ。Xに備わった機能を利用することで、過去の投稿のすべてをダウンロードすることもできる。ダウンロードが済んだら、Cydを使って投稿を自動で削除できる。

年間使用料の36ドルを支払うことで、Cydの有料機能も利用できる。これには、アカウント内の投稿を日付、いいね数、リツイート数、キーワードなどで細かくフィルタリングして消去する機能や、リツイートやいいねをまとめて大量に取り消す機能、Xでフォローしているすべてのユーザーのフォローを一括解除する機能が含まれている。

いまのところCydの機能はXのアカウントの管理や投稿の削除に特化しているが、いずれFacebookやRedditなどのサービスに対応した同様の保存や削除の機能を追加したいと、とリーは考えている。

「イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグ、ジェフ・ベゾスをはじめひと握りの億万長者が、人々が日常的に使い、多くのデータを預けているプラットフォームを支配しています」とリーは語る。「こうしたプラットフォームを使うユーザー、つまり超裕福なテック業界の億万長者ではない人たちの手にもう少し権限をとり戻せるようにしたいのです」

「Cyd」を公開したマイカ・リー。Photograph: Courtesy of BSidesPDX

Twitterからのユーザー大量離脱

リーがCydを公開したのは、Xからユーザーが大量に離脱した時期と重なる。ドナルド・トランプが米大統領選挙で勝利したことを機に、数百万人規模のユーザーがXを離れた。その理由として、イーロン・マスクがトランプ支持のために選挙キャンペーンに献金し、政治的な投稿を繰り返していたことが挙げられる。また、Xに残ったユーザー層がますます保守的になりつつある状況に、多くのユーザーは嫌気が差していた。

なかでもソーシャルメディアのBlueskyが、こうしたXからの「難民」の大半を受け入れたようである。その結果、同サービスは選挙後の数週間で少なくとも800万人のユーザーを獲得した。

「人々がXのデータをできる限り削除し、思い通りに整理して、このプラットフォームを離れるには、いまが絶好のタイミングだと思います」とリーは語る。「Xの影響力を少しでも弱め、BlueskyやMastodonのような、よりよいプラットフォームへ移行するのに最適な時期です」

Cydは、TweetDeleterやRedactなどと同じように、Xのアカウント上の情報をアーカイブし整理するためのサービスである。しかし、TweetDeleterとは異なり、Cydは無料版でも投稿の大量削除が可能だ。RedactはCydよりも多くの削除関連の機能を無料で提供している。ただし、Cydの年間利用料36ドルは、Redactの有料プランの月額6ドルの費用と比べると約半分となっている。またCydは、いいね数やリツイート数に基づいて投稿を削除するなど、Redactにはない機能も提供している。例えば、ユーザーはあまり拡散されなかった投稿を一斉に削除することが可能だ。

Cydの開発経緯

Cydは絶好のタイミングで登場したが、リーは何年も前からソーシャルメディア上のコンテンツを保存し、削除するツールの開発にとり組んでいたという。実際、マスクがTwitterを買収する以前から開発を進めていたのだ。リーは2019年に、Semiphemeralというアプリを公開しており、このアプリはCydと似たソーシャルメディアの管理機能を備えていた。その数年前に、ハラスメントや反ユダヤ的な投稿の標的になった経験が開発のきっかけだった。

ソーシャルメディア上のコンテンツの保存やキュレーション機能のため、SemiphemeralはTwitterが開発者向けに提供しているAPIを利用していた。しかし、マスクがTwitterを買収して数カ月後(そして@Elonjetsへのリンクを投稿したことを理由に、リーを含む数人のジャーナリストを追放した後)、TwitterはAPIへの無料アクセスを打ち切り、Semiphemeralは機能停止に追い込まれている。

その1年後、リーは勤めていたニュース媒体『The Intercept』からレイオフされた。編集部のおよそ3分の1とともに、情報セキュリティ部門のディレクターとしての職を失った彼は、新しく取り組めるプロジェクトを探していた。そして、XのAPIを利用する代わりに、ウェブブラウザを使ってXのページを自動で閲覧、スクレイピングする設計にすれば、Semiphemeralを復活させられることに気づいたのである。

「Cydの機能は、すべてウェブブラウザ上で手動でも実行できる操作です」とリーは説明する。「ただし、手作業では途方もない時間がかかってしまいます」

また、アプリの名前をCydに変更し、覚えやすく入力しやすいものにし、海賊のマスクをした青いかわいらしい鳥(同じくCydと名付けた)を、アニメーションロゴとして採用した。

機能の拡充を目指す

ほかのサービスより手ごろとはいえ、Cydの年間利用料36ドルは、多くのユーザーにとって高額に感じられるかもしれない。リーは、リスクに晒されている人を支援する団体と協力し、必要な人にはこのツールを無料で提供する計画があるという。また、冗談めかして、36ドルはTwitterの有料アカウントの年間利用料の半分以下だとも話した。

また、リーはこれまで手掛けてきた安全で匿名性の高いファイル共有ツールOnionshareや安全なダウンロードのための保護アプリDangerzoneとは異なり、今後も開発に専念できるようビジネスモデルを確立したいと考えている。そうすることで機能を拡張し、ほかのソーシャルメディアプラットフォームにも対応できるようにしようとしている。「収益が上がる仕組みをつくり、事業をさらに大きくしていきたいと考えています」とリーは語る。

こうした大きな野望はあるものの、Cydを公開したタイミングが、ちょうどXからの大量流出でBlueskyのユーザー数が急増した時期に重なったことは、必ずしも意図したことではなかったとリーは話す。また、人々がソーシャルメディアを支配するテック業界の億万長者たちの意図や影響力に、これまでにない関心を向け始めた時期とも偶然に一致したのだ。

「Xが下り坂にあることはわかっていましたし、ユーザーが不満を抱いていることも予想していました。ただ、これほど大量のユーザー離脱が起きるとは、正直、思いもしませんでした」とリーは語る。「結果的に、これ以上ないタイミングだったのです」

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)

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