ロシアによるウクライナ侵攻で、戦時下に「原発を守る」ことの難しさが浮き彫りになっている

ロシア軍がチェルノブイリ(チョルノービリ)原子力発電所を占拠したとウクライナ政府が発表したことで、ウクライナ国内における原発の動向が注目されている。稼働中の原発に直接的な攻撃はされないと予想されているが、戦火が広がり国民たちの避難が続くなか、戦時下に原発を「守る」ことの難しさなどさまざまな課題が浮き彫りになっている。
Press Tour In The Chernobyl Exclusion Zone
PHOTOGRAPH: STR/NURPHOTO/GETTY IMAGES

ウクライナ侵攻を進めるロシア軍がベラルーシとの国境沿いにあるチェルノブイリ(チョルノービリ)原子力発電所を占拠したと、ウクライナ政府が2月24日(米国時間)に発表した。1986年の春に起きた原発事故の跡地は、いまも引き続き環境危機の温床となっている。

放射性廃棄物によって土や水は汚染されており、廃棄物処理施設の内部ではがれきの洗浄が続いている。だが、ここにきてウクライナが抱える深刻な核問題が浮き彫りになった。現在も稼働を続けているほかの原子力発電所は、いったいどうなるのだろうか?

経年変化が目立つウクライナの発電所には、入念なメンテナンスやモニタリングが必要だ。原子炉や冷却装置、タービンなどの主要機器が詰め込まれているが、これらのメンテナンスは戦時中に中断される可能性がある。また、侵攻が長引いた場合、進路から外れたミサイルや砲弾の被害を受けることもあるかもしれない。

「最大級の自制」を呼びかけ

ロシア軍が意図的に原子力発電所を標的とすることはないだろう。しかし、何百万人ものウクライナ国民と、隣接しているロシア国民に危害を加えてしまうような、悲惨な過ちも起こりかねないと専門家は危惧する。

「ロシア軍は原発への直接攻撃を避けようとするでしょう。自国が占領しようとしている国を汚染することは避けたいでしょうし、ウクライナの電力をまかなうためには原発が必須です」と、憂慮する科学者同盟(UCS)のシニア・グローバル・セキュリティ科学者のエド・ライマンは語る。

ウクライナの原子力発電所を危険から守るために、国際原子力機関(IAEA)事務局長のラファエル・マリアーノ・グロッシーは「最大級の自制」をするよう強く呼びかけた。発表された声明によると、原子力発電所付近で紛争が起きるという未曾有の状況を「非常に懸念している」という。

ウクライナは世界のなかでも原子力発電所を多く保有している国だ。4基の発電所と15の原子炉によって、国内のおよそ半分の電力を供給している。ドンバス地域から120マイル(約144km)ほど離れたところには、6つの原子炉が稼働しているザポリージャ原子力発電所がある。ウクライナ政府が2014年からロシアに後ろ盾された分離主義者と紛争を繰り返している地域だ。

ウクライナの原発を管理しているEnergoatomは6カ所ある原発のうち2カ所を停止した。それらを電力供給網から外し、「取り置き」にする方針を2月25日(現地時間)に発表している。これまでのところ、すべての発電所は問題なく稼働しているという。

原発を「守る」ことの難しさ

原子力専門家が主に懸念していることは、ミサイルが発電所に降り注ぐことではない。戦争区域での十分な人員確保や、安全プロトコルを守った上での発電所の稼働の難しさを憂慮しているのだ。

発電所自体も電力が必要であり、着弾したミサイルの爆発によって予期せぬ停電も起こりうる。もしくは、電力系統へのサイバー攻撃が発生する可能性もある。何らかの理由で予備電力が使えなかった場合、原子炉の冷却装置が使えなくなり、メルトダウン(原子炉内部にある炉心が生み出す熱の冷却機能が失われてしまうこと)へとつながってしまう。

温度の上昇が制御不能となって部品が溶け出した場合、核燃料が漏れ、炎があがり、爆発が起きる可能性もある。ウクライナ国内での混乱が激しくなるなか、人材確保の難しさも相まってこういったリスクは一層高くなるだろう。

「例えば、発電所の従業員たちが全員『もう無理だ、ここから逃げなきゃ。家族を連れてポーランドへ行こう』と言った場合、どうやって原子炉を管理すればいいのでしょうか」とブリティッシュコロンビア大学の原子力政策専門家のM・V・ラマナは問う。ウクライナ政府は、ロシア軍がチェルノブイリの核廃棄物処理場の作業員を拘束したと発表し、非難している。

原子力発電所は、多重防護の安全策を導入している。どの対策も失敗する可能性は低いことから、ドミノ式に防護対策が崩れる可能性も限りなくゼロに近い。しかし、戦争によってシステムにほころびが出てしまうのだと、国際平和カーネギー基金で核政策プログラムの共同理事を務めるジェームズ・アクトンは言う。

アクトンは「コモン・モード」の乱れ(基幹と予備のシステムが同時にダウンしてしまうこと)が生じるリスクが高まっているとツイートしている。ひとつのシナリオとしては、ロシアがウクライナの電力システムに攻撃を仕掛けて電力供給網から原発を外した場合、火災をはじめとする事故が十分に起こりうるという。

停電が起きて原子炉を止める必要がある場合、通常は予備システムが発電所を冷却する(IAEAは72時間の冷却を推奨している)のだと、アクトンは説明している。以前は72時間もあれば、電力供給網に復帰させたり、消防隊の到着を待ったり、緊急時の発電機を動かすためのディーゼル燃料を確保したりすることが問題なくできた。

ところが、戦時中にはいずれも時間通りに到着することは保証されていない。このような事故が起きる可能性は非常に低いが、戦時中では「想像していないことが起こりうる」と、アクトンはツイートしている。

福島第一原発事故の教訓

原子炉の「第1世代」として知られているチェルノブイリ原発は、中性子と核分裂連鎖反応を遅らせるために黒鉛が「減速材」として用いられていた。しかし、黒鉛が燃えて煙が出てしまい、空気中に放射性物質をまき散らした。事故が起きたあとには次第に世界中から消えていった原子炉の仕組みだ。

これに対して現在のウクライナやその他の国の原子力発電所では、黒鉛の代わりに水を用いる「加圧水型原子炉」が使われている。水を使った原子炉の安全性は高いが、燃料棒によって熱を帯びた水を新しい水と交換しなくてはならない。安全を確保するためにも作業員が常駐し、冷却装置を動かし続ける必要がある。

「冷却装置が動いていないなら、それは災害への前兆です」と、シカゴ大学の物理学者で過去に原子力科学者会報の編集長を務めたボブ・ロスナーは語る。その一例として、東日本大震災による津波で原子炉が電力供給網から切り離されてしまった2011年の福島第一原発事故を挙げている。

このときはディーゼル発電機もたび重なる津波によって破損してしまった。多少の予備電力は残っていたが、底が尽き、冷却剤を循環させるポンプも機能しなくなり、むき出しになった核燃料が融解するという惨事が起きてしまったのである。

ウクライナの発電所が古くなっていることも加味する必要があると、ロスナーは指摘する。ほとんどの発電所は1980年代に建てられており、国内で唯一閉鎖されている原発はチェルノブイリのみだ。そして、キエフの北西に位置するリウネ原子力発電所は、目安として設けられている40年の制限に近いか超えている(米国では点検を受けて必要なメンテナンスを実施したあと、原発のオペレーターたちは運転期間を20年延長することが可能だ)。

発電所の安全リスクを考慮する際には、核燃料を保持する格納容器に注目することが鍵を握る。多くの場合は鉄でできているが、何年も放射能を浴び続けているのでヒビが入ってしまう。このため、ウクライナにある古い発電所は監視を常に必要としていると、ロスナーは説明する。

ウクライナの発電所の燃料交換は、一朝一夕にできることではない。発電所内には新しい燃料を備蓄しておらず、しかも新しい燃料が届いたときに維持的に停止させる必要がある。ウクライナはほとんどの燃料をロシアから輸入していたが、ここ数年は米国のピッツバーグに本社を置くウェスティングハウス・エレクトリックから燃料を手に入れる合意に至り、ロシアからの輸入依存度を下げている。

いまも残るチェルノブイリの“遺産”

チェルノブイリでの大惨事から36年が経つが、ロシア軍による占拠後もさまざまな課題が残るとライマンは語る。崩れた原子炉のがれきはコンクリート製の「石棺」に埋められている。現在は、地震や竜巻、突風に耐えられるように16年に建てられた新安全閉じ込め構造物に覆われている。

事故から数年経った後もチェルノブイリにある3つの原子炉は稼働し続け、最後に閉鎖されたのは2000年のことだ。いくつかの使用済み核燃料は核燃料冷却プールに入っており、いくつかは乾式キャスクと呼ばれる鉄やコンクリートでつくられた筒状の容器に移されている。

ウクライナの国家核規定査察当局(State Nuclear Regulatoryy Inspectorate)が2月25日(米国時間)に出した声明によると、チェルノブイリで通常よりも高い毎時9.46μSvのガンマ線が検出された。ガンマ線の放出は放射性廃棄物によるものかもしれないと、シカゴ大学のロスナーは指摘する。

IAEAは、軍事車両が通った後に汚染された土が舞っている可能性があると、2月25日(米国時間)の声明で発表している。ただし放射能濃度は低く、「過去に計測された立入禁止区域内の濃度から見ると許容範囲であり、周辺住民への危害はない」という。これに対してウクライナ当局は、「立入禁止区域内のガンマ線濃度は基準値を超えていた」と声明で発表している。

プーチンの脅迫で言及されていた核兵器がロシアによって使用されなかったとしても、ウクライナはすでにさまざまな核問題に直面している。「現在の状況は本当に恐ろしいことだと思っています」と、ロスナーは言う。「原子力発電所のことよりも、ウクライナに住んでいる人々の安全が心配です」

(WIRED US/Translation by Naoya Raita/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』によるウクライナの関連記事はこちら。


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