SZ MEMBERSHIP

SZ Newsletter VOL.257「都市の多元性をめぐるいくつかの対話」

「スイス・日本経済フォーラム2024」をはじめ、経済や都市をめぐって何度も繰り返し上がるのは、つまるところ、自然や文化といった「多元的な資本」をいかに可視化、測定し、経済資本とアラインできるかという課題だ。編集長からSZメンバーに向けたニュースレター。
編集長からSZメンバーへ:「都市の多元性をめぐるいくつかの対話」SZ Newsletter VOL.257
gremlin/GETTY IMAGES, WIRED JAPAN

ノーベル賞の人工知能2連発というサプライズがかけめぐった今週、『WIRED』でもこれまで“AIのゴッドファーザー” ジェフリー・ヒントンやGoogle DeepMindのデミス・ハサビスのことをさまざまな機会に取り上げている。ぜひ週末のキャッチアップにいかがだろうか。ちょうどこのニュースレターでも書いてきた通り、WIRED Singularityにも登場したレイ・カーツワイルの新刊を読んでいるのだけれど(邦訳は11月下旬発売予定)、印象的なのが、いまがシンギュラリティに向けた「変化のピークにさしかかっている」というカーツワイルの指摘だ。変化を表す指数関数のグラフはここから一気に垂直へと近似していく。みんなシートベルトは締めたか、と今回のノーベル賞は語っている。

さて、今週は実に4月のイタリア以来となるTokyo Regenerative Food Labのポッドキャスト収録が月曜日にUnlocXさんの虎ノ門のオフィスであり、ゲストには哲学者の柳澤田実さんと、最近『〈迂回する経済〉の都市論』を上梓された早稲田大学の吉江俊さんを迎えて、リジェネラティブな都市の姿と食の未来について90分超の濃い議論を行なった。今週のWIRED Podcastからこちらもぜひお楽しみいただきたい。

火曜日には虎ノ門ヒルズのTOKYO NODE LABが開設1周年ということで、ANNUAL TALK & PARTYの一環として行なわれた日本テレビ「SENSORS」 公開収録トークイベントに登壇し、「都市空間が生み出すニューカルチャー」というお題のもと、高輪ゲートウェイシティの文化創造拠点を率いる内田まほろさん、TOKYO NODEで開催された展覧会「蜷川実花展」や「Perfume Disco-Graphy」を手掛けた森ビルの桑名功さん、『WIRED』でもおなじみ、東京大学特任教授の豊田啓介さんと共に、テクノロジーと都市の融合について活発な議論を繰り広げた(放送は11/21木曜深夜予定)。熱心な『WIRED』読者であればお気づきのように、内田さんは最新号「The Regenerative City」特集内で、「文化的エコシステム」のつくりかたのページに登場、桑名さんが手掛けた「Perfume Disco-Graphy」の大人気図録は『WIRED』日本版の特別編集、そして豊田さんには先月のWIRED Singualrity(アーカイブ無料配信の応募は今月いっぱい)にもご登壇いただくなど、さまざまな文脈が集約されていくセッションでもあって、かくも「都市」というのは懐が深くあらゆるものの集積を請け負うプラットフォームなのだと改めて思う。

水曜日にはスイス大使館の主催で『WIRED』日本版もサポートパートナーで参画する「スイス・日本経済フォーラム2024」が東京ミッドタウンで開催された。これはスイスと日本の国交樹立160周年を記念する「スイス・バイタリティ・デイズ」の注目イベントであり、今年のテーマは「生物多様性の危機:再生型経済への転換を推進するには?」だ。「ダボス会議」の名で知られ、スイスに拠点をおく世界経済フォーラムは、今後10年間の世界規模でのリスクの上位3つのひとつに生態系の崩壊を位置づけている。一方で、リジェネラティブエコノミー(再生型経済)へと移行すれば、2030年には年間10兆ドルの経済的機会を生み出し、約4億人の雇用を創出する可能性があるとも指摘する。スイスと日本の産学官のリーダーが集うスイス・日本経済フォーラムでは、生物多様性というリスクを実際にどうやって経済変革へのインセンティブへとつなげるのか、その実践への糸口が探られ、モデレーターを務めたふたつ目のパネルでは、「公約から行動へ: 自然再生への課題、機会、そしてイノベーション」と題して、日本からはいきものコレクションアプリのスタートアップBIOMEやグリーンインフラを手掛ける清水建設などがパネリストとして参加し、チューリヒ大学学長などと短い時間のなかで意見交換を行なった。

ちなみに木曜日には今年ローンチしたビデオシリーズ「The Big Interview」のスポンサードセッションの収録があり、レゾナック・ホールディングスCSO兼CROの真岡朋光さんをお迎えして、半導体の未来についてたっぷりとお話をうかがった。今週のそれまでの脳の使い方とまったく異なる話題でとても新鮮で、知っているようで知らない半導体について、そして、地産地消が進む業界における日本の立ち位置など、大変勉強になったのでぜひ本番公開を楽しみにしていただきたい。

話を戻して、奇しくも今週月・火・水のそれぞれのセッションで語られたことにはひとつの通奏低音があったと思う。それは、「リジェネラティブ・カンパニー」の3原則でいえば「PLURAL CAPITAL 多元的な資本を生み出し、その価値を測定する」ということだ。早稲田大学の吉江さんはそれを「迂回する経済」という言葉で見事に掴まえ、「直進する経済」と対比させることで、多元的な価値を都市でいかに実現していくのかを著書で展開している。そのための方途として特にぼくが共感したのは、動詞形として「場所」を捉えるというもので、「The Regenerative City」特集のエディターズレターの末尾に書いたことと共鳴しているようにも思えた。

もうひとつ、吉江さんのお話で重要な指摘だと思ったのが、“都市の多様性”というときに、それがどのスケールでの多様性なのか、という問題提起だ。例えば東京で言えば渋谷、恵比寿、原宿、新宿といった街単位で多様性を語る場合と「都心部」で語る場合ですでにスケールが異なる。ミクロスケール(街)では多様性を湛えた街なのだけれどマクロスケール(都市)になると同じような多様さをもつ似たような街がいくつも集まるだけで一様になるとか、逆にそれぞれの街ごとには何かに突き抜けて特化しているので一様なのだけれど(例えば新大久保とか)、そういった別々に一様な街が集まった都市としてはパッチワークのように多様になる、という事もありえる。15分都市は前者の方向だろうが、特に東京のようにひたすら水平方向に拡がる都市において、果たしてどちらの多様性を志向するのかという点は重要だ。

「SENSORS」 公開収録で語られたことも、豊田さんの言葉を借りるならば、多元的な資本が「グラデーション」となって同時に存在するような場の在り方だ。都市らしさ、郊外らしさ、田舎らしさ、自然らしさが互いにトレードオフになるのではなくグラデーションになるような在り方をいかに実現できるのか、という問いも、「多元的な資本を生み出」すという問いにつながってくる。スイス・日本経済フォーラムでの議論はより直接的で、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のように、自然資本や生物多様性に関するリスクや機会をいかに定量化し、評価し、さらには企業などがそれを開示するのか、という国際単位での取り組みをいかに加速させ、実効性をもたせるか、が主な論点となっていた。

逆にいえば、いまの資本主義には、生物多様性を高めることの積極的なインセンティブがまだないのだ、という身も蓋もない議論もしっかりとなされて、例えば炭素税やカーボントレードのような仕組みを生物多様性についてもつくるべきだ、という(いかにもヨーロッパらしい)議論もあったのだけれど、もっと多様な資本を横断するようなビジネスと社会の仕組みをどうつくることができるのか、というのが「リジェネラティブ・カンパニー」の当初からの問題意識であり続けたし、いまもそれは変わらない。そうそう、今年も「リジェネラティブ・カンパニー・アワード 2024」に向けて『WIRED』日本版が誇るアドバイザーや過去受賞者の方々に絶賛ノミネートをいただいている。11月下旬には今年の受賞カンパニーを発表できる予定なので、そちらもぜひ楽しみにしていただきたい。

『WIRED』日本版編集長
松島倫明

※SZ NEWSLETTERのバックナンバーはこちら(VOL.229以前はこちら)。

編集長による注目記事の読み解きや雑誌制作の振り返りのほか、さまざまなゲストを交えたトークをポッドキャストで配信中!未来への接続はこちらから。