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2018年04月04日
グロービス・マネジメント・インスティテュート『ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術』―若者が猫も杓子もコンサルタントを目指していた時代のキャリア開発論
ビジネスリーダーへの キャリアを考える技術・つくる技術 グロービス・マネジメント・インスティテュート 東洋経済新報社 2001-05-18 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
キャリア開発や組織文化の研究で知られるエドガー・シャインは、キャリア開発のステップを大きく3つに分けている。まずは自分の価値観を知ることである。シャインは個人の中核的な価値観のことを「キャリア・アンカー(※アンカー=碇)」と呼ぶ。次に、自分が所属する部門や企業、業界の変化をとらえ、外部環境からどのような役割を期待されているのか、あるいは今後期待されることになりそうかを認識する。そして最後に、自分の価値観を活かしながら周囲からの期待に応える自分とはどのような存在なのかを想像し、キャリアビジョンを描く、というものである。
だが、日本のキャリア開発の本を読むと、往々にしてこの3つのステップがバラバラになっている。ブログ別館の記事「沼波正太郎『40歳からのキャリア戦略―図解 あなたの「不安」を展望に変える!』―「転職は危険」と言っておきながら転職を勧めている」で紹介した書籍もそうであった。本書も、まずは市場ニーズ(人材ニーズ)を分析し、次に現在のスキルや価値観を棚卸しするところまではよいのだが、キャリアビジョンを描く段階になると、それまで検討した内容が一切無視されて、「自分がやりたいこと」が優先されている。そして、自分が達成したい中長期的な目標(10~20年後)を明確に掲げ、そこから逆算してキャリア目標を段階的に設定している。
この方法は、マーケティングの言葉を借りればプロダクトアウト的な発想であり、マーケットインの視点が欠けている。本書には次のような記述があり、営業がこれまでの「売り込み」から「CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)」重視へと変化しているとある。それなのに、キャリア開発の方は相変わらず自分優先の売り込み型でよいのだろうか?
筆者自身が最近トライした例を挙げると、いわゆる営業で「売り込む」方法から「顧客が必要としている情報を顧客の目の前に置く」「サービス内容で満足してもらいリピートを狙う」という方法に変えたことがあった。(中略)この時の業績はと言えば、その1年間の売上は前年度に対して20%以上伸びている。それから、中長期的な目標からバックキャスティング的に短期の目標を導くというのも、一般的なキャリア開発の流れとは異なっている。これだけ環境変化が激しい時代であるから、中長期的な目標を明確に定めても、すぐに無意味になることが多い。それなのに、当初の明確な目標を持ち続けると、キャリアが硬直的になり、かえって健全なキャリア開発が阻害されるというのが現在の通説である。中長期のキャリアビジョンは大まかなレベルで持っていれば十分であり、後は環境変化に合わせて柔軟にビジョンの内容を変えていくのがよいとされている。
本書が出版されたのは2001年である。2001年には私はまだ大学生であったが、当時はコンサルティングファームブームのようなものがあって、今で言う「意識高い系」の学生は皆コンサルティングファームへの就職を目指していた。学生を対象としたロジカルシンキングのセミナーも多かったし、そこで学んだ内容を活かして、論理的思考力を高めるための勉強会を開いたりもしていた。そういう時代背景もあってか、本書に登場する若手ビジネスパーソンはほぼ全員と言ってよいほど、コンサルティングファームへの転職を検討している。
そして、コンサルティングファームで要求される能力を、①思考力、②コミュニケーション力、③企業という仕組みを理解していること、④フットワークの4つと定義し、転職希望者がこれらの能力をどの程度身につけているかを分析する事例が登場する(ただ、別の箇所では、①理解力・洞察力、②論理思考能力、③創造的思考力、④感受性、成熟さ、謙虚さ、⑤ロジカルコミュニケーション力という5つが挙げられており、内容に矛盾を感じた)。問題は、この4つの能力がコンサルティング業界の枠を超えて、あたかもどの業界にも通用するものであるかのように扱われていること、さらには経営者に求められる能力と共通のものであるかのように書かれていることである。言うまでもなく、業界によって求められる能力は違うし、仮に経営コンサルタントとして優れていたとしても企業経営が上手であるとは限らない(私は前職のベンチャー企業でそのことを嫌というほど体感した。詳しくは「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」を参照)。
ただ、本書が目指した能力の汎用化は1つのヒントになった。企業における仕事は、大きく分けるとタスク志向と人間関係志向の2種類になる。「タスク志向―人間関係志向」という軸を一方に取り、もう1つの軸として「マクロ視点―ミクロ視点」という軸を加えてマトリクスを作ると、①構想力、②問題解決力、③組織を動かす力、④コミュニケーション力という4つの力が導かれる。この4つに「業界特有の知識」を加えた5つの能力・知識は、どの業界でもほぼ共通であろう。
そして、5つの能力・知識に関して、等級ごとに要求レベルを定義する。その等級と役職を結びつければ、職能資格制度ができ上がる。以前の記事「DHBR2018年2月号『課題設定の力』―「それは本当の課題なのか?」、「それは解決するに値する課題なのか?」、他」では、一般社員とマネジャーでは求められる能力の種類が違っており、一般社員として優れていてもマネジャーとして優れているかどうかは解らないから、マネジャーとしての潜在能力を一般社員のうちに測定してはどうかと複雑なことを考えていた。だが、上記のフレームワークを使えば、一般職もマネジャー職も同じ能力で評価され、両者の間の能力に一定の連続性が保たれる。また、一般の職能資格制度によく見られるような、企画力、実行力、折衝力、現状認識力、判断力などといった抽象的な能力に比べると、前述の5つの能力・知識は導出の根拠も明確である。
人事考課においては、まず期初の目標設定の面談で、当期の業績目標と、5つの能力・知識と紐づいた行動目標を設定する。期末になると、業績目標と行動目標がどの程度達成できたかを上司が評価する。その際、5つの知識・能力に収まらないが特筆すべき能力や成果については、所見として記録に残しておく。1次評価、2次評価を経て、経営陣と人事部による最終評価では、それぞれの社員の業績と能力・知識の評価が確定し、等級も定まる。
この等級は、後継者育成計画を作成する際の重要な基礎情報となる。例えば、ある部門の部長の後継者を育成しなければならないとしよう。その部門の部長は等級8以上だとする。すると、人事部は人事データベースから等級8以上の社員をすぐに引っ張り出すことができる。彼らが次期部長候補の人材プールを形成する。この点で、5つの能力・知識は「管理するための能力」と言える。その人材プールの中で、誰をその部門の部長にするかは、人事部と経営陣が議論して決める。5つの能力・知識レベルでは皆同じレベルであるから、最終的に適性を判断する材料となるのは、上司が評価のたびに蓄積してきた所見になろう。そういう意味では、初見に係れた能力は「議論のための能力」と呼ぶことができる。所見に書かれた情報と、その部長職をめぐる特有の事情を考慮して、最終的に誰を新しい部長にするかを決定する。
ここで、キャリアコンサルティングについても触れなければならない。改正職業能力開発促進法により、企業は社員に対して、キャリアコンサルティングの場を与えることが義務づけられた。キャリアコンサルティングにおいては、まさに本書に書かれているような面談が展開されるわけだが、本書の内容に反して、そして、人事部が「管理するための能力」で社員を管理するのに反して、社員の能力を型にはめないことが大切だと思う。企業は画一的な管理を望むのに対し、社員個人は自分らしいキャリア、他人とは違う人生を望むものである。キャリアコンサルティングでは、社員の多様な能力を棚卸しすることがポイントとなる。現在はキャリアコンサルティングと人事評価は別の制度として運用されている企業がほとんどだが、もし将来的に両者を連携させるならば、キャリアコンサルティングで判明した多様な能力は人事評価シートの所見の欄にある「議論のための能力」の内容を膨らまし、後継者育成計画にも影響を与えるだろう。
キャリアコンサルティングで社員から寄せられる要望は、大きく分けて3つだと思う。1つ目は、「自分のキャリアパスを知りたい」というものである。社員からこう聞かれたキャリアコンサルタントは、人事部と連携して後継者育成計画を参照し、当該社員をどのポストに向けてどんなプランで育成しようとしているのかを伝えるとよい。2つ目は、「自分はあの部門で(こういう役職に就いて)こういう仕事をしたい」と願い出るケースである。この場合は、キャリアコンサルタントから人事部に対して情報をフィードバックし、前述の人材プールに当該社員を加えることを検討する。その際は、「管理のための能力」と「議論のための能力」の両方を考慮する。
3つ目は「自分の能力や知見を活かして全く新しい仕事をやりたい」というものである。こういう声が多くの社員から同時に聞かれる場合というのは、経営陣が認識していない市場ニーズや組織能力に社員の方が気づいているのかもしれない。したがって、社員の創発的な学習を通じた新しい戦略を構築するチャンスであると言える。キャリアコンサルティングを通じて情報が充実した人事データベースの「議論のための能力」をつぶさに分析すれば、思わぬ強みや機会の発見につながる可能性がある(以前の記事「DHBR2017年11月号『「出る杭」を伸ばす組織』―社員の能力・価値観を出発点とする戦略立案アプローチの必要性」、「DHBR2017年12月号『GE:変革を続ける経営』―戦略立案の内部環境アプローチ(試案)」を参照)。