2011年 08月 04日
グローバル比較投資時代の日本株 |
先日、某大手の米系資産運用会社の日本支社でセールス職をしている友人から、「今更ながら問いたいのだが、日本株が外国人投資家に評価されない理由は何か」という質問を受けました。
確かに日本株は、世界の株式市場の中でアンダーウェイト(株式市場の時価総額の割合に見合っただけの投資をされていない状況)が続いているようです。
この話は2007年10月にも、「アンダーウェイト・ジャパン?」というエントリーで触れたことがあります。(その翌週に日本株強気論にも触れました。)
2007年10月といえば、東証株価指数TOPIXは1600ポイントと、11年7月末現在の860ポイントの倍近い水準がありました。当時は、小泉改革や円安の進行、世界的クレジットバブル等のおかげで、TOPIXは05年の初めから60%近く値上がりしていた時代です。それでも当時から、日本株がアンダーウェイトされていたというのは、興味深い話です。
2007年当時の理由
2007年に書いたエントリーを読み直してみると、日本株がアンダーウェイトになっている理由として挙げた点は、以下の4つでした。
1)株価の割高感:東証株価指数TOPIXのPER(株価収益率)が、アメリカを代表する株式指数であるS&P 500を上回っており、株価が割高である
2)グローバル“相対”投資の拡大:国別ファンドが減少し、国際比較で魅力的な市場に投資するスタイルが増えている
3)企業改善への失望感:小泉政権後、日本企業は再成長を目指すのではなく、一安心して足踏みをしてしまっている感じがある
4)株主軽視(外国人・ファンド敵視):外国人株主による提案が株主総会で否決されたり、TCIなどのアクティビストが、徹底的に敵視されている
これだけを読むと、要は日本がアメリカ型の株主資本主義制度を導入していないのが悪いのだ、と見えるかもしれません。外国人投資家からすると、当然の感想なのかもしれませんが、東インド会社時代から続いていると言う英米流の株主絶対主義が、唯一絶対の企業統治方法であるとは限りませんし、そもそも社会制度は、各国が好きに決めれば良いように思います。
とは言え、グローバル化した経済の中に日本も取り込まれている以上、好き嫌いにかかわらず、完全に独自性を追求するのは、困難である気がします。そう考えると、世界の潮流から学ぶべきところは学ぶという柔軟な姿勢も、大切であるように思いますので、引続き「外国人に日本株が低評価な理由」というテーマについて、書いてみたいと思います。
2011年の日本株評価
2007年当時と比較して、2011年現在では、日本株への評価はどうなっているのでしょうか。
手元に具体的データがないのですが、友人の問にもある通り、引続き「アンダーウェイト」という低評価が続いていることは、間違いないように思います。2010年後半に、世界経済の回復期待から、一時状況が改善したのですが、震災に加えて世界経済の不透明感が広がっている足元では、2007年当事よりも一層評価と関心が下がっているように、肌感覚では感じられます。
下記のグラフにあるように、日本企業は、リーマンショック後に、不断のコスト削減努力を続けてきました。その結果、為替が当時の1ドル120円近い水準から80円前後への水準へと、大幅な向かい風になっているにも関わらず、TOPIX構成銘柄のROEは、ピーク時の12%には及ばないものの、8%という相当のレベルまで回復してきていることが見てとれます。しかしROEに連動しているはずの株価評価指標であるPBRは、低位低迷を続けており、日本株は不当に割安に放置されているように見えます。
アメリカ人投資家の声
私の友人は、彼の知人のアメリカ人投資家に対しても、「なぜ日本株の評価が低いのか」という同じ問いかけをしたそうです。その時の前提として、「マクロ経済の逆風という問題には触れないで」という条件があったそうなのですが、実際にその問いかけへの返信メールを見せてくれました。その内容を抄訳すると、以下のような感じです。
1)株主軽視
株主を優先する考えを持っておらず、従業員、顧客、コミュニティなど、その他のステークホルダーを過剰に重視している。その結果、多くの企業が現金を貯め込んで、それを何にも使わずに無駄にしている(配当も払わず、M&Aもせず、設備投資もしない)。従業員削減につながるリストラにも、コミュニティに打撃を与える可能性があるために後ろ向きであるし、利益率を改善しすぎると、稼ぎすぎで顧客に失礼だと考えているフシがある。
欧米では、アクティビズムや、最悪の場合にはLBOなどの乗っ取りも起こりえるため、経営陣は常にプレッシャーにさらされている。また、株主や投資家は、社長レベルの経営陣に、簡単にアクセスして、その経営姿勢を問いただすことが出来る。
2)経営陣へのアクセスが困難
投資家はIR(投資家対応)部門へのアクセスは容易だが、CEO、COO、CFOなどの経営陣と話をするのが困難である。
3)ディスクロージャーが悪い
英語版の開示資料が、日本語版資料と同時に発表されないことがあり、外国人投資家として、不利益を得ているように感じる。例えば欧州では、両方同時に開示される。セグメント情報で売上総利益とグロスマージン開示がないことも、変動費ベースでのコスト分析を困難にしている。日本企業の固定費(SG&A)が高いのは周知の事実である。一部企業では、連結ベースでの開示が限定的であるところもある。
以上
これらの意見には、同意する部分もありますし、いくつか反論したくなる部分もあります。
同意する部分としては、「株主からのプレッシャー」という点であり、米英に限らず日本以外の国地域の多くでは、株価を重視している、または、せざるを得ない経営者が、比較的多い気がします。その結果、M&Aやバイアウトも自然と浸透していて、経営者はそれを意識せざるを得ない雰囲気があります。日本には、そのようなプレッシャーは、ほとんど存在しないように見えます。
しかし、日本企業の経営陣へのアクセスが悪いのはその通りですが、日本企業の統治形態が必ずしもトップダウンではないことから、CEOに会ったからと言って、全てが分かるわけは無い様に思います。逆に経営者の個性が強い企業は、積極的にCEOやCFOが世界的な投資家ロードショーをしているように思います。またディスクロージャーについても、私は色々な国の企業を見て来ましたが、日本のセグメント開示は、(確かに売上総利益開示がないのは不便ですが)かなり良い方であるように感じます。
「企業が儲けすぎを忌避する」などの点については、先に挙げた「菊と刀」の中でベネディクトが指摘している通り、日本が「貸し借りに基づく義理の世界」で成り立っていると考えられる以上、ある意味では仕方が無い気がします。もちろん、海外投資家には、それは自分達にとって不利益な風習であると看做されてしまうことも、また理解できる点ですが。
世界比較での投資
外国人投資家による日本株評価が低い理由には、大前提として、2007年のエントリーでも挙げた、「世界比較での投資スタイルが拡大している」という点があるように思います。これは非常に重要なポイントであり、日本は過去になく世界と直接比較されている、と言えるかもしれません。それが日本の特殊性を声高に主張するのが困難になっている背景にあるように見えます。
その前提の上に立って、今日、こちらで色々な機関投資家やファンドの友人達と話していて感じる、日本株低評価の理由は、以下の3点です。
1)ROEや利益率が全般的に低い
以下に、過去10年の、TOPIX(日本)、S&P 500(米国)、Hang Seng Composite(中国・香港)、KOSPI(韓国)の各主要株式指標に含まれている企業のROEと営業利益率(OPM)の比較チャートを載せます。これを見ると、日本企業のROEが0-10%で行き来している(現在8%)のに対して、米国では20%前後(現在25%)、中国(香港上場企業のみ)では15-20%(現在19%)、韓国でも15%前後(現在17%)であることが、見て取れるかと思います。
ROEの比較
営業利益率(OPM)についても、米国企業が18-19%で高位安定しているのに対して、日本企業は5-15%程度で大きく上下しているのが分かるかと思います。これには産業構造の違いも影響しており、個別企業別で見ると、TOPIXの約4割を占める輸出関連銘柄においては、為替の影響もあって、この触れ幅がより大きくなりがちです。マージントレンドは他国よりも改善方向なのに、それが評価されない理由は、その辺りにあるのかもしれません。
OPMの比較
こうした利益率のデータには、言うまでもなく、国による会計制度の違いなど色々な背景があり、単純比較は困難です。しかし「グローバル比較投資」の時代においては、投資家は単純化してモノを考えざるを得ない部分があり、そうするとやはり、日本のROEや利益率の低さが目に留まります。
アメリカで典型的に優良長期投資家と言われる人達は、ROEやROIC(投下資本利益率)のような、企業が資本に対してリターンを生んでいるかという指標に注目する傾向があります。そうした観点から考えると、例えば貯め込まれたキャッシュのリターンは非常に低いものですし、営業利益率も遅々として改善しない、為替影響の最小化をする努力が遅れているなど、日本企業の経営は、まだお粗末と映ってしまいます。
ちなみに、この現金を貯め込む理由については、かつて某大手ゼネコンの経営者が、バブル後の厳しい貸し剥がしによる銀行への不信感と、設備投資をしようにも投資機会が少ないことが大きい、と指摘していました。中国でも同様に、キャッシュを貯め込む傾向が見られますが、それは借りると高い(金利は15%近いそうです)上、投資機会が沢山あるので、迅速に行動できるようにするためだそうです。
どちらも経営者の視点にに立つと、真っ当な現金貯め込みの理由に見えますが、こういうアジアでは当たり前の話も、株式市場のみならず、クレジット市場も高度に発達しているアメリカの投資家から見ると、なかなか理解できないようです。そして「よく分からないし、成長もないから、日本は見なくて良いや」となって、それが低評価やアンダーウェイトにつながっている、と言うわけです。
2)成長率が低いか非常にシクリカル
常識的な話になってしまいますが、株式投資の魅力は、「インフレ率を上回るリターンが期待できること」です。つまり経済が成長を続ける前提で、株価も上がり続けることが前提になっている、と言えるかもしれません。
しかし日本は、1997年頃から始まったと言われる労働人口の減少に加えて、円高による産業空洞化の影響もあってか、とくに内需関連(TOPIXの約6割を占める)については、今後長年に渡って、徐々に縮小していく可能性が高いと見られています。もちろん中には勝ち組企業もありますし、中国に進出するなどして頑張っている企業もあるのですが、単純化された「グローバル比較」の中で見れば、やはり「なんでわざわざ衰退する国に資本を配分する必要があるのか」となってしまうわけです。
更に厄介なのは、日本経済を牽引しているのが内需関連ではなく、輸出関連産業(自動車、機械、電機など)であることです。その結果、日本経済は、欧米や中国の経済という、いわゆる外需次第で、大きく上がったり下がったりする体質になってしまっています。TOPIXの大型代表銘柄の利益率も、日本経済全体と同様にシクリカルであることが多く、これが株式投資の主流である長期安定投資やバリュー投資を困難にしています。
以下に、1970年から2011年までの主要国の株価チャートを列挙してみました。これで見ると、日本の特殊性(市場の方向性と、サイクルによるアップダウン)が、クリアに見て取れるのではと思います。
TOPIX(日本)
S&P 500(アメリカ)
FTSE 100(イギリス)
DAX(ドイツ)
Hang Seng(香港・中国)
KOSPI(韓国)
3)バリュエーションに割安感が無い
日本企業の株価は、利益率も成長率も低いのに、バリュエーション(株価評価)は決して割安とは言い切れないと考えられています。以下の国際比較を見てみると、そのことが分かるのではないかと思います。(右から二列目に、今年度利益予想ベースでのPER一覧があります。)
これを見ると、成長率も利益率も高い中国市場でも、今期予想利益ベースのPERが、香港ハンセン指数で12倍、上海で13倍となっているのに対して、日経平均は17倍です。アメリカS&P 500は14倍、欧州の主要株式指数は10-11倍という水準です。
PERの逆数である「益利回り」と各国のリスクフリーレート(国債の利回り)を比べれば、日本のPERが高い(益利回りが低い)ことは正当化できると、理論的には感じられます。また日本には、国内投資を強く嗜好する資金が多額にあるため、PERが高くなってしまうことは、仕方が無い気がします。それでも単純国際比較の時代には、外国人投資家は「なんで成長もせず、効率も悪く、株主を軽視する日本株を、割高で買わなければいけないのか?」となってしまいます。
参考までに、日本、アメリカ、中国、韓国の、PERの歴史的推移についても、チャートを載せておきます。日本はかつてのような、異様なプレミアムではなくなっているのですが、それでも絶対水準で安いとは言えない気がします。
また、日本企業の利益率のシクリカル性から、変動幅の大きい利益額に振り回されるPERより、バランスシートベースのPBRで日本株を評価するべきだという議論も当然あると思います。しかし、ROEが資本コストを下回る企業が多かったり、過剰設備を抱えてバランスシート上の資産の簿価が嵩上げされていると思われる企業が多い中、PBRが1倍を割っていても割安感が感じられないという議論は、残念ながら真っ当である気がします。
以下に、PBRの国際比較も載せておきます。先に挙げたROE比較と合わせてみると、より有用かと思います。
4)経営者が英語が話せずコミュニケーションが困難
そして最後の理由として、外国人投資家にとっての、日本企業とのコミュニケーションの難しさを、挙げたいと思います。
冷戦終結後に唯一の超大国となったアメリカは、インターネットの普及やWTOの拡大などもあって、グローバル化という名の下で、世界経済のアメリカ化を進めているように見えます。中でも情報産業である金融業界については、その傾向が極めて顕著であり、英語は完全な世界共通語になっています。そんな中、企業の経営陣が英語をスムーズに話せないというのは、日本株にとっては、大きなハンディとなっている気がします。
上で取り上げたアメリカ人投資家は、この点を指摘していたわけですが、こうした意見は、そもそも経済成長率が低く(またはマイナスで)、企業文化が株主フレンドリーではない日本にとっては、かなり厳しい話です。
英語の問題は、「東京をアジアの金融センターに」という話にもマイナスです。競合都市が、英語が通じる専門職の人材が多く存在し、更にはBRICsにも近くて規制も税金も低い、香港やシンガポールであることを考えると、これは当然な話なのですが、日本が切実に必要としている内需活性化という観点からは、残念な話です。
まとめ
今回は色々な株価関連のデータを使って、日本株が外国人投資家から評価されない理由について書いてみました。
特殊なコーポレートガバナンス、株価の割高感など、色々な原因が考えられますが、やはり最大の問題は、マクロ経済構造である気がします。中国株や韓国株を見ても、ガバナンスの問題は大きいですし、ディスクロージャーも日本に劣る場合が多い気がします。それでも目覚しい経済成長を遂げていれば、注目する人は必然的に増えますし、少々の問題は看過されがちです。
ちなみに、この話は「日本悲観論」や「欧米賛美」のような感情論ではなく、海外から見た日本市場の現実を、ストレートに伝えようと努めて書いたつもりです。外国人投資家も、なかなか日本人や日本株関係者に対して、面と向かってこういう話はしにくいでしょうが、いつも書いている通り、アメリカにいると、日本市場への関心は、ほとんどゼロに近いレベルまで下がっているように感じます。
しかし、外国人投資家からの日本株の評価がいくら下がろうとも、東京株式市場は、今でもアジア最大の取引流動性を誇ります。上海市場は東京より流動性が高いですが、外国人投資家が容易に投資できませんし、先物や貸し株市場も未整備なので、比較対象として不適切であると思います。そう考えると東京市場は今でも、香港の1.5倍程度、韓国の3倍程度の流動性を維持しています。
よって、日本株専門の投資家やファンドは、アメリカ人投資家が好むような長期保有が難しくても、サイクルを利用して比較的短期で投資をしたり、投資銘柄数を絞ったり、バリュー投資の手法でも買い時を慎重に見極めたりすることで、儲けるチャンスは幾らでもある気がします。日本株を扱う証券会社も、地域によって盛り上がりの差はあるでしょうが、市場の流動性が低下しない限りは、売買手数料は安泰であるように思います。
それでも、グローバル比較投資のトレンドが今後逆行する可能性は、あまり無いように思います。現時点で、株式投資を行っている資金の大半(9割近く)が欧米にあること、また東証の売買高も外国人が占める割合が半数前後に及び、株式保有率も4割に迫っていることを考えると、やはり現在のような低評価は改善した方が、日本の金融関係者のみならず、日本株で年金が運用されている日本人全般にとって、ポジティブである気がします。
データ出典:Bloomberg、2011年7月22日時点
確かに日本株は、世界の株式市場の中でアンダーウェイト(株式市場の時価総額の割合に見合っただけの投資をされていない状況)が続いているようです。
この話は2007年10月にも、「アンダーウェイト・ジャパン?」というエントリーで触れたことがあります。(その翌週に日本株強気論にも触れました。)
2007年10月といえば、東証株価指数TOPIXは1600ポイントと、11年7月末現在の860ポイントの倍近い水準がありました。当時は、小泉改革や円安の進行、世界的クレジットバブル等のおかげで、TOPIXは05年の初めから60%近く値上がりしていた時代です。それでも当時から、日本株がアンダーウェイトされていたというのは、興味深い話です。
2007年当時の理由
2007年に書いたエントリーを読み直してみると、日本株がアンダーウェイトになっている理由として挙げた点は、以下の4つでした。
1)株価の割高感:東証株価指数TOPIXのPER(株価収益率)が、アメリカを代表する株式指数であるS&P 500を上回っており、株価が割高である
2)グローバル“相対”投資の拡大:国別ファンドが減少し、国際比較で魅力的な市場に投資するスタイルが増えている
3)企業改善への失望感:小泉政権後、日本企業は再成長を目指すのではなく、一安心して足踏みをしてしまっている感じがある
4)株主軽視(外国人・ファンド敵視):外国人株主による提案が株主総会で否決されたり、TCIなどのアクティビストが、徹底的に敵視されている
これだけを読むと、要は日本がアメリカ型の株主資本主義制度を導入していないのが悪いのだ、と見えるかもしれません。外国人投資家からすると、当然の感想なのかもしれませんが、東インド会社時代から続いていると言う英米流の株主絶対主義が、唯一絶対の企業統治方法であるとは限りませんし、そもそも社会制度は、各国が好きに決めれば良いように思います。
とは言え、グローバル化した経済の中に日本も取り込まれている以上、好き嫌いにかかわらず、完全に独自性を追求するのは、困難である気がします。そう考えると、世界の潮流から学ぶべきところは学ぶという柔軟な姿勢も、大切であるように思いますので、引続き「外国人に日本株が低評価な理由」というテーマについて、書いてみたいと思います。
2011年の日本株評価
2007年当時と比較して、2011年現在では、日本株への評価はどうなっているのでしょうか。
手元に具体的データがないのですが、友人の問にもある通り、引続き「アンダーウェイト」という低評価が続いていることは、間違いないように思います。2010年後半に、世界経済の回復期待から、一時状況が改善したのですが、震災に加えて世界経済の不透明感が広がっている足元では、2007年当事よりも一層評価と関心が下がっているように、肌感覚では感じられます。
下記のグラフにあるように、日本企業は、リーマンショック後に、不断のコスト削減努力を続けてきました。その結果、為替が当時の1ドル120円近い水準から80円前後への水準へと、大幅な向かい風になっているにも関わらず、TOPIX構成銘柄のROEは、ピーク時の12%には及ばないものの、8%という相当のレベルまで回復してきていることが見てとれます。しかしROEに連動しているはずの株価評価指標であるPBRは、低位低迷を続けており、日本株は不当に割安に放置されているように見えます。
アメリカ人投資家の声
私の友人は、彼の知人のアメリカ人投資家に対しても、「なぜ日本株の評価が低いのか」という同じ問いかけをしたそうです。その時の前提として、「マクロ経済の逆風という問題には触れないで」という条件があったそうなのですが、実際にその問いかけへの返信メールを見せてくれました。その内容を抄訳すると、以下のような感じです。
1)株主軽視
株主を優先する考えを持っておらず、従業員、顧客、コミュニティなど、その他のステークホルダーを過剰に重視している。その結果、多くの企業が現金を貯め込んで、それを何にも使わずに無駄にしている(配当も払わず、M&Aもせず、設備投資もしない)。従業員削減につながるリストラにも、コミュニティに打撃を与える可能性があるために後ろ向きであるし、利益率を改善しすぎると、稼ぎすぎで顧客に失礼だと考えているフシがある。
欧米では、アクティビズムや、最悪の場合にはLBOなどの乗っ取りも起こりえるため、経営陣は常にプレッシャーにさらされている。また、株主や投資家は、社長レベルの経営陣に、簡単にアクセスして、その経営姿勢を問いただすことが出来る。
2)経営陣へのアクセスが困難
投資家はIR(投資家対応)部門へのアクセスは容易だが、CEO、COO、CFOなどの経営陣と話をするのが困難である。
3)ディスクロージャーが悪い
英語版の開示資料が、日本語版資料と同時に発表されないことがあり、外国人投資家として、不利益を得ているように感じる。例えば欧州では、両方同時に開示される。セグメント情報で売上総利益とグロスマージン開示がないことも、変動費ベースでのコスト分析を困難にしている。日本企業の固定費(SG&A)が高いのは周知の事実である。一部企業では、連結ベースでの開示が限定的であるところもある。
以上
これらの意見には、同意する部分もありますし、いくつか反論したくなる部分もあります。
同意する部分としては、「株主からのプレッシャー」という点であり、米英に限らず日本以外の国地域の多くでは、株価を重視している、または、せざるを得ない経営者が、比較的多い気がします。その結果、M&Aやバイアウトも自然と浸透していて、経営者はそれを意識せざるを得ない雰囲気があります。日本には、そのようなプレッシャーは、ほとんど存在しないように見えます。
しかし、日本企業の経営陣へのアクセスが悪いのはその通りですが、日本企業の統治形態が必ずしもトップダウンではないことから、CEOに会ったからと言って、全てが分かるわけは無い様に思います。逆に経営者の個性が強い企業は、積極的にCEOやCFOが世界的な投資家ロードショーをしているように思います。またディスクロージャーについても、私は色々な国の企業を見て来ましたが、日本のセグメント開示は、(確かに売上総利益開示がないのは不便ですが)かなり良い方であるように感じます。
「企業が儲けすぎを忌避する」などの点については、先に挙げた「菊と刀」の中でベネディクトが指摘している通り、日本が「貸し借りに基づく義理の世界」で成り立っていると考えられる以上、ある意味では仕方が無い気がします。もちろん、海外投資家には、それは自分達にとって不利益な風習であると看做されてしまうことも、また理解できる点ですが。
世界比較での投資
外国人投資家による日本株評価が低い理由には、大前提として、2007年のエントリーでも挙げた、「世界比較での投資スタイルが拡大している」という点があるように思います。これは非常に重要なポイントであり、日本は過去になく世界と直接比較されている、と言えるかもしれません。それが日本の特殊性を声高に主張するのが困難になっている背景にあるように見えます。
その前提の上に立って、今日、こちらで色々な機関投資家やファンドの友人達と話していて感じる、日本株低評価の理由は、以下の3点です。
1)ROEや利益率が全般的に低い
以下に、過去10年の、TOPIX(日本)、S&P 500(米国)、Hang Seng Composite(中国・香港)、KOSPI(韓国)の各主要株式指標に含まれている企業のROEと営業利益率(OPM)の比較チャートを載せます。これを見ると、日本企業のROEが0-10%で行き来している(現在8%)のに対して、米国では20%前後(現在25%)、中国(香港上場企業のみ)では15-20%(現在19%)、韓国でも15%前後(現在17%)であることが、見て取れるかと思います。
ROEの比較
営業利益率(OPM)についても、米国企業が18-19%で高位安定しているのに対して、日本企業は5-15%程度で大きく上下しているのが分かるかと思います。これには産業構造の違いも影響しており、個別企業別で見ると、TOPIXの約4割を占める輸出関連銘柄においては、為替の影響もあって、この触れ幅がより大きくなりがちです。マージントレンドは他国よりも改善方向なのに、それが評価されない理由は、その辺りにあるのかもしれません。
OPMの比較
こうした利益率のデータには、言うまでもなく、国による会計制度の違いなど色々な背景があり、単純比較は困難です。しかし「グローバル比較投資」の時代においては、投資家は単純化してモノを考えざるを得ない部分があり、そうするとやはり、日本のROEや利益率の低さが目に留まります。
アメリカで典型的に優良長期投資家と言われる人達は、ROEやROIC(投下資本利益率)のような、企業が資本に対してリターンを生んでいるかという指標に注目する傾向があります。そうした観点から考えると、例えば貯め込まれたキャッシュのリターンは非常に低いものですし、営業利益率も遅々として改善しない、為替影響の最小化をする努力が遅れているなど、日本企業の経営は、まだお粗末と映ってしまいます。
ちなみに、この現金を貯め込む理由については、かつて某大手ゼネコンの経営者が、バブル後の厳しい貸し剥がしによる銀行への不信感と、設備投資をしようにも投資機会が少ないことが大きい、と指摘していました。中国でも同様に、キャッシュを貯め込む傾向が見られますが、それは借りると高い(金利は15%近いそうです)上、投資機会が沢山あるので、迅速に行動できるようにするためだそうです。
どちらも経営者の視点にに立つと、真っ当な現金貯め込みの理由に見えますが、こういうアジアでは当たり前の話も、株式市場のみならず、クレジット市場も高度に発達しているアメリカの投資家から見ると、なかなか理解できないようです。そして「よく分からないし、成長もないから、日本は見なくて良いや」となって、それが低評価やアンダーウェイトにつながっている、と言うわけです。
2)成長率が低いか非常にシクリカル
常識的な話になってしまいますが、株式投資の魅力は、「インフレ率を上回るリターンが期待できること」です。つまり経済が成長を続ける前提で、株価も上がり続けることが前提になっている、と言えるかもしれません。
しかし日本は、1997年頃から始まったと言われる労働人口の減少に加えて、円高による産業空洞化の影響もあってか、とくに内需関連(TOPIXの約6割を占める)については、今後長年に渡って、徐々に縮小していく可能性が高いと見られています。もちろん中には勝ち組企業もありますし、中国に進出するなどして頑張っている企業もあるのですが、単純化された「グローバル比較」の中で見れば、やはり「なんでわざわざ衰退する国に資本を配分する必要があるのか」となってしまうわけです。
更に厄介なのは、日本経済を牽引しているのが内需関連ではなく、輸出関連産業(自動車、機械、電機など)であることです。その結果、日本経済は、欧米や中国の経済という、いわゆる外需次第で、大きく上がったり下がったりする体質になってしまっています。TOPIXの大型代表銘柄の利益率も、日本経済全体と同様にシクリカルであることが多く、これが株式投資の主流である長期安定投資やバリュー投資を困難にしています。
以下に、1970年から2011年までの主要国の株価チャートを列挙してみました。これで見ると、日本の特殊性(市場の方向性と、サイクルによるアップダウン)が、クリアに見て取れるのではと思います。
TOPIX(日本)
S&P 500(アメリカ)
FTSE 100(イギリス)
DAX(ドイツ)
Hang Seng(香港・中国)
KOSPI(韓国)
3)バリュエーションに割安感が無い
日本企業の株価は、利益率も成長率も低いのに、バリュエーション(株価評価)は決して割安とは言い切れないと考えられています。以下の国際比較を見てみると、そのことが分かるのではないかと思います。(右から二列目に、今年度利益予想ベースでのPER一覧があります。)
これを見ると、成長率も利益率も高い中国市場でも、今期予想利益ベースのPERが、香港ハンセン指数で12倍、上海で13倍となっているのに対して、日経平均は17倍です。アメリカS&P 500は14倍、欧州の主要株式指数は10-11倍という水準です。
PERの逆数である「益利回り」と各国のリスクフリーレート(国債の利回り)を比べれば、日本のPERが高い(益利回りが低い)ことは正当化できると、理論的には感じられます。また日本には、国内投資を強く嗜好する資金が多額にあるため、PERが高くなってしまうことは、仕方が無い気がします。それでも単純国際比較の時代には、外国人投資家は「なんで成長もせず、効率も悪く、株主を軽視する日本株を、割高で買わなければいけないのか?」となってしまいます。
参考までに、日本、アメリカ、中国、韓国の、PERの歴史的推移についても、チャートを載せておきます。日本はかつてのような、異様なプレミアムではなくなっているのですが、それでも絶対水準で安いとは言えない気がします。
また、日本企業の利益率のシクリカル性から、変動幅の大きい利益額に振り回されるPERより、バランスシートベースのPBRで日本株を評価するべきだという議論も当然あると思います。しかし、ROEが資本コストを下回る企業が多かったり、過剰設備を抱えてバランスシート上の資産の簿価が嵩上げされていると思われる企業が多い中、PBRが1倍を割っていても割安感が感じられないという議論は、残念ながら真っ当である気がします。
以下に、PBRの国際比較も載せておきます。先に挙げたROE比較と合わせてみると、より有用かと思います。
4)経営者が英語が話せずコミュニケーションが困難
そして最後の理由として、外国人投資家にとっての、日本企業とのコミュニケーションの難しさを、挙げたいと思います。
冷戦終結後に唯一の超大国となったアメリカは、インターネットの普及やWTOの拡大などもあって、グローバル化という名の下で、世界経済のアメリカ化を進めているように見えます。中でも情報産業である金融業界については、その傾向が極めて顕著であり、英語は完全な世界共通語になっています。そんな中、企業の経営陣が英語をスムーズに話せないというのは、日本株にとっては、大きなハンディとなっている気がします。
上で取り上げたアメリカ人投資家は、この点を指摘していたわけですが、こうした意見は、そもそも経済成長率が低く(またはマイナスで)、企業文化が株主フレンドリーではない日本にとっては、かなり厳しい話です。
英語の問題は、「東京をアジアの金融センターに」という話にもマイナスです。競合都市が、英語が通じる専門職の人材が多く存在し、更にはBRICsにも近くて規制も税金も低い、香港やシンガポールであることを考えると、これは当然な話なのですが、日本が切実に必要としている内需活性化という観点からは、残念な話です。
まとめ
今回は色々な株価関連のデータを使って、日本株が外国人投資家から評価されない理由について書いてみました。
特殊なコーポレートガバナンス、株価の割高感など、色々な原因が考えられますが、やはり最大の問題は、マクロ経済構造である気がします。中国株や韓国株を見ても、ガバナンスの問題は大きいですし、ディスクロージャーも日本に劣る場合が多い気がします。それでも目覚しい経済成長を遂げていれば、注目する人は必然的に増えますし、少々の問題は看過されがちです。
ちなみに、この話は「日本悲観論」や「欧米賛美」のような感情論ではなく、海外から見た日本市場の現実を、ストレートに伝えようと努めて書いたつもりです。外国人投資家も、なかなか日本人や日本株関係者に対して、面と向かってこういう話はしにくいでしょうが、いつも書いている通り、アメリカにいると、日本市場への関心は、ほとんどゼロに近いレベルまで下がっているように感じます。
しかし、外国人投資家からの日本株の評価がいくら下がろうとも、東京株式市場は、今でもアジア最大の取引流動性を誇ります。上海市場は東京より流動性が高いですが、外国人投資家が容易に投資できませんし、先物や貸し株市場も未整備なので、比較対象として不適切であると思います。そう考えると東京市場は今でも、香港の1.5倍程度、韓国の3倍程度の流動性を維持しています。
よって、日本株専門の投資家やファンドは、アメリカ人投資家が好むような長期保有が難しくても、サイクルを利用して比較的短期で投資をしたり、投資銘柄数を絞ったり、バリュー投資の手法でも買い時を慎重に見極めたりすることで、儲けるチャンスは幾らでもある気がします。日本株を扱う証券会社も、地域によって盛り上がりの差はあるでしょうが、市場の流動性が低下しない限りは、売買手数料は安泰であるように思います。
それでも、グローバル比較投資のトレンドが今後逆行する可能性は、あまり無いように思います。現時点で、株式投資を行っている資金の大半(9割近く)が欧米にあること、また東証の売買高も外国人が占める割合が半数前後に及び、株式保有率も4割に迫っていることを考えると、やはり現在のような低評価は改善した方が、日本の金融関係者のみならず、日本株で年金が運用されている日本人全般にとって、ポジティブである気がします。
データ出典:Bloomberg、2011年7月22日時点
by harry_g
| 2011-08-04 07:16
| 海外から見た日本