2018-08-15(Wed)
敗戦の日にあたって
毎年、「終戦の日」じゃなくて「敗戦の日」ですよ ということを書いています。
昨年の記事を少しだけ再掲します。
終戦ではなく「敗戦」と言うわけ 2017.8.13
私は「終戦」という言葉を使わない。
理由はみっつある。
ひとつ。
戦争責任をアイマイにしないため。
ふたつ。
敗戦を「解放」記念日にできなかった日本人民の不甲斐なさを胸に刻むため。
みっつ。
いまだ敗戦-占領は終わっていないことを忘れないため。
戦争は、雨が止むように自然に終わったのではない。
普通の国ならばとっくに降伏していたはずのところを、無謀な玉砕戦を1年近く引き延ばした挙げ句、万策尽きて無条件降伏したのである。
侵略戦争をはじめたという意味での戦争責任ももちろん問われなければならないが、ただひたすら「国体護持」のために兵士と住民に死を強いた責任も、決してアイマイにしてはいけない。
(再掲以上)
原爆という凄まじい大量破壊兵器をつかって非戦闘員を大虐殺したアメリカの犯罪は揺るがないけれども、国体護持のためだけに敗戦を認めなかった日本の責任も決してなくなりはしません。
そして、沖縄を捨て石にした罪も。
国体護持
つまり、天皇を頂点とした大日本帝国の権力体制の延命のために、沖縄を盾にして時間を稼ぎ、いよいよ降伏したあとは天皇自らの意思で米軍に沖縄を貢ぎ物のように差し出し、形の上では本土復帰した今でも貢ぎ物のままで据え置かれているのです。
一般には、天皇は権力を失って象徴になり、戦争の首謀者は戦犯として裁かれ、多くの政治家や官僚が公職追放になったことで、「国体護持」はなされなかった、と思われています。
憲法も変わり、国名も 大日本帝国から日本国になりました。
しかし、私は「国体護持」は成功したのだと考えています。
政治権力は失ったとはいえ、最高責任者が責任を問われなかったこと。
岸信介や石井四郎(731部隊)に代表されるように、アメリカと取引した人間はのうのうと生き残り、あまつさえ総理大臣にまでなっていること。
政治権力の主体となった自民党の半数は、実態的にも思想的にも大日本帝国のままだったこと。
日本国憲法に「御名御璽」があること。(ドイツ連邦共和国基本法にヒットラーのサインがあるようなもの)
そうしたことから、政治権力がまるっきり入れ替わる革命ではなく、修正は施されたけれども、大日本帝国の体幹は維持されてしまったのだと判断せざるを得ません。
沖縄を貢いでまでアメリカに取り入った天皇や大日本帝国の幹部たちの「努力」の成果であったと同時に、自分たちの力で新しい国を準備できなかった日本国民の限界でもあったと思います。
昭和天皇が、保身の為に沖縄をアメリカに貢いだことは、アメリカの公文書にはっきりと残っています。
上の原本のコピーは沖縄県のホームページに掲載されています。
(クリックするとリンクします)
公式の訳はないのですが、こちらのサイトが訳文をつくってくださっていますので、一部引用させていただきます。
括弧は私の補足です。
昭和天皇の沖縄メッセージ (風のまにまに)
(左側はアメリカの対日政治顧問であるW.J.シーボルトが国務長官宛てに書いたもの)
米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう日本の天皇が希望していること、疑いもなく私利に大きくもとづいている希望が注目されましょう。また天皇は、長期租借による、これら諸島の米国軍事占領の継続をめざしています。その見解によれば、日本国民はそれによって米国に下心がないことを納得し、軍事目的のための米国による占領を歓迎するだろうということです。
(右側は天皇の秘書が伝えた天皇の意向を、シーボルトがマッカーサー宛ての覚え書きにしたもの)
寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。天皇の見解では、そのような占領は、米国に役立ち、また、日本に保護をあたえることになる。天皇は、そのような措置は、ロシアの脅威ばかりでなく、占領終結後に、右翼及び左翼勢力が増大して、ロシアが日本に内政干渉する根拠に利用できるような“事件”をひきおこすことをもおそれている日本国民の間で広く賛同を得るだろうと思っている。
さらに天皇は、沖縄にたいする米国の軍事占領は、日本の主権を残したままでの長期租借――二十五年ないし五十年あるいはそれ以上――の擬制にもとづくべきであると考えている。
(引用以上)
できれば、元記事で全文をご覧になってください。
5月にも私はこのテーマで記事を書いています。
その時は、「擬制」という言葉について書きました。
擬制というとわかりにくいですが、原文では fiction つまり 虚構 です。
「日本の主権という虚構」 これほど戦後日本を象徴する言葉はありません。
天皇の沖縄メッセージと安倍独裁 2018.5.19
今日は、「私利に大きくもとづいている希望」にこだわってみます。
原文では a hope which undoubtedly is largely based upon self-interest です。
試しにGoogle翻訳してみると 「疑いもなく主に自己利益に基づく希望」 となりました。
self-interest を調べてみても、私利、私欲、利己心 とろくでもない意味しか出てきません。
では、天皇の利己心とはなんでしょうか。
この文書の日付は1947年9月22日ですから、すでに象徴天皇とした憲法は施行されています。
つまり、単純な命乞いではない ということです。それはもう決着しています。
東京裁判はまだ続いていましたので、A級戦犯の減刑を狙っているとも考えられますが、それでは「利己心」ではありません。
1947年は中国の内戦で、スターリンと手を結ぶことで勝利目前と思われた蒋介石・国民党にたいして、毛沢東・共産党が急激な反撃を始めた時点になります。
国内においても、共産党は合法化されて国会に議席を得つつ、武装闘争も繰り広げていました。2.1ゼネストはGHQに潰されたとは言え、昨今の労働運動とはまったく異次元のものでした。
天皇をふくめて、大日本帝国を引き継いで日本国を担っていた人たちにとって、最大の恐怖と関心は、革命を起こさせない ということだったのは間違いありません。
つまり、天皇の利己心とは こういうことだったのでしょう。
「ここで米軍に撤退されてしまったら、日本でも革命が起きてしまう。そうなったら、せっかく象徴として生き残ったのに、今度こそ戦犯で処刑されてしまう。お願いですから、このまま日本を支配してください。沖縄を自由にしていいですから。」
■
このときの天皇の利己心は、71年たった今日も、そのまま沖縄に呪いのように覆い被さっています。
今の日本の 良い面も悪い面も、沖縄の犠牲の上にできあがってきたということから、目をそらしてはなりません。
米軍に占領されている という面はもちろんです。それは本土の人たちも、十分に理解しているでしょう。
しかし、そればかりではありません。
戦後民主主義を謳歌し、世界2番目の経済大国になったことも、沖縄の犠牲の上にあったということを、本土のリベラルの皆さんは、直視すべきです。
翁長さんはこう言っておられました。
「沖縄問題の責任は一義的には自民党にある。ただ、自民党でない国民は、沖縄の基地問題に理解があると思っていたんですよ。ところが政権交代して民主党になったら、何のことはない、民主党も全く同じことをする」
「僕らはね、もう折れてしまったんです。何だ、本土の人はみんな一緒じゃないの、と。」
「振興策を利益誘導だというなら、お互い覚悟を決めましょうよ。沖縄に経済援助なんかいらない。税制の優遇措置もなくしてください。そのかわり、基地は返してください。国土の面積0・6%の沖縄で在日米軍基地の74%を引き受ける必要は、さらさらない。いったい沖縄が日本に甘えているんですか。それとも日本が沖縄に甘えているんですか」
(朝日新聞 2018.8.9)
甘えているのは、自民党だけじゃないんです。
今年の8月15日 敗戦記念日は そのことをもう一度心に刻む日にしようと思います。
※昨日の記事も お読みで無い方はお目通しください
「翁長知事の遺志を継ぐ」ということ 2018.8.14


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昨年の記事を少しだけ再掲します。
終戦ではなく「敗戦」と言うわけ 2017.8.13
私は「終戦」という言葉を使わない。
理由はみっつある。
ひとつ。
戦争責任をアイマイにしないため。
ふたつ。
敗戦を「解放」記念日にできなかった日本人民の不甲斐なさを胸に刻むため。
みっつ。
いまだ敗戦-占領は終わっていないことを忘れないため。
戦争は、雨が止むように自然に終わったのではない。
普通の国ならばとっくに降伏していたはずのところを、無謀な玉砕戦を1年近く引き延ばした挙げ句、万策尽きて無条件降伏したのである。
侵略戦争をはじめたという意味での戦争責任ももちろん問われなければならないが、ただひたすら「国体護持」のために兵士と住民に死を強いた責任も、決してアイマイにしてはいけない。
(再掲以上)
原爆という凄まじい大量破壊兵器をつかって非戦闘員を大虐殺したアメリカの犯罪は揺るがないけれども、国体護持のためだけに敗戦を認めなかった日本の責任も決してなくなりはしません。
そして、沖縄を捨て石にした罪も。
国体護持
つまり、天皇を頂点とした大日本帝国の権力体制の延命のために、沖縄を盾にして時間を稼ぎ、いよいよ降伏したあとは天皇自らの意思で米軍に沖縄を貢ぎ物のように差し出し、形の上では本土復帰した今でも貢ぎ物のままで据え置かれているのです。
一般には、天皇は権力を失って象徴になり、戦争の首謀者は戦犯として裁かれ、多くの政治家や官僚が公職追放になったことで、「国体護持」はなされなかった、と思われています。
憲法も変わり、国名も 大日本帝国から日本国になりました。
しかし、私は「国体護持」は成功したのだと考えています。
政治権力は失ったとはいえ、最高責任者が責任を問われなかったこと。
岸信介や石井四郎(731部隊)に代表されるように、アメリカと取引した人間はのうのうと生き残り、あまつさえ総理大臣にまでなっていること。
政治権力の主体となった自民党の半数は、実態的にも思想的にも大日本帝国のままだったこと。
日本国憲法に「御名御璽」があること。(ドイツ連邦共和国基本法にヒットラーのサインがあるようなもの)
そうしたことから、政治権力がまるっきり入れ替わる革命ではなく、修正は施されたけれども、大日本帝国の体幹は維持されてしまったのだと判断せざるを得ません。
沖縄を貢いでまでアメリカに取り入った天皇や大日本帝国の幹部たちの「努力」の成果であったと同時に、自分たちの力で新しい国を準備できなかった日本国民の限界でもあったと思います。
昭和天皇が、保身の為に沖縄をアメリカに貢いだことは、アメリカの公文書にはっきりと残っています。
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上の原本のコピーは沖縄県のホームページに掲載されています。
(クリックするとリンクします)
公式の訳はないのですが、こちらのサイトが訳文をつくってくださっていますので、一部引用させていただきます。
括弧は私の補足です。
昭和天皇の沖縄メッセージ (風のまにまに)
(左側はアメリカの対日政治顧問であるW.J.シーボルトが国務長官宛てに書いたもの)
米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう日本の天皇が希望していること、疑いもなく私利に大きくもとづいている希望が注目されましょう。また天皇は、長期租借による、これら諸島の米国軍事占領の継続をめざしています。その見解によれば、日本国民はそれによって米国に下心がないことを納得し、軍事目的のための米国による占領を歓迎するだろうということです。
(右側は天皇の秘書が伝えた天皇の意向を、シーボルトがマッカーサー宛ての覚え書きにしたもの)
寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。天皇の見解では、そのような占領は、米国に役立ち、また、日本に保護をあたえることになる。天皇は、そのような措置は、ロシアの脅威ばかりでなく、占領終結後に、右翼及び左翼勢力が増大して、ロシアが日本に内政干渉する根拠に利用できるような“事件”をひきおこすことをもおそれている日本国民の間で広く賛同を得るだろうと思っている。
さらに天皇は、沖縄にたいする米国の軍事占領は、日本の主権を残したままでの長期租借――二十五年ないし五十年あるいはそれ以上――の擬制にもとづくべきであると考えている。
(引用以上)
できれば、元記事で全文をご覧になってください。
5月にも私はこのテーマで記事を書いています。
その時は、「擬制」という言葉について書きました。
擬制というとわかりにくいですが、原文では fiction つまり 虚構 です。
「日本の主権という虚構」 これほど戦後日本を象徴する言葉はありません。
天皇の沖縄メッセージと安倍独裁 2018.5.19
今日は、「私利に大きくもとづいている希望」にこだわってみます。
原文では a hope which undoubtedly is largely based upon self-interest です。
試しにGoogle翻訳してみると 「疑いもなく主に自己利益に基づく希望」 となりました。
self-interest を調べてみても、私利、私欲、利己心 とろくでもない意味しか出てきません。
では、天皇の利己心とはなんでしょうか。
この文書の日付は1947年9月22日ですから、すでに象徴天皇とした憲法は施行されています。
つまり、単純な命乞いではない ということです。それはもう決着しています。
東京裁判はまだ続いていましたので、A級戦犯の減刑を狙っているとも考えられますが、それでは「利己心」ではありません。
1947年は中国の内戦で、スターリンと手を結ぶことで勝利目前と思われた蒋介石・国民党にたいして、毛沢東・共産党が急激な反撃を始めた時点になります。
国内においても、共産党は合法化されて国会に議席を得つつ、武装闘争も繰り広げていました。2.1ゼネストはGHQに潰されたとは言え、昨今の労働運動とはまったく異次元のものでした。
天皇をふくめて、大日本帝国を引き継いで日本国を担っていた人たちにとって、最大の恐怖と関心は、革命を起こさせない ということだったのは間違いありません。
つまり、天皇の利己心とは こういうことだったのでしょう。
「ここで米軍に撤退されてしまったら、日本でも革命が起きてしまう。そうなったら、せっかく象徴として生き残ったのに、今度こそ戦犯で処刑されてしまう。お願いですから、このまま日本を支配してください。沖縄を自由にしていいですから。」
■
このときの天皇の利己心は、71年たった今日も、そのまま沖縄に呪いのように覆い被さっています。
今の日本の 良い面も悪い面も、沖縄の犠牲の上にできあがってきたということから、目をそらしてはなりません。
米軍に占領されている という面はもちろんです。それは本土の人たちも、十分に理解しているでしょう。
しかし、そればかりではありません。
戦後民主主義を謳歌し、世界2番目の経済大国になったことも、沖縄の犠牲の上にあったということを、本土のリベラルの皆さんは、直視すべきです。
翁長さんはこう言っておられました。
「沖縄問題の責任は一義的には自民党にある。ただ、自民党でない国民は、沖縄の基地問題に理解があると思っていたんですよ。ところが政権交代して民主党になったら、何のことはない、民主党も全く同じことをする」
「僕らはね、もう折れてしまったんです。何だ、本土の人はみんな一緒じゃないの、と。」
「振興策を利益誘導だというなら、お互い覚悟を決めましょうよ。沖縄に経済援助なんかいらない。税制の優遇措置もなくしてください。そのかわり、基地は返してください。国土の面積0・6%の沖縄で在日米軍基地の74%を引き受ける必要は、さらさらない。いったい沖縄が日本に甘えているんですか。それとも日本が沖縄に甘えているんですか」
(朝日新聞 2018.8.9)
甘えているのは、自民党だけじゃないんです。
今年の8月15日 敗戦記念日は そのことをもう一度心に刻む日にしようと思います。
※昨日の記事も お読みで無い方はお目通しください
「翁長知事の遺志を継ぐ」ということ 2018.8.14


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