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第108号(2024年12月号)
特集「2025年・広告の出し先」

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MarkeZine BOOKS(マーケジン・ブックス)は、激動の時代を生き抜くビジネスパーソンに向けた、マーケティング分野の新しい定番書シリーズです。

書評

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LINE・田端氏とオイシックス・奥谷氏が語り尽くす『確率思考の戦略論』と数学マーケティング

 USJの業績をV字回復させたノウハウが詰め込まれた『確率思考の戦略論』。数学マーケティングを謳う本書について、LINEの田端信太郎氏とオイシックスの奥谷孝司氏はどんな感想を抱いたのだろうか。3月28日に開催した定期誌『MarkeZine』の購読者限定イベントで、お二人を招いてパネルディスカッションを行った。

『確率思考の戦略論』はシビアな環境で生き残るための方法論

押久保:これから田端さんと奥谷さんに、ユー・エス・ジェイをご退職された森岡毅さんとデータサイエンティストの今西聖貴さんがタッグを組んで書かれた『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』をもとにお話をうかがいます。

 ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの業績がV字回復したのは皆さんもご存じかと思います。本書はそうした結果を出したノウハウを全力で書ききった良書で、Amazonレビューでも大変好評です。

 本書では「ビジネス戦略とは確率論である」と言いきっています。成功確率はある程度操作できる、需要予測はそのための有用な道具である、といった具合です。私も本書を読んで、数学を駆使すればこういうことができるのかと驚きました。

 まず、お二人は本書を読んでどんな感想を持たれましたか?

田端:森岡さんと直接の面識はないんですが、プロフェッショナルとしてシビアな環境、つまり業績未達であれば解雇されても文句が言えない環境の中で、プレッシャーを感じながらサバイブされてきた方なんだなと率直に思いました。

 ですから、会社の現状、自分が置かれた現状と目標の間にどれくらいギャップがあるのか、そしてそれを埋めるためにどうすればいいのかをできるだけ正確に知ろうとしたとき、数学的なマーケティングという手法を用いることには必然性があったのでしょう。数学的な確からしさをもって予測したいという考えがなければ、このような手法が必要だとは思い至りませんからね。

 要するに、生き残るための必然性から辿り着いた方法論が書かれている。そこが本書のすごいところだと思いました。ただ、厳密な数学に基づいていますが、アカデミックな本ではまったくありません。あくまでマーケティングの本ですね。

田端信太郎氏
田端信太郎氏:LINE 上級執行役員 コーポレートビジネス担当

奥谷:私の感想を一言で言うと、ウォームハートでクールヘッドな本という印象です。方法論が書かれていますが、意外と熱の入った部分もあります。マーケティングをいかに定量化できるか、それに熱意をもって挑戦された本ですね。

 私自身はこれから学術の道にも進んでいこうと思っていますが、それは純粋に「なぜこの人はこれを買うんだろう」という疑問の答えを知りたいからなんです。自分が森岡さんのようなアプローチを完全に理解するのは難しいんですが、それに近しいことは様々なデータから理解できます。数学的な方法論だけを読むのではなく、森岡さんの熱も感じ取れるので、いい本だなと素直に思いました。

 私のことを理系人間のように思う方もいらっしゃるようなんですが、実は数学は苦手です。といっても、それは数学の問題を解くことはできないという意味で、データを統計学的に理解することはできます。統計は仮説を立て、それが有意なのかどうかを検証するために数学的手法を使います。森岡さんも、自分が取り組んでいること、そこから見出した仮説の確からしさを調べるために数学を使っています。

 本書はマーケターの目の前にある現象を定量化して見ることができると教えてくれます。私は数学が苦手でも統計は好きなんですよ。それは、自分の右脳的発想の妥当性を統計が確認してくれるからです。

マーケティングはサイエンスかアートか

押久保:本書では「ビジネス戦略の成否は確率で決まっている」と断言されています。その中で数学マーケティングという言葉があり、マーケティングを科学することが繰り返し強調されます。数学マーケティングについてはどんな印象を感じましたか?

田端:「マーケティングはサイエンスかアートか」という議論がありますが、皆さんはどう考えますか? サイエンスはある手順に従えば結果を再現できることで、アートはその時々でうまくいきそうだという直感に基づくことと定義できます。

押久保:会場ではアート派がやや多いようです。

田端:本書はサイエンスとしてのマーケティングを突き詰めたものです。アートの要素はほとんどありません。ただ、適応可能な範囲はかなり限られているとは思います。消費財のマーケティングには当てはまりますが、LINEのようなSNSのマーケティングを考えたときはそうでもありません。

 たとえばシャンプーを買うとき、AさんとBさんが店頭でどの銘柄を選ぶかは基本的には独立しています。しかし、ネットワーク効果が働くようなサービスだとAさんが使っているからBさんが使う、AさんとBさんが使っているからCさんも使うという雪だるま式のポジティブフィードバックが働きます。

 現実のマーケティング施策では1回きりの現象も多く、そこでA/Bテストを行うなんて不可能です。いわば勝負感、アートの領域でのマーケティングも存在するわけですね。本書はそこをうまく処理していて、サイエンスとしてのマーケティングは適用可能な範囲が限られているとしています。ですから、サイエンスのスコープで分析できる領域には今のところ限りがあると考えて本書を読むのがいいと思います。

押久保:サンプル数が多い商材はサイエンスが効きやすいということですね。

奥谷:私はマーケティングをアート&サイエンスと捉えています。というのも、世の中に存在しないことを確率で導くのはほとんど不可能だからです。新しいサービスとして誕生したLINEがここまで成長するかどうかは、おそらくリリース前に予測できなかったでしょう。ですから、アートが先に来るんです。

 数学マーケティングは起こった現象を分析し、そこから見出した仮説を検証するために利用されます。なんらかのデータがある状態なんですね。とはいえ、たいていの企業では需要予測すら当たりません。それは予測のために利用するデータ、言いかえると試行回数がとても少ないからです。もし何万回分ものデータを利用できるのであれば、予測はかなり正確になるはずです。そこまで蓄積できる企業はほとんどないと思いますが。

奥谷孝司氏
奥谷孝司氏:オイシックス 執行役員 Chief Omni-Channel Officer

田端:奥谷さんは因果関係と相関関係をどう切り分けられていますか?

奥谷:感覚です。それはアートの領域だと思います。

田端:数学の外に出て、人間の心理や常識的に考えてどちらなのか判断するしかないですよね。

奥谷:「もしかしたらそうかもしれない」という仮説があるなら、やってみるべきですね。LTVが上がり続けるならそれでいいんです。ビジネスにおいては結果を出すことが大事ですから、因果を錯誤しても構わないと思いますよ。

満足しなかったからリピーターになる

押久保:田端さんは本書を読んだあと、実際にUSJに遊びに行かれたそうですね。

田端:10月下旬、ハロウィンの時期に初めて行ったんですが、とんでもなく混んでいました。ポップコーンを買うのに100メートルくらいの行列ができているくらいです。あの瞬間、園内には数万人くらいいて、自分はその中の一人。計量モデルのサンプルの1個になった気分でした(笑)。

 子供はとても喜んでいたんですが、あまりの混み具合に私自身の満足度はかなり低かったですね。これだと全体の顧客満足度も下がりそうだなと思ったんですが、森岡さんはそれを見越していたんです。

 というのは、その翌週に森岡さんがネットの記事で「人は満足するからリピーターになるのではない」とおっしゃっていました。たしかに、園内が混みすぎて満足にアトラクションを楽しめなかったからこそ、子供は「次にいつ来るのか」と言うわけです。もし空いていて一気に楽しみ尽くしてしまったら、「もういいや」となってしまいますよね。

 私たち親子は完全に森岡さんの掌の上で転がされていたわけです。自分が消費者の立場とマーケターの立場という間に置かれ、複雑な気持ちになったのは事実です(笑)。

奥谷:USJの仕組みはソーシャルゲームと同じアルゴリズムだと思います。そもそもコンプリートできないようになっているんですよ。企業側はそれを把握しながら、消費者にはわからないように実践しています。しかも、消費者は毎回同じ場所に行くのに毎回違う体験をすることになるので、余計に実感しにくいわけです。

 また、多くの人はお金を払った分は楽しみたいと考えます。どんなに混んでいてアトラクションに乗れなくても、家族と写真を撮って「楽しかった」という思い出を作るんです。これだけ払ったんだから、損したとはできるだけ思いたくない、と認知的不協和を解消したくなるわけです。なので、多少値段が高くなっても、自分を納得させようとしてしまうんですよ。

 企業としてはそういう消費者の気持ちとサービスの価格をどうバランスさせていくかが肝要です。そこがマーケターとしてはおもしろい部分だとは思います。

田端:USJで言うと、追加でお金を払えばアトラクションにすぐ乗れるユニバーサル・エクスプレス・パスを販売しています。時期によって値段が違うので、これは典型的なダイナミックプライシングです。おおよそ通常の入場料と2倍くらい差があるんですが、どちらが得なのかは来園者にはわからないでしょう。おそらくキャパシティなど様々な経営要素からその価格をコントロールしているのだと思います。

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この記事の著者

渡部 拓也(ワタナベ タクヤ)

 翔泳社マーケティング課。MarkeZine、CodeZine、EnterpriseZine、Biz/Zine、ほかにて翔泳社の本の紹介記事や著者インタビュー、たまにそれ以外も執筆しています。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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2018/06/07 11:09 https://markezine.jp/article/detail/26292
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