ブリテン/フランク・ブリッジの主題による変奏曲 

2009, 03. 05 (Thu) 20:21

《フランク・ブリッジの主題による変奏曲》は、《ディヴァージョン~左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏》の3年前に作曲された弦楽オーケストラのための変奏曲で、ブリテンの出世作。

この曲は、ブリテンの恩師フランク・ブリッジの弦楽四重奏のための「3つの牧歌」(3Idylls)の第2曲を主題にもので、同じ変奏曲といっても、自作主題を用いてピアノとオーケストラ用に作曲した《ディヴァージョン》とはかなり趣きが違う。

ブリテンは、前衛的な作風になっていく恩師ブリッジが評価されなかったため、ブリッジの主題をテーマにしたこの変奏曲を作ったり、恩師の作品の演奏・録音したりと、律儀な弟子だったようだ。

《フランク・ブリッジの主題による変奏曲》の原曲の主題は、物憂げで起伏の少ない穏やかな旋律。これはブリッジ初期の作品なので、後期ロマン派の影響を受けているらしい。
ブリテンの変奏曲の方は、調和的な旋律と古典的な様式をベースにした美しい旋律と曲想かと思えば、一方で現代的な和声が入ってくるので、なんとも不協和的なアンバランスな感じがするのが良い。これを突き詰めて、パロディ的にするとシュニトケのような曲になっていく気がする。

この変奏曲は弦楽器だけで演奏されるが曲想が面白いせいか、フルオーケストラのような響きでなくても、気にならない。
オケ&ピアノによる演奏だとリズム感や曲想に幅が出てくるので、同じ変奏曲でも《ディヴァージョン》の方が個人的には好きだけれど、この変奏曲には明るさと暗さが渾然としたところがあり、古典・ロマン派などの過去と、前衛的な現代が混在する響きも聴こえてきて、これはこれでかなり面白い。

この国内盤CDは、ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団による演奏で1967年録音。カップリングは、シンフォニア・ダ・レクイエム(ニュー・フィルハーモニア管、1964年)、青少年のための管弦楽入門(ロンドン交響楽団、1963年)、イギリス国歌『God Save The Queen』(ブリテン編曲)(同上、1961年)。

青少年のための管弦楽入門、フランク・ブリッジの主題による変奏曲、他青少年のための管弦楽入門、フランク・ブリッジの主題による変奏曲、他
(2006/10/25)
ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団、他

試聴する(別のCHANDOS盤にリンク)


ナクソスのサイトで作品解説を読むと、ブリテンには、各変奏があらわすテーマと恩師の性格的な特徴とを関連づけながら、作曲したという。

Introduction And Theme
冒頭のIntroductionはブリテン独自のもの。幕開けを告げるような物々しさと、不安をかきたてるようなイントロ。不協和音とはいかないまでも、協和的な音からのズレを感じさせるところがある。
その後に続くのは、静かで翳りのある流麗なブリッジの主題。原曲を聴いてみると、やっぱりこういう物憂げな雰囲気の曲だった。

 Variation 1: Adagio
この変奏はブリッジの”depth”を象徴している。(初めは”integrity”としていたが、後に変更)
かなり不可思議な雰囲気と、やや神秘的というか理解できない何かを感じさせるような曲想。
ブリテンが少年の頃から師事していた恩師は、子供の目からみると、深遠な知性をもった理解を超えたような作曲家に見えたんだろうか。

 Variation 2: March
象徴するのは”energy”。やや躍動感のある曲想だが、”March”にしては勇壮さはなく、どことなくシニカルさを感じさせる。

 Variation 3: Romance  
象徴するのは”charm”。これは主題がロマンティックに変奏されていて、ワルツのリズムにのったどこかフランス風の優雅さがある。

 Variation 4: Aria Italiana 
初めは”wit”だったが、”humour”に変わった変奏。ロッシーニをパロディ化したイタリア風アリア。序曲風で明るく軽快な曲。”wit”なら知的さ不足のような気がするが、”humour”なら雰囲気的に良く合う。

 Variation 5: Bourree Classique 
象徴するのは”tradition”だが、この曲は新古典主義期のストラヴィンスキー風。典雅なバロック風の旋律とギコギコと不協和的な音が混在する。新しいお酒の入った古い皮袋のような”tradition”。

 Variation 6: Wiener Waltzer
ラヴェルの目からみたWiener Walzerのような変奏だったので、当時のザルツブルクの批評家からに受け入れられたとはいえなかった曲。たしかにフランス風の洒落というか、皮肉めいたエスプリが感じられる。途中でブリッジの主題が登場。
この変奏は”enthusiasm”を象徴するというが、快活さは感じられるが、”enthusiasm”というには冷静で醒めている。

 Variation 7: Moto Perpetuo
Moto Perpetuoとは「無窮動、常動曲」のこと。”vitality”の象徴。
明るいWiener Waltzerから深刻なFuneral Marchと暗さの漂うChantへのつなぎの役割。せわしなくうごく弦楽の旋律には、不安定な浮遊感がある。

 Variation 8: Funeral March 
タイトルに相応しく”sympathy or understanding”を象徴。低音のバスが重苦しくシリアスで、高音のヴァイオリンの響きが哀しげ。

 Variation 9: Chant
"reverence"(尊敬、敬意)を象徴するにしては、厳粛さはあるが暗い色調の変奏。

 Variation 10: Fugue and Finale
Fugueは”skill”、Finaleはブリッジへの”affection”を象徴。
Fugueはブリッジの他の作品のモチーフが数多く登場し、フィナーレではそれが変奏して現れるという。(ブリッジの作品に詳しくないとどの旋律がそうなのかはわからないが。)
師ブリッジの作品に対する敬意が込められたようなフーガとフィナーレ。
ラストは静かに元の主題が現れて終わる。フィナーレにしてはディミニエンドで静かに終わろうとするが、突如クレッシェンドし、きりっと引き締まって終わる。

ブリテンの変奏は凝っているとは思うが、やや不協和的なズレを感じさせる旋律がいろいろ錯綜しているなかにも、秩序めいたものが感じられるし、普通の期待どおりの展開を裏切るような、一筋縄ではいかない屈折したところがある。
バーンスタインがブリテンの音楽を評して、創意工夫が凝らされて明るくチャーミングだがそれは表層的なものであって、本当にその奥にあるものを聴きとれば、濃い翳りのようなもの、悲痛感や孤独がもたらす苦難のようなものに気づくはずだ、と言っていた。
そういう意味では、ブリテンの音楽には、光と影、調和と不協和といった相反する要素が交錯している複雑さがある。ブリテンの音楽には、アイロニーやシニカルさがあると言われるが、この複雑さがそういう印象を与えている気がする。

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