|
第十三話 |
栄光のテラシティ |
テラシティの市民はテラシティの平和を覆そうとたくらんだ恐るべき陰謀の存在を知って驚愕した。そして賢明なアダー執政官と勇敢なアダム・ラーの超人的な活躍で陰謀に加担したすべての悪党が捕えられ、恐るべき陰謀が完全に叩きつぶされたことを知って安心した。アダー執政官の特別行政処置によって悪党ども全員に死刑が言い渡されたことを知ると当然のことだと叫んで深くうなずき、悪党どもの処刑が教育的見地にもとづいて市民に公開されることを知ると学習の機会を求めてテラパークに押し寄せた。テラシティ市民の憩いの場、恋人たちの語らいの場、テラパークの円形の広場に鋼鉄の頼もしい輝きを放つ処刑台が置かれ、ぴったりとした金属繊維の服を着た人々は処刑台を囲んで人込みに驚き、人込みのなかから知り合いの顔を探して挨拶を交わし、善と悪、罪と罰について語り合った。そしてそのあいだを氷菓の売り子が、甘草水の売り子が呼び声を上げて練り歩き、人形売りが首に縄のかかった悪党どもの人形をバラやセットで売り歩いた。
「氷菓だよ、できたてのほやほやの氷菓だよ」
「甘草水、甘くて冷たい甘草水はいらないか」
「悪党どもの人形だよ、記念にどうだい? アルタイラとアデライダのセットが人気だよ。アデライダはメイド服を着ているよ」
処刑台の上に処刑人が現われた。顔をすっかり覆う革の頭巾をかぶった処刑人は処刑台に何本となく下がる首吊りの縄の一つひとつを丹念に調べ、縄の下に置かれた踏み台の一つひとつの位置を調整した。
明るい陽射しが処刑台と処刑台を囲むテラシティの市民に降り注いだ。金属繊維の服がまばゆいばかりの輝きを放ち、そのざわめく光のせいで多くの市民が頭痛を味わい、めまいを起こして数人が倒れた。日射病で倒れて担架で運ばれる者もいた。
歴代執政官の銅像が並ぶ道を、灰色のやせ馬に牽かれた一台の馬車が近づいてきた。荷台には鉄製の檻があり、檻のなかでは恐るべき陰謀をたくらんだ悪党どもがそろって後ろ手に縛られて、間もなく訪れる分相応の最期をそれぞれに思い、顔を絶望と悔恨、あるいは憎悪と怒りにゆがめていた。
アダー執政官によって希代の極悪人と非難されたアルタイラの姿がそこにあった。アルタイラの悪の手先、残忍な殺戮者と非難されたアデライダの姿もそこにあった。テラシティの裏切り者、あらゆる罰に値すると非難されたラグーナの姿もそこにあった。狡猾で破廉恥と非難された金星人の悪党ヴァイパーもいた。火星人の悪党ゴラッグもいた。ヴィゾーもいた。セプテムもいた。トロッグもいた。そして全人類の裏切り者と非難されたロイド博士と白衣をまとう技師たちがいた。いたぞ、と叫んだ警官もいた。
テラシティの善良な市民が悪党どもに向かってこぶしを振り上げ、罵声を浴びせた。唾を吐きかける者もいた。石を投げつける者もいた。悪党どもを乗せた馬車は市民のあいだへ割って入り、ゆっくりと処刑台に近づいていった。馬車が処刑台の脇にとまった。青いヘルメットをかぶった警官たちが黒い警棒を手にして走り寄り、檻のとびらを開けて悪党どもを引きずり出すと、次から次へと処刑台に追い上げた。
顔に絶望と悔恨を、あるいは憎悪と怒りを浮かべた悪党どもが処刑台の上に並び、処刑人がその一人ひとりの首に縄をかけ、警官たちが警棒を振って一人ひとりを踏み台に立たせた。処刑人が非情の縄を引き絞ると、悪党どもが爪先で立った。
恐るべき悪党アルタイラが何かをしきりと叫んでいた。
残忍な殺戮者アデライダも何かをしきりと叫んでいた。
全人類の裏切り者ロイド博士も叫んでいた。ラグーナも何かを叫んでいた。ヴァイパーも叫んでいた。セプテムも叫んでいた。ゴラッグもトロッグもヴィゾーも何かを叫んでいたが、悪党の言葉に耳を傾けるような市民はもちろん一人もいなかった。
処刑台を取り巻く市民が歓声を上げた。アダー執政官が処刑台の上に現われ。盛大な拍手で迎えられた。執政官がゆっくりと両手を上げると拍手がやんだ。
「テラシティの善良なる市民諸君」執政官の増幅された声が広場に響いた。「恐るべき陰謀との戦いは終わった。正義が、秩序が、平和が、テラシティが勝利したのだ」
拍手が起こった。執政官がゆっくりと両手を上げると拍手がやんだ。
「テラシティの善良なる市民諸君」執政官の増幅された声が広場に響いた。「いかにも正義は勝利した。平和は、テラシティは勝利した。しかし、まだ終わりではない」
執政官が処刑台の上に並ぶ悪党どもを指差した。
「テラシティの善良なる市民諸君」執政官の増幅された声が広場に響いた。「悪党どもはまだ生きている。悪党どもが生きている限り、悪党どもの悪事に終わりはない」
テラシティの善良な市民が悪党どもに罵声を浴びせた。
唾を吐きかける者もいた。
石を投げつける者もいた。
「テラシティの善良なる市民諸君」執政官の増幅された声が広場に響いた。「我々は、悪党どもの悪事を終わらせなければならないのだ。いまこの場で終わらせるのだ」
拍手が起こった。執政官がゆっくりと両手を上げると拍手がやんだ。
「テラシティの善良なる市民諸君」執政官の増幅された声が広場に響いた。「それではこよれり、処刑を開始する。罪を、死によってつぐなわせるのだ。ふははははは」
このとき、執政官がおならをした。増幅されたおならの音が広場に響いた。
テラシティの善良な市民は驚愕した。テラシティの常識からすれば、それはあってはならないことだった。聞こえなかったふりをする者がいた。しかし臭いが漂ってきた。
アルタイラが何かを叫んでいた。
テラシティの善良な市民が顔を寄せて囁きを交わした。いったい何が起きたのか、テラシティは地球上のほかの都市と同じ次元に墜ちたのか、テラシティの執政官は結局のところ火星や金星の下品な支配者と変わることがなかったのか。だとすれば、いったいテラシティはどうなるのか。虚飾が砕かれ、真実が暴かれ、常識は覆って単なる非常識となったのか。それでは虚飾の上にあぐらをかいたテラシティの明日はどうなるのか。多くの者が不安をささやき、ささやきはささやきと重なって間もなく大きなざわめきとなり、ざわめきは助けを求める声となって空に大きく響き渡った。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらテラシティ、聞こえますか。テラシティの危機です。アダー執政官がおならをしました。アダム・ラー、聞こえますか。お願いです。どうか、わたしたちを助けてください」
テラシティの上空、五千メートル。雲を見下ろす空の高みにテラシティの守護者アダム・ラーの空中要塞テラグローブが浮かんでいた。数々の武器を備えたその球体は直径百五十メートルを超え、輝かしい銀色の光沢をまとって地上の声に耳を傾け、巨大なラッパを備えた聴音機で市民の声を受けとめた。助けを求める市民の声はただちに電気信号に変換され、アダム・ラーの司令室に送られて最新鋭の通信装置テララジオから流れ出た。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらテラシティ、聞こえますか。テラシティの危機です。アダー執政官がおならをしました。アダム・ラー、聞こえますか。お願いです。どうか、わたしたちを助けてください」
テラシティの守護者アダム・ラーはテララジオから流れる声を聞いた。救いを求める市民の声に、蒼白の美貌と健やかな肉体を持つ正義の戦士の心が猛った。
「なんということだ」深みのある声でそうつぶやくと、テララジオに顔を近づけた。「アダー執政官が市民の前でおならをしたのだ」薄い唇を舐め、丸窓の外に浮かぶ雲を見つめてあとを続けた。「許してはならない」再び通信装置に目を落とした。「わたしはテラシティの守護者、アダム・ラーだ」姿勢を正して青い詰め襟のホックをとめた。青いチュニックの胸を叩き、続いて白い乗馬ズボンを軽く叩く。膝から下は磨き上げられた黒いブーツだ。腰のホルスターに収めた熱線銃MAX9を軽く撫で、最後に白い手袋を手に取った。「アダー執政官を滅ぼすのだ」そう言って机の上に置かれた真紅の発令装置テラアラームに手を伸ばした。テラグローブを揺るがすサイレンが鳴った。
アダム・ラー出撃の合図だ。テラグローブに足音がこだまする。非番の者もドーナツを捨てて駆け出した。発進ドックでは作業服に身を包んだ浅黒い肌の男たちが声をかけ合い、快速艇テラホークの発進準備に取りかかった。驚異のテラニウムエンジンにテラニウム燃料が充填され、強力無比の熱線砲XH9000に重たげなパワードラムが装填される。アダム・ラーの司令室にタップスとスパークスが飛び込んできた。どちらもアダム・ラーの忠実な仲間だ。アダム・ラーが二人に気づいて振り返り、テラアラームから手を離した。サイレンが鳴りやみ、テラグローブに静寂が戻る。
「出動する」アダム・ラーが二人に告げた。
「了解」タップスとスパークスが敬礼した。
アダム・ラーが敬礼を返して指令室から飛び出した。タップスとスパークスがあとを追う。円筒形のエレベーターのドアが閉まり、再び開くとそこは驚異のテラファシリティの焼け跡だ。アダム・ラーが二人の仲間を連れて現われると、技師が、科学者が、整備士が、補給係や修理工が、働く手をとめ、足をとめ、顔に喜びを浮かべて敬礼した。そして扇形の発進ドックでは純白の快速艇テラホークが美しい流線形の姿を横たえ、テラシティの守護者アダム・ラーが乗り込むのを待っていた。アダム・ラーは感嘆の吐息をもらし、テラホークに向かって駈け出した。タップスとスパークスがあとを追う。
しかし、このとき、恐ろしい爆発音が発進ドックに響き渡った。二級整備士のマヌエルが腕を押さえて現われて、痛みにうめきながら横たわった。
「マヌエルっ」
整備士たちがマヌエルに駆け寄り、助け起こした。
「欠陥タオルが…」
マヌエルがそうつぶやいて頭を垂れる。
「マヌエルっ、しっかりしろ」
整備士たちがマヌエルを励ます。アダム・ラーが駆け寄った。
「大丈夫か、重傷なのか?」
整備士たちが首を振り、アダム・ラーの顔に悲しみが浮かんだ。
「アダム・ラー」
かすれた声でマヌエルが呼んだ。
「マヌエルっ」
整備士たちが口々に叫んだ。
「アダム・ラー」マヌエルがかすれた声で繰り返した。「わたしにかまわず、行ってください。わたしなら大丈夫です。たいした怪我ではありません。さあ、早く。テラシティがあなたを必要としているのです」
「マヌエルっ」
整備士たちが口々に叫び、アダム・ラーの目に涙が浮かんだ。
「わかった」
アダム・ラーがタップスとスパークスを振りかえった。
「行くぞっ」
タップスとスパークスがうなずいた。アダム・ラーが身をひるがえし、発進ドックの床を蹴って快速艇テラホークのハッチに飛び込んだ。白いヘルメットをすばやくかぶり、コクピットに進んで操縦席に腰を下ろす。タップスとスパークスがあとに続き、タップスはアダム・ラーの右後方にある機関士席に、スパークスはアダム・ラーの左後方にある通信士席に腰を下ろした。タップスがクリップボードを取ってチェックリストを読み上げると、アダム・ラーが滑らかな手つきでスイッチを動かし、メーター類を指で叩く。かたわらではスパークスがヘッドセットを頭にのせて通信装置をチェックしていく。間もなく発進の準備が整った。
「エンジン始動」アダム・ラーが命令した。
「エンジン始動」タップスが復唱し、スイッチを入れてレバーを動かす。「テラニウムエンジン、出力百パーセント」
「固定装置解除」アダム・ラーが命令した。
「固定装置解除」スパークスが復唱してレバーを動かし、着陸用スキッドを発進ドックの固定装置から解放した。
エンジンが吠え、テラホークが震えた。アダム・ラーが操縦桿を握り締めた。
タップスが叫ぶ。「エンジン出力、百二十パーセント」
スパークスが報告する。「固定装置、解除よし」
「発進」
アダム・ラーが叫び、流線形のテラホークがテラグローブから飛び出した。まばゆいばかりの純白に輝く快速艇がテラシティを目指して一直線に降下していく。コクピットの窓に見る見るうちに地上が迫り、アダム・ラーが操縦桿を一気に引くとテラホークは空を切って金属の光沢をまとう建物をかすめた。地上に揺らめく影を投げかけ、水平飛行で突進する。あまりの速さにスパークスが肝を冷やした。
「アダム・ラー、もっとゆっくりに飛べませんか?」
スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
アダム・ラーが笑みを浮かべた。
「安心しろ、あと少しだ」
しかし、このとき、テラニウムエンジンに異状が起こり、タップスの目の前で赤い警告灯が不気味に点滅した。計器をにらんでタップスが叫んだ。
「テラニウムエンジン出力低下、現在八十パーセント」
「何があった?」
「わかりません。出力さらに低下中、六十パーセント」
「なんとかしろ」
「だめです。四十パーセント、推力を維持できません」
テラホークが傾き、スパークスが悲鳴を上げた。
「そうか、あの欠陥タオルか」タップスが叫んだ。
マヌエルに傷を負わせた欠陥タオルがテラニウムエンジンを破壊したのだ。
アダム・ラーが二人に叫んだ。「不時着に備えろ」
前方にテラパークが見えてきた。銀色に輝く処刑台も見えてきた。テラシティの市民が逃げ惑う。アダー執政官の白いマントが処刑台でひるがえった。アダム・ラーの目が光った。操縦桿をあやつり、テラホークを執政官の背中に向ける。
タップスが叫んだ。「行けえっ」
スパークスが叫ぶ。「うわあっ」
執政官が振り返った。執政官が手を上げた。薬指に金色の指輪が輝いている。ただかざすだけでテラシティのすべてのドアが開き、テラシティのすべてのトイレの便座が上がるあの指輪だ。執政官が指輪をかざした。その瞬間、テラホークがもんどりを打って地面に激突した。
「たいへんだ」市民が叫んだ。「執政官がテラホークを墜落させた」
「たいへんだ」市民が叫んだ。「執政官がアダム・ラーを攻撃した」
「たいへんだ」市民が叫んだ。「執政官はテラシティの敵になった」
「たいへんだ」テラシティの市民が声を合わせた。
執政官の手に小型の熱線銃が現われた。
「コオロギどもめ」
執政官はそう叫んで、テラシティの市民多数を消し炭に変えた。
「やめて」アデライダが叫んだ。
「やめて」アルタイラも叫んだ。
「ふははははは、ふははははは」
執政官が悪魔的に笑っていた。
テラホークのハッチが開き、アダム・ラーとその仲間が銃を手にして飛び出してきた。不時着の衝撃はすさまじかったが、頑丈なハーネスに守られていたので全員傷一つ負っていない。銃を構えて地面に伏せると、そこへ執政官の赤い光が降り注いだ。熱線銃から放たれた赤い光が地面を焦がし、さらに市民多数を消し炭に変えた。
「やめて」アデライダが叫んだ。
「やめて」アルタイラも叫んだ。
アダム・ラーが感想を言った。
「すごい攻撃だな」
タップスがうなずく。
「敵もなかなかやるようです」
執政官が熱線銃を構えてアダム・ラーを狙っていた。アダム・ラーがそこを指差し、タップスに言った。
「正面からはとても無理だ。なんとかしてやつの背後にまわりたいが…」
「しかし」タップスが唇を噛んだ。「どうやって…」
「そうだ」アダム・ラーが叫んだ。「ミニチュア光線だ」
「そうか」とタップスがうなずく。「ミニチュア光線でスパークスを縮小して」
「そして」とアダム・ラーがあとを引き取る。「やつの背後にまわらせるのだ」
「しかし、どうしてわたしなんですか?」
スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
「タップス」アダム・ラーが命令する。「用意しろ」
「喜んで」
タップスが勢いよく立ち上がり、熱線銃から放たれる灼熱の光をものともしないでテラホークに飛び込んだ。そしてミニチュア光線の発射管を抱えて戻ると再び地面に伏せてアダム・ラーに敬礼した。
「準備完了です」
「よし、スパークスを縮小しろ」
「喜んで」
脅えるスパークスに向かってタップスがミニチュア光線を照射した。帯状に注ぐ水色の光線を浴び、スパークスのからだが見る見るうちに小さくなった。五センチほどの大きさにまで縮んだところで、アダム・ラーがスパークスにうなずいた。
「頼むぞ」
スパークスが駆け出した。小さなからだとすばやい動きで敵から隠れ、熱線銃の攻撃をやすやすとかわして執政官に接近した。そして背後へまわることに成功したが、執政官がくるりと振り返ってスパークスを踏み潰した。
「なんてこった」タップスが叫んだ。「スパークスが殺された」
「このひとでなし」アダム・ラーが罵った。
このとき、タップスが大きく息をのんだ。
「まさか、アルモン」そうつぶやくと危険もかえりみずに立ち上がり、こぶしを振り上げ、絶叫を放った。「アルモンっ」
タップスの叫びを聞いて処刑人が笑った。
「はーはっはっはっ。よく見破ったな。そうだ、おれだ、アルモンだ」
神経に触る軽やかな声でそう言うとアルモンは一瞬の動作で頭を覆う頭巾を取った。黄色い髪が、白い肌が現われ、体型がひとまわり細くなった。
封印されていた暗い記憶がタップスの胸の底からよみがえった。上下が逆転する。墜落の衝撃。スパークスが悲鳴を上げる。アダム・ラーが叫んでいる。脱出だ。脱出だ。ハーネスをはずす。椅子から解き放たれたからだが天井へ落ちる。ハッチへ。ハッチへ。ハッチから落ちる。赤い光が降り注ぐ。市民が消し炭に変わっていく。すごい攻撃だ。そうだ、ミニチュア光線だ。スパークスを縮小しろ。喜んで。頼むぞ。なんてこった、スパークスが殺された。このひとでなし。まさか、アルモン、アルモン。そうだ、おれだ、アルモンだ。頭巾の下から黄色い髪が、白い肌が現われる。体型がひとまわり細くなる。悲鳴が聞こえる。誰かがどこかですさまじい悲鳴を上げている。
「アルモンっ」
タップスが雄叫びを放ち、アルモンに向かって飛び出した。アダム・ラーも熱線銃を抜いてあとを追う。アルモンは不敵な笑みを浮かべ、いったいどこから取り出したのか、ロケットパックをすばやく背負った。
「タップス、また会おう」
そう言うとすさまじい速さで空に向かって飛び立っていった。
「ちくしょう」空を見上げてタップスが叫ぶ。
アダム・ラーが執政官の鼻先に熱線銃を突きつけた。
「撃つな、アダム・ラー」
アダム・ラーが引き金を引いた。
アダー執政官が消し炭に変わった。
正義の勝利だ。テラシティは危機を免れ、テラシティの守護者アダム・ラーの活躍によってアダー執政官は退治された。テラシティの明日がよみがえり、アダー執政官の悪事が暴かれ、悪党どもは首吊りの縄から解放されて再び自由の身となった。
「わははははは」悪党どもが笑っていた
「ふふふふふふ」ラグーナも笑っていた。
「しかし、諸君」ロイド博士が口を開いた。「安心してはならないのだ。第二、第三の危機が、いつまたテラシティを襲わないとも限らないのだ」
「ねえ」アデライダが言った。「なんだか、おならの臭いがするわ」
「ああ」アルタイラが言った。「ごめん、それ、たぶん、あたしだ」
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
|
第十二話 |
最後の希望 |
「さて、これを見てもらおうか」
金星人ヴァイパーが大型のスクリーンを指差した。一瞬、走査線が流れたあと、円筒形をした黒い建物が映し出された。窓が一つも見当たらない。
「記憶変造センターだ」ヴァイパーが言った。「アデライダはここにいる」
「アデライダの居場所が、なぜわかったんだ?」トロッグが訊ねた。
「簡単なことだ」博士が言った。「娘に発信器をつけておいたのだ」
「あのメイド服につけてあるのか?」
「違うな」
「では、ティアラか、ホウキだな?」
「違うな」
「いったいどこにつけてあるんだ?」
「どこでもいいだろう」ヴァイパーが言った。「いいか。アデライダはおれたちの作戦にも不可欠な存在だ。そこでおれたちは博士に協力してアデライダを救出する。これは簡単な作戦ではない。成功させるためには全員が一致団結しなければならない。というわけで、ラグーナ」
「何よ」
「作戦完了まで、個人的な事情は忘れてくれ」
「しかたがないわね」
「そしてアルタイラ」
「なんでしょうか?」
「作戦完了まで、個人的な話題は避けてくれ」
「個人的な話題って、おならのことですか?」
「そうだ、おならだ」
「しかたありません」
「では、これも見てもらおう」
金星人ヴァイパーが再びスクリーンを指差した。円筒形の建物のフレーム画像が映し出され、フレームのあちらこちらに赤や黄色のマーカーが浮かんだ。
「記憶変造センターの警備システムだ」ヴァイパーが言った。「赤いマーカーが警備員の位置を、黄色いマーカーがトラップの位置を示している。見たとおり、警備員だらけ、トラップまみれだ。特にこの四階、中央記憶変造室の周囲にはトラップが集中している。ほとんど難攻不落だと言ってもいいだろう。ラグーナ、説明を頼む」
「いいわ」ラグーナが立ち上がった。「警備員は全員が特殊部隊で訓練を受けて、最新鋭の熱線銃で武装してる。そして不審者を発見した場合には、質問する前に発砲するように指示されてるの。廊下には監視カメラと連動した強力な熱線砲が二十メートル置きに配備されていて、最上階の監視センターから遠隔操作で発射できる。廊下の床には落とし穴が隠れてるわ。落とし穴の上には黄色いタイルが貼ってあるけど、油断しないで。なかには黄色いタイルを貼ってない落とし穴も混じってるから」
「穴のなかには、何かあるのか?」ゴラッグが訊ねた。
「グラサイト製の槍が並んでるわ」ラグーナが答えた。
「落ちたら串刺し、ということか」セプテムが言った。
「そうよ」ラグーナがうなずいた。「それから、エレベーターね。認証用の鍵を使わずにエレベーターを動かすと、ゴンドラの壁からグラサイト製の槍が飛び出してくる。各フロアのエレベーターホールにはガニメデの昆虫人間が配置されていて、ふだんは不活性化されて透明のチューブに収まっているけれど、何かあったらチューブから出て、敵も味方も見境なしに襲いかかるわ。エレベーターは避けたほうが安全ね。でも階段はもっと危ない。うっかり侵入すると壁からガスが噴き出してくるわ」
「ガスというのは催涙ガスかな?」ヴィゾーが訊ねた。
「いいえ、イペリットを使ってる」ラグーナが答えた。
「吸ったらおだぶつということか」セプテムが言った。
「そうよ」ラグーナがうなずいた。「どうにか四階までたどり着いても、中央記憶変造室へ入るためには三つのセキュリティチェンバーを通過する必要がある。どのチェンバーにも監視カメラが五台あって、不審者が侵入した場合には監視センターの遠隔操作でトラップが作動するの。第一チェンバーには吊り天井があって、天井から飛び出たグラサイト製の槍が侵入者を串刺しにする。第二チェンバーでは高圧で噴き出た水が侵入者を八つ裂きに、第三チェンバーは二千度の高温ガスで焼き殺すの」
「考えたやつの顔が見てみたいぜ」トロッグが言った。
「わたしよ。何か文句でもある?」ラグーナが言った。
「正面から行くには危険すぎるな」セプテムが言った。
「おれもそう思う」ヴァイパーが言った。「頭数を用意すれば警備員を排除してトラップをくぐり抜けることも不可能ではないだろうが、それではこちらの犠牲が大きくなりすぎる。それに、もたもたしているうちにアデライダに危険が及ぶ可能性も考えておく必要があるだろう。そこでおれは、テラホールを使おうと思っている。ロイド博士の研究所からテラホールを使って中央記憶変造室に乗り込み、アデライダを救出したあと、テラホールを使って撤収する。どうだ? 悪くないアイデアだろ」
「たしかに、それなら安全そうだ」トロッグが言った。
「それに、スマートな感じもする」ヴィゾーが言った。
「いいじゃないか。それでいこう」ゴラッグが言った。
「でも」アルタイラが声を上げた。「博士の研究所って、いま、どうなってるんですか? テラホールがまだ使えるっていう保証があるんですか?」
「心配ない。その点は、大丈夫だ」博士が言った。
「なんでそれがわかるんだ?」トロッグが訊ねた。
「簡単なことだ」博士が言った。「テラホールに発信器がつけてあるのだ。破壊されたり、解体されたりしたら、すぐにわかるようになっている」
「さすがはロイド博士だ」トロッグが言った。「ところで、おれにつけた発信器ってのは、いったいおれのどこについてるんだ? おれの服か?」
「違うな」
「靴か?」
「違うな」
「髪か?」
「違うな」
「いったいどこにつけてあるんだ?」
「どこでもいいだろう」ヴァイパーが言った。「というわけで、テラホールが使えることは博士が保証してくれている。実験室に入ることができれば三十分で準備ができるそうだ。だからおれたちの問題は、実験室にどうやって入るかということになる」
「ドアから入ったらいけないのか?」ゴラッグが訊ねた。
「もちろんドアから入るんだが」ヴァイパーが言った。「監視カメラで確かめたところ、ロイド博士の研究所はいま警官隊の監視下にある。テラシティ防衛隊が出動している可能性もあるし、アダム・ラーが待ち構えている可能性もある。つまり研究所へ近づけば、おれたちはそのまま、罠に飛び込むことになる」
「つまり、またトラップまみれか?」ヴィゾーが訊ねた。
「わたしの研究所にトラップはない」博士が言った。
「でも」ラグーナが言った。「地下にシンジェノアがいるわ」
「ああ」博士が言った。「そう言えばシンジェノアがいるな」
「シンジェノア? それはいったい?」ヴァイパーが訊ねた。
「遺伝子改造が生んだ悪夢だよ」博士が答えた。「砂漠戦用に兵器として開発したもので、凶暴さや残忍さはガニメデの昆虫人間の比ではない。しかもコントロールが難しいので、地下のエアコン用メンテナンスホールに隔離してあるのだ」
「しかし博士、なぜそんなものを作ったのだ?」セプテムが訊ねた。
「科学の力を過信し、神への畏れを忘れたのだ」博士が答えた。
「そのシンジェノアを倒す方法はないのかい?」ヴィゾーが訊ねた。
「砂漠戦用に開発したと言ったろう。シンジェノアの弱点は、水だ」
「水ってふつうの水? 水に弱いんですか?」アルタイラが訊ねた。
「そう、水に弱い。水をかけるとシンジェノアは溶けてしまうのだ」
「だったらさっさと、始末しときゃいいのによ」トロッグが言った。
「なるほど」博士が言った。「言われてみれば、そうかもしれない」
「では」ヴァイパーが言った。「そのシンジェノアとやらが暴れていた場合には水をかけるとして、ほかの要素にどう対処するかだ。おれは地底戦車ヴァグラーを使うことを考えている。ヴァグラーが地面を破って、どっかーんという感じで現われたところへ、おれたちが飛び出していって警官隊を制圧し、実験室に突入する」
「いや、ヴァイパー」セプテムが言った。「それはだめだ」
「だめだ? どうしてだめなのだ?」ヴァイパーが言った。
「ちょっとした、技術的な問題がある」ヴィゾーが言った。
「それはいったい、どういうことだ? 説明してもらおう」
「あれは、でかすぎるんだ」セプテムが言った。「地底戦車で穴を掘って研究所まで行こうと思ったら、それなりの経路をたどる必要がある。ところがあれは、とにかくでかいから直進しかできない。それも上に向かって直進することを前提に構造計算をしてあるから、横とか斜めに進んだら何が起きるかわからない。たぶん壊れる。方向転換なんて、考えるだけでも恐ろしいね」
「なぜ、いままでそれを、黙っていたのだ?」
「まあ、おまえを悲しませたくなかったから」
「そうか、そういうことか」
「すまないが、そうなんだ」
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「いいだろう」ヴァイパーが言った。「それなら、正面突破するだけだ」
「ヴァイパー」ヴィゾーが叫んだ。「ちょっと待てよ、やけを起こすな」
「ヴァイパー」トロッグが言った。「おまえ、すごい金持ちなんだろ?」
「何が言いたい? だったら、どうだと言うのだ?」
「だったらさ、金を使えよ。警官隊はたぶん転ぶぜ」
「防衛隊もね」ラグーナが言った。「給料安いから」
「すばらしい」セプテムが言った。「それでいこう」
「なるほどな」ヴァイパーがうなずいた。「買収か」
「ヴァイパーの腹が痛むけどな」ヴィゾーが言った。
「かもしれないが」博士が言った。「暴力を使うより、そのほうがいい」
「おれはかまわん」ヴァイパーが言った。「決定だ」
「アダム・ラーは、どうする?」セプテムが訊ねた。
「あれは無理よ。買収できない」ラグーナが言った。
「ああ、融通が利かないからな」ヴィゾーが言った。
「だが、いちばん危険な相手だ」ゴラッグが言った。
「誰か、いい考えはないか?」ヴァイパーが言った。
「要するに」アルタイラが言った。「動けなくすればいいんですよね?」
「ああ、動けなくすればいい」ヴァイパーが言った。
「だったらテラグローブを攻撃したらどうですか?」
「テラグローブを、攻撃だと?」ゴラッグが叫んだ。
「それはたぶん、約束違反だが」ヴィゾーが言った。
「でも、木星人がたまにしてる」トロッグが言った。
「そうは言っても、ちょっとな」ゴラッグが言った。
「でも、足止めはできますよ」アルタイラが言った。
「気に入ったわ」ラグーナが笑った。「アルタイラ、悪党の仲間入りよ」
「ヴァイパー」ゴラッグが言った。「どうなんだ?」
「おれはかまわん」ヴァイパーが言った。「決定だ」
「地対空ミサイルで攻撃しよう」セプテムが言った。
「そいつはいい、そうしよう」ヴァイパーが言った。
「ではそろそろ、行動開始だな」ヴィゾーが言った。
「賛成だ。急がないと、娘が危ない」博士が言った。
「よし、行動開始だ」ヴァイパーが言った。「ラグーナ、交渉を頼む。警察とテラシティ防衛隊にあたってくれ。金額はまかせる。セプテム、小型の地対空ミサイルを三ダースくらい用意して地上へ運べ。ヴィゾー、セプテムを手伝え。攻撃位置を確保するんだ。ほかの者は準備が整い次第、研究所へ向かって移動する。ゴラッグ、おれの戦闘員を指揮してロイド博士を護衛しろ」
博士の娘アデライダを救うために、ついに悪党どもが行動を始めた。
そこへヴァイパーの娘ヴィーナスが現われ、ヴァイパーにすがった。
「パパ、お願いよ、ヴァルモンを連れていかないで」
「ああ、もちろんだ。ヴァルモンは父親になる男だ」
「いいえ、お義父さん、おれにも戦わせてください」
「だめよ、ヴァルモン、お願いだから、一緒にいて」
「おれの戦いぶりを、お義父さんに見てほしいんだ」
「ヴァルモン、おまえがそう言うなら、一緒に来い」
「ありがとうございます。必ずご期待にこたえます」
「行くのね、あたしを置いて、行ってしまうのね?」
「大丈夫。きっと戻ってくる。だから安心するんだ」
「きっとよ、きっとよ、必ず、無事に戻ってきてね」
「約束するよ、約束するよ」
「愛してるわ、愛してるわ」
「アデライダ」アルタイラが叫んだ。「あと、ちょっとの辛抱だからね」
そのころ、記憶変造センターの心臓部、中央記憶変造室では。
白衣の技師がアデライダの拘束を解き、椅子から下りたアデライダがホウキを構えて宙を見つめた。アデライダの前にアダー執政官の黒い影が現われた。
「アデライダ」執政官が言った。「わたしが誰だか、わかるかな?」
「はい、ご主人さま。お帰りなさいませ。ご命令をどうぞ」
「よし」執政官が言った。「では、おまえに最初の指令を与えよう。アルタイラとロイド博士を滅ぼすのだ。邪魔する者は排除しろ。手段を選ぶ必要はない。そして失敗した場合には、死をもってつぐなうのだ。ふははははは。ふははははは」
そのころ、銀色に輝くテラグローブでは。
アダム・ラーの司令室にタップスとスパークスが並んでいた。アダム・ラーが振り返り、二人の前でこのように言った。
「アダー執政官の緊急指令だ。アルタイラとロイド博士をつかまえる。そして失敗した場合には、死をもってつぐなうのだ」
「し、死ぬんですか?」スパークスの声が震えた。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」タップスが笑った。
「執政官の考えでは、アルタイラはロイド博士の娘アデライダを奪い返そうとたくらんでいる。アデライダは記憶変造センターにいるから、アルタイラはそこを狙ってくるだろう、と執政官は考えている。しかし、アルタイラにはロイド博士がついている。ロイド博士がよからぬことをたくらんで、まず研究所を奪い返そうする可能性もある、と執政官は考えている。いま、記憶変造センターもロイド博士の研究所も、厳重な警戒下に置かれている。二人がどちらかに現われれば、ここへすぐに連絡が来る。そうしたら我々はただちに出動し、アルタイラとロイド博士を捕えるのだ」
「失敗したら、死ぬんですね」スパークスの声が震えた。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」タップスが笑った。
「失敗はしない」アダム・ラーがおごそかに言った。「わたしはテラシティの守護者なのだ。ヒーローなのだ。ヒーローは決して失敗しない」
「そう聞いたら、なんだか少し安心しました」
「はっはっはっ。ほんとに臆病なやつだなあ」
このとき、最新鋭の通信装置テララジオから見知らぬ声が流れ出た。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらは執政官のスパイ、こちらは執政官のスパイ。アルタイラの一味はロイド博士の研究所を目指している。繰り返す。アルタイラの一味はロイド博士の研究所を目指している」
「いよいよだ」スパークスの声が震えた。
「腕が鳴るぜ」タップスが言った。
「出動する」アダム・ラーが二人に告げた。
「了解」タップスとスパークスが敬礼した。
このとき、爆発音がとどろいてテラグローブが激しく揺れた。床が傾き、アダム・ラーがよろめいた。スパークスが悲鳴を上げてタップスをつかみ、タップスとスパークスが床に倒れた。
「なんだ?」タップスが叫んだ。
「なんなんだ?」スパークスが声を上げた。
アダム・ラーがテララジオのスイッチを入れた。
「こちらアダム・ラー、何があった?」
「攻撃を受けています」テララジオから声が流れた。「何者かがテラグローブをミサイルで攻撃しています。現在、テラファシリティが炎上中。しかし、ご安心ください。我々はテラグローブを守ります」再び爆発音がとどろいた。テララジオから絶叫がほとばしった。「うわあっ」
「こちらアダム・ラー、どうした? 応答しろ」
テララジオが沈黙した。
アダム・ラーが指令室から飛び出した。タップスとスパークスがあとを追う。円筒形のエレベーターのドアが閉まり、再び開くとそこは驚異のテラファシリティだ。そこでは技師が、科学者が、整備士が、補給係や修理工が、煤にまみれて炎と戦い、あるいは火だるまになって恐ろしい悲鳴を上げていた。そして扇形の発進ドックでは純白の快速艇テラホークが美しい流線形の姿を横たえ、テラシティの守護者アダム・ラーが乗り込むのを待っていた。アダム・ラーは感嘆の吐息をもらし、テラホークに向かって駈け出した。タップスとスパークスがあとを追う。
しかし、このとき、恐ろしい爆発音が発進ドックに響き渡った。二級整備士のマヌエルが腕を押さえて現われて、痛みにうめきながら横たわった。
「マヌエルっ」
整備士たちがマヌエルに駆け寄り、助け起こした。
「欠陥オイルが…」
マヌエルがそうつぶやいて頭を垂れる。
「マヌエルっ、しっかりしろ」
整備士たちがマヌエルを励ます。アダム・ラーが駆け寄った。
「大丈夫か、重傷なのか?」
整備士たちが首を振り、アダム・ラーの顔に悲しみが浮かんだ。
「アダム・ラー」
かすれた声でマヌエルが呼んだ。
「マヌエルっ」
整備士たちが口々に叫んだ。
「アダム・ラー」マヌエルがかすれた声で繰り返した。「わたしにかまわず、行ってください。わたしなら大丈夫です。たいした怪我ではありません。さあ、早く。テラシティがあなたを必要としているのです」
「マヌエルっ」
整備士たちが口々に叫び、アダム・ラーの目に涙が浮かんだ。
「わかった」
アダム・ラーがタップスとスパークスを振りかえった。
「行くぞっ」
タップスとスパークスがうなずいた。アダム・ラーが身をひるがえし、発進ドックの床を蹴って快速艇テラホークのハッチに飛び込んだ。白いヘルメットをすばやくかぶり、コクピットに進んで操縦席に腰を下ろす。タップスとスパークスがあとに続き、タップスはアダム・ラーの右後方にある機関士席に、スパークスはアダム・ラーの左後方にある通信士席に腰を下ろした。タップスがクリップボードを取ってチェックリストを読み上げると、アダム・ラーが滑らかな手つきでスイッチを動かし、メーター類を指で叩く。かたわらではスパークスがヘッドセットを頭にのせて通信装置をチェックしていく。間もなく発進の準備が整った。
「エンジン始動」アダム・ラーが命令した。
「エンジン始動」タップスが復唱し、スイッチを入れてレバーを動かす。「テラニウムエンジン、出力百パーセント」
「固定装置解除」アダム・ラーが命令した。
「固定装置解除」スパークスが復唱してレバーを動かし、着陸用スキッドを発進ドックの固定装置から解放した。
エンジンが吠え、テラホークが震えた。アダム・ラーが操縦桿を握り締めた。
タップスが叫ぶ。「エンジン出力、百二十パーセント」
スパークスが報告する。「固定装置、解除よし」
「発進」
アダム・ラーが叫び、流線形のテラホークがテラグローブから飛び出した。まばゆいばかりの純白に輝く快速艇がテラシティを目指して一直線に降下していく。コクピットの窓に見る見るうちに地上が迫り、アダム・ラーが操縦桿を一気に引くとテラホークは空を切って金属の光沢をまとう建物をかすめた。地上に揺らめく影を投げかけ、水平飛行で突進する。あまりの速さにスパークスが肝を冷やした。
「アダム・ラー、もっとゆっくりに飛べませんか?」
スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
アダム・ラーが笑みを浮かべた。
「安心しろ、あと少しだ」
しかし、このとき、テラニウムエンジンに異状が起こり、タップスの目の前で赤い警告灯が不気味に点滅した。計器をにらんでタップスが叫んだ。
「テラニウムエンジン出力低下、現在八十パーセント」
「何があった?」
「わかりません。出力さらに低下中、六十パーセント」
「なんとかしろ」
「だめです。四十パーセント、推力を維持できません」
テラホークが傾き、スパークスが悲鳴を上げた。
「そうか、あの欠陥オイルか」タップスが叫んだ。
マヌエルに傷を負わせた欠陥オイルがテラニウムエンジンを破壊したのだ。
アダム・ラーが二人に叫んだ。「不時着に備えろ」
前方にロイド博士の研究所が見えてきた。アダム・ラーは操縦桿をたくみにあやつり、失速しつつあるテラホークを研究所へ導いた。ドーム状の建物が迫る。アダム・ラーの目が光った。
タップスが叫んだ。「行けえっ」
スパークスが叫ぶ。「うわあっ」
そのころ、テラシティが誇る天才科学者ロイド博士の実験室では。
「博士」監視カメラのモニターを指差し、白衣をまとう技師が叫んだ。「アダム・ラーの快速艇テラホークが突っ込んできます」
「何?」博士が叫んだ。「そうか、アダム・ラーの足止めは失敗だったか」
「博士」アルタイラが叫んだ。「そんなことよりアデライダを助けるのよ」
「よし」博士が言った。「この追跡装置でアデライダの場所を確かめよう」
「博士」ルパシカを着た青年が叫んだ。「我々はまだあきらめていないぞ」
白衣の技師が青年の頭に大きなスパナを振り下ろした。
「なんということだ」博士が叫んだ。「娘は近くにいる」
「なぜなの?」アルタイラが言った。「どういうこと?」
「まずいわ」ラグーナが言った。「洗脳されているかも」
「記憶変造センターにいたからな」ヴァイパーが言った。
このとき、実験室のドアが開いた。アデライダが姿を現わし、見る者の心をくすぐる天真爛漫な笑みを浮かべた。
「お父さま」
「無事か?」
「ええ、お父さま」アデライダが実験室に入ってきた。
「アデライダ」アルタイラがアデライダに駆け寄った。
「変ね」ラグーナが言った。「洗脳されてないみたい」
「あら」アデライダが笑みを浮かべた。「されてるわ」
そのころ、アダー執政官の執務室では。
執政官の黒い影が壁を這い、執政官の黒い笑いの声が響き渡った。
「ふははははは。ふははははは」
そのころ、テラシティが誇る天才科学者ロイド博士の実験室では。
「たいへん」アルタイラが叫んだ。「何をされたの?」
「なんということだ」博士が叫んだ。「アデライダが」
「どうすりゃいい」ゴラッグが熱線銃を抜いて構えた。
「いったい、何を命じられた?」ヴァイパーが訊ねた。
「何かを、命じられたんだけど」アデライダが言った。「でも、よく聞いてなかったの。だって、アダー執政官って、口が臭いんですもの。おならの臭いも少ししたし」
「いつもよ」ラグーナが言った。「いつも臭ってるの」
「それで、それが気になったら、もうそのことで頭がいっぱいになって、執政官が何を言っても、ちっとも耳に入らなかったの。だから何を命じられたかわからないわ」
「それで終わりかよ?」ゴラッグが熱線銃を下ろした。
「いいえ」アデライダが叫んだ。「何を命じられたかわからないけど、何をすべきかはわかってるわ。あんなに口の臭いひと、すぐ滅ぼしてしまわなければならないわ」
「どうやら、目的が一致したな」ヴァイパーが笑った。
「博士」技師が叫んだ。「テラホークがぶつかります」
「これはいかん」博士が叫んだ。「研究所を救わねば」
「しかし」悪党たちが声をそろえた。「どうやって?」
アルタイラがアデライダを指差した。
アデライダの目に明るい星が輝いた。
「アデライダ、頼んだぞ」博士が叫んだ。
「アデライダ、行きます」
そのころ、アダー執政官の執務室では。
執政官の黒い影が壁を這い、執政官の黒い笑いの声が響き渡った。
「ふははははは。ふははははは」
そのころ、テラシティが誇る天才科学者ロイド博士の実験室では。
監視カメラのモニターを指差し、ふふふふふとラグーナが笑った。
「ほら、見てごらんなさい」
アデライダがホウキを構えた。アデライダがホウキを振ると、テラホークがもんどりを打って墜落した。
わははははは、と悪党どもが声をそろえた。
テラホークのハッチが開き、アダム・ラーが這い出した。タップス、スパークスがあとに続く。うっかり動いたカメラによってアダム・ラーの顔がアップになった。
「すごい攻撃だな」
タップスがうなずく。
「敵もなかなかやるようです」
「正面からはとても無理だ。なんとかして彼女の背後にまわりたいが…」
「しかし」タップスが唇を噛んだ。「どうやって…」
「そうだ」アダム・ラーが叫んだ。「ミニチュア光線だ」
「そうか」とタップスがうなずく。「ミニチュア光線でスパークスを縮小して」
「そして」とアダム・ラーがあとを引き取る。「彼女の背後にまわらせるのだ」
「しかし、どうしてわたしなんですか?」
スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
「タップス」アダム・ラーが命令する。「用意しろ」
「喜んで」
タップスが勢いよく立ち上がり、熱線銃から放たれる灼熱の光をものともしないでテラホークに飛び込んだ。そしてミニチュア光線の発射管を抱えて戻ると再び地面に伏せてアダム・ラーに敬礼した。
「準備完了です」
「よし、スパークスを縮小しろ」
「喜んで」
脅えるスパークスに向かってタップスがミニチュア光線を照射した。帯状に注ぐ水色の光線を浴び、スパークスのからだが見る見るうちに小さくなった。五センチほどの大きさにまで縮んだところで、アダム・ラーがスパークスにうなずいた。
「頼むぞ」
スパークスが駆け出した。小さなからだとすばやい動きで敵から隠れ、うっかりフィールドをやすやすとかわしてアデライダに接近した。そして背後へまわることに成功したが、アデライダがくるりと振り返ってスパークスを踏み潰した。
「なんてこった」タップスが叫んだ。「スパークスが殺された」
「このひとでなし」アダム・ラーが罵った。
このとき、タップスの動きがとまった。左右を見まわし、空を見上げ、それからまた左右を見まわし、頭を垂れて地面を見つめた。
「タップスの動きが変だ」ゴラッグが言った。
「何かを探してるみたい」ラグーナが言った。
「見ろよ」トロッグが言った。「アダム・ラーもとまってる」
「変ね」アルタイラが言った。「いったい何があったんだろ」
タップスが前に向かって歩き出した。アダム・ラーも熱線銃を抜いてあとを追った。タップスがアデライダに近づいていく。
アデライダがホウキを振った。タップスの熱線銃が分解した。それでもタップスはとまらずに、アデライダに向かって近づいていった。アデライダがホウキを振った。タップスはものともしないで前に進んだ。
「ねえ」アルタイラが言った。「これ、まずい、絶対まずい」
「アデライダ」博士が叫んだ。「早く、なんとかしなければ」
タップスの手が伸び、アデライダの髪をつかんだ。
アデライダが悲鳴を上げた。
タップスの手が伸び、アデライダの頬をつまんだ。
アデライダが悲鳴を上げた。
「何をしてるんだ?」ヴァイパーが言った。
「早く、助けなきゃ」アルタイラが叫んだ。
アダム・ラーが現われ、アデライダの手に手錠をはめた。
「なんてこった。アデライダが逮捕された」ヴァイパーが叫んだ。
「同じ場面を、前にも見たような気がするわ」ラグーナが言った。
「たいへんだ」トロッグが叫んだ。「アダム・ラーが入ってくる」
「たいへんだ」ゴラッグが叫んだ。「みんな、戦闘の準備をしろ」
悪党どもが武器を抜いた。
実験室のドアが開き、アダム・ラーが入ってきた。タップスも現われ、手錠をかけたアデライダを盾にした。アダム・ラーが熱線銃を構えてアルタイラを狙った。
「降伏しろ」
タップスの腕のなかでアデライダがあらがった。アルタイラの額を汗が伝った。
「人質とは卑怯だぞ」ヴァイパーが叫んだ。
「降伏しろ」アダム・ラーが繰り返した。
「聞け」博士が叫んだ。「熱線銃はアデライダにはあたらない。だからかまわず」
「やっておしまい」ラグーナが叫んだ。
アダム・ラーを狙って次々と赤い光がほとばしった。アダム・ラーが横に飛んだ。タップスとアデライダがキャットウォークの残骸に隠れた。アダム・ラーが撃ち返し、逃げ惑う白衣の技師が端から消し炭になっていった。
「すごい攻撃だ」ゴラッグが言った。
「前進できない」トロッグが言った。
「お義父さん」ヴァルモンが叫んだ。「おれが出ます。援護を」
「ヴァルモン」ヴァイパーが叫んだ。「無茶をするんじゃない」
ヴァルモンが前に向かって飛び出した。アダム・ラーがヴァルモンを狙った。熱線銃の赤い光がヴァルモンをかすめた。ヴァルモンが叫びを放って床に倒れた。
「ヴァルモン」ヴァイパーが叫んだ。「おまえたち、援護しろ」
アダム・ラーを狙って次々と赤い光がほとばしった。ヴァイパーが走り、倒れたヴァルモンを抱き起した。
「ヴァルモン、しっかりしろ、傷は浅い」
「お義父さん、嘘がへたくそなんですね」
「何を言っている。一緒に家に帰るんだ」
「ヴィーナスに、どうか伝えてください」
「ばか、自分で伝えればいいじゃないか」
「おれは勇敢だったと、勇敢に戦ったと」
「おまえは勇敢だった。勇敢に戦ったよ」
「お義父さん、うれしいな。本当ですか」
「本当だ。メテオブレインのようだった」
「メテオブレイン? それは誰ですか?」
「小惑星帯を根城にしているとんでもない悪党だ。本物の悪党はみんなあいつを目指している。地球の出身で、本名はガストン・ラリュー。ただし、おれが最後に会ったときにはバスティアン・ギーと名乗っていた」
「バスティアン・ギー?」ヴァルモンが血まみれの手で胸をつかんだ。「そんなばかな。やつはおれがこの手で三年前に…」
このとき実験室のドアが音もなく開いた。ヴァルモンがかすむ目を向ける。そこに立っていたのは赤いトレンチコートを着たブロンドの女だ。
「モニーク」ヴァルモンが震える声を絞り出した。
モニークと呼ばれた女がコートのポケットからピストルを出し、腰だめに構えて二発撃った。薬莢が飛び、実験室に銃声が轟き、ヴァルモンのからだが痙攣した。
このとき、タップスが大きく息をのんだ。
「まさか、アルモン」そうつぶやくと危険もかえりみずに立ち上がり、こぶしを振り上げ、絶叫を放った。「アルモンっ」
タップスの叫びを聞いてモニークが笑った。
「はーはっはっはっ。よく見破ったな。そうだ、おれだ、アルモンだ」
神経に触る軽やかな声でそう言うとアルモンは一瞬の動作で顔から仮面を、頭からかつらを剥ぎ取った。かつらの下から黄色い髪が、仮面の下から白い肌が現われた。身長が七センチほど高くなった。
封印されていた暗い記憶がタップスの胸の底からよみがえった。かつらの下から黄色い髪が、仮面の下から白い肌が。タップス、また会ったな。かつらの下から黄色い髪が、仮面の下から白い肌が。タップス、また会ったな。おまえは利用されていたのさ。かつらの下から黄色い髪が、仮面の下から白い肌が。タップス、また会ったな。やつは海岸で泣いている。やつは海岸で泣いている。執政官の銅像が笑っている。タップス、また会ったな。タップス、また会ったな。テラフクロウがくちばしを開いた。おれだ、アルモンだ。テラフクロウがつばさを広げた。タップス、また会おう。タップス、また会おう。悲鳴が聞こえる。誰かがどこかですさまじい悲鳴を上げている。
「アルモンっ」
タップスが雄叫びを放って飛び出した。
「タップス、また会おう」
ドアが静かに閉じて、アルモンの姿を覆い隠した。
「ちくしょう」ドアをにらんで、タップスが叫んだ。
アダム・ラーがヴァイパーに熱線銃を突きつけた。
「撃つな、アダム・ラー」
悪党ヴァイパーは武器を捨て、手下たちも両手を上げた。アルタイラもラグーナも、ロイド博士も生き残った白衣の技師も両手をあげた。
正義の勝利だ。テラシティは危機を免れ、テラシティの守護者アダム・ラーの活躍によって悪党どもは逮捕され、冷たい檻に放り込まれた。
そのころ、アダー執政官の執務室では。
執政官の黒い影が壁を這い、執政官の黒い笑いの声が響き渡った。
「ふははははは。ふははははは」
そのころ、テラシティが誇る天才科学者ロイド博士の実験室では。
ヴィーナスが言葉にならない叫びを上げ、ヴァルモンのからだをかき抱いた。
「ちくしょう」ヴァルモンがあえいだ。「おれにはわかっていた。いずれはこうなるとわかっていた。あの泥沼からは、一人として逃げ出すことはできないんだ」
ヴァルモンの口から血があふれた。
「誰か、誰か」ヴィーナスが叫ぶ。「誰か、このひとを助けて。この地獄からこのひとを助け出して」
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
|
第十一話 |
テラホーク、墜ちる(後篇) |
そのころ、テラシティが誇る天才科学者ロイド博士の実験室では。
「博士」監視カメラのモニターを指差し、白衣をまとう技師が叫んだ。「アダム・ラーの快速艇テラホークが突っ込んできます」
「何?」博士が叫んだ。「アダム・ラーも、敵にまわったということか」
「博士」アルタイラが言った。「アダム・ラーもおならをするんですよ」
「何?」博士が叫んだ。「それはテラシティの常識に反する。しかし、いまはそんなことを気にしている場合ではない。どうやら、味方を選んでいる暇はないようだな」
「博士」熱線銃を構えた青年が叫んだ。「決断するのだ」
「よし」博士が力強くうなずいた。「君たちに協力する」
「よし」青年も力強くうなずいた。「協力してもらおう」
「だが、その前に、わたしは研究所を救わねばならない」
「それはあとだ。まず、我々に協力してもらわなければ」
「研究所を壊されたら、君たちに協力できなくなるのだ」
「博士、それはあなたの問題だ。協力しないなら銃殺だ」
「協力する。だから研究所を救わせろと言っているのだ」
「あなたの研究所など、知ったことか。革命が最優先だ」
「研究所を救えなければ、協力することはできないのだ」
「協力しなければあなたを銃殺にして研究所を破壊する」
「言ってることがめちゃくちゃだ。理性的に考えたまえ」
「不可能だ。理性にしたがっていたら、革命はできない」
突然鈍い音がして、青年と三人の同志が白目を剥いた。
白衣をまとう技師たちが、スパナを握って立っていた。
もう一度振り下ろすと青年と三人の同志が床に倒れた。
「最初にこうすべきでした」白衣をまとう技師が言った。
「よくやった」博士が叫んだ。「では研究所を救わねば」
「しかし」技師たちが叫んだ。「いったいどうやって?」
アルタイラがアデライダを指差した。
アデライダの目に明るい星が輝いた。
「アデライダ、頼んだぞ」博士が叫んだ。
「アデライダ、行きます」
そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
監視カメラのモニターを指差し、ふふふふふとラグーナが笑った。
「ほら、見てごらんなさい」
アデライダがホウキを構えた。アデライダがホウキを振ると、テラホークがもんどりを打って墜落した。
わははははは、と悪党どもが声をそろえた。
テラホークのハッチが開き、アダム・ラーが這い出した。タップス、スパークスがあとに続く。監視カメラが三人を追った。
「わかるか?」ヴァイパーが言った。「カメラがうっかり動いているのだ」
アダム・ラーの顔がアップになる。
「すごい攻撃だな」
タップスがうなずく。
「敵もなかなかやるようです」
「正面からはとても無理だ。なんとかして彼女の背後にまわりたいが…」
「しかし」タップスが唇を噛んだ。「どうやって…」
「そうだ」アダム・ラーが叫んだ。「ミニチュア光線だ」
「そうか」とタップスがうなずく。「ミニチュア光線でスパークスを縮小して」
「そして」とアダム・ラーがあとを引き取る。「彼女の背後にまわらせるのだ」
「しかし、どうしてわたしなんですか?」
スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
「タップス」アダム・ラーが命令する。「用意しろ」
「喜んで」
タップスが勢いよく立ち上がり、熱線銃から放たれる灼熱の光をものともしないでテラホークに飛び込んだ。そしてミニチュア光線の発射管を抱えて戻ると再び地面に伏せてアダム・ラーに敬礼した。
「準備完了です」
「よし、スパークスを縮小しろ」
「喜んで」
脅えるスパークスに向かってタップスがミニチュア光線を照射した。帯状に注ぐ水色の光線を浴び、スパークスのからだが見る見るうちに小さくなった。五センチほどの大きさにまで縮んだところで、アダム・ラーがスパークスにうなずいた。
「頼むぞ」
スパークスが駆け出した。小さなからだとすばやい動きで敵から隠れ、うっかりフィールドをやすやすとかわしてアデライダに接近した。そして背後へまわることに成功したが、アデライダがくるりと振り返ってスパークスを踏み潰した。
「なんてこった」タップスが叫んだ。「スパークスが殺された」
「このひとでなし」アダム・ラーが罵った。
このとき、タップスが大きく息をのんだ。
巨大なフクロウが上空に現われ、研究所のドーム状の屋根にとまった。
「まさか、アルモン」タップスはそうつぶやくと立ち上がってこぶしを振り上げ、絶叫を放った。「アルモンっ」
テラフクロウのくちばしが開いた。丸く開いた口のなかにアルモンの顔が現われた。アルモンが笑った。
「はーはっはっはっ。よく見破ったな。そうだ、おれだ、アルモンだ」
封印されていた暗い記憶がタップスの胸の底からよみがえった。朝の陽射し。緑の芝生。軽快な音を立てて水をまくスプリンクラー。白い部屋着。清潔なシーツ。更生の誓い。看護師たちがやさしくほほえむ。がんばりましょうね。看護師の手がやさしく額に触れる。タップス、あなたならきっとできる。長大なプログラム。更生の誓い。再生の予感。暗いトンネルの先に光が見える。タップス、先生が呼んでるわ。タップス、先生が呼んでるわ。タップス、診察室へ。タップス、診察室へ。明るい診察室。重そうな書架。ヘッドレストがついた背もたれが見える。医師はひじ掛けに手を置いている。椅子がまわった。医師が椅子をまわしてタップスを見上げた。タップス、また会ったな、タップス、また会ったな。悲鳴が聞こえる。誰かがどこかですさまじい悲鳴を上げている。
「アルモンっ」
タップスが雄叫びを放って飛び出した。アダム・ラーも熱線銃を抜いてあとを追う。アルモンは不敵な笑みを浮かべてテラフクロウのつばさを広げた。
「タップス、また会おう」
テラフクロウが空に向かって飛び立っていった。
「ちくしょう」空を見上げて、タップスが叫んだ。
「なんとまあ」ゴラッグが言った。「個人の心象風景まで撮られてるぞ」
「そのようだ」ヴァゾーが言った。「カメラがうっかり撮ったのかな?」
「信じられん」セプテムが言った。「うっかりフィールド、恐るべしだ」
「おい見ろよ」トロッグが言った。「アデライダに立ち向かっていくぞ」
「そのようね」ラグーナが言った。「いったい、どっちが勝つのかしら」
「アデライダだ」ヴァイパーが言った「そうでなければ、おれが困るぞ」
アダム・ラーがアデライダに近づいた。アデライダがホウキを振ると、アダム・ラーの熱線銃が分解した。それでもアダム・ラーはとまらずに、アデライダに向かって近づいていく。アデライダがホウキを振った。アダム・ラーはものともしないで前に進んだ。アダム・ラーが手を上げた。手を伸ばしてアデライダの肩をつかまえた。アデライダが震えてホウキを落とした。タップスが駆け寄り、アデライダの手に手錠をはめた。
「なんてこった。アデライダがつかまった」ヴァイパーが叫んだ。
「なぜだ?」トロッグが叫んだ。
「なぜなんだ?」ゴラッグが叫んだ。
「アダム・ラーには」セプテムが言った。
「うっかりフィールドが、効かないのか?」ヴァゾーが続けた。
「なぜ? アダム・ラーが間抜けだから?」ラグーナが言った。
「思い出した」ヴァイパーが言った。「エレメントXが言っていたろう?」
「そうか」悪党どもが声を合わせた。「間抜けで、融通が利かないからだ」
「とにかく」ラグーナが言った。「この展開は気に入らないわ。このままではアルタイラまで逮捕されてしまう。アルタイラはわたしの獲物よ」
「ご執心だな」ヴァイパーが言った。「アルタイラをどうしたいんだ?」
「首をはねるの」ラグーナが答えた。「そしてその首で執政官の頭をつぶしてやるのよ」
「すごいな。執政官にもご執心か?」
「あたりまえよ。爆殺されるところだったんだから」
「ラグーナ」そう叫んだのは、いたぞ、と叫んだ警官だ。いたぞ、と叫んだ警官はラグーナとともにいつもとは違うエアカーに乗ったことで運よく生き延びることができたのだ。「見てください。アダム・ラーが研究所へ入っていく」
「なかを見られるカメラはないの?」
「ないな」ヴァイパーが首を振った。
「とにかくこれは、気に入らないわ」
「そうだ」ヴァイパーがうなずいた。「まずいことになってきた」
「何を落ち着いてるの? 悪党ならさっさとなんとかしなさいよ」
「いや、そう言われても」セプテムが言った。
「いきなり、これじゃあ」ヴァゾーが言った。
「ちょっと、無理だよな」ゴラッグが言った。
「またチャンスを待つさ」トロッグが言った。
「何よ、その敗北主義は」ラグーナが叫んだ。
「だったら、ラグーナ」ヴァイパーが言った。「おまえがなんとかしろ」
「わたしが?」ラグーナが眉をひそめた。「だめよ、わたしは命令専門」
「おれたち」セプテムが頭を抱えた。「アマチュアの集まりだったのか」
「ラグーナ」いたぞ、と叫んだ警官が叫んだ。「あそこにあんなものが」
いたぞ、と叫んだ警官が指差す先に悪党どもが目を向けた。空中に銀色をした円形の膜が現われ、ゆっくりと波紋を広げていた。
「テラホールだ」トロッグが叫んだ。
悪党どもが震える銀色の膜に近づいていった。波紋がゆらめくたびに膜が透明になっていく。膜の向こうに間もなくアルタイラの顔が現われた。アルタイラの背後にロイド博士が立っていた。白衣をまとう技師たちがいた。
「アルタイラ」ラグーナが叫んで足を前に踏み出した。
波紋が宙に消えて、空間を結ぶ銀色の輪が完成した。
アルタイラが輪を越えて金星人ヴァイパーの司令室に飛び込んできた。
博士が続いた。白衣をまとう技師たちが続いた。
「アルタイラ」ラグーナが叫んだ。
「待て」ヴァイパーがラグーナを押しとどめた。
「伏せろ」博士が叫んだ。
悪党たちの目の前で銀色の輪が火の粉を散らして消滅した。
アルタイラが立ち上がった。
ロイド博士が立ち上がった。
白衣の技師も立ち上がった。
「お願い」アルタイラが叫んだ。「アデライダが捕まったの。助け出すのに協力して」
「いいわよ」ラグーナが叫んだ。「でも、その前にあんたをぶっ殺して首をもらうわ」
「あなた、ものすごくおなら臭いわよ」
「そう言ってられるのもいまのうちよ」
「ラグーナ」博士が叫んだ。「なぜだ? なぜラグーナがここにいるのだ?」
「いやまあ」ヴァイパーが言った。「ラグーナにもちょっと事情があるのだ」
「それより」セプテムが言った。「どうして、ここの座標がわかったんだ?」
「簡単なことだ」博士が言った。「トロッグに、発信機をつけておいたのだ」
「ちくしょうめ」トロッグが叫んだ。「またしても、地球人にしてやられた」
「ねえ、聞いて」アルタイラが叫んだ。「アデライダを助けるのに協力して」
このとき、頭上を横切るキャットウォークに人影が現われ、ヴァイパーに向かって声をかけた。
「あんた、とんでもないことが起こったよ」
悪党どもが顔を上げ、その顔に驚きを浮かべて声をそろえた。
「ヴァイプス!」
そのころ、アダー執政官の執務室では。
ブーツの足音も高らかにアダム・ラーが現われ、執政官に報告した。
「アダー執政官、ロイド博士の娘アデライダを逮捕しました」
「よくやった。しかし、アルタイラと博士はどうしたのだ?」
「残念ながら、逃げられました。奇怪な発明を使ったのです」
「しくじったのか? 失敗のつぐないは死だと、わかっているのだろうな?」
「いいえ」アダム・ラーが蒼ざめた。「存じません。初めてうかがいました」
「しかし」執政官の目が鋭く光った。「いまはもう知っているというわけだ」
「しかし」アダム・ラーが抗議した。「執政官、いま知ったばかりなのです」
ふははははは、と執政官が笑った。
「アダム・ラー、テラシティの守護者である君が脅えているのか?」
「脅えてなどはいません。しかし、ただ、少々、驚いているのです」
「驚くとは意外だな。失敗を死でつぐなうのはテラシティの常識だ」
「あいにく、そのような常識はいままで耳にしたことがありません」
「そうかもしれないが、わたしの常識がテラシティの常識なのだよ」
「存じています。では、わたしは死ななければならないのですか?」
「いや、今回はおおめに見てやろう。もう一度だけ、君にチャンスをやる。そして再び失敗したら、今度こそ死でつぐなってもらうとしよう。アダム・ラー、テラシティの敵、アルタイラとロイド博士を捕えるのだ」
そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
金星人ヴァイパーの妻ヴァイプスが金星人の少女の腕をつかみ、ヴァイパーの前に突き出した。
「誰だ、あの娘は?」トロッグが訊ねた。
「ヴァイパーの娘だ」ゴラッグが答えた。
「ヴィーナス?」トロッグが口を開けた。「いやあ大きくなった」
「十六だったかな?」セプテムが言った。
「いや、もう十七だ」ゴラッグが言った。
「ヴァイプスの若いころに、そっくりだ」ヴィゾーがうなずいた。
ヴィーナスが父親の前で顔をそむけた。
ヴァイプスがヴィーナスの肩を押した。
「ヴィーナス、なぜ母さんは怒っている?」ヴァイパーが言った。
金星人の少女が唇をかたく噛み締めた。
「ヴァルモンだよ」ヴァイプスが言った。
「何?」ヴァイパーが眉をひそめた。「ヴァルモンがどうした?」
「あの小僧、うちの娘に手を出したんだ」
「手を出したと?」ヴァイパーが叫んだ。
「違うわ」ヴィーナスが叫んだ。「わたしたち、愛しあってるの」
「ヴァルモンとは?」トロッグが訊ねた。
「戦闘員の一人だよ」ゴラッグが答えた。
「許さないよ」ヴァイプスが叫んだ。「もっとましなのをお探し」
「彼が好きなのよ」ヴィーナスが叫んだ。
ヴィーナスが流れる涙で頬を濡らした。
「母さんの言うとおりだ」ヴァイパーが叫んだ。「わかれるのだ」
「失礼」博士が言った。「娘を持つ父親として言わせてもらうが」
「博士」ヴァイパーが叫んだ。「家庭内の問題だ。遠慮してくれ」
「ねえ」アルタイラが叫んだ。「アデライダは、どうするのよ?」
このとき、頭上を横切るキャットウォークに人影が現われ、ヴァイパーに向かって声をかけた。
「お義父さん、おれたちの話を聞いてください」
悪党どもが顔を上げ、その顔に驚きを浮かべて声をそろえた。
「ヴァルモン!」
そのころ、記憶変造センターの心臓部、中央記憶変造室では。
「記憶変造モジュール、回転正常。計画は、予定どおり、順調に進行している」
スピーカーから声が流れた。アデライダの目の前で、らせん模様の円盤がすさまじい速さで回転した。アデライダが叫んだ。
「いやあああっ」
そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
「きさま、よくもうちの娘に手を出したな」ヴァイパーが叫んだ。
「お義父さん、それより、聞いてください」ヴァルモンが叫んだ。
「何? お義父さん? お義父さんだと?」ヴァイパーが叫んだ。
「わたしたち」ヴィーナスが叫んだ。「結婚したの」
「なんだって」ヴァイプスが叫んだ。
「けしからん」ヴァイパーが叫んだ。
「おれたち、愛しあっているんです」ヴァルモンが言った。
「許さんぞ」ヴァイパーが叫んだ。「すぐにわかれるのだ」
「そうだよ」ヴァイプスも叫んだ。「絶対許さないからね」
「まあまあ」博士が言った。「娘を持つ父親として言わせてもらうが」
「できたの」ヴィーナスが言った。「わたしのおなかに、赤ちゃんが」
「そうです」ヴァルモンが言った。「ヴィーナスは妊娠してるんです」
「なんとまあ」ゴラッグが言った。「ヴァイプスのときと、同じだよ」
「信じられん」セプテムが言った。「おれの親はうるさかったからな」
「なんだと?」ヴァイパーが叫んだ。「子供だと?」
「ええ、そう」ヴィーナスが叫んだ。「赤ちゃんが」
「やっぱりね」ヴァイプスが言った。「やっぱりね」
ヴァルモンがヴィーナスに寄り添い、肩を抱いた。
「おれ、ヴィーナスを必ず幸せにするって誓います」
「孫だぞ」顔をほころばせて、ヴァイパーが言った。
「孫だよ」顔をほころばせて、ヴァイプスが言った。
ヴァイパーがヴァイプスに寄り添い、肩を抱いた。
「おやおや」博士が言った。「どうやらわたしの出る幕はないようだ」
「ちょっと」アルタイラが叫んだ「アデライダのことはどうするの?」
そのころ、記憶変造センターの心臓部、中央記憶変造室では。
らせん模様を描いた円盤がとまった。アデライダの上に黒い影が現われ、アダー執政官の声でこのように言った。
「ふははははは。アデライダ、これでおまえもわたしのあやつり人形というわけだ。ふははははは。ふははははは」
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
|
第十一話 |
テラホーク、墜ちる(前篇) |
「さて、これを見てもらおうか」
金星人ヴァイパーが大型のスクリーンを指差した。黒いメイド服を着た娘がホウキを槍のように構えて左右を見まわしている。
「なかなかきれいな子だ」セプテムが言った。
「妙な格好をしているな」ヴァゾーが言った。
「メイド服というものだ」ゴラッグが言った。
メイド服の娘がホウキを振った。カメラが横に動き、黒いエアカーが現われた。離陸しようとしていたエアカーがいきなりもんどりを打って地面に激突した。
「何があったんだ?」セプテムが眉をひそめた。
「文脈が見えないな」ヴァゾーが首をかしげた。
「さっぱりわからん」ゴラッグが鼻を鳴らした。
「これは別の場面だ」
金星人ヴァイパーが再びスクリーンを指差した。黒いメイド服を着た娘がホウキを構えて空を見上げている。メイド服の娘がホウキを振った。カメラが上に動いて数台の黒いエアカーを映し出した。飛行中のエアカーがいっせいにもんどりを打って地面に激突した。
「だから何が言いたい?」セプテムが叫んだ。
「最初と同じじゃないか」ヴァゾーが叫んだ。
「さっぱりわからないぞ」ゴラッグが叫んだ。
ヴァイパーが小さな黒い箱を取り出して、その表面に指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
「これでいい」ヴァイパーが言った。「では説明しよう。メイド服の女はロイド博士の娘アデライダだ。このアデライダがホウキを振ってラグーナ隊を壊滅させた。いま見てもらったのはその瞬間の映像だ。わかるか、ただホウキを振っただけで、あのラグーナ隊を壊滅させたのだ」
「ヴァイパー」セプテムが手を上げた。「一つ質問したいのだが」
「かまわないが、意味のない批評や批判的な質問は受け付けない」
「こういう奇妙な映像を、いったいどこから仕入れてくるのだ?」
「簡単なことだ。おれはテラシティの全域に監視カメラを置いているからな。いまの映像もそうした監視カメラの一台がまったく偶然にとらえたものだ。ちなみにアダー執政官の監視カメラは推計で五万台と言われているが、おれは七万台を超えるカメラを使ってテラシティを二十四時間監視している」
「七万台だと」セプテムが口を開けた。「たいへんな数だ。ついでに訊ねるが、その七万台のカメラをいったい何人で監視しているのだ?」
「いい質問だ。合計で五百人の監視員が、三交代制で働いている」
「五百人だと」セプテムが口を開けた。「七万台に五百人だと?」
「ヴァイパー」ヴァゾーが手を上げた。「質問してもいいかな?」
「かまわないが、意味のない批評や批判的な質問は受け付けない」
「監視カメラがまったく偶然にとらえた映像だと言ったが、被写体を追ってあきらかにカメラが動いている。固定されたふつうの監視カメラなら、こんな動きはしないはずだ。何か特殊な仕掛けでもしてあるのか?」
「それもいい質問だ」ヴァイパーが言った。「実は、カメラの向きは固定されていた。だから本来なら、映像が横や上に動くはずがない。どう考えても奇妙な現象なので、この基地の超物理学研究所に調べさせた。そこの研究員の話では、うっかりフィールドが発生していた可能性があるということだ」
「うっかりフィールド?」ヴァゾーが眉をひそめた。
「おれにもなんだかよくわからん。ただ、固定されていたカメラが、固定されているにもかかわらず、うっかり動いたことであの映像が記録されることになったようだ。その研究員はエアカーが墜落した原因もおそらくその、うっかりフィールドだと考えている。そしてその、うっかりフィールドを発生させていたのが」
「そうか、それがあのホウキだ」ヴァゾーが叫んだ。
「そうだ、あのホウキだ」ヴァイパーがうなずいた。
「かなり、とんでもない話だな」セプテムが言った。
「ヴァイパー」ゴラッグが手を上げた。「質問してもいいかな?」
「かまわないが、意味のない批評や批判的な質問は受け付けない」
「実は、前から気になっていたんだ。この基地にしてもそうだし、七万台のカメラにしてもそうだし、五百人の監視員にしてもそうだし、例の生体科学研究所にしても、おまえがいま話した超物理学研究所にしてもそうなんだが」
「ゴラッグ、いったい何を訊きたいのだ?」
「ヴァイパー、おまえ、資金をどうやって調達してるんだ? おれなんか、ミランコビッチクレーターからテラシティまで巨大アメーバを一匹運ぶのが精一杯だったんだ。ところが、おまえはこんなに立派な基地を作って、秘密兵器を山ほどもたくわえて、戦闘員も山ほども抱えて、しかも女房子供にいい暮らしをさせている。たぶん、一日あたりの支出だけで巨大アメーバを五十匹ぐらい運べるんじゃないかと思うんだが、いったいそれだけの資金を、おまえはどうやってまかなってるんだ?」
「それもいい質問だ」ヴァイパーが言った。「実はな、地上でちょっとした企業グループを経営してるんだ。最初のうちは、たかが知れたもんだった。なにしろおれも悪党だからいろんなことに手を出して、地球から金星や火星への違法送金を扱ったり、マネーロンダリングをしたりしていたんだが、そのうちにあっちこっちからいろいろと声がかかるようになって、政府の黒い金も扱うようになったんで、だったら体裁は整えておいたほうがいいだろうってことで、本物の銀行を一つ買って、銀行を買ったんなら積極的に投資もしてみようってことで、先端科学を中心にいくつかの産学合同プロジェクトに出資したら、これが見事にあたってな、もちろんベンチャーなんだが、いまじゃそこそこに名の知れた企業グループに成長していて、そこからの収益と、あとはおれの個人投資分の収益でここのすべての費用をまかなっている。もしこの基地を閉鎖すると、テラシティの失業率が一パーセント上昇すると言われているが、本当かどうかは、おれは知らない」
「ヴァイパー」ゴラッグが言った。「おまえ、すごい金持ちだったんだ」
「ヴァイパー」セプテムが言った。「おまえ、すごいやり手だったんだ」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「なんで悪党なんか、してるんだ?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「おれの夢がな」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。「これを見てくれ」スクリーンにホウキを持ったアデライダの静止画像が映し出された。「超物理学研究所の話では実際にその、うっかりフィールドを発生させているのはホウキではなくて、どうやらアデライダ本人らしい。まったく地球人がしでかすことはよくわからんが、アデライダが発生させたその、うっかりフィールドはアデライダが頭につけているティアラ状の装置によってホウキに送られ、ホウキがその、うっかりフィールドをアデライダの周囲に広げているようなのだ。つまり、おれたちがロイド博士のこの新発明を利用しようと思ったら、アデライダ本人も必要だということになる。そこでおなじみのこれの出番だ」小さな黒い箱を持ち上げた。「わかるか? アデライダをさらって自在にあやつることができるなら、テラシティはすぐにもおれたちのものだ」
「じゃあ、スパークスをさらうのはやめか?」ゴラッグが訊ねた。
「そうだ。スパークスをさらうのはやめだ」ヴァイパーが答えた。
「一つ、訊いていいか?」セプテムが手を上げた。「おまえに言われて巨大なドリルを備えた無敵の地底戦車を作っているが、あれはどうするんだ?」
「もちろん、あれも使う。つまり、まずアデライダがホウキを使って大掃除をする。それをおれたちはうっかりフィールドの外側からすっかり見物をするというわけだ。抵抗が衰えてきたところを見計らって地底戦車ヴァグラーが登場する。ヴァグラーが地表を割って現われたら、そこへさらに間髪を置かずに、という感じでヴァグラーが作ったトンネルを抜けて、おれの空陸両用軍団が飛び出していく。どっかーん、という感じでヴァグラーが現われたところへ、すぐさま、ずごごごごご、という感じで軍団が現われる、というわけだ。なかなか劇的な場面だろ? 軍団が出撃したらアデライダを無効化し、四時間でテラシティを制圧する、というのがおれの作戦だ」
「実にけっこうな作戦だが」ヴァゾーが言った。「ちょっとした技術的な問題がある」
「技術的な問題?」ヴァイパーが眉をひそめた。「いったいどんな問題があるのだ?」
「地底戦車で出撃するのはいいんだが、それと同時に軍団が通過するためのトンネルを確保しておくとすると、地底戦車が通過したあとの土砂はどうすればいい?」
「土砂だって?」ヴァイパーが再び眉をひそめた。
「穴を掘れば土砂が出るだろ」セプテムが言った。
「ああ、そうか。どのくらいの土砂が出るんだ?」
「およそ三十万立方メートル」ゴラッグが答えた。「つまり東京ドームの四分の一だ」
「東京ドーム?」
「知らないか? 火星ではふつうに使われている単位だが」
「まあいい」ヴァイパーが言った。「知り合いに、産業廃棄物の処理業者がいる。もちろん不法投棄なんかしない、ちゃんとした業者だ。そこに頼もう。それでなんとかなるんじゃないか?」
「いや、ヴァイパー」セプテムが首を振った。「その業者は地上にいるんだろ? 土砂は地下にあるんだ。地底戦車のうしろにあるんだよ。地上にいる業者がそれををどうやって処分する?」
「だめか?」
「だめだな」
「じゃあ、どうすればいい?」
「作戦を立て直す必要がある」
「それはだめだ。土砂を無視したら、だめなのか?」
「無視すると、基地が埋まるな」ヴァゾーが言った。
「それは困る。誰か、何かうまいアイデアを考えろ」
このとき、頭上を横切るキャットウォークに人影が現われ、悪党どもに声をかけた。
「その問題、おれが解決してやろう」
悪党どもが顔を上げ、その顔に驚きを浮かべて声をそろえた。
「トロッグ!」
そのころ、テラシティが誇る天才科学者ロイド博士の実験室では。
「博士」白衣の技師が声を上げた。「トロッグがいません」
「かまわん」博士が言った。「いまはそれどころではない」
「でも、見つけられると思いますよ」アルタイラが言った。
「ほう」博士が言った。「方法があるとでも言うのかね?」
「そんなの簡単ですよ。おならの臭いを追いかけるんです」
「お父さま」アデライダが言った。「追いかけましょうよ」
「いや、だめだ」博士が言った。「研究所を守らなければ」
「では、第二波、第三波の攻撃があると?」技師が訊ねた。
「もちろんだ」ロイド博士がうなずいた。「そこらの悪党が何かの間違いで押しかけてきたわけではない。相手はラグーナと執政官だ。諸君が考える以上に執拗で、狡猾な相手だ。第二波、第三波は言うまでもなく、第四波、第五波もあると考えなければならないだろう」
「あら」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」技師の一人が声を上げた。「それではアデライダに頼らずに研究所を守ろうというお考えですか? しかし、どうやって?」
「だから、それを考えているのだ」
「博士。急いでください。いますぐにも、またラグーナ隊が襲いかかってくるかもしれません」
「あら」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」技師の一人が声を上げた。「それではアデライダに頼らずに研究所を守ろうというお考えですか? しかし、どうやって?」
「だから、それを考えているのだ」
「博士。急いでください。いますぐにも、またラグーナ隊が襲いかかってくるかもしれません」
「あら」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」技師の一人が声を上げた。「それではアデライダに頼らずに研究所を守ろうというお考えですか? しかし、どうやって?」
「だから、それを」博士が口を閉ざしてまばたきをした。
「お父さま」アデライダが叫んだ。「どうなさったの?」
「ああ」ロイド博士が首を振った。「ちょっと気分がな」
「博士」技師の一人が声を上げた。「決断してください」
「博士」ほかの技師も声を上げた。「決断してください」
「博士」ルパシカ姿の青年が叫んだ。「決断するのです」
「君は、誰だ?」
「名乗るほどの者ではありません。遍在し、解放を求める労農大衆の一員です」
「なるほど。その労農大衆の一員が、いったいここで何をやっているのかね?」
「もちろん、博士に決断を促すためです。我々とともに立ち上がってください」
「立ち上がる? いったいなんのために?」
「もちろん、上部構造を転換するためです」
「上部構造とはなんのことだ?」
「もちろん、執政官のことです」
「さては、君は革命家だな?」
「そう、わたしは革命家です」
「つまり、現体制を転覆して人民共和国を建設しようとたくらんでいるのだな?」
「そうです。現体制を転覆して人民共和国を建設しようとたくらんでいるのです」
「なんという恐ろしい」白衣の技師たちが声を合わせた。
「そしてこのわたしに、人民共和国建設に協力しろと言うのだな?」
「いえ、違います」青年が言った。「労農大衆の楽園である人民共和国は科学者を必要としていません。ただ、目下の革命のために博士の協力を必要としているのです」
「そんなばかげた共和国に、このわたしが協力すると思うのか?」
「協力しないと言うのなら」青年が言った。「強制するだけです」
青年の手に熱線銃が現われた。わははははは、と青年が笑った。
「これは我が労農大衆が誇る熱線銃レッド・スコーピオンだ。博士、協力しないと言うのなら、このレッド・スコーピオンで銃殺にする」
「なんと、あのレッド・スコーピオンか」博士が悔しそうに首を振った。「ベースになっているのはストッピングパワーにすぐれた小型熱線銃VZ77だということになっているが、似ているのは形だけでオリジナルのようなパワーはない。しかもスタハーノフ方式で作られているので生産量はむやみと多いが、不良品の発生率が九十パーセントを超えると言われている。二級品どころではない、掛け値なしの三級品だが、それでもあれが恐ろしい武器であることに変わりはない」
「しかし」と技師の一人が声を上げた。「やつは一人です。熱線銃も一丁だけです。みんなでいっせいに飛びかかれば、もちろん犠牲が出るかもしれないが、しかし…」
「あいにくだな」と青年が笑った。「愚かなおまえたちの考えなど、こっちは最初からお見通しだ。わたしには三人の同志がいる。熱線銃も一丁ではない」
青年が熱線銃を振り上げると青年の同志がどこからともなく三人現われ、全員があのレッド・スコーピオンを構えて博士を狙った。
「万事休すだ」と白衣の技師が声を合わせた。
「ねえ、お父さま」アデライダが言った。「協力して差し上げたら?」
「そうですよ」アルタイラがうなずいた。「そのほうが話が簡単です」
「同感です」白衣の技師が声を合わせた。「革命を成功させれば、ラグーナや執政官の脅威はなくなります」
「そうかな」博士が言った。「ラグーナや執政官の脅威はなくなるかもしれないが、かわりに人民共和国の脅威にさらされることになるのだぞ。なにしろ彼らは、わたしたちを必要としていないのだからな」
「あら、お父さま」アデライダが言った。「それはきっと、お互いさまだわ。だって、わたしたちも人民共和国を必要としていないもの」
「人民共和国はおまえが考える以上に執拗で、狡猾だ。革命が成功したら、第一波、第二波と波を連ねてここに襲いかかってくるのだぞ」
「あら、お父さま」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」革命家の青年が叫んだ。「協力しなければ銃殺だ。そして第一波、第二波と波を連ねて襲いかかり、この研究所を必ず破壊すると約束する」
「あら」アデライダが言った。「でも何回来ても、わたしがこのホウキでかたづけてしまうわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」革命家の青年が叫んだ。「協力しなければ銃殺だ。そして第一波、第二波と波を連ねて襲いかかり、この研究所を必ず破壊すると約束する」
「あら」アデライダが言った。「でも何回来ても、わたしがこのホウキでかたづけてしまうわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、いや」博士が口を閉ざしてまばたきをした。
「お父さま」アデライダが叫んだ。「どうなさったの?」
「ああ」ロイド博士が首を振った。「ちょっと気分がな」
「博士」技師の一人が声を上げた。「決断してください」
「博士」ほかの技師も声を上げた。「決断してください」
「博士」熱線銃を構えた青年も叫んだ。「決断するのだ」
そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
「テラホールだって?」ヴァイパーが眉をひそめた。
「そう、テラホールだ」トロッグがうなずいた。「テラホールを使えばこちら側にあるものをあちら側に簡単に運ぶことができるのだ」
「その便利なテラホールはどこにあるのだ?」セプテムが訊ねた。
「ロイド博士の研究所だ」トロッグが答えた。
「ということは」ヴァゾーが言った。「おれたちは博士の娘アデライダを誘拐し、さらにテラホールを奪い取るということになるのか?」
「そうだろうな」ゴラッグがうなずいた。
「とにかく、これはいい話だ」ヴァイパーが言った。「おかげで光が見えてきた。地底戦車ヴァグラーのうしろにテラホールを装備すれば、土砂を処理するのに使えるからな。テラシティの郊外におれが持っている土地がある。そこに座標を指定して、掘り出した土砂を送り込めばいいだろう。あいにくと産業廃棄物処理施設の認可を受けてはいないが、幸いなことに市役所にコネがあるからな、頼めばなんとかしてくれるはずだ」
「ヴァイパー」セプテムが言った。「おまえ、ちょっと変じゃないか?」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「いいか、おれたちは悪党なんだぞ」
「ヴァイパー」ゴラッグが言った。「合法性を気にしてどうするんだ?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「気になるんだ」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。「とにかくこれで、土砂の問題は解決だ」
「そうか?」トロッグが言った。「しかし、おれにはもっといいアイデアがあるぞ」
「聞いてやるから、言ってみろ」
「おまえの軍団をテラホールで地上に送ればいい。これなら土砂の心配などしなくてもいい。それどころか、地底戦車も必要ない」
「いや、トロッグ」セプテムが言った。「地底戦車は男のロマンなんだよ」
「古い、セプテム」トロッグが言った。「おまえは古いよ」
「いや、トロッグ」ゴラッグが言った。「ドリルは男のロマンなんだよ」
「古い、ゴラッグ」トロッグが言った。「おまえも古いよ」
「なあ、トロッグ」ヴァゾーが言った。「飲んだくれの変態野郎のネリーのパパをうれしそうにあやつるおまえに、おれは何かを言われたくない」
「おい、ヴァゾー」トロッグが言った。「ネリーのパパの何が悪い?」
「話を戻すぞ」ヴァイパーが言った。「トロッグ、おまえのアイデアは悪くはない。だが、おれには責任があるんだ。うちの戦闘員に、安全性が検証されていないような装置を使わせるわけにはいかないな。危険すぎる」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「おまえ、考え方が少しおかしいぞ」
「ヴァイパー」ゴラッグが言った。「そうだ、おれたちは悪党なんだぞ」
「ヴァイパー」セプテムが言った。「手下の安全を気にしてどうする?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「いろいろとな」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。
「どっちなんだ?」トロッグが訊ねた。「おまえのアイデアか、おれのアイデアか」
「ちょっと待て」ヴァイパーが言った。「その前に一つ確かめておきたいことがある。トロッグ、おまえの言うそのテラホールだが、レンズのような形をしていると言ったな?」
「そうだ。大きなレンズのような形だった」
「そのレンズの直径はどのくらいだった?」
「そうだな。二メートル半くらいあったな」
「二メートル半だと?」ヴァゾーが言った。
「おい、トロッグ」ゴラッグが言った。「おれたちの地底戦車のドリルの直径を知っているか?」
「知るわけがない。二メートルくらいかな」
「ばかを言え。五十メートルもあるんだぞ」
「なんでまた、そんな、ばかでかいものを」
「ばかとはなんだ。ロマンだと言ったろう」
「いや、トロッグ」セプテムが言った。「実際的な理由があるんだ」
「そうだ」ヴァイパーがうなずいた。「戦闘機を安全に通過させるためには、最低でもそれだけの幅が必要になる」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「たったの二メートル半では、軍団どころか土砂だって通すのは難しいぞ」
「ちくしょう」トロッグが言った。
「どうする?」セプテムが訊ねた。
「だったら」ヴァイパーが言った。「ロイド博士に大きなテラホールを作らせよう。土砂でも軍団でも送れるほどの大きなテラホールをな」
「いい考えだ」トロッグが叫んだ。
「じゃあ早速」ゴラッグが叫んだ。
「ああ、早速」ヴァイパーが言った。「ロイド博士に見積もりを依頼しよう。この際だ、費用を惜しむつもりはない」
「ヴァイパー」セプテムが叫んだ。「おまえ、いいかげんに正気に戻れ」
「ヴァイパー」ヴァゾーが叫んだ。「いいか、おれたちは悪党なんだぞ」
「ヴァイパー」ゴラッグが叫んだ。「見積もりを頼んでどうするんだ?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「忘れるんだよ」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。「とにかくこれで答えは出た。ロイド博士に大型のテラホールを作らせる。アデライダを人質にしてな」
「いや、それより」トロッグが言った。「熱線銃にものを言わせるんだ」
「なぜだ?」セプテムが訊ねた。「どうせ、アデライダも誘拐するんだ」
「そうだ」ヴァゾーがうなずいた。「だから、アデライダで脅せばいい」
「そうだ」ゴラッグもうなずいた。「物事にはやはり順序があるからな」
「おまえたちはあの小娘を見ていない。だからそんなことが言えるんだ」
「あのメイド服を気にしてるのか?」ヴァイパーが訊ねた。
「メイド服なんか気にしていない。あの娘、裸でも怖いぞ」
「そんなばかな」セプテムが笑った。
「博士の娘だぞ」ヴァゾーも笑った。
「まさか、なあ」ゴラッグも笑った。
「いずれにしても」ヴァイパーが言った。「メイド服を脱いだところを狙うのだ」
「では、寝ているところか?」セプテムが訊ねた。
「いや、トイレがいいだろう」ヴァゾーが言った。
「いや、シャワーの最中だな」ゴラッグが言った。
「それだ」ヴァイパーがうなずいた。「シャワーを浴びているところを狙うのだ」
「それだ」悪党どもが声をそろえた。「それはいい」
わははははは、とセプテムが笑った。
わははははは、とヴァゾーが笑った。
わははははは、とゴラッグが笑った。
わははははは、とヴァイパーも笑った。
このとき、頭上を横切るキャットウォークに人影が現われ、悪党どもに声をかけた。
「楽しそうね。わたしも仲間に入れてもらうわ」
悪党どもが顔を上げ、その顔に驚きを浮かべて声をそろえた。
「ラグーナ!」
そのころ、銀色に輝くテラグローブでは。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらテラシティ、聞こえますか。テラシティの危機です。悪党トロッグがロイド博士の新発明を狙っています。アダム・ラー、聞こえますか。お願いです。どうか、わたしたちを助けてください」
テララジオから流れるアルタイラの叫びにアダム・ラーが耳を傾けていた。救いを求めるアルタイラの声に、蒼白の美貌と健やかな肉体を持つ正義の戦士の心が猛った。
「なんということだ」深みのある声でそうつぶやくと、テララジオに顔を近づけた。「アルタイラ、なぜ君がそこにいる?」薄い唇を舐め、丸窓の外に浮かぶ雲を見つめてあとを続けた。「許されたのか? 罪のつぐないを終えたのか? いや、つぐなうことなどできるものか。君はなんと罪深い娘だ。わたしの心をこれほどまでにたかぶらせるとは」再び通信装置に目を落とした。「これは恋だ、これが恋というものなのだ」そう言うと青い詰め襟のホックをはずし、青いチュニックのボタンに手をかけた。「からだが熱い。愛がつのる。しかし彼女は言わば、前科者だ。悪党の烙印を押された娘だ。そのような娘と、このアダム・ラーがつきあうことはできないのだ。アルタイラ、君の罪深さがうらめしい。ああ、これが恋だとすれば、なんと悲劇的な恋なのだろう」
このとき、指令室のドアが細く開いた。開いた隙間に獲物を狙うコヨーテのような目が現われ、アダー執政官の声でこのように言った。
「ふははははは。アダムー・ラー、おまえが聞いているアルタイラの声はわたしが録音し、再生したものだ。おまえに苦悩を与えるためにな。さあ、悩め、悩むがいい。悩んだ末に、おまえもわたしのあやつり人形となるがいい。なぜならば、苦悩とはつねにひとを誤らせるものだからな。ふははははは。ふははははは。さて、仕上げの一芝居をそろそろ始めるとするか」
指令室のドアが大きく開き、テラシティの最高実力者、アダー執政官がよろめくような足取りで現われた。振り返ったアダム・ラーの目に驚きが浮かんだ。
「アダー執政官、いったい何があったのです?」
「アダム・ラー、間に合ったか。アルタイラの声に耳を傾けるな。それは罠だ」
「なんですって?」
「君をおびき出して殺害しようという、恐ろしい罠なのだ」
「アダー執政官、いったい何があったのです?」
「恐れていたことが起こってしまった」アダー執政官がかすれた声を絞り出した。「すべてはわたしの責任なのだ。あの、アルタイラをたいしたこともできない小娘とあなどったばかりに、恐ろしいことになったのだ。ああ、ラグーナ、気の毒に」
「アダー執政官、どうか冷静に。ラグーナに何があったのです?」
「ラグーナは、殺されたのだ」
「殺された? 誰にですか?」
「それをわたしに言えと言うのか?」
「それでは、まさか、アルタイラに」
「アダム・ラー、そのまさかなのだ」
「しかし、執政官、信じられません」
「信じられないのは、当然だろうな」
「いったい、何があったのですか?」
「アダム・ラー、わたしはそれを伝えにやって来たのだ。アルタイラは罪をつぐなうためにニューゲイト7に送られたが、そこで所長を殺害した上に看守や囚人を殺戮し、いかなる方法によってかニューゲイト7から脱出すると、このテラシティに戻ってロイド博士の研究所を訪れ、そこでロイド博士と手を組んでテラシティ破壊の計画を進めているのだ。いや、いや、アダム・ラー、何も言うな。信じられないことはわかっている。わたしも信じることができなかった。そこで調査のために、ラグーナを警官隊とともに送ったのだが…」
「どうなったのです?」
「警官隊は、全滅した」
「警官隊が全滅した?」
「これはテラシティの危機なのだ」
「執政官、わたしは何をすれば?」
「アダム・ラー、よくぞ訊いてくれた。わたしを助けてくれたまえ」
「もちろんです、執政官。わたしにできることならなんでもします」
「ただちに出撃し、いかなる犠牲を払っても。アルタイラとロイド博士を捕えるのだ」
アダム・ラーがうなずいた。執政官に背を向け、真紅の発令装置テラアラームに手を伸ばした。テラグローブを揺るがすサイレンが鳴った。そして高らかに鳴り響くサイレンの陰で、執政官のうつろな声がこだました。
「ふははははは。アダムー・ラー、まんまと信じ込んだな。これでおまえもわたしのあやつり人形というわけだ。ふははははは」
司令室にタップスとスパークスが飛び込んできた。アダム・ラーが二人に気づいて振り返り、テラアラームから手を離した。サイレンがやみ、テラグローブに静寂が戻る。
「出動する」アダム・ラーが二人に告げた。
「了解」タップスとスパークスが敬礼した。
アダム・ラーが敬礼を返して指令室から飛び出した。タップスとスパークスがあとを追う。円筒形のエレベーターのドアが閉まり、再び開くとそこは驚異のテラファシリティだ。アダム・ラーが二人の仲間を連れて現われると、技師が、科学者が、整備士が、補給係や修理工が、働く手をとめ、足をとめ、顔に喜びを浮かべて敬礼した。そして扇形の発進ドックでは純白の快速艇テラホークが美しい流線形の姿を横たえ、テラシティの守護者アダム・ラーが乗り込むのを待っていた。アダム・ラーは感嘆の吐息をもらし、テラホークに向かって駈け出した。タップスとスパークスがあとを追う。
しかし、このとき、恐ろしい爆発音が発進ドックに響き渡った。二級整備士のマヌエルが腕を押さえて現われて、痛みにうめきながら横たわった。
「マヌエルっ」
整備士たちがマヌエルに駆け寄り、助け起こした。
「欠陥ポンプが…」
マヌエルがそうつぶやいて頭を垂れる。
「マヌエルっ、しっかりしろ」
整備士たちがマヌエルを励ます。アダム・ラーが駆け寄った。
「大丈夫か、重傷なのか?」
整備士たちが首を振り、アダム・ラーの顔に悲しみが浮かんだ。
「アダム・ラー」
かすれた声でマヌエルが呼んだ。
「マヌエルっ」
整備士たちが口々に叫んだ。
「アダム・ラー」マヌエルがかすれた声で繰り返した。「わたしにかまわず、行ってください。わたしなら大丈夫です。たいした怪我ではありません。さあ、早く。テラシティがあなたを必要としているのです」
「マヌエルっ」
整備士たちが口々に叫び、アダム・ラーの目に涙が浮かんだ。
「わかった」
アダム・ラーがタップスとスパークスを振りかえった。
「行くぞっ」
タップスとスパークスがうなずいた。アダム・ラーが身をひるがえし、発進ドックの床を蹴って快速艇テラホークのハッチに飛び込んだ。白いヘルメットをすばやくかぶり、コクピットに進んで操縦席に腰を下ろす。タップスとスパークスがあとに続き、タップスはアダム・ラーの右後方にある機関士席に、スパークスはアダム・ラーの左後方にある通信士席に腰を下ろした。タップスがクリップボードを取ってチェックリストを読み上げると、アダム・ラーが滑らかな手つきでスイッチを動かし、メーター類を指で叩く。かたわらではスパークスがヘッドセットを頭にのせて通信装置をチェックしていく。間もなく発進の準備が整った。
「エンジン始動」アダム・ラーが命令した。
「エンジン始動」タップスが復唱し、スイッチを入れてレバーを動かす。「テラニウムエンジン、出力百パーセント」
「固定装置解除」アダム・ラーが命令した。
「固定装置解除」スパークスが復唱してレバーを動かし、着陸用スキッドを発進ドックの固定装置から解放した。
エンジンが吠え、テラホークが震えた。アダム・ラーが操縦桿を握り締めた。
タップスが叫ぶ。「エンジン出力、百二十パーセント」
スパークスが報告する。「固定装置、解除よし」
「発進」
アダム・ラーが叫び、流線形のテラホークがテラグローブから飛び出した。まばゆいばかりの純白に輝く快速艇がテラシティを目指して一直線に降下していく。コクピットの窓に見る見るうちに地上が迫り、アダム・ラーが操縦桿を一気に引くとテラホークは空を切って金属の光沢をまとう建物をかすめた。地上に揺らめく影を投げかけ、水平飛行で突進する。あまりの速さにスパークスが肝を冷やした。
「アダム・ラー、もっとゆっくりに飛べませんか?」
スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
アダム・ラーが笑みを浮かべた。
「安心しろ、あと少しだ」
しかし、このとき、テラニウムエンジンに異状が起こり、タップスの目の前で赤い警告灯が不気味に点滅した。計器をにらんでタップスが叫んだ。
「テラニウムエンジン出力低下、現在八十パーセント」
「何があった?」
「わかりません。出力さらに低下中、六十パーセント」
「なんとかしろ」
「だめです。四十パーセント、推力を維持できません」
テラホークが傾き、スパークスが悲鳴を上げた。
「そうか、あの欠陥ポンプか」タップスが叫んだ。
マヌエルに傷を負わせた欠陥ポンプがテラニウムエンジンを破壊したのだ。
アダム・ラーが二人に叫んだ。「不時着に備えろ」
前方にロイド博士の研究所が見えてきた。アダム・ラーは操縦桿をたくみにあやつり、失速しつつあるテラホークを研究所へ導いた。ドーム状の建物が迫る。アダム・ラーの目が光った。
タップスが叫んだ。「行けえっ」
スパークスが叫ぶ。「うわあっ」
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.