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2015年5月28日木曜日

過熱するオーストラリアの潜水艦商戦。日本の商機は?

日本単独から日独仏の競争入札へ

これまでも「オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つワケ」「日本からの潜水艦導入を巡るオーストラリアの事情」と、オーストラリアの次期潜水艦と日本の潜水艦輸出の可能性についてお伝えしてきましたが、ここにきて事情がだいぶ変わってきました。

昨年末にオーストラリアのジョンストン前国防相が、潜水艦の建造に携わる国営企業ASCについて、「カヌー造りも信頼出来ない」と発言した事で批判を受け、辞任に追い込まれました。それまで日本から潜水艦の輸入を計画していたと報じられていましたが、国防相辞任を受けてアボット内閣は外国との共同開発・生産を行う方針に切り替え、コンペによって今年末までに潜水艦を決定する事になりました。

このコンペにはドイツとフランスが手を挙げ、日本も参加する方針と伝えられています。日独仏の3カ国によるコンペという形になるようです。数百億ドル規模とまで言われている「オーストラリア海軍史上最大の計画」獲得に向け、3国の熾烈な戦いが始まります。

そこで今回は、各国の提案や施策がどのようなものになるか、現時点でわかっている事をまとめた上、比較してみました。


ベストセラー潜水艦の大型化を提案するドイツ

今回の入札に対して、ドイツ鉄鋼・機械大手ティッセン・クルップのグループ企業、ティッセン・クルップ・マリンシステムズ(TKMS)は、U214型潜水艦を基に大型化したU216型を提案しています。原型のU214型はTKMSの輸出用潜水艦の最新モデルで、前のモデルである209型は50隻以上が海外に輸出され、戦後世界で最も普及した通常動力潜水艦です。

ドイツ提案のU216型潜水艦(TKMSサイトより)

U216型は永久磁石を採用する事で従来よりモーターを小型軽量化し、鉛電池より蓄電性能に優れたリチウムイオン電池を採用する等、新機軸を採り入れています。日本との単独契約が伝えられていた頃のオーストラリアは、リチウムイオン電池推進に関心を持っていたと伝えられているので、最新のドイツ潜水艦の特徴であった燃料電池でなく、リチウムイオン電池を搭載してきたのは、大きなアピールポイントになるかもしれません。

潜水艦の輸出大国であるドイツは、豊富な海外輸出経験に加え、高い技術力を持つなど、有力な対抗馬と言えます。


原子力潜水艦の通常動力型を提案するフランス

フランスのDCNSが提案する潜水艦は、現在フランス海軍向けに建造が進められている次期原子力潜水艦シュフラン級(計画名バラクーダ型)の船体を基に、機関を通常動力型に変更したものを提案しています。

フランスが提案するバラクーダ型の原型の原子力推進型(DCNSサイト(PDF)より)

原子力から通常動力に変更されることで、どのくらい原型から変わるのかはまだ明らかではありませんが、原子力型では静粛性に優れたポンプジェットプロペラ推進を採用し、特殊部隊の作戦も考慮した居住スペースを設けており、将来の改良についても柔軟に行える事をウリにしています。



日本の提案と有利なポイント

日本の提案は明らかにされていませんが、オーストラリア側がそうりゅう型潜水艦に興味を示していた事、日本はそうりゅう型そのままの輸出に抵抗を持っていたと報じられていた事から、そうりゅう型を原型としたオーストラリア向け仕様の潜水艦になるのではと推測されます。

海上自衛隊のそうりゅう型潜水艦(海自写真ギャラリーより)

日本が有利な点としては、オーストラリアへの潜水艦技術の輸出にアメリカ側から好意的な反応がある事です。オーストラリア海軍は装備やシステム面でアメリカとの関係が強く、アメリカの協力が得られるならば日本にとり大きな「援軍」となる上、日本も秘密の多い武器システムを渡す事は避けられるので、日豪両国にメリットがあります。

また、オーストラリアが望んでいる水中排水量4,000トン級の通常動力型潜水艦の建造・運用実績は、日本以外に無いのも強みと言えるでしょう。ドイツとフランスも設計案は出しているものの、以前も拙稿「日本からの潜水艦導入を巡るオーストラリアの事情」でお伝えした通り、オーストラリアは過去に潜水艦、防空駆逐艦調達で実績の無いペーパープランを採用して多数のトラブルに見舞われています。高い買い物の潜水艦で、これらの轍を踏む事は避けたいところでしょう。

気になるのは、そうりゅう型の特徴とされるスターリング機関をどうするかです。スターリング機関は非大気依存推進(AIP)機関の一種で、外気を取り込まずに推進力を得る事が出来ます。通常動力型潜水艦の水中での活動時間を向上させる効果があると考えられており、そうりゅう型ではディーゼル機関の補助として搭載されています。しかし、海上自衛隊の次期潜水艦ではスターリング機関を搭載せず、リチウムイオン電池を採用する事で飛躍的に性能が向上すると報じられており、スターリング機関は過渡的な機関として終わる事になりそうです。オーストラリアも過渡的なスターリング機関ではなく、リチウムイオン電池の搭載を望むかもしれません。


受注に向け動いている独仏


元々は日本と単独契約すると伝えられていただけに、日本有利なポイントもある潜水艦商戦ですが、油断はなりません。すでにライバルは受注に向けた布石を打っています。

フランスのDCNSは昨年11月、オーストラリアに現地法人を設立しました(DCNS公式リリース)。狙いはもちろん次期潜水艦です。現地法人設立にあたっては、アンドリュー豪国防相の訪問を受けています。

ドイツは更に踏み込み、TKMSによる豪ASCの取得を検討しているとIHS Jane'sが伝えています(IHS Jane'sリンク)。ASCはその技術力が疑問視されてはいますが、オーストラリアで潜水艦の保守整備を行うのには欠かせない企業です。ASCを手中にすれば、TKMSは製造から保守サポートまで一貫した提案が可能になり、商戦にあたっての強みとなるでしょう。

独仏が既に大きく動き出している中、日本は政治的な繋がりはあるものの、獲得に向けた具体的な施策では出遅れているのではないでしょうか。オーストラリアは防衛分野でアメリカに次ぐパートナーとなると見られているだけに、今回は是非とも日本案を採用してほしいところ。そのためには、日本も思い切った提案が必要になるかもしれません。



【関連記事】

「元艦長に聞く、潜水艦の世界」講演要旨
海上自衛隊の元潜水艦艦長による講演の要旨。日本の通常動力潜水艦の運用や、その優位点、性能等の貴重な話です。


「日本からの潜水艦導入を巡るオーストラリアの事情」
オーストラリアが日本の潜水艦を欲する事情として、過去の艦艇調達プログラムの失敗について紹介。


「オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つワケ」
オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つ理由について解説した過去記事です。理由はオーストラリアの広大な排他的経済水域にありました。


【関連書籍】





2014年10月16日木曜日

小型核融合炉実用化に挑むスカンク・ワークスとは?

アメリカの航空防衛機器大手のロッキード・マーチン社が、小型核融合炉を今後10年で実用化すると発表して話題になっていますね。


[ワシントン 15日 ロイター] - 米航空防衛機器大手ロッキード・マーチン<LMT.N>は15日、核融合エネルギー装置の開発において技術面の画期的進展(ブレークスルー)があり、10年以内にトラックに搭載可能な小型の核融合炉を実用化できると発表した。





技術的ブレークスルーにより、10年以内の実用化に目処が立ったようです。この技術的ブレークスルーを成し遂げたのは、ロッキード・マーチン先進開発計画(ADP)、通称「スカンク・ワークス」と呼ばれるチームで、1943年の設立以来、軍用機を中心として様々な先進的、野心的な開発計画に挑んでいます。今回は「究極のエネルギー」とまで言われる核融合炉の開発に挑む、スカンク・ワークスについて紹介したいと思います。



ドイツのジェット戦闘機に対抗する為に設立

第二次世界大戦中、ドイツが先行して開発したジェット戦闘機に対抗するため、1943年にアメリカ陸軍航空隊(アメリカ空軍の前身)がロッキード社(現ロッキード・マーチン社)の設計主任だったクラレンス・”ケリー”・ジョンソンにジェット戦闘機の設計を依頼します。ロッキードはジョンソンに専用のチームを組織させ、ジェット戦闘機の開発に当たらせました。ドイツのジェット戦闘機実戦投入が迫っていた為、迅速な開発が求められていましたが、ジョンソンは開発が始まった1943å¹´6月26日から、わずか143日後の1943å¹´11月16日に原型機を完成させる驚異的な速さで仕事を成し遂げました。この時に開発されたロッキードP-80シューティングスターはジェット戦闘機としての活躍期間は短かったものの、練習機型のT-33は半世紀以上に渡り各国で使用され、航空自衛隊でも2000年まで現役でした。

航空自衛隊のT-33ジェット練習機(航空自衛隊新田原基地サイトより)

スカンク・ワークスの由来

P-80の開発中、戦時下で工場がフル稼働していたため、ジョンソンのチームが設計を行うスペースに余裕がありませんでした。仕方なく、屋外にテントを張って設計を行う事になりますが、隣の工場から異臭が流れこんできて、テントには常に強い臭いが立ち籠めていました。ある時、テントで設計にあたっていたエンジニアが電話に出た際、「こちらスコンク(Skonk)・ワークス」と応じます。これは、当時の新聞に連載されていたマンガに、スカンクから酒を密造する工場が出てており、その工場の名前に自分たちのチームを引っ掛けたジョークでした。このジョークはたちまち同僚に広まりチームの愛称として定着しますが、著作権の関係から「スコンク」が「スカンク」に変更され、現在のスカンク・ワークスはロッキード・マーチン社の登録商標となっています。


スカンク・ワークスのロゴ(ロッキード・マーティン社サイトより)


数々の先進的プロジェクト

ジョンソン率いるスカンク・ワークスは、戦後も様々な先進的プロジェクトに関わります。高高度をマッハ3以上で飛行可能な超音速偵察機SR-71、冷戦期の偵察で活躍したU-2偵察機等の秘密が多い機体から、「最後の有人戦闘機」とまで呼ばれたF-104戦闘機等、数々の成功作を世に送り出しました。

ジョンソン時代のスカンク・ワークスの代表作、SR-71超音速偵察機(米空軍撮影)

ジョンソンが引退した後もスカンク・ワークスはステルス攻撃機F-117、ステルス戦闘機F-22、自衛隊も採用予定のステルス戦闘機F-35の開発で重要な役割を果たすなど、世界の航空界で存在感を示しています。また、ロッキード社の様々な開発計画に携わり、ステルス実験艦シー・シャドウの開発も行うなど、航空機に留まらない活躍を示しています。

ステルス実験艦シー・シャドウ(米海軍撮影)

このように半世紀以上に渡って航空機開発で世界を驚かしてきた開発者集団が、今度は核融合炉の実用化に挑みます。実用化に成功すれば、人類に計り知れない進歩をもたらす事になるかもしれません。ここは是非とも成功して欲しいですね。

【関連サイト】

ロッキード・マーティン社スカンク・ワークス公式サイト
http://www.lockheedmartin.com/us/aeronautics/skunkworks.html

スカンク・ワークスの公式サイトでは、スカンク・ワークス70年の歴史、関わったプロジェクトについて紹介されています。



【関連書籍】


ジョンソンの引退後にスカンク・ワークスを率いたベン・リッチによる書。スカンク・ワークスが関わった開発エピソードに留まらず、創造性を生み出すスカンク・ワークスをどう動かしているのか、という組織論にまで踏み込んでいる。オススメ








2014年6月2日月曜日

オーストラリアが日本の潜水艦に関心を持つワケ

最近、イギリス旅行にかまけて記事更新を怠ってきましたが、そろそろ通常モードへ移行したいと決心を新たにするdragonerです。

さて、ロイター通信が伝える所によれば、オーストラリアは日本の潜水艦技術に関心を持ち、潜水艦の共同開発等について調整を行っているようです。

[東京/キャンベラ 29日 ロイター] - オーストラリアが関心を寄せる日本の潜水艦技術をめぐり、両国間の協議が本格的に前進する可能性が出てきた。防衛装備品の共同開発に必要な、政府間協定の年内締結が視野に入りつつある。エンジンを供与するだけでなく、日本が船体の開発にも関わる案など、具体的な話も聞かれるようになってきた。ただ、日豪ともに国内での調整課題が多く、実際に計画が合意に至るには、なお時間がかかる見込みだ。

以前からオーストラリアが日本の潜水艦技術に高い関心を示している事は国内外で報道されていましたが、日本政府との調整や潜水艦開発の具体的な内容が報道されるまで話が進んできたようです。現在のところ、オーストラリアは12隻の新型潜水艦の導入を検討していますが、これにどのような形で日本が関わるかはまだまだ予断を許しません。


海上自衛隊の最新鋭潜水艦 そうりゅう型

では、オーストラリアは何故日本の潜水艦技術に興味を持っているのでしょうか。それを考えると、オーストラリアの置かれた立場や狙いが見えてきます。


数か国しかない潜水艦開発国

潜水艦は高い技術が要求される上、秘密にされる部分が多く、自国で建造できる国は限られています。

今現在、潜水艦を自国で開発・建造できる国としては、米英露仏中の核保有国の他にドイツ、イタリア、スペイン、スウェーデン、インド、そして日本が挙げられます。このうち、現在は原子力潜水艦のみ建造している国は米英印で、ディーゼルエンジンを搭載した通常動力型潜水艦の建造技術を持つのはそれ以外の8カ国となります。更に言うなら、イタリアとスペインは共同開発という形で、主要技術をドイツ、フランスに委ねていますので、自力で開発できる国はもっと少なくなります。

また、政治的事情として、アメリカと関係の深いオーストラリアが、ロシアや中国から潜水艦を導入するとは考えられません。よって、これらの国は除外されます。すると、オーストラリアが取れる選択肢はドイツ、フランス、スウェーデン、日本の4つに限られてきます。



オーストラリアの求める潜水艦像

では、オーストラリアが求めている潜水艦とは、どのようなものなのでしょうか?

オーストラリアのコリンズ級潜水艦。多くの不具合が明らかになっている

現在のオーストラリア海軍に配備されている潜水艦は、スウェーデンのコックムス社の協力により1990年代にオーストラリアで建造されたコリンズ級です。スウェーデンは自国での潜水艦開発が出来る数少ない国で、これまでもヴェステルイェトランド級、ゴトランド級などを開発していますが、いずれも排水量は1,000トン台の小型潜水艦でした。しかし、コリンズ級は3,000トン級の通常動力型としては大型の潜水艦で、オーストラリアが単なるスウェーデン海軍仕様のままの小型潜水艦を欲していなかった事が窺えます。しかし、現在配備されているコリンズ級は、開発当初から様々なトラブルに見舞われており、改善事業に多くの予算を費やしていて、評判は今ひとつよくありません。

冒頭のロイターの記事によれば、コリンズ級後継は4,000トン級という条件が付けられており、オーストラリアの強い大型潜水艦志向が窺えます。通常動力型で4,000トン級もの排水量を持つ潜水艦は、現在は日本以外作っておりません。

大型潜水艦は小型潜水艦より取得コスト・維持コストが高くなります。オーストラリアはリーマンショック以降の財政難により、大幅な国防費削減に見舞われています。そのような状況にも関わらず、なぜ高コストな大型潜水艦を望むのでしょうか。


広大な海域を守らなければならないオーストラリア

潜水艦はミサイル攻撃や魚雷攻撃等の派手なイメージがありますが、その主な任務はパトロール、情報収集、哨戒といった隠密性を活かしたものです。これらの任務は平時有事問わず、継続的に長期間行われるため、潜水艦には長期間作戦可能な能力が求められます。この長期作戦能力に重要な要素となるのが、潜水艦の規模です。潜水艦の内部容積が大きいほど、人員や食料、バッテリーが収容できるので、長期の作戦行動に有利になります。オーストラリアの領海と排他的経済水域を足した面積は、世界第2位の約899万平方キロメートルと広大で、6位の日本の倍の広さを誇ります。

排他的経済水域面積、上位7カ国


この広大な海域の権益を守るため、オーストラリアは長期行動可能な大型潜水艦を求めているのです。

では、ここでオーストラリアが取れる選択肢をリストアップして、比較してみましょう。

オーストラリアの潜水艦選択肢

この比較から、オーストラリアが求める大型潜水艦を建造しているのは、選択肢にあるのは日本のみという結果になります。コリンズ級の時と同じく、拡大した設計をヨーロッパのメーカーに求める手もありますが、コリンズ級の開発で失敗した手前、同じ手で失敗を繰り返すリスクを避けたい思惑から、自国で大型潜水艦を設計・開発・運用している日本に大きな関心を抱いても不思議ではないでしょう。

コリンズ級後継艦計画は、現用のコリンズ級6隻を新型潜水艦12隻で置き換える大規模なもので、「オーストラリア海軍史上最大の計画」と呼ばれています。財政難の中でもこのような計画を持っているのは、それだけオーストラリアが海洋とそこから得られる利益を重視しており、莫大な投資に見合うものだと考えている事の証左と言えます。

問題は日本がどこまでオーストラリアに技術を提供できるのか、という判断にかかってきます。オーストラリアはコスト低減や自国企業の利益の為に、自国での建造を含めた技術移転を要求すると思われます。日本にしてみれば、潜水艦は秘密の部分が多いので、出来るだけ技術を国内に留めたいでしょう。この手の技術交渉は破談する事も多々あり、最近も戦車エンジンの技術供与を申し入れていたトルコの提案を、日本は断っています。

まだまだ課題は山積みですが、潜水艦のようなセンシティブな技術情報を共有する事は、それだけ両国の関係が緊密化した事の証であるとも言えます。オーストラリアは日本が情報保護協定を結んだ3カ国目の国で、秘密情報の共有の素地は整っています。あとは政治的決断にかかってきますが、その決断が両国にとって良い結果となればと思います。



【関連書籍】

本当の潜水艦の戦い方―優れた用兵者が操る特異な艦種 (光人社NF文庫)

これが潜水艦だ―海上自衛隊の最強兵器の本質と現実 (光人社NF文庫)


上記2冊はいずれも海上自衛隊の元潜水艦艦長による、潜水艦の任務や戦い方についての本。多少、潜水艦贔屓に過ぎるのではないかというきらいはあるものの、潜水艦の特性を知り尽くした人が書くだけあって、示唆に富んでいます。


潜水艦を探せ―ソノブイ感度あり (光人社NF文庫)


先ほどとは変わって、潜水艦を狩る側からの本。潜水艦がいかに厄介か、それを探知するのにどれだけ苦労するかを知ることで、逆に潜水艦の価値がどういうものか分かります。








2014年4月5日土曜日

日本に設置されるF-35の”整備拠点”と武器輸出三原則見直し

航空自衛隊に導入が決まっているF-35戦闘機の整備拠点が、日本国内にも設置される事が報じられています。

 防衛省は3日、武器輸出を事実上禁じてきた武器輸出三原則に代わる「防衛装備移転三原則」の閣議決定を踏まえ、防衛生産・技術基盤の強化戦略の骨子案を自民党国防部会に示した。日本企業が共同生産に参加している自衛隊の次期戦闘機F35について、アジア太平洋地域の整備拠点を国内に設置することを検討していることを明らかにした。
毎日新聞:<次期戦闘機F35>整備拠点国内設置を検討 防衛省骨子案

この報道に対し、日本が導入するのだから、整備拠点が日本にあるのは当然じゃないかと疑問を呈される方もいるかもしれません。ところが、日本に設置されるのと同様の整備拠点は、世界にイタリアとアメリカにしか無いもので、その設置には武器輸出三原則の見直しが大きく関係しているのです。


F-35戦闘機


F-35の開発計画とFACO

F-35はアメリカが主導して開発が進められている次世代のステルス戦闘機で、ステルス機能に加え、様々な任務を1機種でこなせる多用途性を特徴としており、競争の結果ロッキード・マーティン社のF-35に決まるまでは、JSF(Joint Strike Fighter:統合打撃戦闘機)計画として知られていました。

F-35の開発にあたり、JSFコンソーシアムと呼ばれる、JSF計画に参加する国家による団体が作られました。JSFコンソーシアム内では、アメリカ以外のJSF計画参加国が、計画への出資・貢献の程度によって階層(Tier)付けされており、上位の階層ほど計画に与える発言権が大きいといった特徴があります。

JSFコンソーシアムメンバー国と階層

最上位のTier1はイギリスのみで、20億ドルの出資によりF-35の設計に対する決定的な発言権と、開発・生産における自国企業への下請けが保証されています。その他、Tier2、Tier3と階層が下がるごとに出資額が下がる分、計画に与える影響は少なくなります。

これまでも戦闘機の国際共同開発は主にヨーロッパで行われていましたが、JSF計画におけるコンソーシアム方式が従来のものと異なるのは、参加国全てに作業分担が保証されず、設計への影響力、もしくは下請け選定時の優先権しか与えられていない点です。従来のヨーロッパにおける国際共同開発では、出資額に応じた作業分担が保証されていましたが、この方法では技術力に劣る企業にまで作業分担がなされる恐れがありました。コンソーシアム方式ではTier3参加国の企業に優先権はあるものの、技術的・コスト的に優れる場合は非コンソーシアム国の企業に作業分担される事になっており、コンソーシアム国企業の利益よりも機体の完成度を高める事を優先しています。

イギリスに次ぐ出資国であるイタリアには、最終組立・検査(FACO:Final Assembly and Check Out)施設がカーメリ空軍基地内に設置されることになりました。このカーメリFACOの運用は、イタリアの航空機メーカーのフィンメッカニカ・アレーニア・アエラマッキに任されており、ヨーロッパ・地中海沿岸諸国が配備する全てのF-35は、このカーメリFACOで機体の最終組立やステルス性能を与えるための塗装と検査が行われます。特にステルス性能を左右する塗装とその検査施設は機密度が高く、世界で同様の設備があるのはアメリカのフォートワースにあるロッキード・マーティンの工場と、今後設置が予定される日本のFACOに限られています。FACOはF-35の製造・メンテナンスの重要施設であり、その地域におけるF-35運用の要となります。イタリアのFACOがヨーロッパ・地中海沿岸地域をカバーするのに対し、日本のFACOはアジア・太平洋沿岸地域のF-35運用国のハブとして機能する事になるでしょう。


イタリア、カーメリ空軍基地内のFACO

FACO設置と武器輸出三原則見直し

さて、このFACOが日本にも設置される事が決まったというのは前述の通りですが、このFACOの設置がどのように武器輸出三原則見直しと関連しているのでしょうか。それは、FACOやF-35に関わる国際的な管理・運用システムに原因があります。

アメリカのフォートワース工場とイタリア・日本のFACOはオンラインで結ばれており、いずれかの施設で製造プロセスの改善が行われた場合、ただちにその手法が共有される仕組みになっています。F-35製造についての知識と経験が、国を超えて共有される事になるのです。

また、F-35のメンテナンスにあたっては、ALGS(Autonomic Logistics Global Sustainment)と呼ばれる国際的な後方支援システムが存在します。このALGSでは、全てのF-35運用国が互いに部品を融通しあう事になっており、どこ製の部品が使われるかといった事は区別されません。つまり、場合によっては日本製部品が海外のF-35に使われる事になり、武器輸出三原則に抵触する恐れがあるのです。F-35の部品はグローバルなサプライ・チェーンに基いて供給されており、一国だけ特別という扱いはまず無理で、F-35導入にあたってはF-35を武器輸出三原則の例外とする措置が取られました。


ALGSのイメージ(防衛白書より)


しかしながら、FACOの設置が日本にとって良い事かと言えば、必ずしもそうとは限りません。日本は前述したJSFコンソーシアムのメンバー国ではなく、あくまで製造に関与する下請けという位置付けにあります。日本に設置されるFACOはイタリアと同様のものとされていますが、Tier2メンバーのイタリア並にFACOの運用に関われるかは不透明です。そのメンバー国のイタリアですら、重要な部分はアメリカのロッキード・マーティン社が行っていると不満を述べています。日本はこれまで、アメリカの戦闘機をライセンス生産することで技術力を付けてきましたが、FACOでF-35生産に携わる事が出来ても、従来のような恩恵を日本企業が得る事は少ないだろうと見られます。

日本がJSFコンソーシアムに加わらなかった原因に、かつての武器輸出三原則があったとする意見もあります。しかし、現在の装備開発では開発費の高騰が問題になっており、開発費を分担しあう国際共同開発の流れが今後主流となるのは確実です。日本が装備開発競争に乗り遅れる事のないよう、国際共同開発への参加する事は安全保障上の重大な課題となります。そのためには、F-35のように武器輸出三原則の例外化だけでなく、抜本的な改正が重要になってきます。今回の改正により、国際共同開発への参加が大幅に条件が緩和される事になり、今後の装備品の国際共同開発に繋がる事になると思われます。

F-35の製造やメンテナンスに日本がどのレベルにまで関われる事になるか、まだFACOも設置されていない状態では未知数ですが、楽観できない状況にあると思われます。今後は日本が国際的な潮流に乗り遅れる事のないよう、日本にとっての平和と利益に資するような政策が取れることに期待したいです。



【参考となる資料】

森本敏「武器輸出三原則はどうして見直されたのか?」

森本敏元防衛大臣による、武器輸出三原則がなぜ見直されたのかについての解説書。防衛問題に詳しい識者による覆面座談会形式をとっており、武器輸出三原則とF-35の関係性に多くを割かれている。FACOやALGSとその問題点(とどのつまり、米国が技術を外国に出さない仕組み)も指摘しており、非常に勉強になります。