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2016年10月25日火曜日

軍事技術研究とポケモンGO

防衛装備品への適用に繋がる技術研究について、防衛装備庁が大学や企業などの民間機関に研究費を出資する「安全保障技術研究推進制度」が昨年度に設立されました。このファンド制度を受けて、学会や大学が軍事技術研究とどう関わっていくのかについて、様々な議論が活発化しています。

科学者が戦争に加担した反省から軍事研究を禁じてきた日本学術会議が、方針を転換するかどうかの議論を続けている。武器輸出を進める政治側の動きを受け、防衛省が昨年、研究費の公募を始めたのがきっかけだ。7日の同会議総会では、「軍事と民生技術の線引きが難しい時代だからこそ、方針の堅持を求めたい」とする意見が相次いだ。


しかし、この問題の議論については、「軍事技術研究」という言葉だけが先行している感があります。そこで、防衛装備庁が手本としている制度の特色とその成果。そして我々の暮らしにそれがどう関わっているかを紹介し、ともすれば破壊を伴う技術とどう付き合っていくかについて考えていきたいと思います。



成果を求めない高リスク研究への投資

防衛装備庁が行っているファンド制度が、アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)を手本にしていることは、様々な機会で関係者が発言しています。DARPAとはアメリカ国防総省傘下の機関で、アメリカ軍の技術的優位を確保することをその目的としています。

1957年にソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号打ち上げに成功すると、世界に大きな衝撃をもたらしました。この出来事はスプートニク・ショックと呼ばれ、アメリカの技術的優位が崩れたと深刻に受け止められました。対策に迫られたアイゼンハワー大統領は、これまで陸海空軍でバラバラだった宇宙空間・安全保障分野における技術開発指揮系統の集約化を行います。この結果、1958年に設立されたのが、航空宇宙局(NASA)と、DARPAの前身である高等研究計画局(ARPA)でした。

DARPAの特色として、DARPA自体は研究施設を有しておらず、職員もごくわずかしかいない点が挙げられます。DARPAでは公募により広く一般の研究機関から研究を集め、採用した研究に対し研究資金の出資を行い、職員はその研究をマネジメントしています。研究成果は一般公開されており、防衛装備庁のファンドもこれを踏襲しています。

災害救助ロボットを競う、DARPA主催競技会の様子。日本からも5チーム参加

近年は民間での研究開発予算の削減から、研究にも具体的成果が求められるようになっており、そのことが研究の大きな足かせになっている事が様々な研究者から指摘されています。しかし、DARPAは研究のポテンシャルを重視し、具体的な成果に結びつかないリスクの高い研究に対しても出資を行っています。インターネットの原型となったARPANETや、GPSといった今日の暮らしに欠かせない技術も、DARPA(その前身のARPA含む)の出資によって生み出されています。



「インターネットは軍事技術発祥」という誤解

インターネットの誕生にDARPAの資金が関わっていたことで、インターネットは軍事技術なのか、と思われる方もいらっしゃると思います。また、「インターネットは軍事技術発祥」という言説をご存知の方も多いでしょう。ところが、日本の「インターネットの父」と言われる村井純慶應義塾大学教授は、そのような見方を否定しています。

インターネットの誤った伝説のひとつは、ARPANETは軍事用に開発され、それが民間に転用されたというものだ。これは、ARPAが研究資金を出していたことから憶測された誤解である。

パケット交換方式でデジタル情報を伝搬する技術は、障害に強いネットワークの基礎になるので、そういう意味では軍の目的にもかなっているのだが、ARPAのファンドの基本方針は、軍事目的に直結している研究をやれとは言わないことだ。そういう研究は国防総省がやればよいという考え方である。

(中略)技術トレンドからはずれたとんでもないアイデアだけれど、何か大化けするかもしれないという研究は、ARPAの守備範囲になる。そういうものにファンドしておけば、結局は軍のためになるだろうという考え方はあるだろう。しかし、それが直接の目的ではない。



DARPAの出資する研究には、軍事的な色彩が薄く、かつ海の物とも山の物ともつかないようなものも守備範囲としています。ただ出資者が軍の機関というだけで、軍事目的の研究だと言うのは飛躍であるということです。そして今日、インターネット以外にも我々の生活の身近に密接に関わってくる、軍事とまるで関係なさそうなものにも、軍関係の資金が関係しています。



Googleマップ・ポケモンGOはCIAの出資で生まれた?

米中央情報局(CIA)のベンチャーキャピタル部門であるIn-Q-Telは、DARPAよりずっと後の1999年に設立されたものの、既に我々の生活にも密接に関わっているイノベーションに携わっています。In-Q-Telは、アメリカのインテリジェンス・コミュニティ(国家の情報機関の情報を一元化する機関)のミッションに優位性を与える将来性のある民生技術に焦点を当てた投資を行っており、その著名な成果の一つがGoogleアースやGoogleマップの原型となった技術です。

今やスマートフォンにとって、地図情報サービスは欠かせないものとなっていますが、Googleマップは地図情報サービスの中でも草分け的で、現在でも圧倒的な存在感があります。これらの基盤となっている技術は、元は2004年にGoogleに買収されたKeyhole社が開発したものでした。このKeyholeはIn-Q-Telから出資を受けており、創業者のジョン・ハンケ氏は以後もIn-Q-Telやその関係者と深い関わりを持っていると言われています。

Googleに買収された後、ハンケ氏はGoogleでGoogleアースやGoogleマップといった地理情報サービス担当副社長となり、2011年にGoogleの社内スタートアップとしてNiantic Labsを設立。そして2015年にはNiantic, Inc.(ナイアンティック社)としてGoogleから独立します。このナイアンティックは、後にポケモンGOを開発します。

ナイアンティック創業者・CEO ジョン・ハンケ氏(Gage Skidmore撮影)
ポケモンGOは、実際の地図情報やカメラによる拡張現実(AR)を取り入れたゲームですが、この地図情報の基盤はGoogle Mapを利用しているとされます。また、元In-Q-Tel職員で、在籍中にKeyholeへの出資を行ったギルマン・ルイ氏はナイアンティックにも出資を行い、ナイアンティックの取締役に就いているなど、現在でもIn-Q-Telの人脈が生きています。このように、一つの技術をキッカケとして、オンライン地図からゲームに至るまで、様々なイノベーションを引き起こしている事が分かります。

さて、ここで私が「ポケモンGOは軍事技術」と書いたら、多くの方は「何言ってんだコイツ」と思われるでしょう。実際、ポケモンGOと軍事技術に直接的な繋がりはありません。ポケモンGOの基盤となる技術はネット上の地図情報サービスであり、この研究にCIA関連機関が出資していたというだけです。情報機関に役立つけど、それ以上に民間にも大きなメリットをもたらした技術です。金の出処が情報機関関係、というだけでその研究を軍事研究だと色分けすることは、あまり賢い判断ではないでしょう。

技術が相互に関連し、コア技術を中核として様々な派生技術が生まれている現在、基礎的な技術自体に軍用か民生かという色分けは出来ません。技術の出自を問うよりも、技術が倫理的に正しく使われているかから判断する方が現実的ではないでしょうか。

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2016年1月29日金曜日

日本のステルス実証機は何を狙うのか?

ステルス技術"実証機"

防衛装備庁が研究試作を行っている先進技術実証機が、"X-2"の型式を与えられ、2月中旬に初飛行すると発表されました。(リンク:防衛装備庁リリース「先進技術実証機の初飛行等について」


防衛装備庁は28日、三菱重工業の小牧南工場(愛知県豊山町)で、次世代戦闘機の開発などに向けた国産のステルス機「X―2」を初公開した。
(中略)
実証機は今後地上滑走試験を行い、2月中旬以降に初飛行を行う予定。県営名古屋空港(豊山町)から空自岐阜基地(岐阜県各務原市)まで飛行する。

国産ステルス機を初公開=次期戦闘機開発技術―2月飛行・防衛装備庁

X-2に搭載される国産実証エンジンXF-5(防衛装備庁サイトより)

このX-2については、一部のメディアで「国産ステルス戦闘機」という報道もなされていますが、自衛隊のF-2戦闘機の後継となる将来戦闘機開発に用いる技術データを集めるための実証機で、この機体に戦闘能力はありません

X-2はステルス形状の機体に、国産の実証エンジンを2基搭載し、高運動性・ステルス性技術の実証を目的としています。実機として試作することで、個別に研究されてきた要素技術を一つの機体としてまとめるシステム・インテグレーションや、全体を制御するソフトウェアのノウハウを得る事も重要です。また、将来戦闘機のためだけでなく、日本が従来保有していなかったステルス機のデータを集めることで、日本周辺国で将来配備されるだろうステルス機に対する防空体制の検討にも役立つと期待されています。

X-2に搭載される国産実証エンジンXF-5(防衛装備庁サイトより)

ところで、自衛隊では既にアメリカが開発しているF-35ステルス戦闘機の導入が決まっています。F-35を配備するなら、自前でステルス機の技術研究する必要は無いじゃないか、と思われる人もいらっしゃるかもしれません。

しかし、F-35計画では自国が技術を持たないことが、自国の防衛計画上のリスクになる事が露呈しています。今回は初飛行を前にX-2の狙いは何か、現在の最新戦闘機開発を交えて紹介したいと思います。

超大国による技術の独占とその弊害

F-35は名目上は国際共同開発ですが、実際の開発はアメリカ主導で行われています。開発だけでなく、生産や機体のメンテナンスまでもアメリカの強い管理下にあり、海外での生産の最終工程はFACOと呼ばれる施設だけで行われ、ALGSと呼ばれるシステムにより全世界のF-35はパーツの一つに至るまで管理IDが振られ、アメリカが一括して管理しています(FACOとALGSについては、拙稿[http://ji-sedai.jp/series/research/045.html 「F-35戦闘機導入に武器輸出三原則見直しが必要だったワケ」]を参照下さい)。

アメリカはFACOやALGSをコスト削減策としてアピールしていますが、もうひとつの側面として、F-35の技術を外に漏らさない事でアメリカの軍事・外交上の優位性を保つという思惑があります。事実、前世代機のF-15は機体やエンジンの日本で国内メーカーによる製造が出来たのに対し、F-35では国内メーカーの製造割合は4割程度と伝えられているなど、日本側の裁量が大きく減っています。同盟国やユーザー国であっても、F-35の技術情報の開示は限られており、不満を持つ国もあります。

米空軍のF-35戦闘機(米空軍サイトより)

同じ防衛装備品の輸出でも、現在行われているオーストラリアの次期潜水艦商戦で日本、ドイツ、フランス各国がオーストラリアへの技術移転や現地生産を提案し、オーストラリアへの技術情報の開示を強調しているのとは対照的です。通常動力潜水艦を開発出来る技術を持つ国が複数あるのに対し、今のところF-35に相当する第5世代ステルス戦闘機を開発出来る国は一部の超大国に限られており、かつての「西側」で第5世代戦闘機を開発しているのはアメリカしかありません。現状、NATOやEU構成国が入手可能な第5世代機はF-35しかないということになります。

この選択肢の無さが問題を招いています。F-35は開発が難航し、計画の大幅な遅延に加え、AFPによれば2014年の段階で1,670億ドルも開発予算を超過しており([http://www.afpbb.com/articles/-/3009733 AFPBB「なぜ米国はF35戦闘機に巨額を費やすのか?」])、調達価格の高騰が懸念されています。採用予定国にとっては、自国の防衛計画に大きな悪影響を及ぼしかねませんが、F-35の代わりになる選択肢はありません。結果、F-35計画に問題が出ても、そこから足抜け出来ないでいます。

F-35の次のための「武器」

超大国による技術の独占により、F-35のユーザー国は開発国側の都合や問題に、従来以上に引きずられるを得ません。代替案無き状況が生み出した理不尽です。

このような問題を避けるためにも、代替案はあるに越したことはありません。国内で次世代機が開発出来るのがベストですが、それには莫大な資金と時間が必要です。国際共同開発で負担を軽減するにしても、発言力を確保するには自前で技術を持っているかがカギとなります。自国で戦闘機を作らなくても、自国で技術を持っておく事が、自国の防衛計画へのリスクを回避するための「武器」にもなるのです。

まだF-35の配備も進んでいない状況ですが、早くも「次」を見据えた戦闘機計画が立ち上がり始めています。日本でも、X-2をはじめとした将来戦闘機に関する研究は平成30年度(2018年度)に成果がほぼ出揃う予定となっており、それを元にして「次」をどうするか方針が決まります。X-2は、F-35の「次」を見据えた一手でもあるのです。

F-35は様々な問題に直面しましたが、次はどうでしょうか? X-2が良い成果を残し、選択肢が少しでも広がれば良いのですが。

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両方とも森本敏元防衛大臣の名義だけど、中身はほぼ防衛関係者による防衛装備についての内情話。国内の防衛関係者が防衛装備品について、どういう危機感、問題意識を抱いているのか知るのに良い本です。

2016年1月21日木曜日

すしざんまい社長はソマリア沖の海賊を壊滅させたのか?

Twitterでこんな話が話題のようです。

Togetter:ソマリアの海賊を壊滅させたのは『すしざんまい』の社長だったという、なんかスゴイかっこいい話に驚きの声

このTogetterまとめでは、すしざんまいの木村社長が、ソマリアの漁民にマグロ漁を指導し買い取ることで、海賊から漁民に戻したという趣旨の事が述べられています。21日19時30分現在、このまとめは29万もの閲覧数があり、ネットで注目を浴びている記事のようです。

ソマリア沖・アデン湾における海賊は、2000年代後半から国際問題となっておりました。近年になり、当該地域における海賊被害が激減していますが、それに木村社長の功績だと言うのです。事実とすれば偉大な業績でしょうが、本当でしょうか?


ソマリア海賊被害は減少した?

先のまとめの元ネタは、すしざんまい社長のインタビュー記事のようです。

ハーバービジネスオンライン:すしざんまい社長が語る「築地市場移転問題」と「ソマリア海賊問題」

インタビュー記事中、木村社長はソマリアの漁民を支援する活動を紹介し、事業面以外の成果を以下の様に語っています。


木村:いろんな国や国際機関も援助をやっていますが、どれも上滑りのことばかりであまり役に立っていないことも少なくありません。相手の視線に立って、相手の悩みに気がついてあげることが必要なんです。ソマリア沖じゃ一時は年間300ä»¶、海賊による被害があったそうですが、うちが行くようになって、この3年間の海賊の被害はゼロだと聞いています。よくやってくれたと、ジブチ政府から勲章までいただきました。

すしざんまい社長が語る「築地市場移転問題」と「ソマリア海賊問題」


記事では木村社長がいつごろから活動を始めたのか詳細は書いていませんが、「うちが行くようになって、この3年間の海賊の被害はゼロだと聞いています」と述べていることから、3年ほど前からソマリアでの活動を始めたようです。では、ここで当該地域における海賊被害の推移を見てみましょう。

ソマリア沖・アデン湾における海賊等事案の発生状況(外務省資料より作成。2015年のみ7月までの数値)

海賊被害のピークは2009年から2011年で、年間200件以上の襲撃がありました。しかし、2012年からは減少に転じ、2015å¹´(ただし、7月31日までの数値)は襲撃・被害共に0件です。行くようになってから海賊が減ったとは言いますが、2012年あたりに活動を始めたとすると、ちょうど海賊被害が減少に転じてから事業を始めた事になり、ちょっと不整合を感じます。


ソマリア海賊と国際社会

そもそも、ソマリアの海賊問題に国際社会はどう対応していたのでしょうか。

2008年に国連で相次いでソマリアの海賊問題に関する決議が採択され、2009年頃から各国海軍の派遣活動が活発化します。アメリカ、NATO、EU、ロシア、中国等、ほとんどの主要国が艦艇を派遣しています。日本も海賊対策として、2009年から自衛隊の護衛艦2隻を派遣して船舶の護衛活動を続けており、2011年には自衛隊初となる常設の海外拠点をジブチに設置し、航空機による監視活動も行っています。現在も約600名の自衛官、海上保安庁職員が現地での活動に携わっています。

アデン湾でEU艦艇と訓練を行う海上自衛隊護衛艦(統合幕僚監部サイトより)

各国海軍と海賊との間で戦闘が発生した事もありましたが、ほとんどの場合、海賊は軍艦や軍用機を見ると逃走します。海賊のボートと軍艦では戦力が違い過ぎるので、戦いようがないのです。民間船舶の護衛が行われるようになり、多国籍部隊や各国部隊との協調が確立し、警備活動も軌道に乗ると、海賊の被害も減少するようになります。

このような国際社会の警備活動もあり、ソマリア沖の海賊は減少に転じています。このような活動を考えれば、木村社長によって、ソマリア沖の海賊が壊滅したかと言われると、ちょっとそれは言い過ぎだと思います(そもそも壊滅させたのは自分だと木村社長は言っていません)。


国際社会と企業の両輪関係

しかし、かと言って木村社長の功績が毀損されるいかと言うと、これ自体は大変立派なものです

紛争地域の紛争を終結させ、平和な状態へと再建する平和活動のプロセスに、武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)と呼ばれるものがあります。これは武装組織構成員の武装を解除し、教育や職を与えることで、復興の担い手として社会に貢献できるようにする活動です。継続的な平和を維持するためには、かつての武装組織の構成員に、生活できる収入を得るための正業に就かせることが重要です。
元戦闘員に工具箱を手渡すDDR活動(在スーダン日本国大使館サイトより)


国際社会主導の事業は、長期の営利事業として立ち行かないことがままあり、民間企業の役割も大きなものです。しかし、現実的に紛争地域かそれに準じる地域で、事業を行おうとする企業は多くありません。経済が立ち行かないと、その国の平和も乱れ、また紛争に逆戻りするパターンも見られます。

国際社会の軍事的な海賊対処活動で、海賊行為が上手くいかなくなった海賊たちに、マグロ漁師としての道を与えた木村社長は、重要な活動をしていたと言えます。しかし、海賊行為が莫大な利益をもたらしていた場合、そうやすやすと海賊が漁師になるでしょうか? そして、各国海軍の活動で海賊行為が出来なくなったとしても、海賊たちに他に職のアテが無ければ、海賊以外の犯罪で糊口をしのぐのは目に見えています。つまり、国際社会の海賊対処活動と木村社長の活動は、海賊壊滅のための両輪だったと言えます。どちらが欠けていても、成し得なかったでしょう。

しかし、ソマリアの海賊は減少したとはいえ、終わった問題ではありません。ソマリアは依然として統一政権が無い状態で、政府の警察力による取り締まりは期待出来ません。各国の海軍部隊が撤退したらまた海賊が出没するようになるでしょうし、漁民の生活が行き詰まったら、また海賊に戻るかもしれません。今後も国際社会は、各国海軍による警備活動と共に、ソマリア国内の安定化を働きかける必要があるでしょう。

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2015年11月30日月曜日

グラフを変えて見る「過去最高の防衛費」

報道によると、防衛費が初の5兆円台の大台に乗り、過去最高になるそうです。

政府は2016年度当初予算編成で、防衛関係費を今年度(4兆9801億円)より増額し、過去最高の5兆円台とする方向で調整に入った。沖縄の基地負担軽減や、海洋進出を活発化させる中国を念頭に置いた離島防衛力強化に充てる予算を増やすため。防衛費の増加は4年連続。安倍晋三政権の発足以降、一貫して増えている。防衛費が5兆円を超えるのは初めて

<防衛費>初の5兆円台…沖縄基地負担軽減 来年度予算案

今までも概算要求で5兆円超えだった事はありましたが、当初予算で5兆円超えは今回が初めてになりそうです。

記事中では防衛費が4年連続増加していること、社会保障費を除く各経費が横ばいの中での「例外枠」になっている事を指摘しており、防衛費増に否定的な方からは批判の声が上がると思われます。

一般的に防衛費は、国外の情勢に応じて増減されます。周辺国と緊張状態にある時は上昇圧力が働きますし、逆に周辺国と関係が安定すれば大規模な削減も可能です。厳しい財政状況の中、日本が防衛費を増額するのは、活発化する中国の海洋進出を睨んでの事と各紙は指摘しています。日本の周辺情勢が怪しくなってきた、ということですね。

日本の周辺情勢が怪しいとなると、周辺国の防衛費はどうなっているのでしょうか。かつて、日本が防衛費世界2位の時期もありましたが、現在はどうなのでしょう?

そこで、今回はこの20年間の防衛費の推移について、トップグループの中で日本がどの程度の位置にあり、それがどう推移したのかをグラフィカルに見ていくことで、「過去最高の防衛費」がどういった意味を持つのかについて考えてみましょう。



単純な比較が難しい防衛費

防衛費は世界の様々な国で計上されていますが、国によってその内容は大きく異なっています。

例えば、イギリスでは沿岸警備隊はもっぱら救助活動を行う組織で、領海の警備活動は海軍が行うのに対し、日本やアメリカでは海上保安庁や沿岸警備隊のような専門組織が領海での警察活動を行っています。そのため、イギリスと日本の国防費を厳密に比較する場合、海上保安庁の予算も防衛費に含める必要があるかもしれません。

また、公表されている中国の国防費には、装備品の輸入にかかる費用や、装備の研究開発費などの様々な軍事関係経費が含まれておらず、実質的な国防費は公表値の倍近くあるのではないかという推計もあります(中国の国防費については、拙稿 「日本の防衛費過去最高を記録。近隣国は?」を参照ください)。

このような各国の軍事組織や制度の違いから、公表される防衛費を比較するだけでは不十分な事が分かると思います。しかし、比較のための修正は、修正方針の一貫性や修正者の思想まで問題が及ぶため、信頼性と中立性を担保するのは簡単ではありません。

そこで比較には、国際的に定評のあるスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が集計・公表している、各国の軍事支出データベース(SIPRI Military Expenditure Database)のデータを利用したいと思います。SIPRIでは様々な要素を勘案して各国防衛費を集計し、その国の通貨ベースの防衛費や、為替変動を考慮したドル換算の防衛費など、増減に影響を与える様々な条件下でのデータを公表しており、中立性の面でも信頼性が高いとされます。



ツリーマップによる各国防衛費の比較

それでは、現在集計・公表が済んでいる2014年の防衛費トップ15を見てみましょう。一般的に防衛費の推移は、折れ線グラフを用いて表現される事が多いです。しかし、1位が圧倒的で2位以下が近い額で固まっている防衛費を折れ線グラフで表すと、下のグラフのように線が密集して比較しづらい問題がありました。


防衛費トップ15国の防衛費の20年間の推移

そこで今回は視認性を重視して、全体に占める面積で数値の大きさを表すツリーマップ表現を用いてみたいと思います(本来のツリーマップは階層構造を表現するものですが……)。トップ15の中で、どの国がどれだけ防衛費を使っているかがよく分かると思います。

2014年の防衛費トップ15国(出典:SIPRI Military expenditure(current US$))

2014年はアメリカが大きく他を引き離して1位。次いで中国、ロシア、サウジアラビアの2~4位組がトップグループを形成しています。フランス、イギリス、インド、ドイツと来て、9位に日本。10位以降は韓国、ブラジル、イタリア、オーストラリア、アラブ首長国連邦(UAE)、トルコの順で、この15カ国が現在の世界の軍事支出トップ15になります。

この15カ国の防衛費について、20年間の推移を見ていきましょう。

20年前の1995年はどうでしょうか。この頃は日本がアメリカに次いで防衛費2位でした。ソ連崩壊以後の混乱でロシアが大きく順位を落としており、イタリアや韓国よりも低いのは時代を感じさせます。なお。SIPRIのデータベースでUAEの防衛費が集計されるのは1997年以降で、この頃はまだ載っていません。

現在の防衛費トップ15国の1995年時点の防衛費比較
2000年の状況はどうでしょうか。この年もアメリカに次いで日本という傾向は変わりませんが、全体に占めるアメリカの割合が増大しているのが分かります。アメリカ一強です。

現在の防衛費トップ15国の2000年時点の防衛費比較

2005年はアメリカ一強がさらに強まります。2001年の米国同時多発テロ以降、アメリカが戦争状態になったために防衛費が増大したためです。また、日本の順位は5位となり、この年初めて中国(4位)に抜かれる形になっています。

現在の防衛費トップ15国の2005年時点の防衛費比較

2010年になると、アメリカ一強の状況ではあるものの、中国が存在感を見せてきます。2005年よりアメリカの防衛費は増えているのですが、それでもトップ15に占めるアメリカの割合が低下しているのは、中国が金額ベースで倍以上の伸びを見せているためです。2007年以降、アメリカ1位、中国2位という状況が固定化されており、3位以下に大きな差を付けるようになります。一方、日本は安保理常任理事国の下という形になり、この傾向が今に続いています。

現在の防衛費トップ15国の2010年時点の防衛費比較

もう一度2014年に戻りましょう。アメリカ一強であるものの、中国の存在感が年を追うごとに大きくなっています。日本はインドよりも下の順位です。日本は4年連続で防衛費を増額していると言っても、その上昇額が僅か過ぎて、他国の伸びには追いついてない状況です。このペースですと、日本の防衛費が韓国に抜かれるのも時間の問題と思われます。



控えめな「過去最高」

さて、ここ20年の防衛費の推移を見ると、相対的に日本は減少傾向にあり、絶対的な額でも周辺国から突出したものではない事が分かります。防衛費が過去最大となる事をして「軍拡」と批判する向きも見られますが、周辺国とのバランスを見れば僅かな上昇に過ぎず、むしろ抑制的なレベルと言えるでしょう。「過去最高」でも、周辺と比べて突出して高い訳ではありません。

防衛費が抑制的である事は誇って良いと思いますが、その結果として、周辺国との軍事バランスが不均衡が生じるのは良い事ではありません。ですが、現実的に周辺国(特に中国)の増加ペースに合わせた防衛費の増額は不可能と言っていいでしょう。

防衛費の飛躍的な増額が見込めない中、軍事力の不均衡を防ぐにはどうすればいいでしょうか。その1つの答えとして、強い軍事力を持った国との協力関係を強固にする方法があります。つまり、同盟関係の強化です。日本政府が日米同盟の強化を推し進め、集団的自衛権保持についての解釈変更も辞さなかったのには、こういう背景もあるのでしょう。

同じデータでも、グラフを変えてみると、相対的な関係がより分かりやすくなったのではないでしょうか。今回は防衛費がネタでしたが、違った分野でも様々な視点・切り口で見ることで、面白い結果が出るかもしれませんね。


※本記事中では画像ファイルとしてツリーマップを掲載しておりますが、下記URLではツリーマップ画像を生成したJava Scriptによるアニメーションを公開してありますので、興味のある方は御覧ください。

http://dragoner.heteml.jp/index.html

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2015年11月17日火曜日

防衛技術シンポジウム改め防衛装備庁技術シンポジウム2015年レポ(陸上編)

間が空いてしまいましたが、空、海に続いて今回は陸上の研究開発について。

新除染セット

CBRN(化学・生物・放射性物質・æ ¸)による人員・装備・施設への汚染を除染するための新除染セットです。




従来品と比して、下記の特徴を有しています。

  • 機能のユニット化
  • 処理能力の向上
  • 空輸可能
  • 除染廃液の処理(化学科部隊用のみ)
  • ガスによる精密機器の除染

各機能はユニット化されており、水タンクと薬剤タンクを備えた共通ユニットを基本に、除染ユニット、人員除染ユニット、排水処理ユニット等が構成により付加されます。

共通ユニット部の模型
普通科連隊の本部管理中隊等、一般部隊用に装備される新除染セットは、中型トラックに共通ユニットと人員・装備除染ユニット、廃液処理ユニットから構成されています。除染後に出る廃液を処理出来るのが新除染セットのウリですが、一般部隊用は廃液を保管する機能にとどまっています。

新除染セット(一般部隊用)の模型

機能が限定される一般部隊向けと異なり、各師団の化学科部隊に配備される新除染セットは、大型トラックに共通ユニット、人員・装備除染ユニットに加え、処理機能を備えた廃液処理ユニット、液体による除染が出来ない精密機器をガス除染する精密機材除染ユニットから構成されています。

新除染セット(化学科部隊用)の模型
新除染ユニットの新機能である精密機材除染ユニットは、2種類のガス(オゾンと過酸化水素)を戦闘車両等の密閉空間内部に流し、強力な酸化作用により生物剤・化学剤を無害化するものです。ガスで除染することで、液体による除染が難しかった精密機器のある空間の除染が可能になります。

廃液処理ユニット(å·¦)と精密機材処理ユニット(右)
このガス除染については、以前の防衛技術シンポジウムで実証研究結果が展示されていましたが、ついに新除染セットの1ユニットとして装備化されることになりました。研究の展示から装備化に至った例になりますね。わりと短時間で装備化されたと思いますが、需要が高いせいでしょうか。



新除染セットは空輸性が考慮されており、各ユニットの空輸が可能です。ユニットとして積載し、降ろした先でトラックに積み込む他、発電機が備えられているのでユニット単体でも動作可能で、車載でなくても地面に直置きでも大丈夫とのこと。


ハイブリッド動力システム

エンジンにより発電を行い、モーター駆動により機動させるハイブリッド動力システムの研究です。




ハイブリッド車両と言うと、今は自動車でも珍しくはありませんが、様々な方式があります。この研究では、エンジンの出力を全て電気に変換してモーターを駆動させるシリーズハイブリット方式を取っており、数あるハイブリッドでもシンプルな方式です。

戦闘車両をハイブリッド化することで、燃費効率の向上や、エンジンを切ってバッテリーに蓄えられた電力のみで駆動する静音走行、部隊宿営地の電源としての活用などがポスターでは謳われていますが、車軸が無いことによる設計自由度の向上という利点もあります。

しかし、戦闘車両のハイブリッド化は昔から試みてきたものの、バッテリー等の重量が増加するため、かえって燃費が悪くなったり、信頼性が低下する等の問題がありました。その点について気になったので、果たして目論見通りに燃費向上はするのかと質問すると、回生エネルギーを回収することで、かなりの向上が見込めたとのことです。戦闘車両は一定の速度で機動することはそうありませんので、減速が発生する事が多く、そこで減速分の回生エネルギーを回収すれば燃費向上に繋がるという判断のようです。

試験車両として、73式装甲車クラス(73式そのものではない)の装軌車両を三菱重工で製造し、各種試験に供しているとのこと。映像も公開されていましたが、通常動力の装軌車両と遜色のない動きをしておりました。

それと、日本が装軌式とアメリカが装輪式を研究することで、効率的に研究するという日米共同研究が謳われていますが、以前からハイブリッド車両研究はあったものの、日米共同に言及されたのは初めてだったと思います。この点について、ハイブリッド車両研究を始めた当初から分担が決まっていたのか?と質問したところ、たまたま日本が装軌式、アメリカが装輪式を研究していたので、そこから共同研究に至ったのではないか、という話でした(答えた方は共同研究締結時に別部署だったので、おそらくとのこと)。






2015年11月11日水曜日

防衛技術シンポジウム改め防衛装備庁技術シンポジウム2015年レポ(海上編)

前回に続いて、気になったものの海上編を。

トリマラン船体の研究


艦艇装備研究所が研究している高速多胴船で、将来三胴船(トリマラン)船体の水槽試験モデルです。

船体が細長い方が艦艇の高速化に有利ですが、単胴船では甲板面積とトレードオフの関係になっています。しかし、主船体とその両脇の副船体を上部で結合した三胴船では、主船体を細長くする事による高速性と、広い甲板面積の確保を両立出来ます。

「高速多胴船の最適化」として日米で共同研究となり、軽量化のためのアルミ船体の設計技術の確立、波から受ける荷重の影響確認が行われました。本研究は2018年まで続けられますが、現時点での日本側成果として、以下のコンセプトモデルが作られています。

コンセプトモデル
このコンセプトモデルは哨戒・掃海活動に重きを置いたもので、水線長80メートル、基準排水量1160トンという小さな船体でありながら、全長150メートル、基準排水量5050トンのあきづき型護衛艦と同じ規模のヘリ甲板を備えています。以下は発表にあった概略です。

三胴船コンセプトモデル

  • 水線長:80メートル
  • 基準排水量:1160トン(満載1400トン)
  • 最高速力:35ノット
  • ヘリ1機と無人機を格納可能
  • あきづき型とほぼ同等のヘリ甲板面積
  • 武装:76ミリ砲1基、CIWS1基
  • ヘリ格納庫下にテニスコート3面分の無人機格納庫(UUV12機+2機のSSV、または36機のUUV、またはコンテナ)

35ノットの高速性を備えながら、テニスコート3面分の広い格納庫もあるなど、無人機母艦としての能力も備えています。

話を聞くと、沿岸域での活動を主として想定しているとのことで、米海軍のLCS計画の影響を感じさせますが、戦闘艦ではなく、無人機運用能力を備えた哨戒・掃海艦という性格がより現代風のコンセプトになっていると思います。




水中音響通信ネットワーク


続いては、潜水艦や無人潜水機(UUV)に関連する水中通信技術です。

水中での通信は音響信号を用いて通信していますが、一部は未だにアナログで、通信速度や伝達距離に制限が多いものです。この音響通信をデジタル化するとともに、現在の携帯電話、WiFiで使われている変調方式や誤り補正を応用。そして、無線LANのように、通信ノードを海中に複数設置することで、広範囲かつ通信速度に優れた水中音響通信ネットワークを構築するという研究です。

この研究では、ソナーデータの送受信に必要な通信速度10kbpsを、通信距離3kmで達成する効果を目指しているそうです(3kmの伝送はまだ実験していない)。従来の水中通信には大きな制限がありましたが、このネットワークが実現したなら、より高度な情報共有が水中航走体間、あるいは水中航走体と水上・航空部隊との間でも可能となります。

しかし、この研究では鍵となる通信ノードのバッテリー寿命は数日の使い捨て方式になるとのことで、ネットワークは一時的なものに留まります。通信ノードも哨戒機からソノブイみたいに投下出来ればいいかなと思っていましたが、この通信ノードは2メートル四方ほどの大きさで船からの設置を想定しているということでした。先のトリマランのような搭載力と高速性に優れた船とセットで、迅速に設置する運用が良いのかもしれません。



陸上車両の簡易消磁

海上に何故か陸上車両が入っていますが、これは実は艦艇装備研究所による研究です。なんでも、磁気に関する事は艦艇装備研究所の所管となっており、これは陸上車両にコイルを巻いて磁気を小さくするという技術です。


もっとも、この技術自体はかなり古くからあり、磁気感応型機雷が現れた第一次大戦後に、各国海軍で艦艇に消磁コイルを巻いて、磁気を消すことで機雷に引っかからないような研究され、実用化されています。

なんで艦艇の世界で7、80年前に実用化された技術を、今になって陸上車両でやるのかと尋ねたところ、導入される水陸両用車の関係で車両の消磁技術研究を始めたということでした。水陸両用車は上陸時に水際機雷(地雷)源に入る可能性があり、水際機雷は磁気感応式だからそうです。なるほど。

でも、水陸両用車って基本アルミ合金だから磁気は帯びませんよね?と続けたところ、エンジンの消磁は必要という話でした。その場合は、エンジンだけコイルを巻いても良いとのこと。掃海艇用に非磁性エンジンもありますが、大きくて出力も低いため、車両に搭載するのは無理だそうです。

磁気にもXYZの三方向の軸がありますが、この研究では最も大きく効果のある垂直方向(Z軸)の磁気低減を行うため、地面に水平にコイルを巻いています。艦艇では3軸全てにコイルを巻いたりもしますが、この研究の目的は簡易的な方法で効果を得ることだそうで、実際にそれだけで7割の磁気を消磁することが出来たそうです。

水陸両用車はひとまずアメリカ製のAAV7が導入され、その後に新開発の国産に切り替えると言われていますが、消磁についてもあらかじめコイルが車体やエンジンに巻きやすい構造であるなら良いという話でした。

つづく

2015年11月10日火曜日

防衛技術シンポジウム改め防衛装備庁技術シンポジウム2015年レポ(航空編)

毎年、この時期は防衛省技術研究本部主宰の防衛技術シンポジウムのレポを公開しておりましたが、今回は防衛装備庁発足により、防衛装備庁技術シンポジウムと名称が変更になりました。以下は公式サイト。

防衛装備庁技術シンポジウム2015

長いタイトルになって面倒くさいので、引き続き防衛技術シンポジウムで通したいところですが、とりあえず正しい表記で行きたいと思います。が、いつか間違える可能性大。

今回見て回った中のめぼしい研究について、写真を質疑を交えて紹介。



将来光波誘導弾のドーム風洞モデル(3Dプリンタ製作)

将来光波誘導弾ドームの風洞モデル
航空装備研究所ブースに展示されていた、将来光波誘導弾のドーム部分の風洞モデルです。

高空を高速で飛翔するミサイルは、先端部に高い熱を帯びることになり、衝撃も発生するため、内部のセンサーを守らなければなりません。そのために先端部のドームには、高い耐熱性と強度が求められます。これを達成するため、高温に耐えるインコネル718で出来たドームを、3Dプリンタを用いて製作したのが上の写真です。

研究時の風洞試験に使われる研究試作品は、量産品と違って生産数は僅かです。そのため、コストのかかる金型は製作せず、削りだしによる製造に頼っていました。従来の削りだしでは、製造に3ヶ月かかっていたところ、金属3Dプリンタでは5日で製造されたため、大幅な時間短縮を成し得たとのこと。



新無人標的機

新無人標的機
無人標的機チャカⅢの後継として開発された、国産無人標的機です。地対空または空対空戦闘訓練における標的として用いられます。発射台からロケットモーターで発進後、ジェットエンジンにて飛行します。

チャカⅢはアメリカで開発したものをライセンス生産する形を取っていたため、1機あたり1~2億円する高価なものでした。新しく開発されたものは完全国産化され、1機あたり5,000万円と大幅なコストダウンをしています。機体・エンジンの製作は川崎重工です。

新無人標的機 後ろから
コスト低減の他、最大速度もチャカⅢのマッハ0.7に対し、マッハ0.8に向上。また3G旋回も可能で、より高度な訓練も可能になります。

最後尾に回収用のパラシュートを格納
チャカⅢが5回使用で廃棄されるのに対し、こちらは使い捨て設計です。5回使用と使い捨てでは、使い捨ての方が高いように思われますが、高価なトランスポンダ(翼の付け根上部付近)は回収・再利用されるので、トータルで見てもチャカⅢよりコストが抑えられる事がウリになっています。

エンジン排気口
左右2つにエンジン排気口がありますが、搭載しているエンジンは川崎重工のKJ14ジェットエンジンが1基だけです。

機体・エンジンは川崎重工、地上の指揮装置等はNECの製造です。

チャカⅢというと、海上自衛隊の訓練支援艦くろべ等からの発射のイメージが強かったのですが、この新無人標的機は今のところ陸上自衛隊と航空自衛隊への配備が決まっただけで、海上自衛隊のフネで運用する予定は無いという話でした。そこだけ不可解。



次期機上電波測定装置(C-2EB?) 

次期機上電波測定装置(と搭載母機のC-2)のパネル
次期機上電波測定装置がパネルと模型で説明されていました。現在、開発が行われているC-2輸送機の試作2号機に搭載し、YS-11EB電波測定機の後継機として運用される予定だそうです。配備されたらC-2EBとでも呼ばれるのでしょうか。

次期機上電波測定装置の説明パネル
機上電波測定装置とは、航空機に搭載して、平時から電波を定常的に観測・収集するELINT(Electronic intelligence:電子情報収集)活動のための装置で、これを搭載してその任務に就く航空機を電波測定機、ELINT機、電子情報収集機などと呼び、現代戦では非常に重要な地位を占める装置・機体です。

上の図に運用構想図が出ていますが、「右で地上施設とやりとりしているのナンデ? 緊急性・即応性が求められるわけではない電波観測に地上伝送なんて必要なんですか?」 と質問したところ、確かに必要性は薄いが入れてみたとのことで、実際には収集データも膨大になるため、機上から伝送せずに記録メディアでやり取りした方が良いだろうとのことでした。

搭載母機のC-2輸送機模型
従来のYS-11EBと比べ、C-2は機内容積に余裕があるため、搭載する機材のサイズや、オペレーターを増やすことも出来るという話です。

開発は平成16å¹´(2004å¹´)からスタートして、各種機器も製作されましたが、搭載母機のC-2輸送機の開発が遅れに遅れたため、未だに機上試験に至っていない状況にあるようです。しかし、前述のとおり、C-2試作2号機への搭載が決まり、もうすぐ引き渡しになりそうだという話でした。

YS-11EBは新造だったらしいですが、今回は試作機の改造ということで、試作品の流用というのは今後増えていくのではないかとも。


続く

2015年10月27日火曜日

人類の叡智としての「戦争法」

安全保障関連法案が成立して既に一ヶ月が経ちましたが、野党を中心に法の廃止を目指す動きは盛んです。
法案の採決から一ヶ月を迎えた19日には、こんな集会もありました。


 安全保障関連法の採決が強行されてから1カ月の19日にあわせ、法律に反対する市民団体「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会」は、国会前でデモ活動を行った。今後も毎月19日、法律の廃止と安倍晋三内閣の退陣を求め、行動を続ける。

午後6時半からの集会で、国会前の歩道を埋めた人たちは「戦争法は今すぐ廃止」「戦争させたい総理はいらない」と訴えた。



法案に対する抗議活動自体は、民主主義国ならば当然の政治活動・意思表示ではあります。しかし、安保関連法案に反対する人々が好んで使う「戦争法」という表現について、私は未だに違和感を抱いており、この言葉を乱用に対しては明白に不信感を持っています。なぜなら「戦争法」とは、人類が長い歴史の中で、やっと手にした叡智であるからです。

無法な戦争

戦争とはどのような行為を指すのでしょうか。一般的な定義としては、国家間の紛争の解決法として相手国に対して武力を用いて、自国の意思を強制させるというものです。言い換えますと、「言うこと聞かない相手を殴って言うこと聞かせる」のが戦争です。この定義に当てはまらない戦争も見られますが、とりあえずここでは国家間戦争の一般的な紹介に留めます。

法を定めるのは国家ですから、国家間の戦争は国家の法の外に置かれている事になります。通常定められているルールから外れた、暴力の応酬ということになります。しかし、それでは戦争は際限なく拡大するだけなので、戦争を制限する「法」はありました。中世ヨーロッパでは、超国家的影響力を持つ教会が、強力な威力を持つ弩(いしゆみ)の禁止、聖職者や旅行者、平和的人民の殺傷を禁じた法規を出しています。しかし、これらの法規は傭兵による戦闘が主だった中世では実際に守られていたとは言えず、また異教徒は保護の対象外でした。これらの法は中世以降も慣習法として西欧社会にあったものの、強制性も実効性も担保されたものではありませんでした。戦争は無法だったのです。



戦争に法を与える

18世紀末のナポレオン戦争以降、近代国家による大量動員と技術の発展により、戦争がより大規模に、より凄惨なものになっていきます。1859年にサルディーニャ(後のイタリア)・フランス連合軍とオーストリア軍が衝突したソルフェリーノの戦いでは、両軍合わせて20万人を超える大規模な戦闘となり、両軍が想定外の接近戦を繰り広げる凄惨なものになりました。

Carlo Bossoli画 「ソルフェリーノの戦い」

たまたま商用でソルフェリーノを訪れていたスイス人実業家のアンリ・デュナンはこの戦闘を目撃し、戦闘終了後も若い負傷兵たちがろくな救護もされずに苦しんで息絶える様に衝撃を受けました。デュナンはこの経験を「ソルフェリーノの思い出」として1862年に出版し、戦争における傷病兵の救護を行う組織の創設と、傷病兵の救護に関わる国際的な協定締結を呼びかけました。このデュナンの呼びかけにより、傷病兵の救護組織として赤十字国際委員会が設立され、戦争をただ否定するのではなく、実際に起きている戦争犠牲者の救済を掲げた現実主義としてスタートしました。

国際的な協定締結については、1864年にスイスのジュネーブで「戦地軍隊における傷病者および病者の状態改善に関する条約」が締結されました。この条約以降に傷病兵の扱いのみならず、戦争における捕虜、民間人の扱いについても国際的に取り決めが行われ、1899年にはハーグ陸戦協定によって、戦争(陸戦)での禁止行為が定められます。これら戦争に関する国際法規を総称して「戦争法」と呼び、国連憲章によって戦争が"法的に"存在しなくなった現在は、武力紛争法あるいは戦時国際法などと呼ばれているものの、今でも報道や研究で本来の「戦争法」を目にすることができます。



汚される「戦争法」

さて、戦争反対にも様々なアプローチがありますが、こと日本に関して言えば、戦争の根絶を標榜し、戦争と関係するもの全てを否定するという向きが多く見られます。「戦争法」呼称についても、安保関連法案を全否定する意味で、戦争と結びつく法案と命名したのと思われます。

「戦争法」というインパクトは強烈です。戦争に法が直結している事を一言で説明し、脅しをかけるという点で優れたフレーズです。小泉政権では、一言で表した政治的キャッチフレーズを多様するワンフレーズ・ポリティクスが使われましたが、そういうのを批判してたはずの野党の側でもすっかり定着したんだなあ、と思わせます。しかし、この安直なレッテルは、法無き戦争に法を与えた、人類がようやく手にした「戦争法」をも毀損し兼ねない行為ですし、既に意味的な汚染が始まっています。「戦争法」と論文検索をすれば、最近は安保関連法案に反対する論陣によるものばかり出てきます。国際法としての戦争法を知りたくても、このような状況は障害にしかなりません。

前述したように、戦争に反対するにも様々なアプローチがあります。デュナンが提唱した赤十字国際委員会は、戦争そのものは否定せずとも、現実に起こる戦争の悲惨さを抑えるべく活動しています。戦争法についても同様で、戦争の完全な根絶は困難だから、せめて戦争に法を課して被害を極限しようとしています。戦争を根絶すべきものとして全否定するのもアプローチのひとつです。しかし、「戦争法」呼称で従来の戦争法まで汚しかねない活動は、現実的なアプローチに対して「戦争」を吹っかけるような真似になってやいませんか?


【参考】


国際人道法 戦争にもルールがある
小池政行
朝日新聞出版 (2002-01-25)
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基本的に20世紀までの動きしか入っていないものの、「戦争のルール」とその動きについて、コンパクトにまとまった一冊です。日本のジュネーブ諸条約加盟状況などが今とだいぶ異なるため、増補版を期待したいところ。


赤十字国際委員会公式サイト

赤十字国際委員会の公式サイト(日本語)。「資料」にある各種パンフレットは、戦時下のルール、権利などを広く伝えるために公開されており、有用です。英語の本部サイトは、日本語以上にWikipediaにも無い情報があったりしてよいです。

2015年10月17日土曜日

観艦式予行に行ってきました改め観艦式の見方

前回の続きです。

相模湾に艦艇が集結し、11時には掃海輸送ヘリMCH101により、観閲官(18日の本番では安倍首相)が観閲艦くらまに乗艦します。

観閲艦くらま(写真前方左)
ここで観艦式に参加する艦艇について整理してみましょう。観艦式には大きく分けて、以下の部隊が参加しています。

  • 観閲官(本番では安倍首相)が乗船し、観閲行う観閲部隊
  • 観閲部隊と距離をおいて並走する観閲付属部隊
  • 観閲を受ける受閲艦艇部隊
  • 受閲艦艇部隊の後方に続く祝賀航行部隊

この4つの水上部隊に加え、航空機から成る受閲航空部隊も参加します。

参加数が多い各艦艇部隊については、下記に表でまとめました。

平成27年度 自衛隊観艦式 参加艦艇一覧

自衛隊の艦船だけでも30隻以上、祝賀航行にも5カ国から6隻もの艦艇が参加するそうそうたるイベントな事が分かると思います。

多くの艦艇が参加しますので、名前が分からない艦も多く出てくると思います。そういう時は艦首付近に書いてある艦番号でその艦の名前が分かりますので、参考にしてください。


観艦式の流れ

艦艇の位置関係が分かりづらいと思われますので、観艦式の流れについての説明に移る前に、まず簡単な図を作成しました。図中で記号化されている艦艇などは、実際の数を反映したものではないので、そこを注意して御覧ください。

自衛隊観艦式の流れ

11時になると、観閲艦に観閲官がMCH-101掃海輸送ヘリから乗艦し、観閲が始まります。観閲部隊は先導艦むらさめを先頭に、観閲艦くらま、随伴艦のうらが、てんりゅう、しらゆき、ちはや、ちょうかいの7隻が一列に並んで航行します。観閲艦の左手遠方には、観閲付属部隊の艦艇が並行して航行しており、観艦式の間は観閲部隊と並走しています。

観閲部隊と観閲付属部隊の間を、受閲艦艇部隊がすれ違う形で航行(反航)します。観艦式に行かれる際は、自分の乗艦と受閲艦艇部隊がどのような位置関係にあるか、事前に確認しましょう。観閲部隊の場合は左舷、観閲付属部隊の場合は右舷が受閲艦が見える位置になります(平成27年度の場合)。

受閲艦艇とその後方に続く祝賀航行部隊とすれ違い終えると、後方から受閲航空部隊が観閲部隊を追い抜く形で通過していきます。海上自衛隊の航空機のみならず、航空自衛隊の戦闘機、陸上自衛隊の攻撃ヘリから、アメリカ海軍のP-8Aポセイドン、アメリカ海兵隊のMV-22オスプレイといった最新鋭機が、初めて自衛隊観艦式に登場します。

受閲航空部隊に初参加のMV-22オスプレイ
12時26分には観閲が終了すると、部隊は回頭して、先ほどの進行方向とは逆に進みます。この艦艇が回頭する瞬間はシャッターチャンスです。




晴れた日は富士山を背景に回頭する瞬間が観れるので、その瞬間を収めようとカメラマンが集中します。

富士山とくらま
部隊が反転し終え、12時44分になると訓練展示が行われます。艦艇の射撃や運動、潜水艦の潜水、浮上といった訓練を各艦・航空機が展示します。航空自衛隊のブルーインパルスによる飛行展示も行われた後、13時22分に訓練展示は終了。14時には観閲艦がヘリで退艦し、15時に観音崎付近を通過する際に祝砲が撃たれる以外の演目を終えます。

煙幕・フレアを放出して進むミサイル艇

ここからがまた長く、相模湾から横須賀港などの停泊地に戻るのに何時間もかかります。艦内はかなりの部分が出入り出来るので、興味があれば見学も出来ます。乗員の指示にしたがって、立ち入り禁止区域に入らないよう見学しましょう。


参加にあたって

観艦式は3年に1回のイベントであり、次回の開催は2017年になります。開催が近づいてきたら、防衛省、海上自衛隊のサイトを確認して、観艦式の抽選応募が無いかチェックしましょう。

最近は自衛隊関連イベントのプラチナチケット化が激しく、観艦式も例外ではありません。オークションサイトを見ると観艦式の乗艦チケットも出品されていますが、そういうのには手を出さない方が正解です。近年はテロ警戒が厳しいため、チケットとその当選者確認を厳重に行っています。自衛隊側は当選者の名簿を持っていますので、当選者の名前と異なる場合、乗艦を拒否される可能性があります。間違ってもオークションを利用するのはやめましょう。

運良く当選した場合も、注意すべきことが多くあります。

まず持ち物です。半日艦上にいますが、昼食の用意を自衛隊ではしません。あらかじめ昼食と飲み物を持って行きましょう。また、長時間にわたって揺られるため、船酔い対策に酔い止めを持っていくことをおすすめします。

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続いて服装です。10月とはいえ、遮るもののない日差しに長時間晒されますので、長袖の用意は必須です。つばの広い帽子や、サングラスといった日光対策も重要です。サングラスは反射光をカットする偏光機能のあるものが、観閲を見る際にも役立ちお薦めです。



また、長い間洋上に出るため、体の調子をあらかじめ整えることはもとより、いつも飲む薬なども忘れずに持って行きましょう。予行1日目では、練習艦しらゆきで急病人が発生したため、ヘリで搬送されるという騒ぎもありました。また、艦上は狭いスペースなため、どうしても人との接触が避けられません。カメラなどの高価な機材も持っている人が多いため、私はトラブルがあった時に備え、1日だけ国内旅行保険に加入してカバーしました(ネット契約で199円でした)。



観艦式は海の上でのイベントで、陸で開催されるものとは性質がかなり異なることを認識しましょう。まず無いと思いますが、艦上から海に落ちたら命に関わるのは言うまでもありません。用心して越したことはありません。

さて、ここまで実際に参加された場合を想定して書いてきましたが、プラチナ化著しいのにどうすれば行けるの?とお悩みの方も多いかもしれません。そんな方のために、18日の観艦式本番では、インターネットでの配信が予定されていて、パソコンやスマホで生中継が見れます。観艦式公式サイトでの配信の他、ニコニコ生放送Ustreamでも配信されますので、これを機会に生中継でご覧になってはどうでしょうか。



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我ながら酷いオチだ(おわる