兵糧攻め問題から見る、ファンタジー世界に於けるゴブリンの生態


から始まる「ゴブリン兵糧攻め談義」が勃発している(まとめ1、まとめ2)。
いやまあ議論自体は昔からあるものに過ぎないのだが、私としては「GMの考えたシナリオをぶち壊す提案の是非」そのものよりも、ゴブリン退治というファンタジーTRPGに於ける基本的ミッションの妥当性の方に興味が向いたので、主にその辺を考える。

そもゴブリンとは何か、というのはまあゲームによって設定に差があるかとは思うが、

  1. 小柄な人型モンスター
  2. 繁殖力が強く群れを為す
    1. しばしば近縁種を伴う階層社会を形成
  3. 独自の言語を持ち簡単な道具の作成や低レベル魔法を操る程度の知能がある
    1. 農耕文化を持たず、多く掠奪を伴う不定住生活
    2. 建築文化も持たず、多く穴居性
  4. 猜疑心や警戒心が強い

といった感じに描かれることが多いようだ。

これらは主に遭遇時の証言及び推測に基づくもので、詳細な生態の研究事例は少ない。
交戦時の動向から主に戦力面による序列が確認されるが、呪術師や生産担当者の地位などを含めた群れの社会構成は判然としない。経済については恐らく物々交換ベースで貨幣価値を認識しない(ただし装飾素材としての価値を認める)だろう。
繁殖力の高さから判断するに新生児死亡率が高く個体年齢についてはピラミッド型の分布が予想されるが、雄雌比……というか、そもそも性差に関する報告例がないため有性生殖による繁殖なのかどうかすら不明である。しばしば居住区域の掃討が行なわれてきたにも関わらず妊娠個体や新生個体、あるいは「女王」のような出産特化個体などの目撃証言がないところを見るに、分裂などヒト類とは根本的に異なる繁殖形式を持つ可能性も否定できないが、駆除の経験から体構造はヒト属と類似していることが判明しているので生殖に関しても概ね同様の方式ではないかと考えられる。にも関わらず幼生個体などの話が出ないのは、冒険者による駆除がゴブリンの移住後短期間のうちに実施されることが多く出産に至る前に駆除されている可能性が指摘される。

いずれにせよ社会性からして小規模でも20〜50程度の個体を伴って移動しているだろうと思われる。ボス個体の他に呪術師を伴うなど複雑な構成の群れである場合は100を越える可能性もある。従って戦闘による駆逐を考えるのであれば数的不利をどう覆すかを考える必要があるだろう。
単体としてのゴブリンは士気も低く脅威度も低いが、数的優位にある時は攻撃性が高まる傾向がある。また逃げる先があれば率先して逃げるが、追い詰められると死にもの狂いになるので、行き止まりの多い場所では意外に戦い難いかも知れない。
穴居性のため狭隘箇所を利用すれば同時接敵数を抑えられる可能性はあるが、侵入戦である以上は地の利が敵側にあるわけで、基本的には防御設備を含む縦深防御陣地を寡兵で突破するという悪条件下での戦闘になる。また小柄なゴブリンの住居がヒトの侵入に充分な広さであるとも限らない。閉所戦闘に長けた専門集団ならばまだしも、駆け出し冒険者には分が悪い。可能ならば直接戦闘を避ける方向で手を考えた方が良さそうだ。

食性についても謎が多い。しばしば作物や家畜を掠奪することから察するに雑食性ではないかと考えられるし、火を使うことはできるようなので調理文化は持っているかも知れないが、保存食や発酵食品の製造にまでは到達していないようだ。従って酒を飲んでいるとすれば掠奪したものだろう。
個体の1日あたり摂取量などは判明していないので、兵糧攻めを行なうとすれば持続期間が読めないという問題が出そうだが、生態構造が似通っているということはヒトに対する兵糧攻めと極端に異なることはないだろうと思われる。ただし共食いによる生存期間の向上など、対ヒトでは発生可能性の低い状況も考慮せざるを得ず、不確定要素の多い運用になることは否めない。

恐らく熱への耐性はそう高くないと予想されるので、火攻めは有効な手段となり得る。とはいえ土中閉鎖空間への火攻めはそう簡単なことではない。特に天然の洞窟ではなく掘削による巣穴である場合は水捌けなども考慮し奥を高く作っているだろうから、油を流し込むなどの手段は使えないかも知れない。そもそも中近世では油というのは結構高価なもので(江戸時代では米一石と菜種油二斗がだいたい同じ値段)、オイルによる火攻めはコスト的に見合わない可能性が高い。
煙による窒息を狙う方法はあるが、魔法などで強制的に風の流れを作るのでもなければ流入量は決して多くないだろう。背が低い分だけ上に溜まる煙の影響を受け難く、もちろん油と同様の理由で下に溜まる瘴気などは使えない。精霊魔法の場合、煙や瘴気などとの相性も考える必要がありそうだ。
ただ、ゴブリンが呼吸する生物であるならば奥まったエリアには通気口が必要だろうし、そういったものがあるならば空気の流れも生じるだろう。となると直接火が回らないまでも熱は流れ込むことになり、火攻めは(周囲への延焼さえ防げるならば)最有力な手段と言えそうに思われる。

巣穴の位置については長雨や水害なども考慮し、水捌けの悪い低地に居を構えることはないと思われる。従って水攻めを実施しようとすれば(何らかの魔法的手段でない限り)大規模な工事が必要となり、ちょっとできそうにない。現実でもあまり成功事例のない方法でもあり、おすすめできない。

巣穴の構造については既存の洞窟/廃墟利用によるものか掘削によるものかによっても異なり一概には言えないが、小柄で多産なゴブリンはファンタジー世界の食物連鎖にあって決して上位に位置するものではなく、むしろ死亡率の高い存在である以上、生存のために工夫を凝らしているだろうと考えられる。となれば歩哨や罠、呪術的仕掛けの他にも、入口を狙われた時に備えた裏口の用意は怠らないだろう。従って何らかの殲滅作戦を実行するのであれば裏口を突き止め使用不能にする必要がある。

巣穴の中にいる20〜100ほどのゴブリンを封じ込めるにはどのような方法があるだろうか。
まず、歩哨が警報を発する前に速やかに殺害する必要がある。音は魔法的に防止するとしても、見つからずに接近し奥へ逃げ込まれる前に倒すには相応の手腕が必要だ。
歩哨さえいなくなれば、奥から交代要員が出てくるまでは時間が稼げる。とはいえ入口の封鎖は土木工事であり、どうしても時間がかかる。なるべく簡易な工事にするとしても、木の杭を打ち並べて壁を作り、支えを噛ませて倒壊を防ぎ、その後ろに土嚢を積み上げるか、もう1列壁を作って間に土砂を流し込むぐらいのことは必要になるだろう。しかも資材を斜面中腹まで運び上げる必要があり、かつ発見されないぐらいに遠い距離で待機してから一気に接近せねばならない。ゴーレムなど力仕事に向いた使役存在を利用できるぐらいの力量ならともかく、駆け出し冒険者ならば村人の協力を仰ぐ必要がある。自分たちの村を守るためであるのである程度の協力はしてくれるかと思うが、戦闘を含む危険行為に付き合わせるのはちょっと無理だろうし、村の規模にもよるが工事に充分なだけの人手が確保可能かどうかはわからない。
一番簡単なのは入口を崩落させてしまうことだが、それほどの威力がある魔法攻撃を覚えているのでもなければ中に入って作業することになり、当然ながら落盤事故を含む危険がある。いずれにしてもなかなか厳しい。

さて、こうして色々とゴブリンの生態について考えてみると、基本ミッションであるはずのゴブリン駆除が意外に危険度の高い仕事であるらしいことが見えてくる。これは駆け出し冒険者に任せる類いの仕事ではないんじゃなかろうか……まあ「冒険者なんか使い捨てのゴロツキ」という世界設定ならば別だが、それにしても安くない金を払うことになるはずなので確実性に乏しい冒険者の駆除に頼るよりも他の方法がありそうなものだ。

ファンタジーの亜人種食性問題については「オークのロジスティックス」という素晴らしい先行研究事例があることをすっかり失念していたのでここにご紹介しておく。