自費出版した本がなぜ書店に並ばないか

 共同出版方式で自費出版した本がほとんど書店に並ばなかったと出版社を訴えた著者が話題になっている。なぜ並ばないか、書店と出版社の関係があまり知られていないと思う。
 まず書店に並んでいる本のほとんどは書店のものではない。書店は出版社から預かっているだけだ。例外があって、岩波書店の本と未来社の本は書店の買い切りが原則なので書店のものだ。(だからこの2社の本を置いている書店は少ない)。
 書店に並んでいる本はこの買い切りを除くと大きく分けて2種類がある。一つは新刊委託で新刊の発行から4か月間だけ書店が預かっているもの。その期間を過ぎると返本ができない決まりで書店が買い取らなければならない。もう一つは常備寄託で、出版社とのあいだに契約を結んで、決められた本を1年間だけ預かり、その間に売れた分は補充し、1年後に精算する。
 さて書店の棚には限界がある。流通している書籍の種類は膨大だ。物理的に書店が並べうる書籍の点数はその何百分の一か何千分の一にしかすぎない。書店にとって、限られた棚で効率よく売るためには売れる本だけ並べるのが良いに決まっている。自費出版の本は一般の本より売れる確率が低いだろう。売れない本を本屋は並べたがらない。近ごろ大型書店が増えているのは大きければ大きいほど多くの種類の本が並べられるためだが、それでも限界がある。
 実は書店に並べるためにはもう一つの大きな関門がある。取り次ぎの存在だ。日販、トーハン、大阪屋、中央社等々、これら取り次ぎという卸が出版社と書店を結んでいる。この取り次ぎが新刊の選別をする。
 出版社が新刊を3,000部刷ったとする。取り次ぎへ見本を持参する。何部取ってほしいかと取り次ぎの担当者が聞く。日版さんには500部と思っていますがと希望を述べる。が数日後電話で伝えられるのは300部だ。結局数社の取り次ぎを合わせてもやっと1,000部くらいにしかならない。その1,000部が全国の書店に配本されるが、早ければ1週間そこそこで返本される。たしかに書店には配本されたのだが、書店は陳列することなく即返本したのだ。普通の出版社の本でさえ、書店に並べてもらうのは大変なのだ。
 友人が文藝春秋社からノンフィクションの本を出したとき、私は発売日に東京上野で一番大きな書店に買いに行ったが置いてなかった。書店の人がその本の発行部数は何部かと聞くので、6,000部だと言っていましたと答えると、その数字だと上野の本屋には1冊も配本されませんと言われた。
 別の友人の出版社が原田泰治画集を出版したときのこと、初版のほとんどを取り次ぎが取ってくれた。そこへ読者からの注文が入り、出版社では在庫がなく、あわてて増刷した。半年後取り次ぎから大量の返本が戻ってきた。増刷分と初版の返本で在庫の山ができてしまった。
 新刊に関して書店が4か月だけ預かることになっているのと同様、取り次ぎは6か月だけ預かる契約になっている。このため発行半年後に取り次ぎから返本されてくるのだ。現在この返本率が40〜50%になっているはずだ。
 どこの出版社も書店の棚を確保するのに必死だ。(「棚を確保する」という言い方をする。出版社の営業の大きな仕事の一つがこれだ)。自費出版を扱っている出版社は著者から制作費をもらっているので、普通の出版社のように必死で売る動機がない。書店の棚もほとんど確保していないだろう。
 私は自費出版することを否定しているのではない。そのような本が書店に並ぶと考えることが幻想であることを知ってほしい。
 閑話休題。自費出版の適正な発行部数は何部か? 答えは年賀状の数と一緒、だそうだ。