「逆さまの逮捕事件」弁護人の意見書


萩尾健太弁護士による意見書。
この意見書提出直後、「黒い彗星」氏は釈放されたという。

http://d.hatena.ne.jp/free_antifa/20101209/
より転載

まず、暴力をめぐる「さかさまな逮捕」をめぐって。

報道によれば、被疑者は、本年12月4日午後3時25分ごろ、東京都渋谷区神南の路上で、デモに参加していた60代の男性に飛びかかり、暴行を加えたととの被疑事実で現行犯逮捕されたと当職は聞いている。

 しかし、被疑者は実際にはかかる行為はなしていない。

 このデモは、右翼団体「在日特権を許さない会」(以下「在特会」という)が主催したものである。昨年12月4日に、京都朝鮮第一初級学校を襲撃し、児童たちに対して拡声器で聞くに堪えない差別・拝外主義的な罵詈雑言を浴びせ、暴行、破壊行為を繰り返すなどし、襲撃実行犯の一部は逮捕、起訴された。ところが、在特会はこれを「義挙」とし、犯罪者を「勇者」と崇めている。今回のデモは、その1周年を記念したデモである。それに対して、心ある市民が怒りと抗議の声を上げるのは当然である。

被疑者も、このデモに対して抗議の声を上げていたところ、在特会の協力団体である「主権回復をめざす会」の西村修平が、被疑者に対して、頭を下げた姿勢で突進してきた。

被疑者がそれを払ってかわしたところ、西村は転がり、それを合図に、在特会や「主権回復をめざす会」のメンバーが、被疑者に襲いかかり、持っていたハンドマイクで被疑者を殴る、頭髪や襟首をつかむ、蹴る、日の丸の旗竿で突く、などの暴行を加えた。

その結果、被疑者はハンドマイクで殴られた右額を切って出血し、左眉毛の上や、左目の下、唇の横などにも擦り傷や切り傷を負い、左膝にも擦り傷を負って出血した。

このように、真実は、被疑者は傷害の被害者であり、本来、捜査の対象となるべきは、在特会や「主権回復をめざす会」のメンバーなのである。

 よって、被疑者には暴行罪はおよそ成立しない。

 したがって、被疑者には「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(刑訴法207条、60条)が認められない。

さらに、現行犯逮捕のタイミングがデタラメであることについて。

被疑者は「現行犯逮捕」されたとされている。

 しかし、在特会や「主権回復をめざす会」のメンバーが被疑者を暴行した後、警察はそれを引き離して、被疑者と15分程度、現場で雑談をしていた。その後、「保護する」と言って、手錠をかけることもなく、被疑者をパトカーに乗せ、渋谷警察署へ連れて行った。 そして、午後4時27分頃、渋谷警察署の取調室に入ったところ、その場でようやく「現行犯逮捕する」と告げたというものである。

 しかし、現行犯逮捕は、言うまでもなく「現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった者」を逮捕する場合を言うのであって(刑事訴訟法212条)、15分程度も現場で雑談をし、「保護する」(右翼団体から身を守る、という意味だと解釈される)と言ってパトカーに乗せる、というのでは、もはや「罪を行い終わった」と言える状況ですらない。「犯行との時間的・場所的接着性」をもはや欠いている。

そもそも、本来、苛烈な人権制約である逮捕は、裁判所による令状審査にかからしめ、もって適正手続を担保し、人権侵害を防止する、というのが憲法33条の趣旨である。その例外として、現行犯逮捕が認められるのは、犯行と接着しているために、濫用の危険が少なく、かつ、逃亡及び罪障隠滅の防止という目的を遂行するには令状審査を経る時間的余裕に乏しい為である。

 しかし、雑談をして「保護」すると言いつつ、警察署に来てから現行犯逮捕する、というのでは、現場においては逃亡及び罪障隠滅の防止という目的が認められなかったものといえる。そうであれば令状請求の手続を得るべきであるがそれを行わなかったのは令状主義の潜脱である。また、逮捕が後で告げられなかったことにより、弁護人依頼も実質的に遅れるなど、被疑者の防御権が実際に侵害された。