東京都議会議員選挙で大敗した自民党とともに不振に終わった民進党。だが、同党の憲法調査会の会長を務める枝野幸男氏は、「一つの選挙の結果で改正の動きが止まるような手法自体に問題があった」と指摘する。安倍晋三首相は強引な解釈改憲を巧みに固定化しようとしていると枝野氏は切って捨てる。野党第一党は憲法改正の動きにどう取り組むのか。枝野会長に聞いた。

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東京都議選で自民党は歴史的な大敗を喫しました。民進党も振るいませんでしたが、これによって憲法改正の潮目が変わったのでしょうか。民進党はどう対応していきますか。

枝野:そもそも、憲法改正のような重要なものを目の前の一つの選挙の結果で変わるような進め方でやっていること自体が間違っているのです。

<b>枝野幸男(えだの・ゆきお)氏</b><br />24歳で司法試験合格、弁護士となる。 1993年日本新党から衆議院議員選に立候補し、初当選(当選8回)。民主党政権の2010年2月、内閣府特命担当大臣(行政刷新)。同6月、民主党幹事長、2011年1月、内閣官房長官、2011年9月、経済産業大臣。2016年には民進党初代幹事長を務めた。現在は民進党憲法調査会長(写真:鈴木 愛子、以下同)。
枝野幸男(えだの・ゆきお)氏
24歳で司法試験合格、弁護士となる。 1993年日本新党から衆議院議員選に立候補し、初当選(当選8回)。民主党政権の2010年2月、内閣府特命担当大臣(行政刷新)。同6月、民主党幹事長、2011年1月、内閣官房長官、2011年9月、経済産業大臣。2016年には民進党初代幹事長を務めた。現在は民進党憲法調査会長(写真:鈴木 愛子、以下同)。

 本来は、目先の状況に左右されないように党派を超えて幅広い合意形成をして進めるのが憲法改正の在り方です。(かつて憲法改正議論に取り組み、2000年に衆議院に設置された憲法調査会の会長を長く務めた)中山太郎・元外務大臣は、与野党が合意を形成しながら憲法改正を進めるという考え方で一貫してやってこられた。

 与野党ともその方針を踏襲しながらやってきたのに、それを(5月初めの憲法改正促進発言で)勝手に壊したのは安倍晋三首相だ。その動きが、(都議選敗退という)向こうの事情でどうなろうと、こちらには基本的に関係はありません。

「改憲しなくても自衛隊は合憲だ」

安倍首相は改正で、9条に自衛隊の存在を明記する3項を加えたい考えです。どう対応しますか

枝野:安倍首相は、自衛隊を合憲化するために3項を加えると言っているようです。しかし、今、自衛隊は違憲なのですか。そうではないでしょう。

 首相は言っていることが全く支離滅裂なんですよ。2015年に成立した安全保障法制(注1)前の自衛権解釈について、政治の現場で「違憲だ」という人はいません。共産党ですら「当面は認める」と言っています。安保法制に際して集団的自衛権の解釈変更を行って、状況は変わりました。しかし、違憲になったわけではない。だから、安倍首相が目指している9条の改正で自衛隊を合憲化するかのような発言は、全く意味不明です。自衛隊は、今でも合憲です。

注1:武力攻撃事態法や国連平和維持活動協力法などの改正10本を束ねた「平和安全法制整備法」と、国会の事前承認で、自衛隊を紛争地に派遣できるようにした「国際平和支援法」からなる。

つまり、9条を改正する必要はないと。

枝野:そのようなことを言うなら、むしろ条文上は違憲に読めるけど、解釈で合憲にしている私学助成金などの方こそ先に改正すべきではないですか(注2)。自衛隊については、解釈で専守防衛を合憲にしてきたことに合理性があると言えます。私学助成のほうがよほど問題はあるはずです。

注2:憲法89条は、公金その他の公の財産は公の支配に属しない教育などへの支出を禁じている。私学助成は、これに抵触するとの意見もある。

 安倍首相は、「3項を加えても従来の解釈は変えない」と言っているようですが、安保法制などの経緯を見ると勝手に解釈を変えた当人が、今回は解釈を変えないと言っても何の説得力もありません。

今のままでは自民党の憲法改正の議論には乗らないということですか。

枝野:安倍首相が「自衛隊の存在を明記しても憲法の解釈を変えない」と言っている、その「解釈」とはなんのことですか。安保法制で強引に変えた解釈のことですか。とすればとても容認できるものではありません。安保法制での解釈変更の前の、従来の解釈で変えないというなら議論の余地はあるが、それはできないのだろうから。同床異夢です。

 安倍首相は順番を間違えたのですよ。まず、憲法を改正して自衛権の幅を広げようと真正面からボールを投げてくれば、そのことの議論から入ったのですが、安保法制による解釈変更から入った。今はまず立憲主義違反の解釈変更をどう落とし前つけるのという話になっていると思いますね。

「3分の2要件」が厳しすぎるわけではない

安倍首相は、今の解釈を基に自衛隊を明文化したいわけですから、議論に入るのは極めて難しいことになります。

枝野:安保法制の際に集団的自衛権の解釈変更で、ホルムズ海峡まで行くこと、地球の裏側まで行くことは法理論上できるとしました。しかし、政策判断としてしないとした。

 今、9条に3項を入れるなり、2項を変えれば、その政策判断に影響する可能性もある。それは従来の自衛隊を明文化するだけという安倍首相の言葉に対して、国民が持っているイメージとは違う。似て非なるものです。彼の好きな「印象操作」ではないですか。

日本で憲法改正ができないのは、「衆参両院の3分の2の賛成が改正の発議に必要」となっており、厳しすぎるためだという意見があります。実際には欧米と比較して厳しすぎる条件ではありませんが、安倍首相には、改憲勢力が3分の2を占めるうちに進めたい思いがあるのかもしれません。

枝野:そもそも9条を3分の2の賛成で強行採決し、国民投票に持って行っても、いいことはありません。国民投票で否決されることもありえるし、可決されたとしても国論を二分することになり、後遺症が大きい。社会保障や財政など難題が山積している今、そんなことやっている暇はないはずです。

ただ、自民党が国会で圧倒的多数を握っているのは確かです。それ自体が国民の信任ともいえそうです。

枝野:それは国民から白紙委任されているものではありません。個別のテーマごとに、国民世論は奈辺にあるかを一つ一つ見極めるのが政治の役割です。単に議席をたくさん持っているから白紙委任されたと思っているとすれば、議院内閣制、間接民主制に対する理解不足です。首相は、そこにそもそも誤解があると思いますね。

私案は勝手な解釈変更をさせないため

しかし、枝野さん自身も2013年に、必要最小限の集団的自衛権を容認する形の9条改正私案を発表しています。安倍首相の「改憲案」に対する批判と、枝野さんの本来の考え方とはどう整合するのですか。

枝野:私の案は安倍首相のような人たちが勝手な解釈変更、立憲主義違反をやりかねないとみていたから、そういうことをやらせないために条文で縛ろうというのが主張でした。

 だから、今回の出来事は「ほらやってきた」という感じがします。9条に新しい条文を加えるかがメインテーマではありません。自衛隊が何をどこまでやるか、やれるか、そっちが問題なのです。そして、それをどう条文で表現するかということ。政治のリアリズムとはそういうことです。

民進党の中は意見が違いすぎて、枝野さんのような意見は通るのですか。

枝野:我が党は専守防衛を貫き、地球の裏側まで行って戦争をすることは認めません。だから、私の私案もそれを固定化するような(安倍首相の)話とは似て非なるものです。

首相は「自衛隊を違う存在にしようとしている」

国民の多くは自衛隊そのものを認めていますが、9条改正となると賛成は50%そこそこという世論調査があります。なぜそうなるのでしょうか。

枝野:安倍首相、自民党の本音は従来の自衛隊ではなくて、違う自衛隊にしようとしているということ。それを国民は感覚的に分かっているのではないでしょうか。

 専守防衛で70年近くやってきた自衛隊をそのまま認めるなら賛成だけど、そうではない。そんなようなことを安倍首相は言っているけど、実際にはそうではないでしょということをみんな見抜いている。

 だから議論すればするほど反対が増えるのです。逆に言うと、今までと変わらないならなぜ、そんなところに力を入れないといけないのですか。

 他にも財政、経済、社会保障など大問題はたくさんある。安全保障だって、別に憲法の条文を変えたからといって北朝鮮からのミサイルを打ち落とせるわけではありません。それは皆多くの国民が分かっているのです。

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