都心部のオフィス賃貸を主力とする森トラストが、ホテル・リゾート事業に注力している。法人向けリゾート施設を外資系ホテルに転換、都市のみならず地方でも高級宿泊施設を開発する。訪日客需要を追い風に開発を加速する一方、金利上昇に備えたリスクコントロールも求められる。

(武田 安恵)
(日経ビジネス2017年10月23日号より転載)

外国人も多く、高稼働率の軽井沢マリオットホテル。転換前のラフォーレ倶楽部時代の開放的な雰囲気はそのまま残した(写真=村田 和聡)
外国人も多く、高稼働率の軽井沢マリオットホテル。転換前のラフォーレ倶楽部時代の開放的な雰囲気はそのまま残した(写真=村田 和聡)

 避暑地として知られる長野・軽井沢は10月に入り朝晩冷え込むようになった。ベストシーズンの夏は過ぎたものの北陸新幹線が停車する軽井沢駅前は平日でも多くの観光客でにぎわう。駅前のアウトレットモールには大きな荷物を持った外国人の姿が目立つ。

外資系ホテルでは珍しい温泉大浴場
外資系ホテルでは珍しい温泉大浴場
軽井沢の「白糸の滝」をイメージしてデザインされた大浴場も残された。マリオットホテルでは珍しい、温泉付きのホテルとなった

 東京から1時間で綺麗な空気と緑、ショッピングが楽しめるとあって、外国人観光客の間で軽井沢の人気は高まっている。長野県を訪れる訪日客はここ数年、毎年30~50%ずつ増えており、増加率は日本の中でも上位に入る。軽井沢は県内でも白馬や松本、長野に並ぶ人気エリアとして知られている。

 外国人を意識した宿泊施設の開業も相次いでいる。中軽井沢の閑静な森に面した軽井沢マリオットホテルもその一つだろう。昨年、米大手ホテルチェーン、マリオット・インターナショナルのブランドを冠した軽井沢初の外資系ホテルとして開業し、今年7月28日、新棟が完成してグランドオープンした。

畳の部屋は外国人に大人気
畳の部屋は外国人に大人気
企業の研修などでの利用を想定して作られた大部屋は、ジュニアスイートに改装。畳の部屋は和の体験を望む外国人客に大人気だ(写真=村田 和聡)

 ホテルのロビーに足を踏み入れると、さわやかな香りが鼻腔をくすぐる。世界550以上のマリオットホテルで使用されている共通の香り「ATTUNE(アットチューン)」だ。利用者が世界どこのマリオットホテルを訪れても同じサービスや居心地を享受できるのが、世界的なホテルチェーンの特徴だ。マリオットならすべての客室にアイロンが置かれている。レストランで提供されるグラスワインの量は90、180、270ミリリットルの3種類から選べる。料理が出来上がるまでの時間が記されたメニューがあるのも世界共通だ。

 この「マリオットスタンダード」がブランドに対する安心感、信頼を生み、リピーター確保につながる。軽井沢マリオットホテルもオープン以来、世界で1億人以上もの会員を持つマリオットの固定客が訪れ、8月は稼働率約9割と好調な滑り出しとなった。

訪日客増を狙いブランド転換

 この軽井沢マリオットホテルを運営しているのは、施設の所有者でもある森トラストのグループ会社だ。マリオット・インターナショナルとFC(フランチャイズ)契約を結び、運営マニュアルを忠実に守ることでマリオットスタンダードを実現している。

 森トラストは7月に軽井沢以外にも、修善寺(静岡県)、山中湖(山梨県)、南紀白浜(和歌山県)、琵琶湖(滋賀県)と、4つのマリオットホテルを開業した。同社の法人向け会員制リゾート事業、ラフォーレ倶楽部の宿泊施設を短期間で改修し、同時開業した。「マリオットとのFC契約がスピード感のある展開を可能にしている」と、ホテルを運営する森トラスト・ホテルズ&リゾーツの青島靖史マーケティング部長は話す。

ホテルで売り上げ全体の約3割目指す
ホテルで売り上げ全体の約3割目指す
森トラスト全社、ホテル関連事業の売上高
[画像のクリックで拡大表示]

 東京の虎ノ門、赤坂といった都心部を中心にビルを保有する不動産デベロッパーの森トラスト。売り上げの多くをオフィス賃貸事業や不動産販売が占めるが、事業の多角化を進めるべく、ホテル・リゾート事業に注力している。同事業は3年間で50%売上高を伸ばしており、会社全体のうち、約2割の売り上げを占める。2023年度までには、3割弱まで高める計画だ。

 ラフォーレ倶楽部は森トラストが日本で初めて手掛けた法人向け会員制リゾート事業だ。施設の利用は会員権を持つ法人が主体だが、日本企業の経営合理化などで福利厚生の見直しが進んだこともあり、今後の大きな伸びは見込めなくなった。そこで、近年増えている訪日客の利用を狙ってインターナショナルブランドのホテルに切り替える戦略に踏み出すことにした。

 一般にホテル事業に参入する場合、建物などの施設は保有するが、運営はホテルオペレーターと呼ばれる運営に特化した会社に委託するケースが多い。しかし、森トラストのホテルは運営にも関わるものが少なくない。ラフォーレでのノウハウや経営資源を必要に応じてそのまま生かせるからだ。

 会員制リゾート施設を外資ブランドホテルに切り替えるに当たっては、ラフォーレ倶楽部を考案した当時の森章社長(現在は会長)が「ホテルの総床面積に占める客室の割合が大きい方が、資本効率は高まる」と、客室を大きめに作っていたことも幸いした。日本の客室の平均的な広さがツインで20~25m2だった頃から、ラフォーレは最低でも30m2、時には40m2確保していた。国際基準に近い部屋の広さだったことが、インターナショナルブランドへの改装を可能にしたといえる。

海外の主要都市に比べて5つ星ホテルが少ない
海外の主要都市に比べて5つ星ホテルが少ない
海外の主要都市に比べて5つ星ホテルが少ない
[画像のクリックで拡大表示]

 「日本は高級ホテルが不足している。ラグジュアリーブランドのホテルをもっと増やさなければならない」。16年に父、森会長から会社を引き継いだ森トラストの伊達美和子社長は、こう話す。下グラフは世界の主要都市にある5つ星ホテルの数を比較したものだが、東京は北京やシカゴと比べても少ない。

 高級ホテルの数を増やすことは、日本が観光立国を目指す上では欠かせない。観光収入を伸ばすには訪日客の消費で大きなウエートを占める宿泊費の単価を上げるのが手っ取り早いからだ。

 文化財の修理、施工を行う小西美術工芸社社長で『新・観光立国論』の著者としても知られるデービッド・アトキンソン氏は、5つ星ホテルが観光において果たす役割の重要性を指摘している。世界各国の国際観光収入と5つ星ホテル数の相関関係を調査したところ、相関係数が91.1%と極めて高い数値を示したという。

 日本は20年までに訪日外国人数を16年の2404万人から4000万人、旅行消費額を3兆7476億円から8兆円にする目標を掲げている。達成するには、1人当たり旅行消費額を現在の15万円から20万円にしなければならない計算だ。宿泊費にお金をかける傾向のある欧米や中東といった、より遠方のエリアからの訪日客数を増やすことが課題といえる。遠くから来る分、長く日本に滞在するからだ。

 森トラストが新規開業するホテルはすべてマリオットのような外資系の高級ブランドだ。マリオットや米ハイアット、米ヒルトンのような高級ホテルブランドはそれぞれ、会員プログラムのもと強固な顧客基盤を持つ。これらブランドの施設数が日本で増えれば、欧米や中東の富裕層を中心に、これまで日本を訪れる機会が少なかった外国人の誘客にもつなげられる──。森トラストは、こうした戦略のもと、高級ホテルを増やす方針を打ち出している。

最高ランクを次々誘致

 森トラストが外資系ホテルの展開に力を入れ始めたのは、昨今の訪日客ブームよりも早い段階だった。

12の外資系ホテルを開業
12の外資系ホテルを開業
●森トラストが開発、誘致した外資系ホテル
[画像のクリックで拡大表示]

 初めて誘致したのは05年、東京・汐留に開業したヒルトングループの最高級ブランド「コンラッド東京」だ。「その頃からラフォーレのブランド転換やリゾート地への高級ホテル誘致を考えていた」と、伊達社長は明かす。

 ただ当時は、どこに提案しても「地方よりもまずは東京」と取り合ってくれなかった。それでも、当時、役員としてホテル・リゾート事業に関わっていた伊達社長は、「やがて時代は変わる」と用地取得などの先行投資を続けた。

 潮目が変わり始めたのは10年以降。森トラストが手掛け、東北初進出の高級外資ブランドとなった米スターウッド・ホテルズ・アンド・リゾーツ・ワールドワイド(16年にマリオットと合併)の「ウェスティンホテル仙台」の成功がきっかけだった。

地方進出を加速する
地方進出を加速する
●森トラストの主な外資系ホテルとホテル 関連プロジェクト
[画像のクリックで拡大表示]

 地方でも高価格帯のホテルに需要があることが証明されたのだ。東日本大震災後も企業の復興支援の拠点として利用された。国際会議など新たなニーズも生まれ、地方経済の活性化にもつながった。

 数年後、同様の現象は大阪、京都といった地方都市でも見られるようになった。15年に開業した当時のスターウッドグループの「翠嵐ラグジュアリーコレクションホテル京都」は、客室単価をハイアットリージェンシーやザ・リッツ・カールトンなど、京都にある他の高級ホテルより高く設定した。

 通常、ホテルの供給量が増えると起こるのは価格競争だ。しかし、この時は逆の現象が起こった。京都の高級ホテルが翠嵐に追随し、京都全体の宿泊単価が上がったのだ。

 訪日客の増加も追い風に、ブランド力があり、高品質のサービスを提供すれば、高い値段を払ってでも消費者は付いてくるようになった。森トラストはこうした需要を確実に取り込もうと、日本各地のリゾート地や観光地で複数のホテル開発プロジェクトを同時進行させている。

 その中で目玉となるのは奈良県で20年に開業予定の客室数150の高級ホテル「JWマリオットホテル奈良」だろう。 奈良県には、歴史的建造物や世界遺産が多いにもかかわらず、宿泊施設が少ないため多くの観光客が京都などの周辺県に流れていた。この現状を変えようと、奈良県は国際級ホテルの誘致を進め、森トラストが開発を担う運びとなった。JWマリオットはマリオットグループの最高級ブランドで日本初進出。これまで8施設をマリオットと組んだ信頼関係がものをいった形だ。

 他にも、飛騨高山、白馬、札幌、沖縄、長崎と将来的に高級ホテルを誘致できそうな多くの場所に開発用地を仕込んでいる。「常に数年先を見据えて投資してきたが、地方に立ち寄る訪日客の増加ペースは予想よりも速い」と、伊達社長は話す。

 地方展開を加速する一方で、東京は別の戦術で攻める。

 14年以降、ハイアットグループの「アンダーズ東京」や、シンガポール資本のアマンリゾーツが手掛ける「アマン東京」が開業し、東京には名の知れた高級ホテルがおおかた出そろった。伊達社長は「東京は開発用地が限られている。今後は多くの日本人が知っているホテルブランドより、あまり知られていない世界最先端のブランドを持ってくることが重要だと思う」と話す。

 この考えのもと、現在、東京の都心部では大きなプロジェクトが動いている。20年に銀座と虎ノ門で開業するマリオットのラグジュアリーブランド「エディション」だ。ライフスタイルにこだわりを持つ富裕層をターゲットにした新感覚のホテルで、ランクとしては、「ザ・リッツ・カールトン」「JWマリオット」に並びマリオットグループの中でも最高ランクに位置する。

 銀座は新たに取得した土地に建設し、客室数は約80。虎ノ門は森トラストが開発を進める地上38階建ての複合ビル「東京ワールドゲート」の上層階に客室数約200で開業する。

金利上昇時に業績圧迫も

 東京と地方を合わせると、森トラストでは約15のホテル関連プロジェクトが進行している。強気の開発を支えるのは日銀の低金利政策だ。資金調達コストの低さが、開発用の土地の仕入れや大型開発を容易にしている。

 17年3月期の森トラストの有利子負債は4785億円。売上高の約3.4倍の有利子負債を抱えている計算となる。これは、三菱地所の2.1倍、三井不動産の1.3倍を大きく上回り、住友不動産の3.6倍と肩を並べる水準だ。

 森トラストは自己資本比率を36%と意識的に積み、数字から見た財務の安全性は高い。だが、将来もし金利が急騰すれば支払利息の負担が重くなり、業績を圧迫するリスクは残る。

 開発コストの面では20年の東京五輪・パラリンピックを控えたタイミングとなり、建築資材価格も人件費も右肩上がり。投資対象がビジネスホテルなどと比べて資金回収のめどが立てやすいラグジュアリーホテルとはいえ、大きなチャレンジだ。

 日本の人口が減少する中、ホテルは外国からの宿泊客増が見込める数少ない成長産業だ。森トラストでは主力のオフィス関連事業で安定した収益を出している。主力が稼ぐ下でホテル事業を成功させ、事業ポートフォリオの多角化につなげられれば、不動産デベロッパーの中で優位に立てる。森トラストのビジネスモデル転換に向けた挑戦は、日本の産業構造の変化に対する危機感の裏返しであり、生き残りをかけた一つの道なのだ。

伊達美和子社長に聞く 勝利の法則、父から学んだ
(写真=的野 弘路)
(写真=的野 弘路)

 ホテルビジネスは、客室の販売チャネルをきちんと押さえておかなければ成功しない──。これは、前社長だった父のやり方から学んだことです。

 父が始めたラフォーレ倶楽部は、1970年代、時代が豊かになるにつれて最も旅行をしそうな上場企業の社員をターゲットに始め、成功を収めました。ホテルはオフィスなど、他の不動産と異なり営業コストが非常にかかります。そこを「会員制」にしてしまうことで抑えてしまおうというのが、父のビジネスセオリーでした。

 当時は金利も高かったですから、企業が買ってくれる会員権の売り上げをリゾート開発に充てたりしていました。会員権の販売が、顧客の確保と同時に資金調達源にもなっていたのです。ところがバブル崩壊以降、事業環境は変わり、このやり方は通用しなくなりました。長引く景気低迷でホテル事業そのものがポジティブな産業ではなくなってしまったのです。

 どうやって復活させようかと考えた際に、思いついたのが都市開発に外資系ホテルを取り入れることでした。グローバルな集客力を高められれば、都市の魅力、競争力も高まります。外資系ホテルのネットワークが築き上げた膨大な顧客網にもアクセスできるため、マーケティングがやりやすい点も、ラフォーレのやり方と似ていました。

 商品と販売チャネルが一致すれば、お客は集まります。日本に外資系のホテルの需要がないのではなく、これまでなかったから外国人が来なかったのだと思います。現在、弊社の都市部のホテルでは6~7割、リゾート地は時期により変動しますが、3割を外国人客が占めるところもあります。

 宿泊単価も高く、それなりの賃金を支払えるため、施設数が増えても人手不足に関しては心配していません。地方に優秀な人材が集まるなど、雇用創出効果が期待できると考えています。

 ここまで実績を積み上げるのは苦労しました。しかし、今となっては外資系ホテルを数多く誘致したデベロッパーとして、多くのホテルブランドからお話を頂いています。条件が合えば、マリオット以外のブランドとの提携も十分視野に入れています。

 日本全国で大規模な開発を一気に進めて大丈夫かとよく言われますが、不動産は資金を調達できて初めて成功する事業です。ギリギリまでリスクを取り、成長することが重要と考えています。(談)

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

初割実施中