年末年始にかけて、航空業界は機体関連で大きな動きがあった。

 クリスマスイブの12月24日、三菱航空機と三菱重工業は開発中のリージョナルジェット機「MRJ」について、量産初号機のANAホールディングス(ANAHD)への引き渡し時期を、1年程度延期すると発表した。ANAHDは、2018年4~6月期(第2四半期)から7~9月期(第3四半期)ごろの受領になるとの見方だ。

4度目の納入延期が発表されたMRJ(撮影:吉川 忠行、ほかも同じ)
4度目の納入延期が発表されたMRJ(撮影:吉川 忠行、ほかも同じ)

 MRJの納入延期は今回で4度目。航空機開発で遅れはつきものだが、当初計画より5年遅れとなるのは、開発遅延が指摘されたボーイング787型機の3年よりも長い。

 一部報道では今回の遅れが機体の強度不足によるものと指摘した。しかし、MRJのチーフエンジニアである岸信夫副社長はこれを否定。機体改修は従来定めたスケジュールで進んでいると述べた上で、「50年ぶりの旅客機開発のため、知見や経験が足りない部分があった」と、戦後初の国産旅客機である日本航空機製造のYS-11型機の開発から、半世紀の空白があったことを要因に挙げた。

11月11日のMRJ初飛行には多くの報道陣がつめかけ、日本中が沸いたが…
11月11日のMRJ初飛行には多くの報道陣がつめかけ、日本中が沸いたが…

 2015年11月11日、MRJの初飛行は日本中の注目を浴びた。しかし、晴れ舞台からおよそ1カ月後には、スケジュールの見直しが発表された。全日本空輸(ANA)を傘下に持つANAHDにとっても、本来は既に退役している機材を計画よりも1年以上長く使い続けなければならない事態に迫られた。MRJを導入するのは地方路線だが、機材計画上のリスク要因になることは間違いない。

 MRJの開発遅延発表と同時期に、最大のライバルであるブラジルのエンブラエルは、次世代機のロールアウト(完成披露)日程を発表。100席未満を中心とした座席数の小型機開発で先行していたはずのMRJが、徐々に差を埋められつつある。

 年が明けると、ANAが総2階建ての超大型機エアバスA380を導入すると報じられるようになった。投入路線の最有力候補は、日本人に人気の高いハワイ路線だ。

 航空機を軸に航空業界を見てみると、2016年はどのような1年になるのか。

優位性失いつつあるMRJ

 2016年は長距離国際線を飛ぶ大型機から、MRJのような地方間路線を担うリージョナルジェット機まで、大きな動きがある年だ。

 日本が機体の主要構造部位の35%を分担するボーイング787は、1~3月期に現在の月産10機から12機へ増産。2020年までに4年がかりで同14機へ増やす過程で、大きな節目を迎えると言えるだろう。

 ライバルのエアバスは、次世代大型機A350 XWBの長胴型「A350-1000」の最終組立を2016年初頭に始め、同年後半には初飛行を予定している。日本航空(JAL)が現在長距離国際線で運航している、ボーイング777-300ERの後継機となる機体だ。

 LCC(格安航空会社)に人気のある小型機エアバスA320も、新型エンジンにすることで燃費を向上させたA320neoの引き渡しが、2016年前半に始まる見込みだ。日本ではANAHDが発注しており、2016年度から2018年度にかけて7機を受領する。一方、A320neoと競合するボーイングの737 MAXは、2016年初頭に初飛行を計画している。小型機市場では、ボーイングとエアバスが共に低燃費の新型エンジン搭載機へ移行を進めていく。

 機体メーカーの中で最も気になる存在は、ブラジルのエンブラエルだ。MRJ最大のライバルである同社は、MRJと同じ低燃費が売りの新型エンジンを搭載する次世代機「E2」シリーズを開発中。シリーズ最初の機体である「E190-E2」(1クラス106席、2クラス97席)は、2月25日にロールアウトする。そして2018年には最初の顧客が受領する見込みだ。

日本中が期待を寄せるMRJに、強力なライバルが出現する
日本中が期待を寄せるMRJに、強力なライバルが出現する

 MRJはこれまで、低燃費や快適性を売りにしてきた。しかし、エンブラエルは世界のリージョナルジェット機市場で実績があり、日本国内でもJALグループのジェイエアや、鈴与グループのフジドリームエアラインズが導入済み。航空機の導入後に重視されるカスタマーサポートも、エンブラエルはノウハウを蓄積している。

 こうしたことから、機体の性能以外の総合力で比べた場合、MRJはこれまでより苦戦を強いられる可能性が高まってきた。しかもエンブラエルのE2シリーズは既存機のエンジン換装型なので、MRJよりもスケジュール通りに仕上がる公算が高い。

 E2シリーズ最初のE190-E2は、MRJと座席数が近いことから、ロールアウト後の開発が順調に進むかに注目が集まる。そして、MRJも2016年10-12月期までに試験機を北米の開発拠点に持ち込めるかが、4度目の延期となった納期を死守できるかの分水嶺になる。2016年は、MRJの真価が問われる1年とも言えるだろう。

A380導入すれば、「席を埋めたくなる」?

 国内の航空機を巡る話題の中で、もっともホットなのはANAのA380導入だ。スカイマークが導入に頓挫したため、実現すれば日本の航空会社では初導入となる。そして、2年近く発注がないA380が、久々に受注を獲得することになる。

中小型機へのシフトが進む航空業界にあって、その大きさゆえになかなか世界の航空各社が導入しなかったのがA380だ。ANAはこの巨大な航空機を使いこなせるのか
中小型機へのシフトが進む航空業界にあって、その大きさゆえになかなか世界の航空各社が導入しなかったのがA380だ。ANAはこの巨大な航空機を使いこなせるのか

 A380といえば、機体の大きさを生かした超豪華装備と、500席クラスを誇る大量輸送の両立が目玉だ。特に中東系の航空会社は、絢爛豪華な内装で乗客をあっと言わせてきた。エミレーツ航空のファーストクラスにはシャワールームがあり、エティハド航空は寝室やリビング、浴室を完備する最上級クラス「レジデンス」を設けた。

エミレーツ航空は、A380の大きさを生かして絢爛豪華な内装で乗客を驚かせる
エミレーツ航空は、A380の大きさを生かして絢爛豪華な内装で乗客を驚かせる

 しかし、ANAはハワイ路線でこうした超高級な内装を採用するのだろうか。関係者の話では、ビジネスクラスとエコノミークラスによる2クラス構成を軸として、大量輸送に対応できる座席配置を検討しているという。

 仮に豪華路線でいくならば、ハワイのような片道7時間から9時間台の中距離よりも、ニューヨークやロンドンのような10時間超の長距離の方が、乗客も豪華な設備を満喫できる。しかし、ANAは長距離路線用を飛ぶボーイング777-300ERの後継機として、777の次世代機777-9Xを2014年7月に20機発注しており、777-9Xと用途が重複する運用は避けるだろう。

 そしてA380は導入機数も3機にとどまるため、機材繰りを考えると長距離を飛ばすことは難しい。ハワイであれば運航距離もほどほどで、1年を通じて観光需要が見込める。ここから、内装の豪華さよりも大量の観光客を運ぶキャパシティー重視という機材戦略を取ることが透けて見える。

 ホノルル線の便数を見ると、ANAは成田から1日2往復、羽田から1日1往復の計3往復。JALが成田から1日3往復、羽田と中部、関西から1日各1往復ずつの計6往復運航しているのと比べて半分にとどまる。機材も中型機ボーイング767で座席数は214席だ。

 観光路線のホノルル線は便数を増やしても、到着時間は朝8時半ごろから昼までの同じ時間帯に重なる。500席超のA380に置き換えれば、1便の提供座席数を2倍にでき、増便せずとも劣勢を挽回できる、という考え方だ。

 しかし1便あたりの座席数を増やせば、そのまま売り上げの向上につながるのか。ライバルのJALはかつて、「ジャンボ」の愛称で親しまれたボーイング747を100機以上保有していた。ホノルル線に投入していた機材は400席以上の座席数を誇り、大量の観光客をハワイへ送り込んでいた。

 このジャンボの存在こそが、提供座席数の供給過剰を招き、JALの航空券が値崩れする要因になった。関係者は、「大量に席があると埋めたくなる心理が働くもの」と安売りに走りがちな航空会社側の事情を打ち明ける。

 1便あたりの乗客数を増やすことで1座席あたりの運航コストを抑え、発着枠が限られた混雑空港でも大量輸送を実現する。これがA380の利点だ。しかし、中東勢をはじめA380を運航する航空会社を見ると、超高級クラスの新設やビジネスクラスの席数を多くするなど、高付加価値と大量輸送のバランスを取っている。

 ANAのA380導入は、A380という機材のビジネスモデルの妥当性を占う上でも大きな意味がある。そして、A380とは対照的に小さな機体サイズであるMRJとE2シリーズのバトルも、日本の航空産業の将来を考える上で、非常に重要な話題だ。

航空会社のサービス内容や路線計画も大事だが、2016年は機材の重要性を再認識する1年になりそうだ。

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