4月22日、「パリ協定」の署名が始まった。2020年以降の温暖化対策を定めたこの条約に、排出大国・米国と中国の他、日本など175カ国・地域が署名した。今後、各国の締結が進み、2016年内に発効すれば、大統領選後の政権交代による協定離脱が懸念される米国も、離脱が難しくなる。電力中央研究所社会経済研究所の上野貴弘・主任研究員が、パリ協定の「読み方」を解説する。

 4月22日、ニューヨークの国連本部で「パリ協定」の署名式が開催され、175カ国・地域の代表が署名した。日本も署名した他、温室効果ガスの排出大国である米国と中国もこの日、署名した。

 米オバマ大統領と中国の習近平国家主席は3月31日、ワシントンでの核安全保障サミット開催に合わせて会談。温暖化対策に関する共同声明を発表し、署名開始の日に両国が署名することを明らかにした。

 同時に両国は、年内に早期に批准(締結)に進む意志を明確にした。共同声明は、米中が他の国に対しても、同様に早期の批准を求めていくと表明しており、日本国内でも今後、パリ協定への批准のタイミングが議論されそうだ。

「パリ協定」が効力を持つには

 パリ協定は現時点では法的効力を持たない。今後、各国が署名と「締結」を行い、一定の要件が満たされると、法的効力を持つようになる(発効する)。

 オバマ政権は、22日の署名後、今年中のできる限り早い時期にパリ協定に締結する見通しだ。米国では通常、国際条約の締結に際して上院の3分の2以上の同意が必要になる。しかし一定の条件の下では議会の同意がなくても、行政協定として大統領権限で締結可能である。オバマ大統領は共和党が優勢な議会の同意なしに、行政権限で締結すると見込まれる。

 中国は、全国人民代表大会の常務委員会で締結の決定を行う。全人代は年に1度、15日ほどの会期しかないが、常務委員会は2カ月ごとに開催される。年内の締結決定は可能だ。

2015年12月パリで開いたCOP21でパリ協定が採択された(写真:UNFCCC)
2015年12月パリで開いたCOP21でパリ協定が採択された(写真:UNFCCC)

 各国が必要な国内手続きを経て締結を進め、「締結国数が55カ国以上」かつ「締結国の排出量が世界全体の55%以上」になると発効要件を満たし、その30日後に法的効力が生じる。

 米国と中国の2国だけで、世界全体の排出量の約38%を占める。2016年内に、パリ協定は発効するだろうか。

 全排出量の12%に当たる欧州連合(EU)は、全加盟国の国内手続きとEU全体での手続きが必要で、協定の締結に相当の時間を要する。「2030年に1990年比で少なくとも40%削減」というEU全体の目標を加盟国間に割り振る作業も批准の前に必要だ。そのため、今年中の批准は難しいと予想される。7.5%のロシアは署名式で締結の意思を示したが、その時期は明らかにしていない。京都議定書の批准を2005年まで先延ばしした経緯があり、動きが読めないところがある。

 次いで約4%と排出量が大きいインドは、締結に際して議会の承認を必要としない。そのため、政権が意思を固めれば速やかに締結できると見込まれる。

 これに続くのが3.8%を占める日本、2.5%のブラジル、2%弱のカナダ、韓国、メキシコだ。署名式に際して、カナダ、メキシコ、インドネシア(約1.5%)、オーストラリア(約1.5%)、シエラレオネ(約1%)、アルゼンチン(約0.9%)、カザフスタン(約0.8%)などが今年中に締結する意思を示しており、米中にこれらの国々を合わせれば約50%となる。今年中に55%に達する可能性が見えてきた。

 他方、「55カ国以上」については排出量の小さい国々がカギを握る。マーシャル諸島など太平洋の一部の小島しょ国は必要な国内手続きを完了し、署名後すぐに締結した。執筆時点で15カ国が締結済みである。この動きが広がれば、年内に55カ国に至る可能性もありそうだ。

年内に発効なら、次期大統領の離脱は難しい

 協定28条は(親条約である気候変動枠組条約から脱退しない限り)、協定発効後3年間は脱退できないと定めている。

 米国では11月に大統領選挙があり、来年1月に新政権が発足する。仮に共和党政権となって、オバマ政権が主導した協定からの離脱意思を持ったとしても、2016年中に発効すれば当面、脱退が難しくなる。

 米国の参加は、パリ協定の実効性を確保するためには欠かせない。パリ協定の発効と大統領選の行方を注視する必要がある。

自国の削減目標は、自国で決める

 パリ協定の中身についても概説したい。

パリ協定の5つのサイクル
パリ協定の5つのサイクル

 協定は、すべての国が「NDC(自国で定める貢献)」を5年ごとに提示する5年サイクルを義務付けた。NDCとは温室効果ガス削減目標のことだ。

 5年サイクルは、図に示すように、(1)世界全体での取り組みの総括から始まる。第1回の総括は2018年に行われる。次に、(2)総括の結果を踏まえ、すべての国が同じ年にNDCを提出する。提出年のCOPの9~12カ月前に提出することが義務付けられており、次回の提示は2020年である。2025年目標を掲げる米国などはこの時に2030年目標を示す。パリ協定は次期目標は当期目標よりも前進するとしており、米国は2025年目標を上回る目標を提出することが期待される。日本は2030年度目標を掲げているが、この時に現行目標の再提示か、目標の更新を行う。

 NDCの提出がCOPの9~12カ月前に設定されているのは、この期間に(3)各国のNDCに対する世界の理解を促進し、NDCを積み上げた世界全体の排出水準を2度や1.5度といった温度目標に照らして評価するためだ。

先進国・途上国の差を付ける「自己差異化」

 続いて(4)各国が目標達成に向けて国内措置を実施し、隔年で排出量と吸収量の実績を示す目録やNDCの達成状況を報告。報告を基に、専門家などがレビューしたり、多国間で検討し合ったりする。(5)NDCの実施や報告・レビュー義務などの順守に課題がある場合は、今後新たに作る委員会で取り組みを促す。罰則は設けていない。

実効性強化へ対策促す仕掛け

 すべての国で共通する取り組みと、差を付けた取り組みがある。

 共通しているのは次の2つ。まずはNDCの準備と提出、維持、その達成を狙った国内措置の追求が、すべての国に共通する義務となった。

 次に、排出量と吸収量の目録や達成状況の隔年報告、専門家レビューや多国間での検討も共通義務となる。

 一方、差異化したのは次の通りだ。まずNDCという仕組みにより、目標を「自己差異化」する。つまり、どの国も自国の事情を踏まえて削減目標を作ることで、結果的に各国の事情を反映した差異化に至る。ただし、協定は先進国には総量削減の継続、途上国には経済全体の排出抑制・削減への斬次移行を求めた。加えて途上国は削減するために支援を受けられ、透明性を強化する際にも、柔軟な措置が取られる。

 パリ協定は、NDCの達成を義務付けていない。しかし、NDC策定時には提出時期を世界全体でそろえることで国際的な関心を高め、NDC実施時には各国の達成状況のレビューにより透明性を高めて、国内外で圧力が働くようにし、実効性を担保することを狙っている。

 ただし、透明性強化や世界全体での総括の運用規則は今後の交渉に委ねられており、パリ協定の実効性を左右しそうだ。

本記事は、「日経エコロジー」2016年2月号(1月8日発行)の記事に、その後の動向を踏まえて加筆・修正したものです。

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