中国で爆発的に普及した自転車のシェアリングサービス。日本でもIT企業を中心に参入が相次いでいる。
2017年に中国大手の「摩拜単車(モバイク)」が日本進出を果たし、フリマアプリ大手のメルカリも「メルチャリ」という名称で今年2月末からサービスを開始した。3月に入り、ヤフーもソフトバンク傘下のオープンストリートに出資する形で参入を決めた。
一方、日本に先行してサービスが始まっていた先進国では、一部縮小や撤退を余儀なくされるケースが報道され始めた。ゴービー・バイク(Gobee.bike)は2月にイタリアとフランスからの撤退を公表している。オーバイク(oBike)もイギリスでのサービスを縮小しているという。
その背景にあるのが、マナーの悪いユーザーによる盗難や破壊、放置自転車による交通環境や景観の悪化などだ。フランスから撤退したゴービー・バイクは、「1000台以上が盗難にあい、3200台が破損し、300以上の苦情が警察に寄せられ、6500台で修理が必要」(英国紙『The Guardian』)な状況だったという。
中国でも同様の問題に直面してはいるものの、シェア自転車マーケットは拡大を続け、サービス開始からわずか数年で社会インフラの一部となった。その背景には発展途上国ならではの事情がある。
シェア自転車普及の背景
中国でシェア自転車が爆発的に普及した背景の一つが、その利便性だ。アプリをダウンロードし登録してデポジット(保証金)さえ払えば、すぐにサービスを受けられる。開錠や決済もスマートフォン一つで完了。
中国では専用の駐輪施設を持たないドックレスタイプが主流で、駐輪禁止区域でなければどこでも乗り捨て可能となっている。一方、北京市政府が2012年に導入したドックタイプの公共自転車は利便性に乏しく、ほとんど使われていない。
また、北京のような中国の都市部では1ブロックが大きく、最寄り駅から家まで歩くと遠いが、タクシーに乗るには近すぎる。シェア自転車はその潜在ニーズにマッチした。暴走運転や整備不良などによる事故が問題となっていた違法「輪タク」(注)は、シェア自転車の出現により駅前から姿を消した。
何より魅力的なのは、値段の安さだ。2018年3月現在では、私がよく利用しているモバイクの基本料金は30分毎に1元(約17円)で、20元(約340円)で一か月乗り放題の定額サービスまで提供している。
このように、市民に安価な利便性を与え、違法輪タクという社会問題を解決する一方で、盗難や破壊、放置自転車などの問題も顕在化してきたが、事業会社は中国独自の優位性を活かしながら対処している。
本質は「レンタル」
シェア自転車はそもそも「シェア」と銘打ってはいるものの、本質的にはレンタルサービスである。
Uber(ウーバー)のような自家用車を使って個人が営業を行うライドシェアとは異なり、シェア自転車は運営会社自らが自転車を資産として保有し、ユーザーに貸し出している。従って、自転車の製造、整備、回収などは全て会社のコストとなる。
中国でシェア自転車が発展する背景の一つに、他国と比較してこれらの運営コストが低いことが挙げられる。
ドックレス(乗り捨て)タイプが主流の中国でよく問題となっているのが放置自転車問題であるが、山のように積み上げられ破壊された自転車を一台ずつ撤去したり、乱雑に乗り捨てられ交通障害となっている自転車を駐輪区域に丁寧に並べ直したりしているのは中国人のワーカーたちだ。
ドックの有無にかかわらず直面する問題として、「偏り」と「故障」が挙げられる。
シェア自転車は、その特性から配置に「偏り」が生じる。出勤時間は住宅地から最寄りのバス停、地下鉄駅などに偏る。実際に、午前9時を過ぎると私が住むマンションの周りからシェア自転車はほとんど姿を消す。退勤ピーク時は逆の流れとなる。
各社ともビッグデータなどを使って需要予測を行っているようであるが、実際にそれに合わせて偏った自転車の配置を動かしてバランスを調整しているのは、ワーカーである。
近年中国では労働者の賃金上昇が顕著であるが、先進国と比較すると依然として低い水準にある。中国農業部が発表した2017年第1~3四半期の農業農村経済報告によると、「農民工」と呼ばれる農村からの出稼ぎ労働者の平均月収は3459元(約5万8000円)であった。
つまり、中国には依然として「比較的安い労働力を大量に使える」というメリットがあり、それがシェア自転車事業の発展を支えているのである。
製造・メンテナンスに適した「世界の工場」
もう一つの大きな問題が、自転車の故障である。
北京の街には、チェーンが外れたり、タイヤがパンクしたり、サドルやペダルがなかったりと、故障したシェア自転車が散見される。パンクしないタイヤやチェーンなしの駆動部を備えているタイプの自転車ですら、何らかの故障で使えないケースが多い。
これらは日々人の手によって回収され修理されているが、自転車の製造、メンテナンスにおいても、中国は十分な優位性を有している。
これまで多くの外国企業が、豊富に存在する安価で良質な労働力を利用し、東部沿海地域で加工した製品を世界各国へと輸出してきた。このような加工貿易が大きな比率を占め、中国は「世界の工場」と呼ばれた。
近年の中国人労働者の賃金上昇により、「世界の工場」としての地位は低下傾向にあるものの、依然として製造業の輸出大国であることに変わりはない。中国税関総署の統計によると、2017年末の加工貿易の割合は33.3%と、輸出全体の3分の1を占めている。
中国には依然として安価で良質な車体を製造でき、低コストでメンテナンスできる環境が整っているのである。
新しいビジネスモデルを模索
スマホ決済、位置情報サービス、ビッグデータ……。表面的には先端技術を散りばめたニューエコノミーの代表格にも見えるシェア自転車ビジネス。しかし、中国においては、「安価で豊富な労働力」と「世界の工場」という特性を背景とした、「労働集約型」のビジネスモデルとなっている。
このような労働集約型モデルは、中国と同じ環境を有する発展途上国には適応可能だが、人件費が高く労働力不足が著しい日本などの先進国では成立しない。中国でも、人件費の高騰が続けばこの労働集約型モデルはいずれ崩壊を迎えるだろう。
そのような中、日本ではシナジー効果を期待する異業種との連携が目立つ。特に買い物客を店舗に誘導したいコンビニなどの小売業が積極的だ。昨年札幌でサービスを開始したモバイクは、コンビニチェーンのセイコーマートと連携し駐輪スペースを確保した。セブンイレブンもオープンストリートと提携し、2018年度末までに500台のシェア自転車を1000店舗に設置する計画を明らかにしている。
シェア自転車と決済サービスとの相性も良い。LINEはモバイクと提携し、自転車の検索や決済をLINEから行えるようにする。シェア自転車の使用にはモバイル決済は不可欠であり、LINE payユーザーの増加が見込まれる。
現時点においてはシェア自転車単独での利益確保が難しく、新たなビジネスモデルの模索が続いている先進国。このまま普及し社会インフラとして定着するのか、それとも淘汰され過去の遺産となるのか。今まさに試されようとしている。
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