『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』という本がつないだ不思議な縁により、著者のブライアン・ハリガンさん、デイヴィッド・ミーアマン・スコットさんと監修・解説を担当した糸井重里さんが6年ぶりに再会。「自分が日本で働いていた1990年代と比べ、日本の売上上位の企業の顔ぶれがほとんど変わらないのが不思議」というブライアンさん。どうして日本では、スタートアップが生まれにくいのでしょうか? 鼎談最終回です。

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ブライアン:今回、日本に来たのは、私がCEOを務めるHubSpotの東京オフィスをいよいよ開設したからです。12人の日本人社員を雇い、まずはボストンの本社で“Unusual”(変わった)なトレーニングをしました。

 私が日本に来たのは1998年以来です。改めて日本のビジネスシーンを見て思ったことがあります。会社の入れ替わりがあまりないんです。18年前に大きかった会社はそのまま大きい会社であり続け、小さい会社はそのまま小さい会社であり続けている。

 アメリカでは、フォーチュン誌が、全米企業の総収入金額を500位までランキングにした「Fortune 500」というリストを年に1回発表するのですが、リストの顔ぶれは何年かで半分が入れ替わります。アメリカに限らず、世界の企業の売上高のランキングでもそうです。トップに居続けるというのは、非常にむずかしい。破壊的な変化が起こり、そのままではいられなくなるんです。でも日本はこうした変化に耐性があるのか、トップ企業は18年たってもそのままでした。

左から、糸井重里さん、ブライアン・ハリガンさん、デイヴィッド・ミーアマン・スコットさん。
左から、糸井重里さん、ブライアン・ハリガンさん、デイヴィッド・ミーアマン・スコットさん。

糸井:そうですね。

ブライアン:だからこそ日本でHubSpotが事業を展開するのは、おもしろいと思っているんです。HubSpotがやっているのは、小さい会社がインターネットをうまく使って、安価に広くPRできるようにすること。小規模なところから、事業をガッと伸ばすお手伝いをしているんです。ちょっとやそっとの環境の変化では企業に影響がないように見える日本で、相撲の寺尾のように小さな会社が大きな会社を倒す力になれるのか(第1回参照)。その挑戦は、すごくおもしろいと思っています。

糸井:日本の上位の企業が上に居続けるのは、ハリウッドのスタジオ・システムに似ていると思うんです。映画自体のコンテンツは時代に合わせてどんどん刷新していくけれど、製作や宣伝、配給をするスタジオは昔から続いている。日本の大きい会社も、そういうことが上手なんじゃないでしょうか。

ブライアン:大きな企業が社内で投資をして、スタートアップ的な事業を始めるのが日本の特徴ですよね。アメリカではガレージでスタートしたような会社に、ベンチャーキャピタルなどが投資をすることで大きくなっていく。日本ではあまり見ないですよね。投資をして企業を育てていくというエコシステムが、日本にはない。そういう意味では、コントロールがききすぎているのかもしれません。

日本では大企業の方がベンチャー的?

糸井:HubSpotがアメリカの建国をモデルにしたように(第1回参照)、アメリカの小さい会社もアメリカの成り立ちと同じように伸びていっている。そういうモデルは、日本にはないですね。日本という国は昔からあって、いわば為政者の側が変化していっているんだと思います。

デイヴィッド:日本の場合は、優秀な若い人がいまだに大企業や官庁に勤めたい、と思っていますよね。スタートアップを立ち上げたいと考えている人は少ない。アメリカでは逆なんです。優秀な人ほど、スタートアップを立ち上げようとする。

糸井:モデルがないというのは大きいと思います。

ブライアン:昔は日本もスタートアップカルチャーがありましたよね。三菱もトヨタも、最初は何もないところからスタートして大きくなった。どうして文化が変わってしまったのでしょう。

糸井:やはり日本では大きな会社のほうが、冒険的なものを取り入れやすいんじゃないでしょうか。だから、若い人も大企業に勤めたほうがより冒険的なことができる。それはそれでいいんですけど、それだけじゃつまらないですよね。

ブライアン:アメリカはいろいろなことが機能していない国ですが、1つだけ上手なのが、イノベーションを起こし、ゼロからイチをつくっていくことなんです。日本は移民が入ってきにくい国だということですが、アメリカの場合、移民がスタートアップを起こすケースがとても多い。テスラやスペースXのCEOであるイーロン・マスクも、南アフリカからの移民です。移民はリスクをとって挑戦する傾向があり、スタートアップを起こしやすいんです。

 移民の2世、3世がスタートアップを起こすことも多いですね。私もそうです。祖母はアイルランドからの移民で、アメリカに来た頃はトイレ掃除をしていましたからね。

デイヴィッド:君の共同創業者もそうだよね。

ブライアン:そう、HubSpotの共同創業者であるダーメッシュも、インド生まれの移民です。

<b>糸井重里(いとい・しげさと)</b><br /> 1948年生まれ。コピーライター。「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。広告、作詞、ゲーム製作など多彩な分野で活躍。1998年にウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設し同サイトの活動に全力を注ぐ。(撮影=鈴木愛子、以下同)
糸井重里(いとい・しげさと)
1948年生まれ。コピーライター。「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。広告、作詞、ゲーム製作など多彩な分野で活躍。1998年にウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設し同サイトの活動に全力を注ぐ。(撮影=鈴木愛子、以下同)

糸井:CTO(最高技術責任者)の方ですね。前にHubSpotにうかがったときも、彼の話題が出ていました。ブライアンさんにとって大切な方なんだろうなと思ったのを、覚えています。

ブライアン:そう、自分の人生のなかで一番すばらしいことは、ダーメッシュにMITの大学院で会ったことですね。移民の考え方というのは、生粋のアメリカ人とはやっぱり違うんですよ。アメリカのいい大学を出て、大企業に就職しても、英語のなまりがあるし、態度や物腰が生粋のアメリカ人とは違ってしまうからなじめない。だったら、自分で会社を始めたほうがリスクは少ない。大企業のほうがリスクは高いというのが、移民から見えている景色なんです。

糸井:なるほど。日本人だと見えてる景色はみんな同じですものね。アメリカではそういった環境が、ジャンプする理由になっているわけですね。

ブライアン:日本はみんなが全体的にお金持ちだから、それ自身がリスクになっている。

糸井:どうすればいいんだろう。

ブライアン:もし自分が日本の政治家だったら、門戸を開いて移民を受け入れますね。少子化問題も、スタートアップが生まれない問題も解決しますよ。大規模なベンチャーキャピタルの会社を設立することも進めますし、楽天やソフトバンクの社長に勲章を与えて王様扱いします(笑)。

糸井:殿堂入りさせちゃう、と。

若い人には“モデル”が必要だ

ブライアン:若い人に必要なのは、インスピレーションですから。そうそう、ソフトバンクの孫社長も“移民”ですよね。糸井さんがおっしゃるように、モデルが少ないのが問題だと思うんですよ。私はスティーブ・ジョブズにインスピレーションをたくさんもらいました。そういう人がたくさん現れたらいいんですけどね。糸井さんも、モデルの1人だと思いますよ。

糸井:1つ相談があるんですけど……ぼくがいままでやってきたことって、サブカルチャーではないんだけど、規模を大きくすることを目的としてなかったんです。それは、コマーシャルの仕事をしているときもそうで、だいたい100万人の人に通じたらいいと思っていました。でも、今年新しく犬や猫を登録する「ドコノコ」というアプリを作って、これは世界中の何億人という人に入ってもらいたい、と思うようになりました。これを広めるのを、HubSpotに相談することはあり得るのかな。

ブライアン:まず、ダウンロードしてみますね。

糸井:ぼくにはもう、「任せとけ」と言ったように聞こえました(笑)。

ブライアン:ドコノコはどれくらいダウンロードされているんですか?

「ほぼ日」オフィスにて。
「ほぼ日」オフィスにて。

糸井:始めて3カ月で、7万くらい。(※12月現在、10万人を超えました)

ブライアン:それはグッドスタートですね。

糸井:そう思います。今までの自分だと、これで「楽しい!」って思っておしまいにしていました。でも、それでは足りないと思うようになったんです。このタイミングで、HubSpotに再会するというのはなにかある気がします。

<b>デイヴィッド・ミーアマン・スコット(David Meerman Scott)</b><br /> マーケティング・ストラテジストでありプロの講演者である。16才のときに初めて日本を訪問し、京都府宇治で1カ月過ごす。10年後に再び来日し、ウォール街の経済コンサルティング会社ライトソン・アソシエイツの東京支社を創立する。『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』以外の主な著書に、『リアルタイム・マーケティング』『月をマーケティングする』などがある。
デイヴィッド・ミーアマン・スコット(David Meerman Scott)
マーケティング・ストラテジストでありプロの講演者である。16才のときに初めて日本を訪問し、京都府宇治で1カ月過ごす。10年後に再び来日し、ウォール街の経済コンサルティング会社ライトソン・アソシエイツの東京支社を創立する。『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』以外の主な著書に、『リアルタイム・マーケティング』『月をマーケティングする』などがある。

デイヴィッド:今からまた6年後に、HubSpotがどうなっているか、「ドコノコ」がどうなっているか、そしてほぼ日がどうなっているのか、楽しみですね。

糸井:今回の3人のトークは、ほぼ日のオフィスでやっています。ほぼ日のメンバーのほかに、外部の方もいらっしゃる。会場から質問を集めてみましょうか。

質問者A:アメリカと日本では、カルチャーが大きく違いますが、HubSpot東京オフィスのメンバーへの研修で苦労された点などがあれば教えてください。

ブライアン:基本的なトレーニング内容は、アメリカでも日本でも同じです。でもやはり、文化は違いますね。アメリカでは男性社員と女性社員に対する対応は、完全なイコールではないけれど、それに近くなってはいます。日本では、まだ差を感じます。でも、機会を与えることはできる。だから、HubSpotの東京支社のマネージャーは女性です。私がかつて日本で働いていた1993年には不可能な抜擢だったと思いますが、今ならできます。

 もう1つ、1993年頃の日本では、白髪がある、つまり年齢が上というのは良いことでした。そして今の日本にもまだ、「年功序列」の意識が根強く残っています。年齢は関係なくみんな同じであるということをわかってほしいのですが、それを伝えるのは難しい。HubSpotの支社があるアイルランド、シンガポール、オーストラリアではこのことをわかってもらえるのですが、日本だけはまだですね。年齢差や性差というものが、いまだに問題として残っている

上場は、うれしくて泣いちゃうものだ

質問者B:HubSpotは2014年にニューヨーク証券取引所で上場しました。ほぼ日はこれから上場を考えていると聞いているのですが、ブライアンさんから糸井さんに何かアドバイスがあれば。

ブライアン:株式公開をした日というのは、それはそれはすばらしい1日でした。いまだに鮮明に覚えています。ダーメッシュと一緒に角を曲がって、ニューヨーク証券取引所の建物を見上げた時、もうそこで涙がにじんできたんですよ。そして上場の2日後に会社のメンバー全員でパーティーをした時は、みんな泣いていました。だから、アドバイスをするならば、お祝い会を盛大にやって、みんなで喜び合うといいと思います。

<b>ブライアン・ハリガン(Brian Halligan)</b><br /> ハブスポット(HubSpot)の共同創業者でCEO。2014年にニューヨーク証券取引所に上場。1922年にアメリカのソフトウェア会社PTCの日本支社を創立するために来日し、大きく成長させた。在日中は東京の等々力に住む。『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』以外の著書に『インバウンド・マーケティング』(すばる舎)がある。
ブライアン・ハリガン(Brian Halligan)
ハブスポット(HubSpot)の共同創業者でCEO。2014年にニューヨーク証券取引所に上場。1922年にアメリカのソフトウェア会社PTCの日本支社を創立するために来日し、大きく成長させた。在日中は東京の等々力に住む。『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』以外の著書に『インバウンド・マーケティング』(すばる舎)がある。

糸井:はー……上場についてこんな絵本のような物語を話してくれた人は、初めてです。みんな、「こういうところが難しい」とか「こういう問題がある」とか、いろんなことを言うんですよ。そのどれとも違う。まるで、「ぼくが初めて結婚したときは……」みたいな話でしたよね(笑)。こんな答え方をしてくれる人は、これからも現れないと思います。

ブライアン:アメリカでも同じことを言われましたよ。あれが大変だ、これがむずかしい……でもね、やっぱりすばらしい日でした。

糸井:いやー驚いた。そして、すごくうれしかったです。今晩、もしかしたら上場の夢をみるかも。

ブライアン:会社を始められたのはいつですか?

糸井:ほぼ日を始めたのが1998年だから、そこからかな。

ブライアン:何十年もがんばってこられたんだから、その日くらいはみんなで泣いて、笑って、お祝いされてもいいのでは。そう思いますよ。

構成:崎谷実穂

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