総額1兆7000億ドルのインフラ投資を公約に掲げるトランプ政権。実現すれば巨額投資になるだけに、日本企業も受注の機会をうかがっている。その中で、意外な企業が実績を上げている。道路公団の民営化で民間会社になった西日本高速道路(NEXCO西日本)だ。
お役所イメージが拭えない元道路公団が生き馬の目を抜く米国市場で受注を重ねているのはなぜか。西日本高速道路の米国現地法人「ネクスコ・ウエスト USA」の松本正人社長に話を聞いた。
(聞き手は、ニューヨーク支局 篠原 匡)
NEXCO西日本は橋梁の点検業務などで受注を増やしています。
松本正人氏(以下、松本):米国でビジネスを始めようと思ったそもそものきっかけは道路公団の民営化です。公団の時は国内事業だけでしたが、せっかく民営化で普通の会社になったので海外事業もやってみようという話になりまして、2008年に会社として海外事業部を作ったんです。私自身は海外事業部で、海外の案件を発掘するという仕事を2008年からやっていました。
「米国の道路は日本よりも30年古い」
当初は北米とアジア、アフリカの3エリアを攻めるという話で、私は北米とアフリカの2大陸を担当しました。ただ、そのうち北米の仕事が忙しくなったので、ほとんど北米専属のようになりました。
なぜ北米をターゲットにしたのでしょうか。
松本:日本の建設業界の海外進出というと主に東南アジアです。中東やアフリカに出ていく場合も、ODA(政府開発援助)をからめた技術協力的な案件が中心でした。先進国に行くという事例は少なかったと思います。
ただ、NEXCO西日本が強みを持っているのは道路の管理。こういった業務は逆に先進国に機会が多くあります。
例えば、米国は1930年から道路の整備が始まりました。日本の高速道路整備が1960年代から始まったということを考えると、米国は日本よりも単純に言って30年道路が古いということになります。また、米国は道路の総延長距離でも世界一です。
実際、米国の道路は老朽化が進んでおり、橋梁が落橋するという事故がたびたび起きています。米国政府も道路の点検や維持管理に力を入れています。われわれの持つ道路点検の技術を米国に持ってくれば、大きなビジネスチャンスになるだろう、と考えたわけです。
ニューヨークの道路もガタガタでひどいものです。
松本:インフラが悪いというのはみんな認識していますが、なかなか直す予算がつきません。基本的に共和党はインフラ投資に消極的です。民主党がインフラ投資の法案を出しても共和党とのせめぎ合いの中で予算が削られて、まとまった予算が付かないという状態が15年くらい続いています。
ガソリン税は20年も据え置かれたまま
道路管理は基本的に州政府の管轄でしたよね。
松本:そうです。道路管理の予算はガソリン税が原資で、いったん連邦政府が吸い上げて、各州の道路の状況や交通量などを考慮して、交付金のような形で州政府に分配しています。日本の道路特定財源(ガソリンにかかる揮発油税などの税収を、立ち遅れていた道路整備に充てていた。2008年度限りで廃止)のようなものです。
こちらの予算もガソリン税を上げられればいいのですが、ガソリン税を上げると選挙で負けてしまうので、共和党も民主党も手をつけたがらない。前回、ガソリン税が上がったのはクリントン政権時代ですから、もう20年もガソリン税は上がっていません。
米国法人の設立は2011年です。会社を設立するまではどういう状況だったのでしょうか。
松本:まずはNEXCO西の技術の中に米国で通用するものがあるのかどうか、棚卸ししました。われわれは道路の点検技術の他に、ETCや舗装関連など様々な技術を持っています。その中で、米国でビジネスが成立するものがあるのか、と。そのために、道路の維持管理などを手がける米国の会社を訪ねてインタビューを繰り返していました。
その過程で、赤外線を活用した道路点検技術は米国にないというアドバイスをもらいまして、これなら通用するかも、という話になったんです。それがきっかけになって、フロリダ州の南端にあるセブン・マイル・ブリッジの点検につながりました。
キーウェストに向かう橋ですね。
松本:そうです。海の上を橋が7マイル(約11キロ)も続いているので、点検にかなりの時間がかかっていました。でも、われわれの赤外線技術の場合、船の上からカメラで撮影すればコンクリートのひび割れや浮きは違う温度で検知されるので効率的に点検ができる。
すぐに受注が取れたんですね。
松本:いえ、セブン・マイル・ブリッジは無償でした。
タダ?
松本:はい。無償の検査をする前に、フロリダ州のDOT(Department of Transportation:運輸省)に行って、「こんな技術があるのですが……」と売り込んだんですが、彼らとしても見たことのない技術ですぐに契約できないと。それで、ちょっとやってみて、その結果で判断しましょうという話になったんです。
初めてだらけの会社づくり
その後、結果を報告したところ技術レベルはとても高いと評価いただきました。コストも概算を説明したところ、それならばぜひ使ってみたいというコメントをいただいたので、2011年の1月に会社を作りました。こちらに法人がないと仕事を引き受けることができなかったんです。
もっとも、社内で米国で会社を作った人は誰もいませんでしたので、「米国会社法」という本を買って、定款の作成や登記のために弁護士が必要という初歩の初歩から勉強して。会社を作る準備に半年くらいかかりましたね。
書籍を見ながら法人を立ち上げたんですか。
松本:全く初めての経験でしたので。
フロリダ州政府に高い評価をもらったという話でしたが、その後は順調にいった?
松本:それがなかなか難しくて……。「日本の高速道路で使っている実用レベルの技術です」「フロリダ州でこういうパイロット事業をやって認められました」という話を営業でしても、受注実績がないのでなかなか発注してくれませんでした。
日本の実績は関係ない。自分の州で実績がないのであれば他の州でいいから米国内の実績を作ってきてもらわないと無理ですよ、と。他の州に行っても、また別の州で実績を作らないと発注できませんよ、とたらい回し。最初に発注してくれる人を探すのにとても苦労しました。
フロリダは?
松本:無償点検をやった後に案件がなかったわけではないのですが、その時は法人ができておらず、タイミングが合わなかったんですよ。結局、われわれに赤外線検査が有望だとアドバイスをくれた会社の下請けに入ることで、最初の実績を作ることができました。その会社は赤外線の検査技術を持っていなかったので。
その後は順調?
松本:いえいえ。1件実績を作ったところで、簡単には受注は取れませんでした。丸3年くらいは営業に行っては受注がないと発注できないという繰り返し。何とかして実績を作らないと市場に食い込むのは無理だということで、無償の点検をずいぶんとやりました。おたくの州の橋を指定してくれれば、無償で点検しますので、精度や価格を見てください、と。
すると、「うちでは案件はないけれども紹介状を書いてあげよう」と言ってくれる人が出始めまして。この紹介状のおかげで他の州でも仕事が取れるようになりました。
突破口はエンジニアの推薦状
米国では、道路でも橋でも最後に成果品を出す時にプロフェッショナルエンジニア(PE)がサインしないと受け取ってもらえません。PEの責任は重く、何か不備があって橋が落ちれば個人であるPEが訴えられます。それゆえに、社会的な地位はとても高く、PEの紹介状は大きな信用になります。
日本の場合、どちらかというと組織で仕事をするので、NEXCO西の技術部長が自分でいい技術だと判断して推薦状を書くことはないと思います。一方で米国はPEが個人の責任でサインする文化がありますので、自分がいいと判断すれば紹介状にサインすることも厭わない。
無償で実績を積んだことで、評価してくれる人が現れたんですね。
松本:米国人は自分でいいと思えばいいと評価してくれます。受注が取れ始めたのは、こういう米国の仕事の進め方のおかげだと思います。
米国法人にPEはいるんですか?
松本:私がPEの資格を取りました。結局、仕事を受注する際にPEがいないと元請けになれないんですよ。PEがいない時はどこかの会社の下請けに入り、元請け会社のPEにサインしてもらう必要があります。でも、それでは元請けの入札に参加できないので。
無償で点検し始めた時に日本の本社は何か言わなかった?
松本:最初の3年間は黒字にならないというのはある程度は織り込み済みでしたので、3年は我慢してほしいという話はしていました。無償ばかりで心配をかけた時期もありましたが、頭を下げて我慢してもらって。4年目から受注が取れ始めたのでよかったですが、ずっと赤字が続いていれば撤退も考えたかもしれません。
ここまでの実績は?
松本:無償の案件を除けば20件ほどです。有名なところではオハイオ州のブレント・スペンス・ブリッジがあります。シンシナティにあるオハイオ州とケンタッキー州をつなぐトラス橋です。ワシントンDCのメトロの橋脚やニューヨークのビルの外壁もやりました。コンクリートであれば何でもOKです。
エリアは全米?
松本:ほとんど東海岸です。というのも、飛行機で機材を運べないので、ネバダ州やカリフォルニア州だと遠すぎて移動できないんですよ。
ワシントンDCからサンフランシスコまで、車だと40時間以上かかります。
松本:(受注実績のある)インディアナ州にしても、丸10時間かけていきましたから。今13人の社員がここにいますが、とてもじゃありませんが営業の手が回りません。
他に変わった案件はありますか?
松本:あとはブラジルのダムでしょうか。
ブラジル!
松本:われわれのホームページに突然、書き込みが入りまして。ブラジルのイタイプダム(ブラジルとパラグアイの国境を流れるパラナ川に作られたダム)の管理をしている者だが、おたくの技術でひび割れを点検したいので一度、技術を見せてほしいと。ご多分に漏れず、無償でブラジルまで来てデモをやってほしいと書いてありました(笑)。
あまりに巨大だったイタイプダム
米国国内なら無償で行くのもやむなしですが、ブラジルまで行くのはちょっと……。航空券とホテル代、機材も全部運んでデモした揚げ句に、参考になりました、では困りますので。半ば断るつもりで交通費とホテル代の見積書を送り返したんです。
そうしたら、こちらで航空券を取るので来る人の名前を教えてほしいという返信が来まして。そこまで言うのであればと、2人でブラジルに行ってデモしてきました。
デモの評価はとても高く、ぜひこの技術でやってほしいと言われたのですが、イタイプダムはあまりに巨大でコンクリートの量が半端ない。半年以上、泊まり込まなければ無理なので、最終的にお断りしたんですよ。
すると、この機械を売ってほしい、使い方を教えてもらえれば自分でやるから、と先方がおっしゃる。そこでカメラの値段とトレーニングの見積もりをだしたところ、それなら買えるから売ってくれという話になりまして、リオデジャネイロ・オリンピックの最中にトレーニングに行きました。彼らは今、われわれの点検機器を使ってダムを検査しています。
先ほど13人の社員がいると話していました。人員は増えているのでしょうか。
松本:1年前は10人もいなかったと思います。受注が増えるのに伴って人は増やしています。ただ、売り上げの伸びと人員増のバランスは当然考えていまして、身の丈にあわせて少しずつ増やしているという感じです。一気に攻めて売り上げがついてこなかったら大変ですので。
価値あるモノにはチャレンジしよう!
NEXCO西の前身は旧道路公団です。道路公団にはリスクを取るイメージが全くないのですが、なぜ海外事業を強化するという話になったのでしょうか。
松本:冒頭で申し上げた通り、民営化がきっかけです。民営化で何か新しいことをしようという風潮が出てきたんです。
民営化というと、みなさんサービスエリアがよくなりましたという話をされますが、道路公団時代から培ってきた技術があるので、高速道路の料金収入だけでなく、それを生かしたビジネスを展開しよう、と。また、民間から来た当時のトップが海外展開に積極的だったのもあります。
公団時代は国の指示に従って道路の建設管理を手がけるのが仕事でしたから、成功するかしないかという案件に挑戦しようというようなことはありません。ただ、リスクはあるにせよ、挑戦する価値のあるモノにはチャレンジすべきだと当時のトップも強くおっしゃっていたので、やってみよう、と。
松本さんも公団職員ですよね。
松本:公団時代に入った公団職員です。私の場合は海外事業部ができた2008年から米国に営業に来て、ほとんど自分が責任者としてやっていましたので、ここまで来たからには米国で会社を作り、事業を成功させたいという思いをずっと持っていました。その中で、「海外をやろう」というトップの方針があったので、ここまで来ることができたんだと思います。
インフラ投資のチャンス到来
起業家になりたいという夢があった?
松本:起業を考えたことはなかったですね。ただ、海外で仕事をしてみたいという夢はありました。実際、英語は趣味で勉強していましたし。
このプロジェクトに関して言えば、米国に法人を作らなければ受注できないと分かったので、会社を作って事業を取りに行くか、これまでやってきたことをあきらめるかという二者択一で。どちらを選ぶかと言われれば、もうやるしかないだろうというふうに思ったというのが正直なところです。
トランプ大統領はインフラ投資を訴えています。
松本:民主党の大統領であれば、民主党がインフラ投資の法案を出しても共和党が反対して通らないという筋書きだったと思います。ただ、今回は特殊ケースで、共和党の大統領がインフラと言っています。議会共和党はもちろん賛成ではないと思いますが、自分の党の大統領が言っているので渋々でも従う方向になるんじゃないかと思っています。
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