ロシアが、クリミア半島の実効支配を電光石火のごとく進めている。
 クリミア自治共和国議会はロシアへの編入を決議。その是非を問う国民投票を16日にも行う構えだ。ロシアはクリミアを併合するのか。プーチン大統領はウクライナをどうするつもりか。西側諸国は派兵も辞さないのか。
 欧州の安全保障事情に詳しい岩間陽子・政策研究大学院大学教授に聞いた。(聞き手は森 永輔)

ロシアのプーチン大統領が考える落とし所はどの辺りだと思いますか。

岩間 陽子(いわま・ようこ)
政策研究大学院大学教授
専門は欧州の安全保障。1986年京都大学法学部卒、94年同大学院博士後期課程を終了。98~2000年に在ドイツ日本大使館で専門調査員。2000年から同大学に勤務。2009年から現職。
(撮影:大槻純一)

岩間:プーチン大統領自身もまだ決めていないのだと思います。ただし、クリミア半島にある黒海艦隊の拠点、セバストポリ軍港を確保することは最低ラインでしょう。クリミア自治共和国議会が6日、ロシアへの編入を決議しました 。まだ国民投票など紆余曲折があるでしょうが、この目的は達することになるでしょう。ロシアにとっては「いらっしゃい」ではなく「おかえりなさい」です。

ロシアにとって黒海艦隊はなぜそれほど重要なのでしょう。

岩間:黒海の基地はロシアにとって数少ない不凍港です。ほかの多くの港は冬になると凍ってしまい、使えなくなります。またボスポラス・ダーダネルス海峡を越えればすぐに地中海に出られるという位置も重要です。地中海はこの地域の経済的な大動脈で、様々な物資が行き交っている。黒海艦隊はこのシーレーンににらみを効かすことができるのです。重要なシーレーンに影響力を与えられることは国際政治に関与する手段であり、大国の証となるわけです。

今後、起こりうる事態として次の4つのステップが考えられると思います。

1)セバストポリ軍港の確保
2)クリミア自治共和国のロシアへの併合
3)ウクライナ東部のロシアへの併合
4)ウクライナ全土を支配する新ロ政権を構築

 どこまで行く可能性があるでしょうか。

岩間:ステップ4まで進んだとしてもおかしくないと思います。クリミア自治共和国がロシアへの編入を議決したことで、ステップ2まで進むことが見えてきました。

ロシアがステップ3以上に進むとしたら、その理由は何でしょう。

岩間:ウクライナがロシアの勢力圏であることを西側に対してはっきりと示すことでしょう。

 大国主義のプーチン大統領は、ウクライナをはじめとする旧ソ連構成国に対する影響力をなんとしても確保したいのだと思います。旧東欧諸国はもちろん、バルト3国までがEU(欧州連合)やNATO(北大西洋条約機構)に加盟しています。プーチン大統領から見れば、西側がロシアの勢力圏と思っている地域でやりたい放題にしている。その手が旧ソ連構成国にまで及んできたわけです。

 真偽のほどは分かりませんが、ロシアはこう主張しています--ドイツ統一の時に西側は、NATOの範囲は旧東ドイツまでと約束した。ロシアから見れば、西側はこの約束を破っていることになります。

 ウクライナは18世紀にはロシア領に入っており、非常に近い存在です。そのウクライナがEUやNATOに加盟し西側陣営となることは、かつてキューバに社会主義政権が誕生した時に米国が感じたのと同じような脅威をロシアに与える。プーチン大統領にとって、そのような状況は何としても避けたいところです。

 ステップ2でとどまるのはプーチン大統領にとって満足感に欠けるものでしょう。しかし、これより先のステップに進むと、ロシアにもかなりのコストがかかります。ウクライナ系住民の反対も出てきますから、内戦状態になる可能性もあります。東部ウクライナのみと言っても、線引きは難しいと思います。プーチン大統領が、ここをどう計算するかが注目点ですね。

ロシアはまだ“軍事行動を起こしていない”

今回、プーチン大統領はなぜ軍を動かしたのでしょう。ほかに手段はなかったのでしょうか。

岩間:プーチン大統領は、軍を投入してはいないと言っています。クリミア自治共和国に展開している緑の軍服を着た人たちは、ロシア兵ではない、ウクライナの自警団だと彼は主張しています。ロシア正規軍、戦車を投入し、弾を撃つオプションはまだ取ってあるわけです。

 あの緑の軍服を着た人たちはプーチン大統領が言うようにロシア兵ではないのかもしれません。旧ソ連構成国のロシア系住民がロシアで訓練を受けて投入されているかもしれませんし、軍隊ではなく、警察系の工作員かもしれない。様々な可能性があります。

プーチン大統領も本格的な軍事紛争にはしたくないから“軍を投入していない”のでしょうか。

岩間:軍を投入するまでもないと考えているのでしょう。ウクライナ軍を倒すのは、ロシアにとって赤子の手をひねるようなものです。

 緑の軍服を着た人たちの動きを「軍事行動」と呼ぶならば、まだ序の口でしょう。彼らの動きはむしろ情報機関的なものだと解釈しています。プーチン大統領はKGB(ソ連国家保安委員会)の出身ですから。

ロシアの動きは必ずしも住民無視ではない

クリミア自治共和国が3月16日に、ロシアへの編入の是非を問う住民投票を行います。彼らが元々ロシア人だったことを考えると、ロシアへの編入はハッピーなことなのでしょうか。

岩間:クリミア自治共和国の住民の6割がロシア系です。彼らにとってはハッピーかもしれません。ロシアは、この多数派に下工作をしてから、今回の動きを始めたのだと思います。クリミアの議会が編入の議決をするまで、あっという間でしたから。

 しかし、残り4割の人々にとっては、ハッピーではないのではないでしょうか。例えば、ロシア語を強制されることが考えられます。西側としてはこの少数派の人々の権利を守ることが、今後の対ロ交渉の要点の1つになるのではないかと思います。

住民投票が終わるまで、ロシアも西側も様子見となるのでしょうか。

岩間:いえ、目を離すことはできません。ウクライナ東部にいるロシア系住民がロシアへの編入を求める可能性が考えられます。「クリミアがロシアに戻るなら、自分たちだって…」と考える人たちがいますから。ウクライナ東部の州が、1つずつロシアに入っていく。仮にそうしたことが起きれば、一種の平和的革命ということになるんでしょうか。

 ただ、その過程で、ウクライナ系住民との間で内戦状態になる可能性も十分あります。その場合、重要となるのは、首都キエフを握る暫定政権がウクライナの警察と軍をコントロールできているかどうかです。コントロールできていれば、クリミアを除いたウクライナの統一を維持できるかもしれない。しかし、クリミアを見る限り軍内部が分裂している可能性があります。ロシア側に投降するウクライナ軍将校がかなりいるようです。

西側から見ると、ロシアがウクライナ情勢に無理やり介入しているように映ります。しかし、ロシアに同調する勢力もいるわけですね。事態は複雑です。

岩間:おっしゃる通りです。ウクライナ東部のロシア系住民は、自分たちはロシア人だと思っているのですから。

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