任天堂相談役の山内溥氏が9月19日、肺炎で死去した。85歳だった。任天堂を世界的なゲーム機メーカーに育て上げた「中興の祖」として知られる。最盛期の市場規模で2兆円超という、世界の家庭用ゲーム産業を創り上げた。

 1949年に、家業を継ぐ形で丸福かるた販売(現任天堂)に入社し社長に就任。ゲーム機の開発にいち早く目を付け、1980年に携帯型ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」、83年には家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(ファミコン)の発売に踏み切った。ソフトとハードの両輪がそろったビジネスモデルを確立し、任天堂の業績を急拡大させた。

 2002年には社長職を岩田聡氏(現社長)に譲渡。社長としての在籍期間は53年だった。その後は相談役として、岩田氏をはじめとする経営陣を裏で支え続けた。2004年に発売した、2つの画面を備えた携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」は、山内氏の助言が発端。

 山内氏は社長を退任した翌年となる2003年に、日経ビジネスの単独インタビューに応じた。主張していたのは、ゲームビジネスの本質がハード(ゲーム機)性能ではなくソフトだと言う点だ。

 奇しくも2013年はファミコン誕生から30周年の節目の年。スマートフォン向けゲームの台頭もあり、任天堂はかつてないほどの苦境に陥っている。ゲームの本質を説く山内氏の発言は、決して色焦ることはない。

(聞き手は日経ビジネス編集長、野村 裕知[当時]。
初出は2003年2月24日号)

山内 溥(やまうち・ひろし)氏
 1927年11月7日京都府生まれ、75歳。49年12月任天堂入社、社長就任。50年早稲田大学専門部法律科卒業。大学在学中に2代目社長の祖父が死去、家業の丸福かるた販売(現任天堂)を継いだ。83年7月に「ファミリーコンピュータ」を発売するなど52年間にわたってゲーム市場を牽引。2002年5月31日付で32歳年下の岩田聡氏を社長に選び、取締役相談役に退いた。携帯ゲーム機「ゲームボーイアドバンス」は昨年12月末に発売2年足らずで3000万台を出荷した。

 ファミコン誕生から20年。家庭用ゲーム機が踊り場を迎えている。若者の消費が携帯電話に流れ、爆発的なヒット商品が生まれない。第一線を退いた「カリスマ」が明日を語った。

 昨年5月に社長業をバトンタッチされて、今はどんな生活を送られていますか。

 会社に足を運ぶのは週1回くらいです。月1回の役員会には出席しますが、経営会議には出ません。

 社長を辞めて、楽にはなったんですよ。出ていかなくてもいいですから。その点はありがたいけど、やっぱり精神的にはあんまり楽になりません。今はメディアが発達していますから、会社に来ようと来まいと情報が入ってくるので、どうも落ち着きません(笑)。

 口で引退と言っても、松下電器産業の故松下幸之助さんや京セラの稲盛和夫さんのように、周りが判断を仰ぐことはありませんか。

 幸之助さんはよく知りませんけれども、稲盛さんは確かに言っていることとちょっと違うんじゃないか、と思います。やっぱり僕は一応距離は置いています。第一線を退いて改めて感じるのは、今はあらゆる企業が大変な状況にあって、我々のビジネスも岐路に立たされているなということです。

 結局、私たちの業界は物を作って物を売っています。いい物を安く作って、さらに合理化して一層安く作る。果てしない競争です。

明日ソニーがゲーム事業で負けるかもしれない。 独り勝ちの時代は終わった

 これから技術革新が進むと、バイオとかナノテクノロジー(超微細加工技術)の時代が来ると言われています。新しい技術は世の中を変えるし、我々の生活も変わっていく。新しい需要もわき起こってくると予想される。じゃあ、ものすごい市場が誕生したら、ある特定の企業が飛躍し、大きく伸びて栄えるのか。そうはいかない。

 多くの企業がそういう分野にみんな参入するわけですから、横一線で激しい戦いを繰り広げる。勝ち組と負け組には分かれるでしょうが、勝ち組同士が競り合えば、勝ったからといって、ある企業だけが独り勝ちするとは考えにくい。かつて米マイクロソフトがパソコンのOS(基本ソフト)を独占したようなことがこれから起こる可能性は、ほとんどありません。

 企業は今までのような成長プランを掲げて「うちはバラ色だ」とは、決して言えないと思うんですね。困ったことに、そういうことを何も知らないでいろいろ言っている人が多いんです。

「ウィンドウズ」は現れない

 マスコミも含めて、評論家は過去何度も「任天堂は曲がり角」と言ってきました。そういう見方は、実態とずれているというのですか。

 評論家が何も知らずに、知ったかぶりしてしゃべる。アナリストもよく知らずにリポートを書く。そんなことは世界中、よくあることなんです。

 しかし、ゲームビジネスの場合は、当事者がゲームを知らないので困ってしまいます。

 例えば「家庭用ゲーム機で『プレイステーション2(PS2)』が昨年圧勝し、ソニー関係者が『ゲーム戦争は終わった』と宣言した」という御誌の記事(2002年11月18日号特集)を読みましたが、それは全然違う。ゲーム戦争なんて絶対に終わらないんですよ。そんなものと違うんです、ゲームビジネスというのは。

 明日のことは誰にも全く分からない。明日ソニーが負けるかもしれない。それがゲームビジネスなんです。そういうことが、いわば我々のビジネスの基本なんです。

 先ほどゲーム業界自体が大きな岐路にあると指摘されました。長い時間軸で見た場合、2003年で起きていることは大きな変化の中のどんな局面にあるのでしょうか。

 ゲームビジネスが今どんな状況にあるかを知るには、市場が拡大してきた過程を振り返ればいいと思います。まず米国で売れる。日本でも売れて、欧州でも売れる。日米欧では知的財産権という我々のビジネスの命綱が守られていますから、市場が伸びてきた。ただ、私たちの商品であるソフトは好みの差が激しくて、米国人が好むものと、日本人が好むものとは違う。このためソフトメーカーというのは、それほど大きくなれないんです。

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