待機児童問題が、再び深刻な事態を迎えている。厚労省によれば、最新統計である2009年4月の待機児童数は、全国で2万5384人と昨年に比べて5834人も増加し、過去最大の増加率(29.8%)となった。また、既に来年4月の認可保育所の申し込みが始まっているが、東京都各区とも今年を上回るハイペースの申し込みが続いている。これは、いわゆる「リーマンショック」に始まる世界同時不況に伴って、夫の失業や収入低下を補おうと、乳幼児を抱える母親達がパート・アルバイトに出ていることが背景である。

 しかしながら、よく見れば、待機児童数はたかが2万5000人程度である。認可保育所の定員数自体は200万人を超えているから、この程度、ちょっと努力をすれば解決できそうな数字に思われる。小泉政権下の「待機児童ゼロ作戦」をはじめ、認可保育所の定員を増やす努力はこれまでも行なわれてきたはずなのに、なぜ、待機児童はなかなか解消しないのだろうか。実は、この待機児童数の見た目の少なさが、政府の待機児童対策を甘く考えさせ、抜本的な対策が行なわれてこなかった一つの大きな要因なのである。

問題を過小評価させる待機児童統計

 まず、この待機児童数の定義には、不足する認可保育所に入ることを諦め、やむなく「無認可保育所」を利用している十数万人の児童が含まれていない。無認可保育所というのは、各自治体が応急的に設置している小規模の保育所・保育室、東京都の認証保育所(東京都が独自の補助金を投入している認可保育所に近い質を保つ無認可保育所)などであるが、厚生労働省の管轄外にあり、国からの補助金が全く無い。このため、利用者の保育料は月額6万円程度と高く、しかも保育士数や施設設備が認可保育所に比べて乏しい保育所である。また、この待機児童数の定義には、就職活動中の母親、もしくは働きたいと考えているにもかかわらず、保育所が無いために就職口を決められず、入所申し込みができていない母親の児童数が除かれている。

 この統計の取り方は、失業したとしても、求職行動を示さない限り、失業者と定義されない、国の雇用統計と同じである。実は、失業率は、景気が回復しても初めはかえって悪化する傾向があることが知られている。それは、これまで働きたくとも、「どうせ働き口はないだろう」と諦めていた潜在的失業者(統計上、失業者となっていなかった人々)が、景気回復に期待を寄せて求職票を提出し、失業者として顕在化してしまうからである。このため、しばしば「ジョブレス・リカバリー(雇用なき景気回復)」と呼ばれる状況となる。失業率が回復するには、さらに力強い景気回復を持続させることによって、この潜在的失業者を一掃しなければならないのである。

 待機児童も同様である。各自治体が少しばかり認可保育所を増やしても、それがかえって呼び水となり、潜在的待機者が入所申請をして、新待機児童として顕現化する状況では、待機児数はなかなか減少しない。待機児童数が減少するには、統計上に現れた2万5000人の数だけではなく、統計上に現れていない潜在的待機児童数を解消しなければならないのである。

 それでは、この潜在的待機児童数はいったいどれくらいの規模になるのだろうか。

 厚生労働省自身が最近行った大規模アンケート調査によれば、無認可保育所の利用者を含め、こうした「潜在的待機児童数」は、何と全国で約85万人も存在する。なるほど、待機児童問題がなかなか解決しない訳である。

低すぎる認可保育所の保育料

 経済学的に考えると、この待機児童数を解消するには、2つの手段が存在する。一つは、保育料を大幅に引き上げることである。需要が供給を上回る「超過需要」、つまり「待ち行列」が大量に発生している一つの理由は、保育料が安いために旺盛な需要が存在することにある。実際、筆者が昨年、内閣府と協力して行った大規模なアンケート調査では、認可保育所入所者の平均的な保育料は月額2万円強と、6万円もかかる無認可保育所と比べて極端に安かった。

 この理由は、保育行政が「福祉」であることと無縁ではない。本来、応能負担として、所得に応じて最高で7万円程度の保育料が課されるはずであるが、一方で低所得家庭は、無料か非常に低い保育料で済んでいる。このため、各自治体は、不公平感が発生しないように、独自の減免によって、高所得家庭の保育料も低めている場合が多い。また、3歳を超えると保育料が半額程度になる措置を講じている自治体は多いし、第二子、第三子の減免を行なう自治体もある。

 さらに、そもそも自営業の場合には所得把握が難しく、実際の所得から計算される保育料に比べて、大幅に支払額が低くなっている。また、最近は保育料を支払わない未納問題も深刻化している。こうした異常に低い認可保育所の保育料を支えているのはもちろん、税金であり、認可保育所と無認可保育所の間で、税金投入の著しい格差が生じている。しかしながら、人口減少社会に突入する中、少子化対策や女性労働力の活用という観点から見ても、需要抑制や格差解消のために、認可保育所の保育料を無認可保育所並みに引き上げるという政策は、国民に支持されない可能性が高い。

財政的に不可能な認可保育所の供給拡大

 もう一つの手段は、これまでの保育行政の規定路線であるが、認可保育所の供給を増やすという方法である。ただし、これまでのようにお茶を濁す程度の増加では、待機児解消には意味が無く、もし、現在の需要を全て満たす供給拡大を図るのであれば、この80万人程度の定員増を実施しなければならない。その場合、最大の懸念は、高コスト体質の認可保育所の運営費を賄う「財源問題」である。

 特に待機児童が顕著な都市部の認可保育所は、黙っていても「お客(利用者)」が運ばれてくる状況であるから、競争に晒されず、非効率な「ぬるま湯経営」「高コスト体質」に陥っているところが多い。既に述べたように、保育料は税金によって補填されて非常に低い水準となっているために、お客(利用者)からの苦情や緊張感にも晒されない。このため、例えば、東京都23区の公立保育所における0歳児1人当たりにかかっている保育運営費は、平均で月50万円近い水準に達している。保育料負担が約2万円とすると、1人に対して実に48万円もの税金が投入されている計算になる。もちろん、東京都23区は極端な例であるし、0歳児も最も運営費の高い年齢層であるが、高コスト体質は都市部の公立保育所に共通する構造である。この背景にあるのは、人件費の高さである。

 都市部の公立保育所の保育士は、地方公務員の俸給表に原則従っているため、国の補助金である「保育単価」の人件費をはるかに上回っており、地方自治体の一般会計繰り入れ(税金投入)で、運営費を賄わざるを得ない高い水準となっている。再び、極端な東京都23区の例を挙げると、大半を占める正規(常勤)保育士の平均年収(賞与、手当を含む)は、平均で800万円程度であり、園長に至っては、数年前までは年収1200万円近くに達するものもいた。まさに、異常な賃金水準の高さである。

 こうした異常な賃金水準になる理由は、単に地方公務員の俸給表が高いことにあるだけではない。

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