たいへん長らくお待たせしました。「日経ビジネスEXPRESS X」で大好評だった「イッセー尾形のつくり方」ワークショップ見学記の、第2弾をお届けします(前回の記事はこちら)。前回は舞台に密着し、時系列でお伝えしましたが、今回はその後の取材も加え、より具体的なスタイルになりました。
独り芝居を30年近く続け、「ニューズウィーク」誌の「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれたイッセー尾形氏。そして、彼とずっとコンビを組んできた演出家の森田雄三氏。この2人が昨年取り組んだのが「イッセー尾形の作り方」です。
詳しい内容は本文に譲りますが、森田氏が指導するこのワークショップは、ビジネスパーソンにとって、自分の限界と思っていた壁を破るためのヒントに満ちています。
短く言うなら、ありがちな「自分探し」とは正反対の「他人探し」の思想への気づきです。
「何かしゃべってみて」から始まる、出たとこ勝負な稽古の数々。ワークショップに参加しなくても実践できる「イッセー尾形のつくり方」のエッセンスを、彼らにずっと注目してきたルポライター、朝山実氏が紹介します。
(第2回を読む)
(日経ビジネスオンライン 山中 浩之)
俳優のイッセー尾形と演出家の森田雄三が2005年に取り組んだワークショップ。それは、「演劇の素人をたった4日間の稽古で本番の舞台にあげる」というものでした。
そんな無茶な、と思うかもしれません。ところが、この暴挙(?)はフタを開けてみれば大成功。全国8都市で実施された昨年のワークショップはどこも満員大入りでした。たしかな手ごたえを感じた彼らは、今年もワークショップを継続させています。
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前回の連載では、8都市のうちの三重で行われたワークショップの模様をお伝えしましたが、実はこのワークショップ、開催する場所によって内容はまったく異なるものでした。
当然、本番の舞台も違います。どのワークショップもゼロから始まり、舞台を作り上げていく。出たとこ勝負の森田さんならではの演出です。
でも、同時にすべてのワークショップの根底には、共通した思想のようなものが流れてもいました。それは、森田さんが長年演出をしてきたイッセー尾形の芝居からも受け取れます。そこで今回の連載では、森田式演出術のエッセンスをテーマ別にみなさんに紹介しようと思います。
本題に入る前に、唐突ですが、以下の項目に思い当たるふしがあるかどうか、自問自答してみてください。
・言いたいことを、他人に上手に伝えられない
・すぐに言葉に詰まってしまう
・人前に立つと、とたんにドキドキする
・他人の目や反応が気になる
・特技も取り柄もない自分が嫌いだ
自分をいじめすぎてませんか?
1つでも「イエス」があった人は、ぜひこの連載を読んでみてください。
書店の自己啓発の棚に足を運ぶと、何十冊も「自分を変える」類の本が並んでいます。これからも減ったりはしないでしょう。「たった4日間で舞台に出てみよう」というワークショップが、数多の「自己改造」ものと大きく違っていたのは、自分をダメだといじめるのではなく、自分を見つめ直すなかから自分を再発見し、肯定するものだったことです。ただ、そこにたどり着くまでのアプローチは「びっくり」の連続でした。
では、前口上はこのへんにして、さっそく森田さんによる「コーチング」の開始といきましょう。
円形に椅子を並べた参加者たちの輪の真ん中で、講師の森田さんが、「何かしゃべってみて」と、課題を投げかけます。全国8箇所、どの会場も、ワークショップの稽古はこの出題で始まりました。
「何か?」って、何をしゃべればいいのか。
「質問は、受け付けません」
何でもいいから話してみる。「この人数、みんなが答えるんだから」と森田さんは急かします。
何でもいい。自由であることに、まず参加者は戸惑います。
50人から100人近い参加者の数。全員が答えると考えただけで、これはもう大変なことです。
「他人の真似」の猛ノック
最初の人は、共通して「自己紹介」をはじめます。
職業を説明しようとすると、森田さんがストップをかけ、
「職業や身分を明かすのは、いちばん最後のお楽しみにとっておきますから」。
その後も森田さんは、自己紹介の類に、ことごとくダメを連発していきます。
なぜダメなのか、理由は何一つ明かしません。
参加者の多くは、1人で申し込んだ人でした。次には、周りをうかがいながら、どんな動機でこの場にやって来たのかを語ろうとする人が出てくるのですが、森田さんは途中で「はい、ダメです」と交替を促します。
静まった会場が、ざわざわします。
趣向を変え、この場の雰囲気についてコメントする人があらわれます。
これもまた、「ダメです」。
森田さんからOKが出たのは、「会場に来るまでに、こんなことがありました」と目にした光景を話す人。あるいは、意表をつこうとしたのか、破れかぶれなのか、「自分の知り合いに変わった人がいて…」と、知人のことを話す人が出てきたときです。
誰も、その友人のことなど知らないのですが、じっと耳を傾けています。
そんなことが、三人、四人と続き、参加者もわかってきたようです。
自己紹介や、自分がどう感じているかをしゃべるのは、「×」。
自分ではない、他人のことを話すと、「○」。
参加者がコツを飲み込んだと思えたころ、森田さんはこんな説明をはじめました。
「知らない人の集まりで自己紹介をするのは、社会では『礼儀正しい人』になる。だけど、考えてもみてよ。そういう自己紹介というのは、『じゃ、5人前の人がしゃべったことで、覚えていること答えてみて』と尋ねたら、どれだけの人が覚えているだろうか? 皆さんは大人だからつまらない話でも聞くフリはする。でも、ほとんど耳に入っていない。とくに自分の順番の前は、自分が話すことで頭はいっぱいになっている。
じゃ、人が聞いてくれるのはどんな話かというと、先が読めないときなんだよね。こんなおかしな友人がいて、という話は予測がまったくつかない。だから、耳を傾ける。人が興味をもつのは、何だか分からないものに対してだということを理解しておいてください」
森田さんは、参加者が順番待ちをしている間に、話すことを頭の中で予習していたかどうかを、不思議なほど言い当てていました。準備をしていた人には、「違うことをしゃべって」とたたみかけます。準備したものには、話す前から「結論」が見えているからでしょう。しゃべり口調に予習ぶりが出てしまい、聞き手の興味をそいでしまうのでしょう。
「この場で、考える。とっさに思いつくことが大事」と森田さんは熱弁していました。
やっつけの推奨みたいに聞こえ、まるで世間の「常識」の逆さまを言っているように見えますが、ひとつひとつには十分な根拠があることが後々分かってきます。
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