出社しているはずなのに、姿が見えない。そんな中高年が「妖精さん」と呼ばれている。50代には高給をもらいながら定年を待つ。そんな「逃げ切りシステム」は、定年というゴールが動かされ、過去のものとなった。50代以降も活躍してもらわねば成長が止まるとの危機感から、企業も変わり始めた。続けるのか、辞めるのか、それとも新たに始めるのか――。楽しく、有意義に残りの半生を過ごす戦略を練ってみよう。妖精さんごっこに興じているのは、あまりにもったいない。
■連載予定(タイトルや回数は変わる可能性があります)
・くすぶるな50代 ミドルと会社すれ違い、継続雇用イヤ7割(今回)
・グーグルなどリスキリングで連携 育てイノベーション人材50万人
・ブリヂストンやみずほ、ミドルを磨く 越境学習や兼業で経験開花
・元富士通SEはビール造りに手応え ライフシフトで夢に挑む50代
・故郷の町おこしに奮闘する元電通マン 古巣や元同僚が挑戦を後押し
・50代で起業塾に入門 更年期の女性支援、働き続けて社会に恩返し
・50歳で大学学長に 元ベンチャー経営者、人生の意義を見つめ直す
・ライフシフトの出発点は自分発見 悩むミドルの心のブレーキを探る
・赤坂の紫乃ママが説くミドルのスキル 生涯現役へ人の輪を広げよ
・「物価上昇」知る50代の活躍、消費活性化にも意義 識者に聞く
社員の半数が50歳以上──。大企業ですら、少子高齢化でそんな現実が目前に迫る日本。かつては第一線を退いたと見なされた中高年層も、貴重な戦力としての働きが求められている。ところが肝心の中高年社員のパフォーマンスはなかなか上がらない。彼らに何が起きているのか。
「非管理職の50代社員はほかの世代と比べて人事評価が低い傾向が顕著でした。このままではまずいと危機感を覚えました」。こう話すのは、NTTコミュニケーションズのヒューマンリソース部でキャリアコンサルティング・ディレクターを務める浅井公一氏だ。
6月時点で社員の3分の1の約2000人が50歳以上だ。同社キャリアデザイン室の試算では、2025年には社員の半数以上が50代となる。このままでは会社全体の成長に響く。14年、当時の副社長の後押しもあり、浅井氏は1人でこれまで未着手だった中高年社員のキャリア開発に乗り出すことにした。
期待されないから頑張らない
浅井氏は当初、パフォーマンスの悪さは、仕事への意欲が低いからだと考えていた。だが多くの社員と面談を重ねて浮かび上がったのは「50代のやる気は決して低くない」という事実。多くの社員が訴えたのが「大事な問題が発生しても蚊帳の外に置かれ、意思決定の場にも呼ばれなくなった」という不満だった。
彼らはいわゆる「バブル入社組」と呼ばれる、好景気に大量採用された世代。年齢が上がるにつれて昇進が難しくなり、能力を発揮できずにくすぶっていた。周囲からの期待を得られなくなり仕事への関わり方に悩む人も少なくなかった。期待されないから頑張らないという悪循環に陥っていたといえる。
浅井氏はこれまで8年間で約2000人もの50代社員と面談。研修なども導入しつつ「自分のために小さな目標を立てて前進する」「何歳になってもチャレンジする」重要性を訴えた。結果、1年後には面談した社員の約8割に何らかの挑戦を始めるなどの行動変容が見られた。50代にして昇格する社員も増え始めた。
日本企業の課題の縮図
NTTコミュニケーションズの問題は、日本企業の課題の縮図でもある。1971~74年生まれの「団塊ジュニア世代」が50歳前後に差し掛かり、多くの企業で50代社員が増える。終身雇用や年功賃金など日本型雇用制度が幅を利かせてきた時代に社会人となった彼らは、生活設計やキャリア形成の多くを会社に頼ってきた。
日本経済が右肩上がりだった頃はそれでもよかった。高給をもらいながらのんびり働き、60歳の定年を待つ。年功賃金制度の下、若い頃がむしゃらに働いても賃金が抑えられていた分、ベテランになったら取り戻せる──。そんなイメージがかつての50代にはあったはずだ。
しかしバブル崩壊を機に年功賃金の見直しや成果主義の導入が進み、今そしてこれからの50代を待つのは先輩世代とは異なる未来だ。政府の調査によると、95年の50~54歳の働き手は当時20~24歳だった若手の1.94倍の賃金を受け取っていた。だが2020年の50~54歳は昇給が抑えられてきた結果、若手の1.73倍にとどまった。
勤続35年でもらえる退職金の平均額は、10年前と比べて500万円も減少。追い打ちをかけるのが、一定の年齢に達すると一部の昇進する社員を除き役職から降ろす役職定年制度だ。多くの企業は50~55歳で線引きしている。
もとは組織の新陳代謝を促すための制度だが、中高年に仕事への意欲を失わせる大きな要因となっている。定年後研究所(東京・港)とニッセイ基礎研究所が18年に出した試算では、役職定年で50代社員が意欲と生産性を下げることで生じる経済的な損失は約1兆5000億円に達する。
企業も働き手も考える時
賃金や退職金の減少は、50代以降の仕事に対するモチベーションを下げるのみならず、定年後の生活にも大きな影を落とす。「今の50代は昔の50代よりも貧しくなっている」。こう話すのは、これまで様々な企業の人事制度構築に携わったフォーラムエンジニアリングの秋山輝之常務だ。
前出のデータが示す通り、2000年代のバブル崩壊後に多くの企業が年功賃金制度や退職金の見直しを実施したことで、企業の人件費は低下した。従って、現在の50代は00年代の50代社員ほど露骨なリストラや早期退職を迫られてはいない。とりあえず、働き口はあるという状態だ。
だが安心してはいられない。理由は、ライフスタイルの変化だ。女性の平均初婚年齢は1990年で25.9歳だったが、現在の50代前後の世代が20代後半~30代初めだった2000年には、27.0歳と10年間で上昇している。男性も同28.4歳から28.8歳と同様の傾向だ。それに伴い、出産や住宅の取得年齢も後ろ倒しになっている。
50代以降も子どもの教育費や住宅ローンの返済にそれなりの資金を割かなければならない人が増えている。秋山氏は「賃金や退職金が昔と比べて減っている上に、ライフイベントの後ろ倒しで老後資金をためる時間が少なくなっている。50代以降も長く働き、ある程度のお金を得られるようなキャリアプランを再構築していく必要がある」と話す。
21年に改正高年齢者雇用安定法が施行され、企業には従業員に70歳まで就業機会を確保する努力義務が課された。働き手にとってはありがたい話だ。だが、多くの企業の場合、定年延長後の賃金は現役時代と比べて大きく下がる。やりがいのある仕事に就けるとも限らない。モチベーションを維持できないのであれば、早い段階で自分で人生後半戦のキャリアを切り開くのも手だろう。
一方の企業も、50代社員の意欲をそいだままくすぶらせておくわけにはいかない。「生涯現役社会」の本格到来を前に、働き手も企業も、真剣に考えなければならない時に来ている。
アンケートで見えたミドル世代の本音
現在、50歳前後の働き手は今の仕事や今後のキャリアをどう捉えているのか──。本誌は45~54歳の仕事を持つ人を対象にアンケートを実施し、約730人から回答を得た。
現在の仕事に関して「貢献している」「まあ貢献している」と回答した人は86.5%。これは、回答者の多くが役職定年前である点に関係しているとみられる。何に貢献しているかという質問に「組織をまとめたり、マネジメントしたりしている」との回答が上位にあることから、管理職の地位にあることが浮かび上がる。仕事の満足度に関する質問でも「仕事を進める際の裁量、権限」がある点への満足度が高く、仕事のやりがいにつながっているようだ。
反対に「時代に合った新しいスキルの習得ができる」「若手スタッフの育成ができている」点で貢献していると答えた人は少ない。変化への対応が求められる業務や世代の離れた社員との交流は苦手なようだ。また、給与水準に対する満足度は総じて低かった。
定年後は「残りたくない」が7割
今後のキャリアに関しては、定年延長の65歳まで働きたい人が29.5%と最多。65歳を過ぎても働きたい人も約40%いた。人々の寿命が延びたことで、働く期間が長くなる「人生100年時代」に対する認識は40~50代でもだいぶ浸透しているようだ。
しかし「定年後も今の会社で働きたいか」との質問に「はい」と回答した人はわずか1.4%。71%が「いいえ」と答えたのは注目に値する。2021年施行の改正高年齢者雇用安定法を受け、多くの社員が継続雇用の道を選んでいるのとは対照的だ。本心では会社の外に飛び出したいという思いが垣間見える。
定年後の生活に不安を感じている人は約半分。「お金、年金」や「家族の健康/親などの介護」「自分の健康」といった項目が上位に並んだ。
<アンケートの概要>「50歳からの生き方、働き方に関する調査」:7月14日から18日にかけて、日経BPコンサルティングが45~54歳の有職者を対象に実施。733人から回答を得た。回答者のうち45~49歳は38.7%、50~54歳は61.3%。男性は80.6%、女性は18.8%。四捨五入の関係で一部円グラフの合計は100にならない登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。
この記事はシリーズ「仕事とわたし 新しい働き方のカタチ」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。