最近、マスコミの記事を見ると「サムスン失速」、「サムスンに陰り」、あるいは「サムスン崩壊?」などという見出しを頻繁に目にする。いかにもサムスンが相当酷い状況にあることを示唆している表現だ。

 確かに日本の産業界、特に競合企業にとってみればビジネスチャンスとして心地良いニュースとして伝わると思う。ともかく、日本のエレクトロニクス産業がサムスンの攻勢により疲弊した経緯を考えれば、嬉しいニュースとして響くかもしれない。

 では果たして日本で報道されているほど深刻な状況なのか。実際は日本での報道が非常にオーバーな表現をしているように見える。2か月前の7月、韓国の水原、すなわちサムスンの城下町へ足を運びサムスングループとの意見交換を行ってきた。

 実態は日本で報道されているよう悲壮感は全くないと言える。活気はあるし、投資も積極的に進めているし、「日本では何を報道しているのか?」という雰囲気だ。韓国のウォン高基調、スマートフォンビジネスでの失速など、マイナス面があるのは事実だが、それはある意味、想定内と言えるものだ。確かに純利益の低下は事実としてあるが、日本の電機産業に比べたら絶対値ははるかに大きい。

 筆者が韓国サムスンに赴任した2004年以降、韓国通貨はじわじわとウォン高方向にぶれ始め、2007年には7.5ウォン/円まで進んだ。今でこそ10ウォン/円以下までウォン高方向に進んでいるが、現在よりもまだ25%ほどもウォン高だったわけで、既に現在のウォン高基調は織り込み済みである。

 その後はウォン安方向に働き、2011年から12年にかけては15ウォン/円であったことから激しく振れてきた経緯がある。よって、現在のウォン高基調と言っても7年前に比べたらまだ余裕はある。むしろ15ウォン/円を記録していた時、韓国の産業界の実態に比べたら異常にウォンが安過ぎるのではないかと思ったほどだ。

 スマートフォン市場、ことさら中国市場でのシェア低下も大きく報道されているが、これもある意味、織り込み済みである。なぜならそれは既に薄型液晶テレビでも経験しているからである。サムスンが液晶テレビで中国に進出した時にはローカルの液晶テレビとは品質的に格段の差があり、サムスンは力強い事業を展開していたし、LG電子のテレビも同様であった。

 しかし2010年を過ぎると、中国のローカルメーカーの実力が向上し、サムスンの勢いにブレーキがかかった。それだけコモディティ化していけば、どんな製品でも同じ道を歩むことになるだろう。スマートフォンも例外ではなく、現に中国市場では中国製品がシェアを伸ばしてきていることで、サムスンの事業を圧迫している。これはリチウムイオン電池や有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)などでも今後起こり得る現象だ。

 ホンダは人材を育てるが、サムスンは人材を競わせる。同様に、ゼロから研究開発に着手するホンダに対して、サムスンは基本的にM&Aで時間を買う――。このように、ホンダとサムスンでは企業文化や経営スタイルが大きく異なります。

 本書は、ホンダとサムスンで技術開発をリードした著者が見た日本と韓国の比較産業論です。サムスンという企業グループの実態に加えて、日本人ビジネスパーソンと韓国人ビジネスパーソンの特徴、日本の電機大手が韓国企業に負けた理由、日本企業がグローバル市場で勝ち抜くために必要なことなどを自身の体験を元に考察しています。ホンダとサムスンという企業を通して見える日韓の違いをぜひお読みください。

 2007年頃、サムスンのイ・ゴンヒ会長は「10年後にはサムスンの現在の事業の大半がなくなる」と危機感を共有させる発言をグループ内に発した。7年経過後の現在を見ると、市場シェアを落としている製品は少なくない。

 それだからサムスンの経営戦略では、2020年までの成長戦略を2010年に描いた。エネルギーとヘルスケアがその中心である。ヘルスケアはM&A等を積極的に進めているが、エネルギー分野では苦戦している。

 エネルギー領域ではLED、太陽電池、車載用リチウムイオン電池を対象にしたわけだが、リチウムイオン電池を除けば成長事業の柱としては成立していないし、進展も見られず計画通りに進んではいない。ここは大胆な戦略の見直しが必要とされている。

サムスンのグループ再編が語るもの

 そういう現状であるからこそ、サムスンのグループ再編が昨年から活発に進められている。グループの業界の垣根を超えての再編の意図は2種類ある。

 一つは事業拡大を睨んでシナジーを高い次元で発揮する目的の場合。現在のサムスンディスプレーはその典型的な事例である。中小型液晶パネル事業、有機ELパネル事業を推進していたサムスンSDIとセット事業を展開するサムスン電子との合弁により拡張統合したサムスンディスプレーは、現在、力強い事業を展開している。

 もう一つのケースは、事業状況が芳しくない部門や企業の見直しで、生き残りをかけた再編である。昨年のサムスンSDIへ第一毛織を合併させるパターンや、9月1日に発表したサムスン重工業とサムスンエンジニアリングの合併統合などが、その事例である。

 聖域のない再編劇は以前からもあったし、今後もいろいろな形で出てくるだろう。いずれにせよ、組織再編は事業環境を整える意味で不可欠な手段であるが、問題は機会を喪失せぬよう果敢にスピーディに展開できるかだ。

日本の技術経営

 昨今の円安基調へのシフトと共に、輸出産業を中心とした株価上昇など日本経済にとっては追い風とも言うべき景況感が漂っている。もっとも資源、エネルギー、食料などの輸入部門は、その分、苦戦を強いられている。

 日本の強みを発揮していた半導体、ディスプレー、テレビ事業は韓国勢にとって代わられ、また中国市場ではスマートフォンや薄型テレビ、素材などでローカルメーカーの力が付いてきたことで、サムスンも苦戦しているのは先に述べた通りだ。

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