学者一般にあてはまることかもしれないが、経済学者は意外に出張が多い。カンファレンスやセミナーで1カ月に一回くらいは出張している気がする。出張の一番の目的はなんといっても自分の研究の宣伝。こんなに面白いことやっていますよ、と同業者(他大学の教員)に売り込む。そうして自分の研究に注目してもらって、ひいては研究者としての注目度もあがっていく。
出張の2番目の目的は、まだ具体的にはなっていないリサーチのアイデアみたいなものについて他の研究者といろいろ話すこと。多くの場合はそこから何も生まれないけれど、ごくたまに新たな研究の種が見つかる。今回ご紹介するのは、そんな雑談から始まった共同研究だ。共同研究者の中林純東北大准教授とは、昨夏、東京大学で僕が共催したカンファレンスの懇親会で初めて出会った。
研究の目的は、公共工事の入札のデータから談合を見抜き、談合に手を染めていた業者を特定しようというものである。談合は現在、少なくなってきているといわれているが、少なくとも数年前までは日本の公共工事では談合が蔓延していた、と言われている。たとえばある刑事事件におけるゼネコンの業務担当者は次のように供述している。「われわれ業界は、談合するのが常態であり、ほとんどの工事につき談合により本命を決め、本命が落札できるように本命より高い価格で入札する」。
「談合ならでは」の不自然さを分析
一方で、公正取引委員会による入札談合の摘発は年に数件程度にとどまっている。では、実際は摘発されなかった事案が多数あるのか。それとも巷で言われているほどは、談合なんておきていないのか。
前提として、仮にたくさん談合があったとしても、入札のデータのみから談合を見抜くのはそう簡単ではない。談合は犯罪だから業者の方としてもバレないように気を使うはずだからだ。入札結果から談合が明白であればマークされるだろうし、最悪の場合、公正取引委員会から制裁を受けることになる。
だがその一方で、談合の性質上、あらかじめ受注業者を決め(業界では本命と言われる)入札額を申し合わせておくので、入札が競争的である状況と比べるとどうしても不自然なところが出てくる。今回の研究では、健全な競争が保たれている場合に比べて、談合をするとどこに一番不自然な点が現れるか、という観点から2003年から2006年にかけて国土交通省が発注した4万件余りの公共工事の入札を分析した。
よく知られていることだとは思うが、公共工事の入札では入札参加業者に札を入れてもらって、一番安い札を入れた業者に工事を請負ってもらう仕組みになっている。しかし、公共工事の入札には予定価格(非公表の入札上限価格)があって、すべての札が予定価格を超えてしまった場合は、同じ業者たちに2回目の入札(再入札)をしてもらう(大抵、1回目の入札の30分後)。
つまり、どの業者が入れた札も高すぎる場合、『せっかく入札してもらったけれど、高すぎるからみんなもう一度入札し直してね』、という運びになる。予定価格は非公表だから、実際に初回入札で予定価格を下回る札が1つもないということは、それなりの頻度で起きる。実際、今回分析したデータの範囲では約2割の入札で再入札があった。
さて、入札データから談合を見抜くために、僕たちの研究ではこの再入札にポイントをあてた分析をした。なぜか。
その理由は、競争的な入札と談合における入札との違いが、再入札において一番顕著に表れると考えたからである。前述のとおり、談合においてはあらかじめ本命の業者を内輪で決めている。そして、本命業者は入札で一番安い札を入れ、本命以外は本命業者に勝たせるためにより高い札をいれるはずだ。それは初回入札であっても再入札であってもそうだ。すなわち談合においては本命業者が1社に絞れているだろうから、初回入札においてもそれ以降の入札においても、1位業者が変わらないと予測される。
一方で談合がない状況ではどうだろうか。談合がなければ、事前に誰が勝つか決まっていない以上、初回とそれ以降で1位業者が変わることもある程度あるはずである。したがって、初回入札と再入札での順位の推移をみれば、談合の存在を示せるのではないか。以上が今回の研究の出発点である。これだけだとまだ議論としては甘いのだが、とりあえずの方針は以上のような感じだ。
なぜこの議論はまだ甘いか、ということは追々話すことにして、まずは表1をみてほしい。
表1は再入札が行われた案件で、かつ入札業者が5社以上あったものを対象に、初回入札での順位と再入札での順位の関係を調べたものである。
左上の96.7%という数字は初回入札で1位だった業者が再入札でも1位になっている割合を表している。その右の1.61%は、初回1位だった業者が再入札で2位になる割合である。2段目は初回入札で2位だった業者が再入札においてどのような割合で各順位になったかを示している。
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