消費税は再来年に10%まで上がる予定だが、「それでは終わらない」という声が聞かれる。サイフから15%、20%という税金が抜かれる日が来て、その時に歴史が大きく動くのか――。『日本経済の構想』『構造改革とは何か』などの著書で知られる経済評論家、田中直毅・国際公共政策研究センター理事長に聞いた。

(聞き手は金田信一郎)

消費税が来年4月に8%、そして再来年に10%に上がることになっていますが、それで終わるのか見えません。一方で、復興特別法人税の廃止は前倒しにして、しかも法人実効税率は国際競争力の観点から下げていく、と。こうなると、国全体の税制はどのような最終形を目指しているのか見えません。

田中直毅(たなか・なおき)氏
経済評論家、国際公共政策研究センター理事長。東京大学大学院経済研究科修士課程修了。国民経済研究協会主任研究員などを経て現職。著書に『日本経済の構想』『構造改革とは何か』『政権交代はなぜダメだったのか』など多数。

田中:消費税率を5%から8%にするのは、もちろん3党合意が一番大きな原因です。基礎年金の2分の1は税(国庫)で負担する形にした。これは、たとえ3党合意がなくても、できるだけ早く手当てをしなければならない性格のものでしたから、安倍晋三首相もこれを拒否することはやはりできない。

 それまで3分の1だった税による基礎年金のカバー率を半分にまで上げる。これは基礎年金を配り続けるためには不可欠とされて、これを決めていて、強い反対があったわけではない。「それしか(方法は)ないのか」という議論はあったけれども、しかしそれが著しく経済の歪みを拡大するものとは認定されていません。だから、今のままで歳入欠陥がずっと続くよりも、やらざるを得なかったわけです。

しかし、景気に対する影響が懸念されました。

田中:ただ、景気との関係は3党合意の中でチェックするということはありましたから。でも、景気動向でやめるような理由は何もなかったわけです。だから、8%はもう決まりだったんです。ただ、「その先も、社会福祉のためなら、(消費税を)いくらでも上げていいのか」というと、そういうわけにはいかないんですね。

 理由はいくつかありますが、多くの国民は税と社会保険を区別できていなくて、「両方とも税金みたいなものだ」という受け止め方もある。しかし、税を徴収して歳出として使われる時と、それから社会保険の拠出料という形で受け取って、それを給付サービスに回すのと、入り口が違うだけではなくて、そこに働いているガバナンスの仕組みもまったく違うものですから、区別して議論すべきです。それなのに、むしろ曖昧にしてきたのは理由があることなんですね。

わざと、ごちゃまぜにしてきた、と。そんなことをする理由は何なのでしょうか?

田中:どういうことかというと、我が国の社会保険の設計が継ぎはぎにならざるを得ませんでした。だから、大規模事業所はそれに見合った年金制度があるとか、社会保険があるとか、公務員についてはそういう制度が完備していました。

 しかし、いろいろな段階がありますが、大企業の健保組合がカバーする所があって、公務員をカバーする公務員共済というのがあって、それから中小企業者は協会けんぽ(全国健康保険協会)という組織でやっています。

 ただこれも、高齢化が進むと、社会保険の中で今後重要になる医療保険制度を取ってみても、シームレスに設計せざるを得ない。今、もう75歳以上になれば、たとえ大企業の社長経験者も、後期高齢者医療制度に入ります。たとえ終身雇用といったって実際は、これだけみんな長生きすると、最後はみな同じ後期高齢者医療制度という、年齢だけを尺度としたところに全部突っ込まれます。

 一方、税を徴収して歳出を増やす分野は、社会保障の分野もあるんだけど、本来は国家としての投資にかかわるもので、道路とか港湾、空港などに関するものや、教育、高等研究機関における研究費助成もあれば、あらゆる投資項目があります。それから行政制度の経費、要するに公務員の人件費、それから公務員の業務に絡んだ「政府購入」と呼ばれるものもあります。

 この税金で徴収して、歳出を適正にしていく部分のガバナンスと、それから社会保険のガバナンスとは切り離して考えられるべきです。しかし今、これがごちゃごちゃになっている。それは、最初から誤魔化すつもりで作ったわけではないんだけれども、日本の近代化の過程において、そうせざるを得なかった。かつての財閥とか公務員とか、日本では社会保険の領域では、「できる人たちから出発する」という以外に方法がなかった。全部、揃うまで待っていられないというので、できるところから出発していったわけですね。

どこかで制度の整理をするタイミングはなかったのでしょうか?

田中:今になってみれば、国民皆年金、皆保険が制度としてスタートした1961年が、本当は設計の見直しが必要だった時期でした。これは税金で徴収して国が投資として使う、とか。ただ、一部は同世代の人に対する社会保障給付というのもありますが、政府はできるだけ効率的に設計しなければいけない、という議論ができるはずだった。

 だけど国民皆年金、国民皆保険が始まった時に、いろいろな制度がごちゃ混ぜになってしまった。とりわけ問題だったのは医療の分野です。当時は、今のような問題が起きるとは思っていなかったんですね。アメリカの病院は、プライベートならば収入の方はいろいろと工夫して、対価をより高いものにしていく、と。アメリカは医療保険が入った場合も、保険者が保険金支払いに関してチェックをしますから、医療機関に対して。その保険支払いを、変な病院には行かせないわけです。

そうしてガバナンスが利くわけですね。

田中:こういう病気ならこの病院がいい、眼科はこことここがいい、と。それ以外の医療機関には行かないでください、とできるわけです。

歯止めなき支出増

 ところが、日本で国民皆保険になる前、医者はカネを取りっぱぐれていたんですね。「医は仁術(医療は人命を救う博愛の道)」という側面を、当時は誰も否定していませんでした。そこで、救急で運びこまれた患者を、医師は診療拒否することがありません。そんな事例はまずなかったでしょう。で、治療したはいいが、請求しても、「先生、払えません」と言ってくる。取れないものは取れない、という仕組みだった。

 これが国民皆保険になって、全部請求できるようになったんですよ。公定価格で全て支払われます。ですから、私が制度前後の両方を知っている医師にインタビューすると、「天と地ほど違う」と言っています。

それは当然、制度導入後が「天国」なわけですね。カネを確実に取れるから。

田中:そうです。以前は取りっぱぐれるリスクを考えながら治療をしていた。ところが、「配給価格」になったわけです。でも逆に言うと、ヤブだろうが天下の名医だろうが、公定価格になったという問題が出てきた。以前は、評判のいい先生のところに転がり込んでいく。でも、結局ね、転がり込まれると…。

治療せざるを得ない。

田中:担ぎ込まれれば、もちろん治療するしかない。だけど、制度導入から半世紀以上たっていて、サービスについての配給価格が決まっているが、それが正当かどうか分からない。そこが変だと言われている。例えば、病院で働く若い勤務医は報酬が低い。それが問題ならば、本来は(保険)点数体系を変えればいいんですよ。この配給価格、配給サービス価格の体系を変えれば是正される。しかし、それが政治勢力によって決まるので、問題があってもなかなか変わらず、もう50年以上続けてきていますからね。

 これから高齢社会でどんどん医療費が増えていきます。年金についてはマクロスライド(年金加入者の減少や平均寿命の延び、更に社会の経済状況を考慮して年金の給付金額を変動させる制度)というのは入れましたから、年金支給額は減ることがある制度設計になっています。年金については、上限というかシーリングが付いている。ところが、シーリングが付いてないのが医療。しかも、税金と保険料がごちゃごちゃだと、歯止めが利かないという危機感がある。ですから、「税金がどうなるのか分からんぞ」「訳が分からない」ということになる。

税と支出の均衡点が見つからない。

田中:というのは、今、医療に関わるカネが年間1兆2000億円増えていて、やがて1兆5000億円も増えていくといわれる。これをどうするのか、という雑な議論をしている。でも変ですよね。1兆2000億円とか1兆5000億円の算定根拠は何なのか。だってベースが配給価格で構成されていますから。

そこが、そもそも問題がある。

田中:そこに手を付けないまま来ているのですから、そのファイナンスを例えば消費税でやるということだけ考えても、そんなもの、何も決めたことになりません。均衡した「解」にならないんです。だから、言われるように税金と社会保険負担の話があやふやになって、「いったい何の負担するんだろう」と分からない。これは、そういうふうに税と社会保険の区分を曖昧にしてきたからです。

 曖昧にしてきた理由というのは、さっき言ったように別々に制度が発足してきたことがあります。例えば、協会けんぽというのは中小企業者が加入している。ここは赤字が大きいものだから、一挙に保険料率を10%に上げた。そうすると、これ以上負担することを、中小企業ができるのか。

 一方、大企業の健保ってどのくらい負担しているのか。7.8%とか8.2%とか、そんなところでしょうね。中小企業の従業員の方が、一般的には所得が低いのに、所得の10%を取っている。だから、大手企業の方に手を突っ込んで、協会けんぽの方に持ってくる。

 それから高齢者というのは、みんな国民健康保険に入ってきますから、高齢者の多い国保は赤字なわけです。それで今、組合健保で現役世代が払っている保険料のおよそ5割が高齢者に流れている。もちろん、自社のOBも含めてですが。「それは、本来、税金で埋める話じゃないの」という議論ができるはずなんですね。しかし、消費税率を上げることは時の政権にとって猛烈に厳しい課題で、選挙では不人気です。どの総理だってやりたがらない傾向がある。

政権政党としては、それを掲げて選挙戦を戦いたくないわけですね。

田中:負けることを承知で選挙なんかやりたくないですよ、政治のリーダーは。でも、医療費の入口と出口の問題を曖昧にしながら、誰がどこを負担するのか分からないまま、横に手を突っ込んで帳尻合わせをする、ということを続けてきたわけです。でも、それも限度があるので、いよいよ税金を上げてここを埋めるより仕方がない、と。要するに原則がないわけです。「大きい給付のための、大きい負担」だなんて、誰も説明できませんから。誰も説明できなくなった時から、税金て分からなくなってしまった。

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